京都ぶらり散策

京都ぶらり散策

京都が好きで年に数回訪問します。歴史と文化を感じられるこの街が好きです。

一乗寺界隈の社寺の散策の続編です

 

波切不動尊からGoogleMapにも載っていない

裏道を通って八大神社に移動しました

 

本当に行けるのか?と不安になりつつ山道を

進みましたが、ちゃんと八大神社の境内にたどり着けました

 

八大神社は初参拝です

 

裏口から入ったので鳥居を観たのは最後ですが、冒頭に載せておきます

 

鎌倉時代に八坂神社から勧請され祀られた

そうで、ご祭神は素戔嗚尊、稲田姫命、

その間に生まれた八柱の御子神です

 

この八柱の神を「八大王子」や「八王子」と呼ぶ

ため「八大神社」という名になったようです

 

八柱の神は方位の吉凶を司る神様なので

方除けの信仰が強い神社です

 

本殿の前に立砂があります

上賀茂神社と同じです

 

八大神社といえば、宮本武蔵ゆかりの神社

 

吉岡一門と決闘を行った「一乗寺下り松」の古株が祀られています

 

宮本武蔵を前面に出してはいるものの

実際には、宮本武蔵は八大神社に勝利を祈願

しようと立ち寄ったものの、寸前で考え直し、

そのまま戦いに挑んだそうです


「我れ神仏を尊んで神仏を恃(たの)まず」と

いうことなので、どこがゆかりなのかは不明です

 

「宮本武蔵 さとりの地 八大神社」という表現は

苦肉の策か?

現在の「一乗寺下り松」

当時はこの辺りも八大神社の境内だったということかな

狸谷山不動院の初不動のことは当ブログに

書きましたが、その際に一乗寺周辺の社寺を散策しました

 

朝一番で参拝したのが、波切不動尊です

 

八大神社の裏山にひっそりと鎮座するお寺です

 

住宅が点在する急な坂道を登っていくと、辿り着きます

 

朝早くだったので、境内を掃除されている

方々がいらして、いつもきれいに

整備されているのが分かります

 

波切不動尊という寺院は、

全国いろいろな場所にありますが、

名前の由来は空海の伝説に因ります

 

空海が唐から日本へ帰る際、

海上で猛烈な嵐に襲われ船が

沈没しそうになったとき、

不動明王が現れて剣で荒波を切り裂き、

無事に日本へ導いたという伝説です

 

「荒波を切り裂いて

海難や災厄から人々を救う」という

非常に力強いパワーを持ったお不動さま

なんです

 

山あいにあるので、杉林に囲まれていて

一部の木は境内の中に生えています

 

空気がピンと張り詰めたような雰囲気です

 

注連縄があって、神社のような佇まいの本堂

この奥に波切不動明王が祀られています

 

その脇には湧水の滝が流れています

ここで滝行をすることができるようです

 

 

自然に囲まれ、静寂に包まれた神秘的な寺院です

 

京の冬の旅」で特別公開されている出水のお寺の3つ目が福勝寺です

 

 

福勝寺も豊臣秀吉ゆかりのお寺で、

聖天堂に祀られる秘仏・歓喜天(聖天)を

篤く信仰し、出陣のたびに瓢箪を

奉納しました

 

戦勝後にその瓢箪を持ち帰って

千成瓢箪を作り旗印にしたそうです

 

そんな言い伝えから「ひょうたん寺」とも呼ばれます

 

本堂など屋内も写真撮影OKでした

 

でも重要な仏様は秘仏で厨子の中ばかりでした

 

ご本尊は薬師如来立像ですが、

50年に1度だけ御開帳されるという秘仏
 
ご本尊の薬師如来立像が納められている立派な厨子
 
前に御前立の小さな像と瓢箪が置かれています
 

 

 

 

本堂内には、聖観音菩薩像も安置されていて
こちらは暗いながらも拝むことができます
聖徳太子の作と伝わる由緒ある像で
洛陽三十三所観音霊場のひとつです
 
聖天堂に秀吉ゆかりの像が安置されています
 
秀吉が信仰した歓喜天は、
手前中央の小さな厨子の中ですが、
こちらも秘仏のため、拝むことは叶いません
歓喜天像はかなり小さいことが分かります
 
歓喜天の本地仏に当たる十一面観音像
後方中央の厨子の中です
 
こちらも拝むことは出来ません
 
おもしろいのは、秀吉像と並んで家康像もあったこと
 
ガイドブックより引用
 
徳川家康は、秀吉が亡くなった後も
歓喜天に深く帰依して福勝寺を保護したようです
 
歓喜天が御利益が大きいと同時に
恐れられていた存在だったのかも知れません

京の冬の旅」で特別公開されている出水のお寺のひとつが華光寺(けこうじ)です

 

