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今日も 夕食を作りませんでした。


こんなにカロリーが高そうなものを 食べてしまいました。


実家の母には このブログは見せられません。


なぜか わからないけど最近あっという間に


夜になってしまうのです。


誰かが 時間の操作をしているのでしょうか。


何か大きなものが 私の時間の速度を 速めているとしか思えない。

 

時間をもどしてくれ~ビックリマーク


どうせなら いっきに十代まで……

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今日の夕食は、持ち帰り弁当でした。


こういうとき 少し自己嫌悪に陥ります


ちゃんと食事を作らなかった。

 

 でも、自分を責めるのはやめましょう。


仕事をしていれば そういう日もあるのです。


手抜きをしたい日もあるのです。


テレビによくでる女優さんで、美しくて主婦業もきちんとこなしている。


そういう人を見て 落ち込んでしまう女の人がいる。


と、聞いたことがあります。


立派な人が多いと 苦しいものです。


やらなければならないことが たくさんありすぎて


自分で自分を、追い詰めてしまいます。


大丈夫、わたしがいます。風船
















真夜中の雨


私が 二十歳頃に 作った曲です。


今は バンドのメンバーの女の子が歌っています。


自宅録音で ちょっと聞き苦しいのですが


私の大好きな曲です。


若い子に歌ってほしいなあと思っていたので


うれしくて ちょっとの期間 お聴かせしま~す。


去年も、彼女の大学の学園祭でも歌ったんですよ。

  真夜中の雨


真夜中の雨は、君の声をかき消した


答えなの 問いなのか 雨の音できこえない


孤独とは 絶望とは


おどけながら 君に聞いた


販機の光にてらされて 君の白い濡れた羽が


ふるえて みえた




真夜中の雨は 僕のこころを隠す


なみだこらえる僕に、君は気づいていたのかな


理解しあうなんて不可能


甘えてるから 言ったんだ


遠くにきこえるサイレンの音に


君は何もたじろぎもせず


うつむいていた




一人なんて こわくない


子どもみたいに強がっていた


君は夜に舞い降りた天使


傷ついた羽を広げて ないてくれた

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小学生の頃、母方の祖父の家に住んでいた。

 

その頃で、もう七十を過ぎていたと思う。


教師だった祖父は、厳格で 気難しい人で、

笑った顔を思い出そうとしても思い出せない。


抱っこされた記憶もなければ 何かを買ってもらった記憶もない。


覚えているのはお行儀が悪いと、よく叱られた事。


私が祖父や 父が座っている前を横切ったり


弟を けんかして殴ったりすると


「女人の分際で 」と,怒られたことがある。


私が『じじいの分際で」と切りかえしたら


足を新聞紙でたたかれた



 昨日、テレビである広告をみた。


運動したり、支払いをするのに、

手間取っているお年寄りの映像の後ろで

「もたつく権利」と、いう言葉がながれていた。


おかしいと思う。

卑屈でちっとも優しくない。

なぜ、わざわざ、テレビで流す必要があるんだろう。

別の言い方があるだろう。

 

祖父が生きていたら、「小僧の分際で、何様のつもりだ。」と

きっと、 怒っただろうなあ。


 最近、朝から晩までピアノの音を、聴き続けている気がする。


毎日、レッスンで ピアノの前に7時間程、座り続けているので、


終わった後でも 頭の中を音が回っている。


音楽というものは不思議なもので


目では楽譜をおっているのだが、頭の中では


色や たくさんの種類のおとがきこえる。


生徒一人一人の、奏でる音も違う。


目には見えないものに集中しつづける。


レッスン後、外に出ると 周りの景色を認識するのが


すこし時間がかかるような気がするのです。


この感覚、わかりにくいですよね。



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高校生の時、すごいダイエットをしたことがある。
 

幼い頃から、どちらかというと ちょっとぽっちゃり気味だった私は


高一の夏休み、一大決心をした。


もう、いいかげんにデブと、オサラバしよう。


友達の後ろから いつもノタノタあるいて


どんくさい自分とおさらばしよう。ビックリマーク


 私は 一ヶ月間 お菓子と炭水化物を一切 口にしなかった。

 そして、なわとび 毎日1000回。

  

