Yoshitaka's blog -10ページ目

何かに一生懸命になること

何か一つの事に一生懸命になれる人って羨ましい。自分は一つの事を極める、ということがどうも気持ち悪くてできない。世間の側のカテゴリ分けと自分の側のカテゴリ分けが一致しない。それは裏を返せば、きっと自分のユニーク性でもあるのだろう。世間が決めた学問の枠にはまり込めない根無し草。いろんな分野を見て来て思う事は、ある分野を極めた研究者は、その道の中のことしか知らないから、外の世界からの批判を拒絶する。「あいつは何も分かっていない」と。それが研究者の見本なら、きっと僕はそうはなれないだろう。


それは、何かに盲目的に一生懸命になることって、かっこ悪いことだと思っているからだろうか?「きっとこの分野には何か盲点があるに違いない。」いつもそう思ってきた。そうやって、いつも斜に構えてきた。それともう一つは、自分のやっていることへの自信の無さなのかもしれない。常に余所の芝生は青い。他人が素晴らしく活躍しているのを見ると、そして、自分がこれまで経験してきた事と同じような分野にいる人でも、やや異なったバックグラウンド(例えば、きちんとした数学的素養とか)があると、とりわけ自分の経験が無価値に思えてくる。


「何かに一生懸命になる」っていうことは、単純にそれが「面白い」からだけかもしれない。でも、それは、その事に「価値がある」という自信が無ければ、その「面白い」ものに向かって突っ走れない。自分が面白いと思っていても、他人が面白くなさそうにしていると「もしかしたら、この話題はあの人にとってはレベルが低すぎるから面白くないと思われているんだろうか?」などと心配してしまう。


「あのデータを使って一緒に論文を書きましょう!」そう後輩から誘われても、僕にはそんな勇気は無い。向こう見ずに突っ走る人の方が最終的には強いのかもしれないが、僕は自分の勉強がまだまだ論文を書けるだけのレベルになっているとは思えないし、その先にある、その論文で「伝えたいメッセージ」は何なのか、ということがはっきりしないと書く気にはなれない。このブログだって、「聞いてほしいこと」がふつふつとわき上がって来ない限り更新してないし。そんな姿勢はきっと研究者としては失格なんだろうけど。


自分の「天職」って何なんだろう?とにかく、つべこべ言わずに「のめり込む」以外に無いのかな。

とても原始的な手段による、mixiからアメブロへの移行の方法について

「mixi アメブロ 移行」といったキーワードでこのブログに辿り着かれる方が多いようなので、その方法を書いておきます。単純に、mixi日記を一つずつコピーして、それをアメブロに貼り付ける。はい、とってもlabor intensiveで原始的な方法です。もし他にうまいやり方があるのでしたら、誰か教えて下さい!

MPJ Youth 東京大学 五月祭 講演会のご案内(宣伝です)

Millennium Promise Japan Youth
2011年度東京大学五月祭講演会
「中東革命とアフリカの未来」
5月29日 13:00-15:30
東京大学本郷キャンパス 法文1号館22教室


ある若者の焼身自殺をきっかけに始まったと言われるチュニジアのジャスミン革命。23年に及ぶ長期政権を打倒した革命の波はチュニジア国内に留まらず、エジプトなど他のアラブ諸国へも広がり、各国で長期・腐敗政権に対する市民革命を引き起こしました。

今回ミレニアム・プロミス・ジャパン・ユース(MPJユース)は、これらの市民革命が北アフリカ・アラブ世界に留まるものなのか、あるいはその多くの国で強権的な政治が行われているサハラ砂漠以南のアフリカ地域にも波及する可能性があるのかという問題意識のもと、中東・北アフリカ地域におけるインターネットやSNS事情、エジプトの社会経済、サブサハラアフリカ諸国情勢のそれぞれに精通されている専門家の方々をお招きし、講演会を開催します。

一連の革命に共通する原因とは何なのか?サブサハラ地域など周辺地域への影響は?FacebookやTwitterといったインターネットメディアの意義は?


今後の中東・アフリカ地域の未来を大きく左右するうねりを、この機会に考えてみませんか?

【日時】
5月29日(日) 開場12:30 開会13:00 閉会15:30

【会場】
東京大学本郷キャンパス 法文1号館22教室
MAP: http://www.u-tokyo.ac.jp/campusmap/cam01_01_01_j.html

【講演者】(氏名あいうえお順)
JICA(国際協力機構)研究所 上席研究員 武内 進一 氏
東京大学東洋文化研究所 西アジア研究部門 教授 長沢 栄治 氏
日本エネルギー経済研究所 研究理事 保坂 修司 氏


【講演会構成】
〈第一部〉
第二部でのパネルディスカッションの前提となるアラブ社会及びサブサハラアフリカの政治・社会構造およびデジタルコミュニケーションの役割について、そ
れぞれ下記テーマの下お話し頂きます。

[講演順、講演テーマ]
1. 長沢 栄治 氏 「アラブ革命の社会的背景」
2. 保坂 修司 氏 「中東の争乱とソシアル・ネットワーク」
3. 武内 進一 氏 「サブサハラアフリカにおける『民主化』の背景と『アラブ 型市民革命』の可能性」

