妄想生まれの詩神 -2ページ目

人生は19年で折り返す

今感じている1年は、本当は1年の長さではない。


そんな事を始めて聞いたのは、トリビアの泉だった。

なんか、そういう現象の言葉があった気がするが
時の加速とでも呼んでおこう。


人間が感じる頭を持つからこそ起こりうる現象なのだ。


メカニズムとしては、それまで生きた年数と、現在の年数を
比べて1年を感じるので、18の人は、
これまで生きた18年と今生きている1年をくらべるので、
今年は、去年より少し短いと感じるはずだ。


少しづつだが、確実に時の加速は起こっている。

「さよなら絶望先生」という週間少年マガジンで連載されている
ギャグ漫画がある。その中の一文だ


人生80年生きるとしたら、19年で人生は折り返すとあった。
時の加速現象により、最初の1年を1年で生き、
2年目は、半分の長さで足し、次に、3分の1で足し…
全人生の半分は19年となる計算だろう。


大変だ。28である私は、もう折り返し地点を過ぎた。


ここで、シバい話を展開する。


私は野球が好きだ。


高校野球は、人生18年目でプロを賭けた最高の夏を迎える。
リトルリーグは9歳からしか入ってはいけないので、
9歳から入ったとしても、9年間を捧げる。


19で、脳が感じる半分を折り返すので、プロ1年目で
80年生きる人生を折り返すのだ。


その後40前後までプロを続けたとしても、
練習に明け暮れた9年の4分の1に満たない。
と感じる、と計算される。


その後、残りを優雅に生き人生を終える。


多分、今一番辛いと感じている、
このブログを読んでいる10代の若者がいるだろう。
もし、辛いと感じていたとしても不思議ではない。


その後の人生という名の制限時間からすると、
凄く重要な時を過ごしている。残りの人生は
そういう意味では、あっという間に思えるだろう。


高校の時が良かった。

そう語る、同級生もいた。


今、学生の人は、その濃密に感じる時間を
何に捧げるかで、その後の将来が決まるとも言える。


何かに打ち込んでいるのならば、時間を惜しいと思ったほうが良い。


何も打ち込んでいないならば、打ち込めるモノを探したほうが良い。


二度とは戻らず、経験できない、今、1年を過ごしているのだから。

私はこのブログのために277のネタを出した

私は、このブログを始める前に277のネタを出した。
文章発表を形態や、場所を変えることで新たな分野を切り開く。
自分の中でそのような目的が生まれたので、実行することにした。


もうすでに、芸能人でブログをまとめた本が出版されている故
決して珍しいことではないが、日記をまとめただけと言えば
他にも先人は多々いる。


文章発表の場にしようと考えたからこそ、意味があるのだ。


日記のように見えるこの文章も、予め書いておき
適当な日にちに、コピペして貼り付ければ更新なんぞ早くできる。


既に書いてある記事は30を越え、
その後に出したネタの数も含め300を越えた。

(現在書き置きは30個、ネタ総数は331個


そんなこちらの事情はどうでも良いとして、
私の小学校来の親友である狼凍(ロト)にそのような話をしたら、
「よくそんなにネタが出たな」と言われた


※注:まだ本人に聞いてません


言いそうな気がしたので書きました。すみません。


本当に狼凍に話したら、そう言われました(´―`)y~~

「量より質だろ」とも言われました。ごもっともです。


それはそうと、277と言えば、毎日1個更新したとしても
9ヶ月は持つ数だったりするw


今の時代、1日3更新とか珍しくないとしても、3ヶ月はある。
もう2年以上やっている人もいるので、積もり積もって
そんな数はあるかもしれないが、「予め」なら1番を自負する。


数に驚いてはいけない。

277を逆転の発想で考えてみる。


私は28年生きた。だから、10220日は生きている。
誕生日は7月なので、さらに180日ほど多い。
人生の3分の1は寝ているので、6933日は起きている。


約6900日生きて、277個しかネタが無いのだ。
25日に1回しかネタのあるような事をやってないのだ。
1日に3回更新している昨今に。である。


なので、たった277個しか

ネタを出していない事になる。

┐(´∀`)┌ ウスッペライ ジンセイダネー

私は天才ではない

クラスの4番を目指した。


つんく♂氏の著作を立ち読みした時の事だった。


成功するための秘訣が書かれた本の中にあった一節だった。


1番は天才、2番は秀才、3番は優等生が取る。


だから、凡人である僕(つんく♂)はクラスで4番を目指した。
それなら誰でも取れそうな気がするからだ。


そう続けていた。


私もお世辞に天才と言える存在ではない。
それなら、もう28である私は、何らかの形で
雑誌なり何なりに、何かを表現しているはずである。


でも、出来てない。それが天才でない証拠だ。


16歳でプロゴルフ界に鮮烈のデビューを飾り、最年少で
1億円プレイヤーとなった、石川遼選手。
天才ならば、今の時代、10代でプロ入りすることは珍しい事ではない。
囲碁の世界ならば、14でプロ入り、20を過ぎるころには
プロ入りのリミットを意識しなければならない。


小学生の時に、ゲームクリエイターになるための本を
読んでいたのが、クリエイターを目指すきっかけになった。
そのために、何かをしていたかと云えば皆無である。


その傾向は、ずーっと続いた。


プロを意識していたという時期もあるが、
レベルを高めていようとしていたわけではない。


低レベルの平行線を辿っていたわけである。


作品を作るのは良いのかも知れないが、私は目標無き旅人である。
結局、他の人の作品を見る機会はほとんどないので、
文章上のテクニックなんぞは、学ぼうともしなかった。


だからこそ、つんく♂の言葉が利いたのかもしれない。


だからね、僕はニッチに行くことにしたんですよ


ニッチとは「隙間」の事である。
人がやらないような事をやって、1番を目指す。
今の時代を読んだような、Only1の事だ。


小学生で考えていたとは頭が上がらない。
モーニング娘。もそんなニッチさから出来たグループと
説明出来るゆえ、ニッチも侮れない。