結果、 12キロやせました。


2学期には制服も、サイズが合わなくなって、

母にもしかられて

新しい制服を作ってもらいました。


その、ダイエットを 始める前の日 

食べ収めに食べたのが、

フライドポテトとチーズバーガー

どうしても 最後に食べたかった。


自分を変えたいと 

変わりたいと思い続けていたあの夏を

チーズバーガー食べるたびに思い出します。


コザ 双子

ポップコンの話は これを見て思い出した。


23歳以下のロックコンテスト。


女の子だけのかわいらしいバンドや、


ただただ わめき散らしているだけのバンドもいたりして


ブーイングされないかハラハラしてしまった。


でも、暖かい雰囲気で


頑張ってよ~!みたいなかんじで


拍手していた。


  私が生まれた宮古島の人がよく使う言葉がある。


子供がころんで 泣いたり、傷ついたりした時


『そこから、大きくなるから大丈夫』


 落ちても 選ばれても


みんなそこから大きくなる。


だから、だいじょうぶさあ~おんぷ




 昔々 ヤマハのポプコンと いう音楽コンテストにで出たことがある。

      

 応募曲は ニール・ヤングの熱狂的ファンだった私が作詞作曲した

 

 名曲ハーベスト風の お子様版ビックリマーク

  

 なんとなく応募したのに 沖縄予選の上位8組まで残ってしまって、


 琉球放送のホールで

 

 沖縄代表を決める、 公開ライブをやることになった。


 しかし それまで私は ピアノとコーラスぐらいしか 

 人前で演奏した経験はなかった。


 ライブに向けて友達が即席バンドまで作ってくれたが


 みんなで練習したのは、
 本番前のたった一回。

 

 私はバンド経験なしビックリマーク


 なんとかなるだろうと高をくくっていた私は当日、

 

 歌詞をほとんど忘れてしまって その場で作って歌ってしまった。


 しかも、メンバーの一人が練習がたった一回だったことを 


 ポロリと言ってしまって 審査員を怒らせて

 

 「みんな、まじめに音楽をやってるのに」 と、

 説教されてしまった。 

  

 もちろん、入賞はしませんでしたよ。

 誰も選ばれるなんて思ってなかった。


 楽しい思い出です。

 へらへら笑っていた自分が 恥ずかしくもあり かわいくもあり。

 ただ、出れたことだけがうれしかった。

 

 でも 後日、惜しかったで賞ということで曲が ラジオで流れました。

 

 それに、今にして思えばあのバンドメンバーはすごかった。

 

 私より 年上の方たちでしたが、

 今もジャズやロックで活躍している方もいます。


 どうして、集まってくれたのか いまだに不思議です。

 

  ポプコンはその後なくなってしまいました。


  クラッシク一辺倒だった私は


  又、自分のオリジナル曲を歌っています。


  あの頃のように もっと軽く、楽しんで、自分らしく

  音楽が出来たらなあと思っています。

  

 

私はインディーズのランキングに参加している。

ブログ村やJRANKはずっと上位でクラッカー

どなたが押してくださっているかわからないが


知らない方が毎日 私のためにポチッと押してくれている。

本当に感謝しています。

合格 ありがとうございます。


私は今、発表会の練習に明け暮れている。

のんびりしている生徒たちを

しかったり はげましたり ほめたり…


その発表会で 一番生徒たちが弾きたがる曲ランキング堂々の一位は

他の教室でも もしかしたら同じかもしれない。

それは『エリーゼの為に』

昔も今も変わらないと思う。


必ず弾きたいといってくる子が何人かいる。

これが弾けば 一人前と思っているらしく 

この曲を弾く生徒は かなり気合が入っている。


この曲は ベートーベンが 思いを寄せたテレーゼという女性の為に

書いた曲だが、ベートーベンの文字がはっきりしなかったため

テレーゼがエリーゼになってしまったらしい。


この曲を作曲した頃には

彼の耳は かなり悪くなっていて

曲の中間部あたりは 

彼のそういった苦悩や そして消すことの出来ない情熱を感じて

痛々しくさえある。


しかし、生徒たちにとって そんな事はしったこっちゃない。

中間部は ノリノリで 腕の見せ所とばかり

ピアノを叩きまくる。


そうじゃないでしょ 違うでしょ

どもる私を尻目に 達成感いっぱいで 満足げだ。


毎年の事ながら ベートーベン様には

本当に申し訳なく思っている。