秀吉ゆかりの寺院で、秀吉が信仰した毘沙門天像が観られます

 

この山門は伏見城から移築したと伝わっています

 

六足門(四脚門)でちょっと変わった造りをした門です

 

最大の見どころの毘沙門天像は、毘沙門堂で辻子の中に安置されています

こちらのポスターに写っている木像です

 

通常は非公開、縁日に御開帳されるときでも薄い幕越しにしかお参りできないとのこと

今回は間近で直接拝むことができるので貴重です

 

毘沙門天は戦いの神様

豊臣秀吉が伏見城に置いて日々拝んでいたそうです

 

京都で有名な毘沙門天像は鞍馬寺にありますが、同じ木から作られたそうです

 

ご本尊の十界曼荼羅、秀吉の木像、日蓮上人ご真筆の書なども見ることができます

 

 

そしてこの寺は、「出水の七不思議」のひとつ「時雨松」があったところでもあります

秀吉お手植えの松が、晴天でも枝から雫を落としたので、まるで時雨ているように見えたという話です

 

残念ながらその松は枯れてしまい、古株が保存されているのみです

 

代替わりした松が植えられていますが、雫を落とすという噂はないようです

 

 
華光寺では、鬼子母神も祀られています
 
ここの鬼子母神も秀吉が子授かりの祈願で信仰していたとも伝わります
 
奉納されている鬼子母神の幟では、「鬼」という字の上の「点(ノ)」がない字になっています
これは、「改心してツノが取れた」という意味です
 
岩国大明神というお稲荷さんも祀られています
 
 
池のある庭も個性的です
池の形が瓢箪型なのも秀吉に因んでいるのかな?

今回の「京の冬の旅」では、出水の3寺が特別公開しています

 

出水の七不思議」にまつわるお寺を昨年巡ったことがありました

(その時のブログはこちら

 

その時は外観中心だったので、今回は中も見られるとあって意気込んで行ってきました

 

中でも光清寺は特別に拝観したかったところです

 

それは、重森三玲の庭園があるから

 

境内に入るとすぐに庫裏の前に「心月庭」という枯山水庭園があります

砂が盛られていて、周りの緑の草との組み合わせで構成されているのは他では見られない手法です

 

昭和49年(1974)の作

重森三玲が亡くなる前年なので最晩年の作です

 

名前に月が含まれているので、月が庫裏の上に昇った時に一緒に眺めるのが一番いいみたい

 

 

そして本堂の前には「心和の庭

昨年来た時には、隙間から覗き見ただけでした

 

石と苔で「心」という字になっています

 

鳥瞰写真だと、このように「心」に見えます

ガイドブックより引用

 

向かって右手の竹垣は、竹で作った独特のもので、ここにも「心」の字を抽象化したデザインで組み込んでいるそうです

 
「冬の旅」に合わせて新調したらしく、
竹がまだ青々としています
 
砂紋は、重森三玲のお孫さんの重森千靑(ちさを)氏が作庭当初のデザインを復元したもの
 
ふだんは僧侶が直線のシンプルな砂紋を引いています
 
 
本堂の中には、「出水の七不思議」の「浮かれ猫」の絵馬がありました
 
「浮かれ猫」とは次のようなお話

近くの遊郭から三味線の音色が聞こえてくる

夕暮れになると三味線の音に誘われるように、

絵馬から猫が浮かれ出し女性の姿に化けて

踊ったというのです。

ある晩、住職の枕元に武士が現れ、

「私は絵馬の猫の化身だが、絵馬に封じ込め

られて、とても不自由な思いをしている。

これからは、世間を騒がすようなことは

しないので、どうか許してもらいたい」

と懇願しました。

住職は法力で戒めを解いてあげたという話です。

 

これが猫が封じ込められた絵馬
ホンモノは本堂内にありますが写真撮影禁止
外の弁天堂に掲げられている複製を撮影しました
 
光清寺では浮かれ猫をキャラクターデザインにしています
 
境内には、鐘楼の前に立派な五葉松がありました
仕立て方が現代アートのようです