NHK-FM「ベストオブクラシック」

「セミヨン・ビシュコフ指揮

チェコ・フィルハーモニー管弦楽団」
初回放送日:2026年5月15日
案内:東涼子

 

R. シュトラウス:ブルレスケ ニ短調※

ショスタコーヴィチ:交響曲第8番ハ短調作品65
※藤田真央(ピアノ)

セミヨン・ビシュコフ 指揮

チェコ・フィルハーモニー管弦楽団
(2025.10.3,チェコ、ドボルザーク・ホール)
 

 

地震速報で中止となった放送を聞き逃し配信で。

 

お目当てはショスタコーヴィチだったが、リヒャルト・シュトラウスの《ブルレスケ》も面白い曲だった。こういうリヒャルト・シュトラウスだったら僕でも聴ける。どうも《ツァラトゥストラ》とか《アルプス》とかは、僕にはちょっと難しい。一方、この《ブルレスケ》は作曲者の若い時の作品だそうで、こういう作風なら、リヒャルト・シュトラウスでも「イケる」ことが分かった。

 

ショスタコーヴィチの8番は、やっぱ曲がいい。僕は「5番」に次いで好きである。1時間を超える長い曲だが、マーラーやブルックナーとは違い、あまり「長さ」を感じないのはなぜだろう。

 

思うに、ショスタコーヴィチの交響曲は、「そろそろ、終わるなー」と思ったら、ちゃんと終わる。長いフレーズでも「終わり」が分かる。「次のパートは、ここいらで終わるなー」と思ったらその通りに終わってくれる。そして、新鮮に次のパートに意識が移っていける。

 

一方、ブルックナーだと、「えっ、まだあんの?」って感じになってしまう。僕がまだアマちゃんだからであろう。

 

第2楽章も第3楽章も、意外と落ち着いたテンポで進んでいく。ビシュコフのこのテンポ観は、とっても心地よい。チョッ早でガタガタなアンサンブルの演奏もあるが、それだと一気に覚めてしまう。「ビシュコフ、ナイス!」である。

 

音も綺麗で、金管もうまい。

 

今まで聴いた「ショスタコの8番」の中で、もっとも感動的な演奏だったかもしれない。

 

録音は、ちょっとティンパニがデカい。おそらく、《ブルレスケ》のための収音マイクが、そのままのバランスでミックスされていると思う。それに比して、シロフォンとかスネアドラムが小さい。というか、そっちの方が自然なバランス。ステージの奥の方のひな壇上で叩いているのが、ちゃんと見える。

 

高校生の時、ビシュコフが初めてベルリン・フィルで「5番」を振ったCDが、僕の周囲でたいへん話題になった。カラヤンが「5番」を振らなかったため、「ベルリン・フィル初!」のショスタコの「5番」だった。

 

しかし、期待していたのとは違って、けっこう凡庸だった記憶がある。

 

 

その後、同じベルリン・フィルで「8番」を振ってCDを出していたらしいのだが、まだ聴いたことがない。どんな演奏なんだろう。

 

聴いてみたくなってきた。

 

 

 

 

 

ショスタコーヴィチ:

交響曲第5番 作品47

イシュトヴァン・ケルテス 指揮

スイス・ロマンド管弦楽団

(1962,ロンドン)

 

 

今日の午後、N響でショスタコーヴィチの4番をやるというので、少し迷ったのだが、結局行かなかった。渋谷はちょっと遠い。みなとみらいや川崎辺りまでならふらっと出掛けられるのだが。

 

神奈川県民は多摩川を越えるのがちょっと億劫なのだ。

 

さて、今日のレコード。

 

ケルテス、スイス・ロマンド、共に唯一のショスタコーヴィチ録音ということである。

 

非常にクールである。ぜんぜん燃えていない。しかし、それがまた新鮮。第3楽章は特に静かである。ぐっと音量を落として、そのままクライマックスまで行く。でも、この楽章は、どのようなタイプのアプローチでも、感動できる「仕組み」になっていると思う。とにかく美しくできている。

 

終楽章も淡白だ。テンポ・チェンジもあまりやらない。終わり方なんて、マゼール&クリーヴランドと似ていて、そのまま突っ込んでいる。じつに面白い。

 

 