〈第二部〉
今回のアラブアフリカ地域における革命が、サブサハラアフリカをはじめとする周辺地域にどのように影響を与えうるのかという点を、社会や経済、政治体制
など幅広い側面からの地域比較や、短期・長期にわたる時間軸からの視点を通して、講演者の方々にディスカッションをしていただきます。

〈第三部〉
講演者の方々に対する質疑応答


【お申し込み】
下記参加申し込みフォームに必要事項を記入いただき、件名を「五月祭講演会参加申し込み:(お名前)」とした上で、
E-mail  mpj.mayfestival2011(アットマーク)gmail.com までご連絡ください。
お申し込みを確認次第、ご連絡させていただきます。

______________お申し込みフォーム________________
・ お名前(ふりがな):
・ 所属:
・ E-mail:
・ イベントを知ったきっかけ:
・ イベントへの参加動機、当日特に知りたいこと:
(可能な範囲で当日の内容に反映させていただきます。)
________________________________________________________
* 今回ご提供いただく個人情報は、今後Millennium Promise Japan Youth(MPJユース)が主催する各種イベント等に関
する情報提供と、それらに付随する諸対応に使用させていただく場合があります。取り扱いに関するご質問・ご要望がございましたら、お問い合わせくださ
い。


◆ ◇主催・連絡先◇◆
Millennium Promise Japan Youth (MPJユース)
E-mail: mpj.youth.2009(アットマーク)gmail.com
Blog: http://blog.livedoor.jp/mpj_youth_09/
HP : http://mpjyouth.web.fc2.com/index.html

石巻

【要点】


・石巻市の湊小学校は、被災した施設ではあるが、避難所として使われている。
・ストレス性障害、認知症や知的障害のある人々への心のケアを行うような専門家がもっと必要。
・妊産婦の栄養状態は必ずしも好ましい状態ではなく、改善が急務。そのためにも、まずは情報の把握が必要だが、それすらできていない状態。
・自治体機能が壊滅的打撃を受けているため、「寄せ集め」本部で避難所を運営せざるを得ず、十分に機能しているとは言い難い。
・「無許可」支援は、他の団体のみならず、被災者にとっても混乱の種となり得る。
・この非常時において、「あくまでも自治体が主役」という建前にこだわっている場合ではない。国の直轄事業を積極的に拡大する必要がある。
・避難所も知名度等により、支援に格差が出ている。避難所をまたぐ情報の管理が必要。


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5月4日、5日は、石巻市の湊小学校で健康診断ボランティアを行った。



<「被災」している避難所>


まだ、道路には浸水している所が見られる。道はおそらく自衛隊によってきれいにあけられていた。湊小学校は1階が津波で浸水しており、1階部分は窓ガラスが無く、代わりにビニールシートが張られており、壁には天井近くまで津波が来たことを物語る泥の跡が残っていた。体育館の外壁も一部損壊していた。2階以上は被害を受けていないようだが、必ずしも十全な環境とは言えず、ここを避難所として使わざるを得ない苦渋の選択が窺える。玄関には観世音菩薩像が安置されており、香が焚かれていた。1階部分がほぼ浸水していることを考えると、もしかしたら、この観音像は、津波が引いた後に裏の寺院から犠牲者を弔うために持ってきたのかもしれない。僕たちも犠牲者への思いを込めて、観音像に礼拝した。



<ここでも、心のケアについて>


やはり、被災者の心のケアは重要な課題だ。屋根裏部屋に逃れたものの、足元まで水が迫って来て、「もしかしたら死ぬかもしれない」という、とてつもない恐怖を体験した人が急性ストレス障害(ASD)や心的外傷後ストレス障害(PTSD)などになることは容易に想像できる。泣きだす方もいたが、一方で「妻は津波で亡くなりました。」と淡々と語る男性の姿が、かえって悲しみを増長させまいと必死に抑え込んでいるように思えた。また、そうしたストレス性の障害のみならず、もともと認知症や知的障害を持っていたような人は避難所の中で暮らしにくくなることも予想される。避難所という特殊な環境の中で、リソースが圧倒的に限られている今、こうした分野での専門的ボランティアのニーズは高いように思う。


先日、NHKの番組で、避難所の人々の運動不足解消のために、自閉症の子がラジオ体操のピアノ伴奏を弾き、避難所の人々から喜ばれているという話が紹介されていた。


時論公論 「"災害弱者"を守れ」
http://www.nhk.or.jp/kaisetsu-blog/100/77632.html



<妊産婦のケア>


被災者の中には当然ながら、妊娠中だった方もいる。避難所では暮らしにくいので、自宅の被害がそれほど大きくなかった場合、自宅に戻られている方も多い。しかし、サポートに来られている産婦人科医の話によると、食料配給が十分でなく、特にビタミンなどの栄養素が不足しており、妊婦にとっては極めて良くない状態だと言う。しかし、避難所に集中して滞在しているのではなく、各自の家に点在しているため、情報を集めにくく、現状の把握に時間がかかっているようだ。地元の保健師の協力も得ているようだが、ここでもまだまだリソースが足りない。



