天才の主人公が嫌いだ
私の描いていた作品の中で、天才は少ない。
主人公は絶対に天才型ではなかった。
数多に存在する漫画を見れば
分かると思うが、そのほとんどは
主人公が「天才」のようなランクで描かれる。
主人公のサクセスストーリーだったり
最初から、超レベルの力を
持っていたりして天才を、
更なる高みへと展開させ
そこでの苦悩や、努力を描くのが基本だ。
だけど、そんな天才物語は面白くない。
単純に漫画を否定するのでは無いので
誤解してもらいたくないから、別の視点から言う。
漫画を見て、現在のJリーガーの礎が出来た話は
知っているだろうか?
Jリーグがプロ化した1995年頃の
スタープレイヤー達の話では
「キャプテン翼」というサッカー漫画の
代名詞を見てサッカーに興味を持ち、
オーバーヘッドシュートなどに憧れたらしい。
Jリーガーは昔から天才ではなく、
キャプテン翼になるために頑張っただけである。
だが、漫画が天才を肯定し凡人を否定するのがいただけない。
人はすべからく公平であるのが、世の言う理想だ。
凡人にチャンスがない時点で、公平ではない。
天才でなければ上のステージに上がる資格が無い
そう言っているようなものである。
誰でも練習して、努力して、好きであるなら
誰でも成れる。そのような公平性のメッセージが
漫画のサクセスストーリーには少ない。
凡人を主人公に置き、何も知らない凡人が
並み居る天才を打ち砕き、トップに君臨する。
そのような物語が見たい。
私が、凡人であるというのも分かりやすい理由だ。
そりゃあ、必死こいてやっている人を追い抜いてしまうのは
変な気はするが、諦めずにやっていれば
誰でもチャンスがあるような、作り話ではない
リアルストーリーが見てみたい。
私の漫画の主人公には天才が少ない。
天才の主人公が嫌いだからだ。
主人公は脇役に勝たねばならない
私が考えた作品の1つに「魔法対戦Ⅱ」がある。
(いきなり「Ⅱ」とか無いと思うw
でも、個人的にネタになるので書く。
主人公に据えたのは、天海(てんかい)イツキ
「山田(やまだ・サンダー)トオル」という幼馴染であるライバル。
「遠藤オウミ」と「風呂(フウロ)トマル」という教え役がいる。
メインは、カードゲームを基本とした話で、
各プレイヤーは、5枚のカードを持ち
2名のプレイヤーが特殊な空間を作り出す事が出来る。
その空間で戦うことが出来ることをメインとして
「負けても再戦を」テーマとして展開した。
正式タイトルは「MAGICA」(マジカ)である。
平山リタ、西風エイル、出井エスタなどの
名脇役キャラクターを生み出した。
漫画を基準に展開したので、当然絵を描いた。
山田トオルはあっさり決まり、遠藤オウミ、風呂トマルは
過去に描いた落書きから採用した。
で、だ。問題があった。
逆に自分でハードルを上げる結果になってしまったが、
主人公である以上は、過去のイラストに負けない
新しいイラストを編み出す苦悩を強いられた。
私の過去の作品からすれば、主人公が弱く
脇役に負けてしまう事が多かった。
キャラ付けも甘いのだろうが、イラストが弱いのも要因と思う。
当時の苦悩の様子は、ノートにしっかり残されていた。
発案から2週間経って、既に17キャラのイラストがあるのに
主人公が決まらずスタートが出来ていなかった。
最終的に!
今回は、カードゲームとは言え、漫画である以上
動きを主体にしたいと考えていたので
「動き」をメインに、髪の毛を長くすることを
採用するイラストを採用した。
ぶっちゃけ「鋼の錬金術師」のエドワード・エルリックに
似てしまったが、「ヒカルの碁」のヒカルが元になった。
でも、主人公である以上は、脇役に負けてはならないのだ。
あてんしょん・ぷりーず
この作品は、フィクションです。
実在の人物・団体・事件などには一切関係ありません。
まーよく、漫画や小説に書いてある、創作の文言である。
このブログで書いている話も、
他人の言葉を使ったりはしているが、
そのうち、創作のような話も書くので、
ここで一度はっきりさせる意味で書く。
私の創作である話は、著作権フリー状態にしておく。
(テーマ的には、創作・マンガネタ・ゲームネタ
最終的に、作品という形にして発表した人が偉い。
でも、私に対して何も無いのは嫌だ。
使うなら、著作者である私に対し、感謝の言葉が欲しい。
「0」から「1」を創り出すことがどれだけ難しい事か、
同じ創作者として少なからず知っているならば。
私は挫折してしまった人である。
でも、これまで作り上げたイロイロなモノに対し、
何も無いのは、無念である。
例えば、あるラジオ番組は、没ハガキを供養し燃やすと聞く。
でないと、無念を覚えたハガキをただ燃やすだけで、
送ってくれた彼らの意思を無に帰すことは出来ない。
私は、もう会社に属して未来に向けて歩き出した人間である。
こんな、文章でも仕事をくれるというなら私は断らない。
周りがどうするかは知らないが、私は少なくとも
自分の言葉を発し、そして伝えていきたい。
活動の場所をくれると言うなら、怪しむかもしれないが断らない。
それは、私が昔から望んでいたことだからだ。
私に、才能というものがあり認めてくれるなら、本望だ。
才能を使わずに一生を終えるのは嫌だ。
能力は適材適所であるべきだと思う(´―`)y~~