音はクリア。近頃の僕には、モスキート音の帯域はほとんど聞こえないので、古い録音でもヒスノイズが気にならない。加齢は悪いことばかりではないのだ(笑)

 

さてと、6月の予定としては、いまのところ大学のオケが1つ、アマチュアの市民楽団が1つ、来日オケが1つ…の鑑賞予定が入っている。7月は東大オケの神奈川公演にも行く。これから、もう少し増えるかもしれない。

 

来日オケというのは、ドレスデン・フィルである。樫本大進が客演ソロでブルッフを弾く。樫本大進を聴くのは初めてなので非常に愉しみ。

 

それよりなにより、ヴォーン・ウィリアムズの《トマス・タリスの主題による幻想曲》が演目に入っている! もう、夢のようである。小学生の時から好きだった曲なのだが、実演を聴くのは、初めてなのだ!

 

それまで、がんばって仕事しよう。

 

メンデルスゾーン:

交響曲第3番イ短調作品56《スコットランド》 

山田和樹 指揮

横浜シンフォニエッタ

(2014,TOMATONE 自主製作盤)

 

 

5月も終わろうとしている。今月の初めに行った「ラ・フォル・ジュルネ」では、小林愛実のピアノが聴けた。

 

 

その他の「収穫」はオルトフォンの試聴ができたこと。

 

 

「オーディオの音」というのは、こういうものかと勉強になったことは、下の日記に記した。

 

 

で、このフェスでのもう一つの収穫が、今を時めく山田和樹の、《スコットランド》交響曲なのであった。実演ではない。タワーレコードのブースにて、横浜シンフォニエッタの自主製作CDを入手したのである。どれも700円で、いっぱい並べられていたのだが、恐る恐る手にしたのが、このスコットランドだった。700円ならハズれたとしても、痛手が少ない。このCDは、12年前のライヴ録音だった。会場は、懐かしきフィリアホールである。

 

始まってすぐ、「ううーっ」っと惹き込まれた。オーボエの音色と表情がとてもすばらしい。ふわーっと表れる弦楽器も非常に滑らか。味わい深いテンポも素敵。

 

佐藤春夫の筆を借りれば、「いい演奏のような予覚がある」。

 

そして、(最近あまりなかったことなのだが)微動だにせず、オーディオの前で音楽に没頭した。気がついたら、観客の拍手だった。ブラボーも飛んでいた。生で聞けた人は羨ましい。

 

フィナーレは節度があって、綺麗にまとめた感があるが、がんがん鳴らさないのが、おそらく狙いなのであって、山田和樹のハートを垣間見た思いだ。

 

いまさらなのだが、神奈川県立高校出身ってだけで勝手に親近感がわいてきたのである。ほんと、「いまさら」で申し訳ないです…。

 

モンテカルロ・フィルとも《スコットランド》を録音していることが分かり、さっそく聴いてみた。2020年の録音である。こういうときは、Apple Musicが非常に役立つ。

 

 

やっぱり良い。オケは格段に上級になっているけれども、山田和樹のハートは同じだ。オーボエは、横浜シンフォニエッタの方が自分の好みには合うかな。(横浜のCDには、Haruka Omoriのクレジットがあった。大阪フィルの大森遥氏と思われる。)

 

 

なんか、最近、こういう聴きなれた曲に新たな感動をもたらしてくれるような、新鮮な演奏が好きになった。昔風の演奏にも本能的に惹き付けられるけれども、やっぱり「良きリスナー」になるためには、音楽の創造性を否定してはいけないのだ。

 

といいながら、何度も何度も聴いてしまいそうな、そして、自分のスタンダードにまで昇格してしまいそうな、そんな予感まであるのだ。

 

そのくらい心を揺さぶられる演奏だった。

 

 

 

 

NHK-FM「ベストオブクラシック」

「管楽器の名手たち(3)フランソワ・ルルー」
初回放送日:2026年5月27日
案内:田中奈緒子

 

R. シュトラウス:オーボエ協奏曲ニ長調
ブラームス:交響曲第2番ニ長調作品73

フランソワ・ルルー(ob.)※
マルクス・ポシュナー 指揮

南西ドイツ放送交響楽団
(2025.7.18,シュトゥットガルト・リーダーハレ)

 

 

南西ドイツ放送協会による録音。あいも変わらず素晴らしい収録をしてくださる。

 