<「本部」機能の弱さ>


今回の災害で特徴的な事柄の一つに、自治体機能が大きなダメージを受けているということが挙げられるだろう。これまでの日本の防災対策は、地方自治体が機能することを前提に考えられていたが、その自治体自体が壊滅的な打撃を受けてしまっている。避難所では○○市や△△県などと書かれた防災服を着た方々が本部を取りしきっている。他の自治体から集められた、いわば即席チームである。もちろん、今はこうするしかないのだろうが、うまく機能しているとは言い難い。玄関で避難所を訪れた人が誰かを待っている。「さっき、本部に行ったら『受付に行って下さい』と言われたが、受付には誰もいない」と言う。情報が混乱し、たらい回し状態が起きることが危惧される。



<「無許可」支援>


私たちが血圧測定・血液検査・尿検査といった健康診断を行っていることを避難所の方々に知らせて回ると「もう行きました」という声が聞かれる。詳細に事情を伺ってみると、血糖の簡易血液検査を他の団体が行っているらしい。我々は、同じ避難所に入っている他の医療系援助チームとはコミュニケーションを取っていたが、この団体だけは関知していなかった。それどころか、避難所の本部もこの団体の活動を関知していなかった。いわば「無許可」支援である。善意に解釈すれば、「すぐにでも被災地に入って、できるだけ早く支援活動を行いたい」という気持ちの表れかもしれないが、他の団体、ましてや本部とのコミュニケーションも無しにいきなり入って来て、他の団体からすれば、何をしているのか良く分からないことをされると、我々だけでなく、被災者の方々自身が混乱してしまう。



<「自治体が主役」は言い訳>


ここでは気仙沼の避難所以上に、「応援メッセージ」や、詩のような文章が乱雑に貼られてカオティックな状態になっており、より本部の機能の弱さが見えてしまった。とは言え、これ以上本部を強化しろと言われても、派遣元の自治体とて余裕が無いだろう。


東京新聞の社説が怒りを込めて「自治体主導」の建前を批判していた。


憲法記念日に考える 試される民主主義
http://www.tokyo-np.co.jp/article/column/editorial/CK2011050302000056.html


被災地域の市町村は壊滅的打撃を受けており、県が肩代わりしようにも限界がある。石巻から仙台の宿舎に帰り、班のメンバー、先生と一緒に近くのハンバーガー店で夕食をとったが、そこでS先生が「自治体を通していたのでは何も動かない。国が直轄事業として思い切った行動を取らなければ、事態の迅速な進展は望めない。」と仰っていた。もちろん、復興は被災者が主役でなければならないし、ボランティアが踏み込み過ぎるのは良くない。しかし、「自治体が主役」という建前は、現状を鑑みるに単なる言い訳としか映らない。



<避難所の知名度>


避難所の知名度が支援に影響することもある。私は湊中学校には行っていないのだが、そこに行った人の話によると、湊小学校と異なり、知名度が低く、ボランティアも少なく、あまりうまく回っていないらしい。本部もほとんど北海道庁の方々だと言う。大規模な避難所はマスメディアなどで報道されるせいもあり、比較的ボランティアや物資が集まり易いが、中心部から離れた、比較的小規模な避難所には人・物ともに集まりにくいというのは、かねてから言われていた。ゴールデンウィーク中はボランティアが過剰になっているということはない。まだまだニーズはあるのだが、避難所をまたいで、地域全体をオーガナイズできていないために、需給ミスマッチも起こり得る。日経新聞の以下の記事が、そうしたボランティアの需給ミスマッチに関して詳細にレポートしている。


被災地ボランティア、連休混乱の裏側 ニーズは無数、「社協」の限界
http://www.nikkei.com/biz/focus/article/g=96958A88889DE0E5EBE7E0E3E2E2E2E7E2E7E0E2E3E3E2E2E2E2E2E2;p=9694E3E6E2E7E0E2E3E2E0E7E3E5


記事中でも紹介されている「チーム神戸」のテントには高校生くらいの若者や外国人の姿も多く見られた。一輪手押し車やスコップなどを持っているから、これから瓦礫の撤去に向かうのだろう。やれる事、やらなければならない事はまだまだある。正念場はこれからだ。



<鯉のぼり>


5月5日。石巻の海岸近くの工場の煙突に鯉のぼりが掲げられていた。まだまだ周囲は瓦礫ばかり。瓦は剥がれ落ち、船は岸辺へと無残に押し上げられているが、鯉のように、滝を上へ上へと上ってゆきたい。鯉のぼりに込められた復興の願いが私たちの心にも響いてきた。



甍の波と雲の波、
重なる波の中空を、
橘かをる朝風に、
高く泳ぐや、鯉のぼり。


開ける廣き其の口に、
舟をも呑まんさま見えて、
ゆたかに振るふ尾鰭には、
物に動ぜぬ姿あり。


百瀬の瀧を登りなば、
忽ち龍になりぬべき、
わが身に似よや男子と、
空に躍るや、鯉のぼり。



(作詞者不詳 『鯉のぼり』)

