子どもの頃は でこぼこ道が 多かった。
学校の帰り 一緒にかえる友達が 誰もいない日は
気に入った石ころを見つけて
蹴りながら帰った。

つかの間の友達を
見失わないように 見間違えないように……。
おっ おまえ
こんなところにいたのか 
わたしのこと ずっ~と待っててくれたのか?
子どもの頃は でこぼこ道が 多かった。
学校の帰り 一緒にかえる友達が 誰もいない日は
気に入った石ころを見つけて
蹴りながら帰った。

つかの間の友達を
見失わないように 見間違えないように……。
おっ おまえ
こんなところにいたのか 
わたしのこと ずっ~と待っててくれたのか?
久しぶりに『ぺーチンスペース』に いきました。
懐かしい友達が たくさん来ていてびっくりしました。
皆 偶然だったらしく こんなこともあるもんだと
大喜びで 遅くまで 盛り上がってしまいました。
みんな 本当に久しぶりです。
私も 皆も いろんなことがあったよね。
人生は思い通りには いかないもんだ。
だから、みんなと知り合えて 本当によかった。
はしゃぎすぎて、飲みすぎて しゃべりすぎて
幸せな夜でした。
窓辺に 赤や青や緑の ガラス瓶を 並べてみたりしています。
光が あたるときれいです。
海のようであったり 星のようであったり 花火のようだったり
みんな100円ショップで 買ったものなので
十分におつりがくるくらい 色んな想像をさせて
楽しませてくれました。
今日は 青い瓶を おいてみました。
とっても いい天気なので 青い空が
部屋に 反射しています。
暖かな日曜日、
誰かが 私のささやかな一日を
やさしい指で そっと、めくってくれている。
素直に そう思える 静かな秋空です。
昨日 仕事の打ち合わせで
私は 約束した相手にすっぽかされてしまった。
代わりの人が 出てきたが、話がまったく通じない。
相手はリハーサルに来たものだと 勘違いしていて
手ぶらで、一人でやってきた私を、あきれたように見ている。
今日は単に 当日使う音響や照明関係を確かめる
そう言うことになっていたはずだ。
話がかみ合わず 担当も違うので わからない。
なので
後日 彼にもう一度電話で 連絡をさせます。
ということで 終わった。
私は このために
大事なピアノの生徒を2人も休んで来た。
腹が立った、でも 笑ってこらえました。
でも、今日 約束をすっぽかした 相手からの電話に
怒りと 悔しさとで、めまいがしてしまった。
開口一番 彼はこういった。
『デ、用件はなんですか。電話するように 言われたものですから」
それはないでしょう。
あなたが 約束をすっぽかしたからでしょう。
忘れていたんでしょう。
それに 今日の打ち合わせは あなたが やったほうがいいと
提案したものでしょう。
と、言いたいのを また こらえた。
少しでも誠意がみれたら と、わたしはねがった。
大事な 大事な コンサートだ。
みんなが とってもとっても 楽しみにしている。
音楽は 人の心を癒し、人の優しさや美しさを
表現できるものだと 信じている。
だから、言い争いたくはない。
でも、彼は、最後まで高飛車で、
組織に属している自分を守るのに精一杯のようで
リハーサルなのに 何も用意してこなかったと
要点を都合のいいように すり替え、
正当化しつづけて 電話は終わってしまった。
じゃあ リハーサルだとしたら そんな大事なものに
何故 あなたはこなかったの?
何も知らない人ばかりで できるわけないでしょう。
おかしいでしょう。
世の中って こういうやつらばかりが
のさばり 威張っているのか。
そう思ってしまう ひがみっぽい自分が 悲しくて情けない。
でも、彼のような人は わたしの世界には 正直いらない。
もう二度と あなたに微笑むことはないでしょう。
今日は とっても疲れて 悲しい一日でした。
読んでくれたみなさん 暗くなったらごめんなさいね。
台風がきそうなので 庭の草花を 片付けた。
このところ 大雨の日が続いている。
台風が くるぞくるぞと天気予報は いうけれど
なかなかこない。
最近 私は ちょっと 気分を変えようと ブログのデザインを
あれこれ変えてみている。
真夏の夜のビールみたいに
シュパッとさわやか![]()
そんなスッキリが 何処かに落ちてませんかね。
父が 『おい、今日は敬老の日だぞ。』
と、電話をかけてきた。
「あっ、 忘れてた。」というと
「おまえは、困ったときしか電話をかけてこないのか
」
そういって ガチャリと切ってしまった。
忘れていたわけではない。
いまだに 迷惑ばかりをかけて 頼ってばかりで
敬老の日だといわれても
私の中で
父は父にしかみえないのである。
瀬長島に、いってきた。
島といっても 那覇空港から専用道路で、10分で行ける。
台風の影響で 海は茶色に 濁っていたが 浜辺で遊ぶ人や
サーフィンや バーベキューをする人がたくさんいた。
みんな海がすきなのね![]()
色をぬって 窓辺に置いてみたり
紐を通して カーテン止めにしたり
箸おきにしたり 植物の下に置いたり
でも、写真でみると
色なんか塗らないほうが いいみたいね![]()
失礼いたしました。![]()
上の娘が 小学生の頃 死について 何度も聞いてきた事がある。
人は本当に死ぬのか、いつか自分にも そういう日が来るのか。
娘にとって 人が死ぬと言う事はこわく 、想像することさえ恐ろしいものだったんでしょう。
私は娘に 「命あるものには 限りがある、だから 皆、精一杯与えられた時間を生きているんだよ」
ありきたりの答えを言いました。
でも、彼女はそれで納得しなかった。
「 死にたくない ずっと、ずっと生きていたい。200年でも300年でも生きていたい。」
そして 今までそんなに長生きした人がいるのかと 尋ねてきました。
いないと思う と、答えると 娘は 泣き出しました。
私とて、こんな小さなわが娘も年老いて いつかそんな日が来るのか
それを思うだけで 心が張り裂けるばかりです。
人は、生れおちたその日から 死に向かって歩き出す。
命あるものすべてが辿る宿命に
気づいてほしくはなかった。
永遠の命があるとしたら すぐにでも その手のひらにのせてあげたい。
私は 娘に言いました。
母の方が 年をとっているから先に行く。
だから、一生懸命 精一杯生きて、 そして、年をとってそういう日がきたら
必ず迎えにいってあげる。
よく、がんばったね、そういって 迎えにいってあげるから
何も 心配しなくていいんだよ。
「母さんは 忘れん棒だから忘れないでよ、約束だよ。ぜったいだよ。」
娘は 私と 泣きながら指切りをしました。
それ以来 彼女はその質問を ぴたりとしなくなりました。
今でも 小さかった娘の 不安げな顔と か細い泣き声を
思い出すたびに 涙がでます。
私は いつかこの身が滅び 灰になり 土になり、
すべてが消えてしまう時が きたとしても
母でありたいとおもう。