オーボエが大好きなのは言うまでもないが、リヒャルト・シュトラウス・アレルギーである私には、響かなかった。残念だった。ヴォーン・ウィリアムズのオーボエ協奏曲だったら尻尾を振りすぎて、いまごろ、ちぎれているだろう。

 

南西ドイツ放送交響楽団は、昔のシュトゥットガルト放送交響楽団である。どこかと統合してできたオーケストラだ。昔の風格がすっかり変わって、いまはピリオド奏法のオケになっている。びっくりだ。

 

ということで、ブラームスは軽い。いや軽いわけではないが、透明感があり、すっきりとしている。でも弦が聞こえない。聞こえるけれども聞こえない。金管がストレートに耳に来る。無機質に感じちゃう。

 

自分は時代に置いて行かれているのだと思う。

NHK-FM「名演奏ライブラリー」

「N響と名指揮者 ヨーゼフ・カイルベルト」
初回放送日:2026年5月24日

案内:満津岡信育(音楽評論家)

 

ブラームス:

交響曲第1番ハ短調作品68
ヨーゼフ・カイルベルト 指揮

NHK交響楽団

(42分31秒)

 

時代がかった演奏と録音で、とても良かった。僕が生まれる前の演奏である。録音というのは本当に素晴らしい。カイルベルトという指揮者の演奏は初めて聴いた。このライブの翌年に60歳で急逝したのだという。

 

キングレコードから出ているCDの音源だった。調べたら、東京文化会館でのライブ録音のようである。

 

NHKの放送音源が出所であろうが、なぜか僕は、時代を下り、80年代のN響のFM生放送を思い出していた。録音のバランス、レンジ感がそっくりだ。

 

おそらく、NHKの録音チームには独自の方程式が存在していて、それがずっと引き継がれているのだろう。

 

僕がFMをちゃんと聴き始めたのは1982年だから、一聴して、「あっ、スウィトナーとN響だ!」と思っちゃった。そのくらい音が似ている。

 

パサパサと乾いていて、平面的。残響はほぼゼロだ。いくら文化会館だからって、実際はもう少し響くだろう。そして、管楽器が遠く、弦楽器が大きい。面白いのは、一番遠いはずのティンパニがなぜか一番はっきりしている。ティンパニ用の補助マイクのチャンネルをやや上げているのだろう。

 

もし、この「方程式」が現在も残っているなら、それはうまく録音できるはずがなく、西欧の放送局に負けてしまうのは仕方がない(西欧の放送局の録音の素晴らしさについては、いつも書いているとおり)。

 

番組では、カイルベルトの日本のオーディエンスに対するコメント評も紹介されていた。曰く、「日本の聴衆は音楽そのものを純粋に聴いている」と。

 

裏を返せば、「西欧の聴衆は音楽を名前や権威、コマーシャルに惑わされて聴いている」ということになる。カラヤンやベルリン・フィルへの当てつけであろうか。

 

以前書いた東京交響楽団とコバケンの1970年代のレコードを思い出すが、あっちの方が6倍愉しかった。

 

 

演奏の巧拙で言うと、先週聴いた「沼尻&神奈フィル」の方が60倍上手かった。

 

 

でもでも、それはそうだし、そうでなければいけない。

 

カイルベルトから、60年経過している。日本のクラシック音楽界隈の成長を素直に喜びたいと思う。

 

補足だが、観客の拍手は、例によって最後のロングトーンを食ってしまっている。フライング拍手、どころの話ではない。当時の観客は演歌か何かのコンサートと勘違いしているのだろう。

 

我ら、聴衆も成長しているのだ。

 

 

NHK-FM「ベストオブクラシック」

「ベルリン古楽アカデミー演奏会」
初回放送日:2026年5月21日
案内:田中奈緒子

 

アルビノーニ:

オーボエ協奏曲二短調作品9-2
バッハ:

オーボエとヴァイオリンのための協奏曲ハ短調BWV1060R
クセニア・レフラー(ob)

平崎真弓(Vn)※

ベルリン古楽アカデミー  ほか
(2026.3.5,東京・TOPPANホール)

 

 

素晴らしいバロック・オーボエの「女王」=クセニア・レフラーさん。

 

間違いなく今まで聴いた同曲における最上の演奏。実演を聴きたかったと切に思う。このような「後悔」をなるべくしないように、最近は、入手したコンサート情報で気になるものは、すべて購入することにしている。