気仙沼

【要点】


・「避難所」は確かに一時的避難の場であるかもしれないが、物資の配置・供給のシステムや、異なる組織から来たボランティアの役割分担など、適切な運営がなされることによって、少しでも混乱は減らせる。
・安心したプライベート空間のためにはテントが有効かもしれないが、数は十分ではない。
・ノロウイルス対策には、本来は次亜塩素酸系の消毒薬を用いるべきだが、物資が限られている中では、消毒用エタノール(70~80%)で代替することが提案されている。
・「ハネムーン期」を過ぎた後の心のケアがますます重要になってくる。何か具体的な”doing”はできなくても、傍に寄り添って”being”することはできる。
・まだ強いストレス状態にある被災者に対して、不用意に「前向きに生きる」ことを促す言葉は、おそらく、今はまだ、ただ虚しく響くだけだろう。


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5月3日は気仙沼市の避難所である、気仙沼小学校・気仙沼中学校・気仙沼市民会館が寄り添うようにして建っている所にお邪魔した。その日は最も海抜の低い地域には立ち寄っていないため、その部分の様子は分からないが、津波で破壊されている部分と無傷の部分とが混在しており、これが復旧をやり易くしているのか、かえってやりにくくしているのか、何とも判断が付かなかった。



<「学校」という建築空間>


南三陸町のベイサイドアリーナとは打って変わって、「学校」という建物の構造上、体育館やグラウンドが広々と感じられた。手回しオルガンやアフリカの楽器を使った、音楽による支援も避難所の明るさを演出するのに一役買っていた。子供たちが多く、南三陸町の避難所に比べると、ずいぶんと平均年齢が低いように思われた。そのため、子供を対象とした、遊びなどの支援も比較的多く見受けられた。



<比較的オーガナイズされた避難所>


南三陸町のベイサイドアリーナとは異なり、体育館には本部があり、必要に応じて体育館の放送設備を使ってアナウンスを行っている。荷物の置き場所には、物資の種類ごとに段ボールで作った看板が掲げられており、どこに何があるのかかが一目で分かるようになっている(写真があった方が分かりやすいかもしれないが、我々は避難所内では写真撮影を遠慮している)。こちらでも、まだ低い段ボールの間仕切りでの生活が多いが、体育館にはテントが張られ、更衣室などに利用されている。テントの中に居住している方もいらっしゃるようだが、特にケアが必要な方なのか、全員分のテントが無いだけに、不公平感の出ないように慎重な振り分けが必要だろう。


体育館では訪問看護のNPOである「キャンナス」の看護師さんが現場の状況をよく把握し取りまとめておられた。また、体育館という狭い空間ではあるが、「本部」が明確であり、館内放送を用いて効果的なアナウンスを行っていた。



<衛生>


避難所のように人が密集している所では感染症の拡大を防ぐことが重要となる。とりわけ、ノロウイルスの感染拡大には気を付けたいところだが、ノロウイルスは次亜塩素酸系の薬剤でないと消毒ができない。しかし、避難所のように物資が限られている所においては次亜塩素酸ナトリウムが無いと消毒ができない、などとは言っていられない。最近では、消毒用の70~80%エタノールでもある程度の消毒効果が期待できるとの事で、何もしないよりは、エタノールで消毒した方が良い、と言われているようだ。もちろん、エタノールで消毒することによって、ノロウイルス以外の、エタノールが有効な細菌の感染が防げるというメリットもある。


参考
「ヒトノロウイルスの代替としてマウスノロウイルスを用いた消毒薬による不活化効果」
http://www.jstage.jst.go.jp/article/jsei/24/6/24_388/_article/-char/ja



<心のケア>


時折、被災した人々が助け合って前向きに生きていることに励まされる、などといった報道がされることもある。もちろん、そのように強く生きている被災者の方もいらっしゃるのだろうが、被災後の「ハネムーン期」の可能性もある。


参考
「『被災者の地域における心理的経過』の理解」
http://www.fukushihoken.metro.tokyo.jp/chusou/jouhou/saigai/index.html


ハネムーン期を過ぎた後、被災者の心のケアはますます重要になってくる。どうしても「緊急支援」というと水・食料・インフラなどに注目が行きがちであり、心の問題は後回しにされがちであるように思う(これは途上国支援でも同じような事が言えるのではないだろうか)。同行メンバーの一員である精神科のT先生が仰るには、その人を受け入れ、助けられるような支援があることを示し続けることで、悲劇に対する怒り・拒絶から受容へと繋がって行くのだそうだ。



<being>


活動後のブリーフィングでこんな話が紹介された。60年間、下宿を経営されていた方が、津波によって「下宿もろとも夢が流されていった」と仰っていたそうだ。しかし、その下宿から送り出していった人々が、この地へと次々にお見舞いに戻って来てくれたのだと言う。面談した保健師のTさんが「あなたは人財産(ひとざいさん)を築かれましたね」と声をかけた所、その人は涙から笑顔に変わったという。”Japan, the world is with you!”のメッセージのように、具体的なdoingはできなくても、心を共にし、beingすることはできる。時としてそれはとても無責任な態度に映るかもしれない。しかし、心の問題に限って言えば、beingより他に無いと言えるかもしれない。



