上の娘が 小学生の頃 死について 何度も聞いてきた事がある。
人は本当に死ぬのか、いつか自分にも そういう日が来るのか。
娘にとって 人が死ぬと言う事はこわく 、想像することさえ恐ろしいものだったんでしょう。
私は娘に 「命あるものには 限りがある、だから 皆、精一杯与えられた時間を生きているんだよ」
ありきたりの答えを言いました。
でも、彼女はそれで納得しなかった。
「 死にたくない ずっと、ずっと生きていたい。200年でも300年でも生きていたい。」
そして 今までそんなに長生きした人がいるのかと 尋ねてきました。
いないと思う と、答えると 娘は 泣き出しました。
私とて、こんな小さなわが娘も年老いて いつかそんな日が来るのか
それを思うだけで 心が張り裂けるばかりです。
人は、生れおちたその日から 死に向かって歩き出す。
命あるものすべてが辿る宿命に
気づいてほしくはなかった。
永遠の命があるとしたら すぐにでも その手のひらにのせてあげたい。
私は 娘に言いました。
母の方が 年をとっているから先に行く。
だから、一生懸命 精一杯生きて、 そして、年をとってそういう日がきたら
必ず迎えにいってあげる。
よく、がんばったね、そういって 迎えにいってあげるから
何も 心配しなくていいんだよ。
「母さんは 忘れん棒だから忘れないでよ、約束だよ。ぜったいだよ。」
娘は 私と 泣きながら指切りをしました。
それ以来 彼女はその質問を ぴたりとしなくなりました。
今でも 小さかった娘の 不安げな顔と か細い泣き声を
思い出すたびに 涙がでます。
私は いつかこの身が滅び 灰になり 土になり、
すべてが消えてしまう時が きたとしても
母でありたいとおもう。