 

アルビノーニのオーボエ協奏曲を最初に聴いたのは、N響に入団されたばかりの頃の茂木大輔の演奏だった(1995年ごろ?)。バックに室内オケもいたと思う。会場はフィリアホールで、音響の人にその日の録音テープ(DAT)をもらい、自宅でも繰り返し聞いた。その時からオーボエと言えばこの曲、という感じになっている。そのくらい好きな曲だ。

 

書いていて思い出したが、茂木氏はその頃に初めての本を出版されていて、その本を買って楽屋に持っていき、裏表紙にサインしてもらった。私の妻(=当時は恋人)も一緒だった。楽屋には、若い女性ばかりがいて、一瞬ひるんだものの、こちらがサインを求めると「僕なんかがサインしていいのかなー」とか言って、快くサインしてくださった。いま書棚を探してみたが、その時のサイン本は、散逸してしまったようである。残念だ。

 

いま思えば、シャイな茂木氏のお人柄が垣間見られるエピソードだ。

 

因みに、上述の音響さんからもらったDATテープは、なんと、いまも保管してある。しかし、肝心の再生できる機械がないのと、テープの状態が不明(怖くて見れない)。これもまた残念。

 

筆が滑ってしまったが、バッハのオーボエとヴァイオリンの協奏曲も、「オーボエ関係」協奏曲の双璧、と僕は規定している。

 

浪漫派的な演奏も嫌いではなく、ホリガーとクレーメルの演奏なんて、最初に聴いたときに心が痺れちゃって、しばらく動けなかったほど感動したのだが、いまは古楽アンサンブルの演奏が最もしっくりくると感じている。

 

レフラーの音は、バロック・オーボエのわりには音量が大きく感じ、音色は言わずもがなで、まろやか。変なビブラートもなく清澄で真っ直ぐな息。驚いたのは、平崎真弓のヴァイオリンで、まったくオーボエの邪魔をしない、主張もしない、というアプローチ。この「徹している」感が素晴らしいと思った。放送録音だから、どこまで実演の雰囲気を伝えているかは疑問であるけれども…。

 

ベルリン古楽アカデミー。

 

次の来日時には要チェックである。

 

 

 

 

 

 

横浜信用金庫プレゼンツ

「能登地域復興応援チャリティーコンサート」

神奈川フィルハーモニー管弦楽団

2026年5月22日(金) 19:00

横浜みなとみらいホール

 

シューマン:ピアノ協奏曲イ短調作品54

ブラームス:交響曲第1番ハ短調作品68

田部京子(p)※

沼尻竜典 指揮

神奈川フィルハーモニー管弦楽団

 

 

我が家のメインバンクでもある、横信さんの企画「能登復興応援チャリティーコンサート」。ATMでお金をおろすときにポスターに気づき、QRコードからチケットを購入してあった。

 

 

仕事から一度帰宅したが、夜、風が吹き、だいぶ冷え込んできたので(気象庁発表の横浜の気温は17℃)、少し着込んでから、地下鉄で再び出かける。

 

 

今回はP席。17日(日)に行ったチューリッヒ・トーンハレ管弦楽団の時は正面の2階席だったから、今回の方がステージが近い。僕は「そういう」聴き方の方が興奮するみたいである。アマチュア野郎の性(さが)なんだろう。

 

 

チャリティーコンサートと銘打つ音楽会には初めて来たが、初めに主催者(理事長)からの挨拶があった。能登地方からの招待者の皆さんを紹介しつつ、シューマンとブラームスの「絆」について語りながら横浜と能登の「絆」を想起させると、会場から大きな拍手が起こった。

 

当夜の僕は、初めて尽くしで、田部京子も沼尻竜典も、実演を聴くのは初めてなのである。

 

田部京子は、昔、先輩に吉松隆の作品集をいただいて、よく聴いていた。自分で買ったCDの中で印象に残っているのは、メンデルスゾーンの無言歌集である。

 

 

 

P席だったので、ピアノの音は間接音が多く音量も少なかったが、それでも、クララ・シューマンが初演したというこの曲の、音楽的な魅力と技巧的な妙味とを、じゅうぶんに堪能することができた。オケも良かった! ロビーで「かなフィルが昔のN響ばりに上手くなっている」と話している老夫婦がいたのも頷ける。すばらしい! 