<イライラ>


被災者と共にいるというメッセージを発する。その心が被災者の心のケアに繋がるのだが、どうにも違和感を抱いてしまった事柄もあった。「気仙沼がんばっぺし」と大きく書かれた模造紙に応援メッセージが書かれている。「前だけを見て生きて下さい。」「生きろ」「耐え忍んで下さい。」などと書かれている。小学生か中学生くらいの人たちが書いたのだろうか。私がイラッとしても仕方が無いのだが、全く現実の状況を分からず、空虚な観念だけで書いているような気がしてしまった。


先日、あるテレビ番組で、司会者がこんなことを言っていた。被災者の方に「頑張れますか?」と声をかけたところ、弱々しく「頑張れません」という答えが返ってきた。その時、その司会者はハッとしたという。家も仕事も、そして愛する人々をも失い、どうやって頑張れるというんだ?彼は被災者の気持ちを理解したつもりでいて理解していなかったことを恥じたという。


その模造紙だけでなく、日の丸にメッセージを書き込んだものや、様々な文章などがいたる所に貼られている。応援メッセージを寄せて下さるのは有り難いが、私にはどうしても、禁忌とされている「うつ病の人を励ます」という態度にも似たものを感じてしまう。もし、自分が、人を含め、何もかもを失いながら津波から命からがら逃げてきたとしたら、こうした言葉はまだ虚しく響くだけかもしれない。

南三陸町

【要点】


・ 避難所の衛生や基本的生活インフラの管理をできる組織体が必要。
・ トイレ掃除などのボランティアも必要。しかし、誰がオーガナイズするのかが問題。
・ 上記の事柄は行政機能の「キャパ超え」がおそらく一つの大きな原因。若くアクティブな人々ならば自主的に何らかの運営組織を立ち上げるかもしれないが、高齢者が多い所ではそれはかなり酷。ボランティアを含む官民連携の組織体が必要かもしれない。
・ 被災者の方々の住宅と雇用の確保をいかに達成するか?しかし、雇用のためのインフラも失われている。被災者の自立無くして復興はあり得ない。もはや財政収支の悪化を恐れていては何もできない。被災者の多くが農林水産業、自営業、中小企業への勤務、という手段で生活している。こうした小規模産業の支援は復興のための投資。
・ 「ボランティア熱」が冷めても、長期的な支援の継続が必要。



今回、RHITEプロジェクトでは、南三陸町、気仙沼市、石巻市の各避難所を訪問することになった。



<瓦礫>


まず、初日、二日目は南三陸町。RHITEのボランティアメンバーを乗せたマイクロバスが南三陸町へと向かう。ある所から突然、瓦礫の山が姿を現す。


……前日の晩のミーティング。現地コーディネーターのM先生が、こう仰っていた。「あれを瓦礫と呼ばずして何と呼ぶのか、と言われるかもしれないが、私はあれを単なる『瓦礫』とは呼びたくない。そこには震災のその瞬間まで人々の営みがあったのであり、例え流されたとしても、そこにあったのは、今まで住み慣れた、あの土地の人々の家だったのだ。漁師さんにとっては命の次に大事な船が、あんな形で丘に上げられているんだ。」……


周囲を見渡してみる。川に沿って津波が俎上した事が分かる。瓦礫の山。自衛隊員が、おそらく行方不明者の捜索を行っている。向こうには瓦礫を燃やす煙が燻る。僕はその瞬間、こぼれそうになる涙を必死でこらえた。ビルの屋上に乗り上げた車。鉄骨の周りにはまるで現代アートのようにありとあらゆる瓦礫が絡みついている。鉄骨だけになった建物には「ふんばれ 南三陸町」の看板。この状況の中で、一体何を踏ん張れというんだ?看板の意図とは裏腹に、あまりにも痛々しい言葉に、また僕は必死で涙をこらえた。写真は撮っていない。現地の状況は報道されている通りだし、自分で写真を1枚2枚撮ったところで、その状況を伝えられるとは思えない。もう一つ、瓦礫の山を見て思った事は、リビアを始め、世界中の至る所で、きっとこの状況と同じように苦しんでいる人々がたくさんいるのだ、ということも忘れてはいけない。戦争で瓦礫と化した土地は、きっとこんなものだろう。


それでも、山影に残った桃の花は濃いピンク色の花を満開に咲かせていた。



<避難所の問題点>


現地を自分の目で見てみて、何が問題かブログに書こうと思っていた。しかし、事態はきっとそんなに簡単ではないのだろう。確かに、南三陸町ベイサイドアリーナでの避難生活は、見るからに窮屈だし、お風呂やトイレなど、衛生上の問題もある。しかし、食べ物はあるし、昨日は靴下が届けられていたし、救護所には医療スタッフや薬が充実している。僕が見た限りでは、何かが足りない、という状況は感じられなかった。もちろん、自宅で過ごしていた時に比べれば、はるかに厳しい生活を強いられていることには変わりは無いが、皆が恙無く「非日常」の中の「日常」を過ごしているように、外見上は見えた。