 

アンコールはトロイメライ。

 

後半は、クララからの「絆」つながりで、ブラームスである。P席はティンパニの鳴りがダイレクトに聴けて、私的には最高な空間。

 

あっ、それから、石田組の組長も今回はお出ましであった(石田氏は県内を廻るキャラバン的な演奏では乗らないのが普通)。当夜のお客さんはラッキーである。そういえば、石田氏をコンマスに頂いた神奈フィルの実演を聴くのも、僕には初めてだ。当夜は音楽監督の指揮だから当然といえば当然なのだが、やっぱり嬉しい。

 

ホント当夜は、戸惑うくらいに「初めて尽くし」である。

 

ヴァイオリン・ソロは、豊穣な方向ではなく、刃のごとくの「漢」(おとこ)っぷりを聴かせ、僕的にはとても心に刺さった。石田さんはステージマナーも含めて、もうその立ち居振る舞いが、既にスター然としている。とにかく愉しませる達人なのだ。素直にかっこいい。実際に聴くまでは、「石田組」のおっかないビジュアルの印象が強すぎて、あまり近づきたくない方(すみません)と思っていたのだが、僕は今日のステージですっかりファンになってしまった。いままでごめんなさい。

 

 

因みに、私の母は、昔からの石田ファンである。LINEしたら、「そうでしょう~♡」と返信が来た。

 

 

ごめんなさいといえば、音楽監督の沼尻さんである。最初、信金の理事長が再び指揮棒を持って現れたかと思ったが(ほんとにすみません)、そのバトンワークの「巧みさ」「見やすさ」といったら!

 

 

アウフタクトの軌跡がとても独特なのだが、それは「クセ」のようなものでは決してなくて、「呼吸」を合わせさせてくれる魔法棒のようなのだ。これ、管楽器奏者からしたら息が吸いやすいばかりか、「合わないような気がしない」という安心感を抱かせるに十分すぎるように思えるのだ。

 

その証拠に、ブラームスでも「呼吸」がピッタンコ。極上のアンサンブルを聴くことができた。

 

緩徐楽章では、シューマンでもブラームスでも、タクトを指揮棒に置き、掌で指揮し、オケから柔軟な音色とテンポを引き出していた。その動きが実にスムーズで、指揮者の意図が過不足なく奏者に伝わっているのではないかと思う。

 

終楽章って、こんなにも聴きごたえのある曲だったかな…と思わせるほど、重厚で骨太のリズムが連続し、それが徐々に高揚してフィナーレにたどり着いた。ああ、なんというカタルシス。

 

能登の復興と見事に一致する選曲と演奏。すばらしいチャリティーコンサートだったと思う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夕刻に歯医者の予約もあるし、今日は家で大人しく音楽を聴いていよう…と昼近くまでのんびりしていた。

 

近くで何かコンサートやってないかな…とネットで検索していると、「チューリッヒ・トーンハレ管弦楽団」が、みなとみらいで公演をやるという情報が目に飛び込んできた。

 

 

チケットはまだ残っているようだ。それに、ソリストはジャニーヌ・ヤンセンで、曲はブラームス、そして、メインがチャイコフスキーの交響曲第5番と来た。

 

ちょっと迷ったが、後悔はしたくないので、ポチっとした。慌てて着替え、すぐにセブンで発券して、地下鉄で出かける。

 

昨日に続き、今日も良いお天気である。

 

ヤルヴィもバティアシュヴィリも、N響で一度は聴いたことがあったような気がするが、ヤンセンさんを観るのは初めてなのである。

 

 

 

ユリア・フィッシャーは、いまどうしているのだろう、などと関係ないことを考えつつ、桜木町に降り立った。

 

 

いやあ、素晴らしかった! ブラームス! ヤンセンさん!

 

2階席でもヴァイオリンの美しさが良く解った。ヤンセンさんは指揮台よりもややオケ寄りに構えて、音楽の方もよくブレンドされて聴こえた。特に、第2楽章のオーボエとの掛け合いでは、ほんと自ずから涙が出た。感動。

 

オーケストラはかくあるべし。

 

クラもフルートもほんと美しかった。やっぱり、ブレンドなんだな。アメリカのオケみたいにアクリル板とか立ててないし、金管楽器にデリカシーがある。ティンパニも昨今の流行りの無機質な感じじゃなくてロマンチックだったのが素敵。ああいう柔らかいマレットの音、僕はほんと、好きだ。

 

チャイコフスキーの5番は、とても面白かった。好きすぎて聴きなれた曲に、あらたな感動をもたらしてくれるのは、なんとも有り難いし、幸福である。アンサンブルも当然ながら流石と唸らせるもので、いつまでもずーっと聴いていたい気持ちになった。一回性のあるコンサートって、やっぱり価値がある。

 

横浜がブルックナーだったら行かなかった。偶然にしては、なんとも嬉しいプログラム。ふらっとコンサートに行ける環境に感謝している。

 

おかげで、歯医者にはキャンセルを入れるのを忘れてしまった。でも、良いコンサートに出会えて、まことに倖せ。

 

今日はアマオケの音楽会へ。

 

ここの市民オケを聴くのは初めてである。そして、ここのホールも初めて。

 

このような中規模のホールが、武蔵中原駅の真ん前にあるとは知らなかった。休日は出掛けてみるものである。

 

いつもお世話になっている先生が乗るというので応援に行かせていただいた。後半のフランクのみの出演であったが、特に2楽章が感動的だった。市民オケの中でも技術的レヴェルの高い団体だと感じた。

 

シューマンの交響曲の中では、僕は4番が最も好きである。イントロからしてもう、僕の感性にぴったんこ合っている。

 

今日はティンパニを演奏したくなった。

 

ところで、「生で聴く高音弦の響きとは、やっぱりこういうものであるのだぞよ」と、妙に納得。自分の耳の「答え合わせ」のような聴き方に、今日はなってしまった。

 

というのも、先週、ラ・フォル・ジュルネTOKYOの会場で、とあるオーディオメーカーのブースに、暇つぶしで入室したのであるが、そのデモの音が酷かったのである。

 

 

それを、あまりにも「当たり前」に再生しているもんだから、僕はかえって、自分の耳の方を疑うことになってしまったのである。

 

デモ再生中、僕が思っていたのは、「生音のヴァイオリンは、こんなにキンキンしてないのに…」ってことだった。それに、ブース内での再生音量が大きすぎた。オーディオマニアというのは、生音を追求しているのじゃなくて、可能な限りの大音量で聴きたいだけの人々なの? …なんて考えてしまったほど。

 

でも、だんだん不安になってきたのだ。自分の求める音の方が「間違っている」のではなかろうか、と。

 

しかし、今日、その答え合わせとして、自分の追い求める音がけっして常軌を逸しているわけじゃないことが分かった、というわけ。

 

なんだか、損した気分である。

NHK-FM「ブラボー!オーケストラ」

「バイオリン岡本誠司

ロマン派の魂を奏でる」

初回放送日:2026年5月10日

司会:柴辻純子(音楽評論家)

 

ウェーバー:歌劇《魔弾の射手》序曲

ブルッフ:

ヴァイオリン協奏曲第1番ト短調作品26
岡本誠司(Vn)※ 
チョン・ミュンフン 指揮

東京フィルハーモニー交響楽団
(2026.2.18,サントリーホール)
 

 

良い演奏だったし、響きも素晴しかった。《魔弾の射手》は、小気味よくドライブして明るい。オケのまとまりも文句なし。最初のホルンで惹き込まれて、ついつい前のめりで最後まで聴いてしまった。

 

ブルッフも、こんないい曲だったのだ! と再認識しながら聴けた。響きを巧みに捉えた録音も秀逸。自分のオーディオが変わったから、というのが最も大きいと思うが、今年度、「良いリスナー」を第一徳目にして生きていく自分には、大満足の放送だった、ほんとに。

 

そいえば、先週、5月5日にラ・フォル・ジュルネでも東京フィルを聴いた。小林愛実のピアノでグリーグのピアノ協奏曲だった。次男と聴きに行ったのだが、息子はいたく感動していた。もっと良い席を取ってあげればよかった。でっかいホールの2階最後列に近い席は、ちょいと無理があった。

 

 

日比谷公園の地下駐車場を覚えてからは、とてもよく活用している。有楽町はもとより、銀座の楽器屋に行くのにも、便利なのである。横浜に住んでいると、ついつい「東京には電車で」となってしまうことが多いが、やっぱりクルマの方が快適。