しかし、二日目に、産業医のM先生と、現地にかなり前から入っている循環器内科医のK先生との間で、なぜトイレなどの衛生状態が好ましい状態ではないのかという話になった。
M先生「きっと、医療従事者がそうした衛生管理をしないといけないのだろうが、診療で手いっぱいになってしまい、誰が管理するのかがうやむやになってしまっているのではないか?」
K先生「いや、自治体レベルではそうした議論をやっている。そのおかげで、ノロウイルス対策などもきちんと言うようになってきた。」
僕「トイレ掃除のボランティアを募集したらいいのでは?」
M先生「そう、それは必要だと思う。これだけ大量のボランティアがいる。現在は、目に見えて需要の増えたところに人員を回すと、そのうち余ってくる、という状態だ。それ以外にもボランティアの需要・供給はあるはずだが、需給調整のコーディネートをできる組織体が無いのが問題。」


間仕切りの段ボールがかなり低く、避難所では全くプライバシーが守られていない。「プライバシー」と言うと、極めて西欧的価値観のように思われるかもしれないが、周囲を人が歩いている中で、見ようと思わなくても顔を合わせざるを得ないし、そんな中で熟睡できるか、というと、おそらく多くの人は安心して眠ることはできないだろう。「プライバシー」とういう言葉が好きになれない人は「安心して眠るための静かな空間」の提供が不十分と言えば、理解して頂けるだろうか。僕は引き続いてM先生とお話をした。きっと、最初にとりあえずあった段ボールを配ったところ、そのくらいの低い間仕切りしかできなかった、後から背の高い段ボールも来ていないのだろうし、もし、そうしたものが来ても、一人だけ背の高い段ボールで仕切りを作ると、地域コミュニティの結び付きの強い社会ではかえって「変わり者」と見られてしまうかもしれない。出入り口付近で寝ている人にとっては、人の往来が多いので尚更だし、まだ暖かくなってきたから良いが、少し前までは寒くて仕方が無かっただろう。やはり、誰が何を供給するのか、という責任分担が明確でないと、初期の制約条件の多い段階で作られたものがデファクト・スタンダード化してしまう。


根本にあるのは、今までの防災システムは、自治体が機能することを前提に考えられていたが、自治体そのものが大きなダメージを受けている中で、行政機能が「キャパ超え」してしまっているのが大きな理由だろう。


一方で私たち自身も反省しなければならない点もある。自衛隊員の方が「水飲み場付近で子供が嘔吐しているんですが。」と採血担当の看護師さんに話しかける。「あ、私たちじゃ分からないんで、あっちの看護師さんに聞いて頂けますか?」しかし、自衛隊員の方は誰に聞いたら良いのかよく分からず、戸惑っている様子だった。ボランティアとして、多くの組織が入って来ている。それらの組織がまとまってミーティングをする機会も無ければ、情報共有や行動の共通指針なども無い。やはり、ここでもオーガナイズされていない。きっと各自の作業で手いっぱいなのかもしれないが、何かできないものか、と考えてしまった。



<アンケート>


比較的高齢の方を中心に問診調査を行ってゆく。「家は津波で流されましたけど、自分の所だけじゃないからね。周りもみんな流されたから、諦めもつくわね。」お婆さんはそう言う。そう。このお婆さんは、諦めなければ、きっと心が苦し過ぎて生きてゆけないから「諦める」と言っているのだろう。


別のお婆さんは、最高血圧が180mmHgを超えている。ご主人が立ち上げた小さな会社を、ご主人の死後、引き継ぎ、経営してきた。息子さんは大学卒業後、就職した最初の配属先は北海道の奥尻島だった。そこで地震と津波に遭い、全てを失う。そして、ここ南三陸町に帰って来て、また地震と津波に遭う。「また全部無くなったよ。」そう言って涙を拭う。しかし、一方で「ここさいたら、若い人たちは働く気力を失うんでねか。ここさいたら何にもしなくても、朝・昼・晩、食事が食べられるんだから。」女手一つで会社を切り盛りしてきた人の自らに厳しい姿勢を垣間見た。「従業員はみんな無事だったけど、出勤簿も何もかも全部無くなった。これからどうしていくべかと考えると、眠れねぇな。」そんなストレスが彼女の血圧をますます上げる。


お爺さんに「1日20分以上歩いてますか?運動は大事ですからね。」と尋ねる。「ああ、さっきも女房探して歩いてきたよ。でも今日も見つからねがったな。」



<支援を継続することの必要性>


マスメディアで緊急に何かが必要と報道されている時には救援物資が届く。そしてボランティア参加希望者も多い。しかし、果たしてゴールデンウィークが終わった後で、ボランティアがどのくらい来てくれるのか、懸念されるという。仕事を小規模ではあるが、再開できた方もいる。発災直後の急性期は過ぎつつある。迅速な、しかし雑然としていてオーガナイズされていない援助ではなく、何が必要なのかを見極めて、ボランティアとの需給調整をし、被災者の方々の住宅と雇用を確保できるような具体的取り組みを、政府に頼るだけでなく、民間の力を使って何かできないものだろうか?気分を上向かせるための安易な「復興ムード」は実は具体性に乏しく、本当の復興とはあまり関係の無い次元の情報のようにも思えた。


石巻の人々の健康状態

「石巻ローラー作戦」


http://medg.jp/mt/2011/04/vol135.html


http://www.nagaoclinic.or.jp/doctorblog/nagao/2011/04/post-1477.html


の紙媒体から電子データへの入力のお手伝いをしている。まだ全部を見たわけではないが、印象としては、かなり高血圧の方が多い。中には癌の治療中の方もいる。先発調査に行った人の話によると、避難所では眠れないし、プライバシーも無いので、ストレスがたまり、1階が津波で流されて、2階しか残っていない、などのひどい状態の家屋に戻り、埃っぽい中で生活をされているそうだ。津波で浸水した地域は、行政側としては、本来なら人々に「戻ってほしくない」地域だが、行政としては電気や水道などのインフラを復旧させないわけにはいかない。しかし、下水道は、下水処理場が破壊されているため、復旧は難しい。衛生状態は決して良いとは言えない。言うなれば「中途半端」に復旧していることが、ある意味、問題をこじらせている。


食事もほとんどが、パン・おにぎり・カップ麺という、炭水化物ばかりの偏った食事だ。毎日これを続けると、皮膚が荒れてくるらしい。民間NGOが入っている所は、様々な食事メニューが提供されているらしいが、行政機関しか手が回せない所は、ただでさえ行政機関自身がキャパ超えをしているので、おにぎりやパンばかりになってしまう。「避難所格差」も報道などで言われている通りかもしれない。


データ入力をしていると、ある事に気が付く。確かに、ボランティアをして下さるのは有り難いが、トレーニングをきちんと受けていない(事前説明をよく聞いていなかった?)人が記入したと思われる調査票には不備があり、重大なリスクを抱えているにも関わらず、回答者の連絡先が分からず、記入者の名前も書かれていないので、確認のしようもない、というものがちらほら見られる(調査票のID番号から、地区の見当はつけられるので、大丈夫だとは信じたいが)。


間もなく、東北新幹線が全通する。僕の小学校・中学校の同級生が復旧のためのオールJRチームにJR西日本の代表として参加している。こうしたプロフェッショナルの方々努力が実って、インフラがある程度復旧できれば、もっと多くのボランティアが参加できるようになるかもしれない。自分も近々、本調査で派遣されるとのことで、せっかく自分の目で見た被災地の情報を発信しようとブログにも移行し、待機しているのだが、調査がいつになるのか、誰が調査を行うのか、まだ決められないでいるらしい。早く自分の目で、現場で何が起きているのかを見てみたい。そうしない事には、外部からあれやこれや言っても説得力が無いし、間違ったことを言う可能性も高い。

「ほーしゃのー」が怖い

これは悪い冗談だろう、と思った。ごく一部なのだろうが、複数の場所で、福島県から避難してきた人々に対して拒否反応(単刀直入に言って、これは「差別」だ)が起きている。


「福島ナンバー拒否、教室で陰口…風評被害に苦悩」
http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20110421-OYT1T00520.htm?from=top


「福島の避難住民に『放射能差別』 女児が診療拒否される」
http://news.searchina.ne.jp/disp.cgi?y=2011&d=0415&f=national_0415_203.shtml


きっと、原爆やチェルノブイリ原発事故などとのイメージが重なり、みんな、なんだかよく分からない、目に見えない「ほーしゃのー」が怖いんだ。「放射能」と「放射線」と「放射性物質」の違いなんて知ったこっちゃない。僕が子供の頃、テレビに近づいて見ていたら、祖母から1m以上離れるように言われた。なんでも祖母によると、テレビから1m以内に近づくと、テレビから「ほーしゃのー」が出ているから危ないんだそうだ!もしかしたら「電磁波」と混同していたのかもしれない。昔の話だが、学生実習でリン32やトリチウムを使っていた自分の方がもしかしたら被曝量が多いかもしれない。しかし、正しい知識を持っているはずの医療機関までもが差別をするなんて、いったい何を勉強してきたんだ?と言いたくなる。医療人は命を守る立場にある人々だという見方は外部からの押しつけだろうか?


愚痴

※ 単なる愚痴なので、気分の悪くなりそうな方は読まない方がいいです。かと言って、この怒りをどこにぶちまけて良いかも分からないので、自己満足的にここに書かせてもらいます。はぁ、矛盾してるね。


22才まで教育を受け、就職をし、60才まで働くとしたら、38年間働くことになる。その後、80才まで生きるとしたら、もう20年。22才で人生の選択肢が決まってしまうなんて、そんなに人生は収穫逓減なの?確かに、22年と38年を比べれば、1.7倍しか違わないから、22才までにきちんと教育を受けることは大事だろう。でも、子供時代よりも大人時代の方にもっとウェイトがかかるとしたら、大人時代はもっと伸びる余地はあるはずなのに。


寮や研究室で、若くて優秀な学生たちと話をすると、「自分のこれまでの人生、一体何だったんだ?」って思う。なんでそんなに学問にのめり込めるの?なんでそんなに自分に自信が持てるの?(本当に自信を持っていいレベルにあるのは確か。)わずか20年そこそこ、どんな人生を生きてきたら、そんな向上心の塊みたいな生き方ができるの?この人たちと対等に議論するためには、自分は10年必要だった、って思うと、10年余分に生きなければならない非効率な人間に生まれた事を恨む。過去は変えられない、未来しか変えられないんだ、って言っても、人間は(僕だけ?)過去に拘泥しながら生きる。人間は自分の思った通りの人生を歩むらしい。ポジティブな人はポジティブな人生を歩み、ネガティブな人はネガティブな人生を歩む。ネガティブな星の下に生まれた人間は自分を恨むどころか、自分を抹殺したくなる。昔、NHK教育テレビで、地雷除去に携わっていて、手足を失った人が、子供たちに「人生は平等ではないということを受け入れなければならない」と話していた事を思い出す。それが受け入れられないのは、自分の中に変なプライドみたいなものがあるからなのか?


長年、うつ病に悩まされている友人がいる。僕は彼に「人様のためにお役に立ちたい、という心が生きるための原動力になる」と話したら、「それはそうだ。でも人様のお役に立つためにはそれ相応の能力が必要なんだ。自分にはそれが無いんだ。」と言われた。そう、そうなんだ。僕も心の中では同じ事を感じているんだ。


結局、世の中には「できる人」と「できない人」がいる。そんな単純じゃない、人それぞれ能力が違うはずだ、とかきれいごとを言ってみても、現実はとてつもなく厳しく冷たい。人様の役に立つ事すら許されない人間のみじめさ。途上国のために役に立とうと思っても、周りにモチベーションも高く、優秀な人がいたら、彼らに頑張ってもらえばいい、と思ってしまう。自分が出ていく幕は無い。自分の未熟さを恥じるというよりは、そうやって、他人の優れた点を見せつけられないと自分の未熟さに気付きすらしないという情けなさ。いくらでも代わりがいるとしても、取り換え部品になれたとしたら幸せだろうな。自分は取り換え部品にすらなれない不良品なんだ。


自分に能力が無いとしたら、低生産性の非正規雇用で過ごすの?いや、そんな仕事あるわけない。誰だ、フリーター・ニートを馬鹿にするやつは!コンビニのレジ打ちだって、日雇いの建設作業だって、いろんな仕事の工夫が求められるし、その仕事に特有のスキルがあるから、「低生産性」なんて、言えるわけがない。老後は農業をしようと思っても、経済学者どもは「生産性の低い兼業農家に市場から退出してもらわなければならない」などとぬかす。先祖伝来の土地があったり、何らかの理由で土地を手に入れたりした人が、その土地に対して「土地を荒らしてはいけない」という義務感を心に持っている事をご存じか?コメは価格の下落を防ぐために減反などということを押しつけられ、コメを作りたくても作れない悔しさ。「市場から退出してもらう」なんて、よくもそんなに簡単に、アイデンティティ・クライシスを起こしそうな事を平気で言えるもんだ。農業の高齢化が言われて久しいが、農協にも責任があるが、そうやって農業を、もうからない、若者にとって魅力の無い産業にしてしまったのは誰なんだ?


僕は何に怒っているんだ?そう、社会的な「効率性」のもとで、「非効率」とみなされた人間は切り捨てられなければならない、という価値観に腹を立てているんだ。もう一回、リカードの「比較優位」を思い出せ。高齢者には高齢者にしかできない農業以外のスキルがあるとしたら、それをマッチングさせてあげることも政治の責任じゃないのか?確かに「文化」という言葉で保護貿易をいたずらに正当化する気は無い。でも、「退出する」ってどういうことか分かっているのか? 退出した後は野となれ山となれかい?


一方で、ファミレスでサラリーマンたちが「降格人事から這い上がるためには死ぬ気で働くしかない。結果が出なくても、必死で働く姿を見せるしかない。」などと話している。おいおい、悪しき精神論はやめてくれよ。結果が出ないのに、必死で働かせる、って。本人にとっても会社にとってもメリットはないじゃないか?もっとevidence basedな議論をしようよ。やっぱり安定を求めたら、そんな会社に居続けなければならないの?そりゃ、動機は大事さ。でも動機のために結果を無視するのは、やっぱり間違い。かといって、結果が全てで、それ以外を切り捨てるのも、許せない。


「そうだ、地上にただ一人だけでも
我がものと呼べる魂がある者も歓呼せよ
そしてそれがどうしてもできなかった者は
この集まりから泣きながら立ち去るがよい」


それが「歓喜」なのかい?

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過去にmixi日記で書いていた記事をアメブロに移しました。今後、記事はこちらで更新していきます。改めて宜しくお願い致します。