ツーリングではないGW 2016 後半
ゴールデンウィークが無情にも過ぎ去り既に1ヶ月・・・。時の流れとはナント早い事か。
ヨルダンという国は、イスラエル、シリア、イラク、サウジアラビアに囲まれた立派な中東の国。テロやら内紛やらキナ臭い土地ではあるものの、ここヨルダンは比較的安定した国。「
テレビでしか見たことないような光景の中を淡々と進む。
ヨルダン人パイロットは無口なのか。空港から約1時間殆ど口を聞く事は無かった。
ヨルダンでの宿は”モーヴェンピックリゾート・デッドシー””。そのロビーはこんな感じ。入口にボディチェックがある相当立派なホテル。この程度のホテルに宿泊出来る事は人生にそれほどないだろう。
到着早々にレストランにて一杯。暑く乾燥した空気の中で飲むドラフトビールは至極の味わい。(なんとウェルカムという事で1杯目は無料!)
明けた翌日の朝食。ヨルダン料理を交えた至って普通の朝食だった。パンの種類が豊富なのが良かった。
この左右がホテルの部屋。1階と2階に部屋が並んでいる。雰囲気はとてもよろしい。
このホテルにはプライベートビーチが備わっている。というのもホテルから死海までが遠いとゆっくり出来ないという事でこのホテルを選択した。因みにイスラエル側のホテルはみなホテルから遠い模様。
ついに目の前に死海が・・・。これが世界一塩分の濃い水溜りです。
もう一つの世界一。そうここ死海は地球で一番海抜が低い土地なのです。
比較的キレイに見える死海。塩分が濃いのも特にわからない。
死海の水をアップで見てみると塩分が濃いことがわかる。なにやら白いものが沈んでいるが、それが塩分。左側の石が白くなっているのも塩分。
とりあえず入水してみる。
基本、死海の周りは岩場とのことで、素足で歩くのは中々厳しい。皆さんサンダルを履いている。
この画に憧れてこんな遠くまで来てしまったが、ユックリするにはとても良い場所。
サービスカット。
結局死海で1時間程浮遊し、ホテル内のプールで寛ぐの図。空気が非常に乾燥しており、日差しは猛烈だが日陰は結構な涼しさ。しかしなんと快適なことか。
イスラエルへ沈む夕陽を見ながら一杯。これもまた至極の時間。
それはともかく、人生初のアフリカ大陸である「エジプト」を訪れた事は前回の記事に詳しい。
そのエジプトを足早にやり過ごし、本来の目的地であった「ヨルダンハシミテ王国」へ。
普通に生活をしている普通の人間は、恐らく一生訪れる事はないだろう国、ヨルダンを訪れた理由は「死海で泳いでみる」という実にシンプルな内容。
中学校だかの英語の教科書に載っていた記憶があるが、その時のインパクトはそれなりだったのだろう事から、30年の時を経て行く運びとなった。
そういう意味ではピラミッドも同様の理由。

死海」へ行く場合の殆どはイスラエルからのアクセスが通常とも言えるが、ここヨルダンとイスラエルに跨っている為、ヨルダンからでもアリだ。むしろヨルダン首都のアンマンからの方が死海へは近いかも知れない。

アンマン空港からエアポートタクシーを利用すれば、一律料金なので安心。一度アンマン市内へ立ち寄る事も考えたが、時間も押しているのとボッタクリタクシーが多く走っているので、市内から死海へは手間が掛かると判断。依って空港から一気に死海へと向かった。

淡々と運転している割に下りのスピードは出し過ぎ感があり、少~しだけ手に汗握ったのは内緒。因みに空港から死海まで信号はたったの1箇所だけだった。
因みに空港でちょっとした事件が発生した。
今回の旅でヨルダンへの入国は2回目。つまりエジプトへ向かう飛行機に乗る際の3日前に一度入国して出国している。
僅かな期間での再入国となった為、パスポートを取り上げられ入国事務所へ連れ込まれたのだった。
そりゃそうだ、日本からこんな僻地へ来て、数時間でエジプトへ向かい、数日後にまた戻ってくるという”日本人らしいタイトスケジュール”に俄然怪しさを感じたのだろう。
ヨルダン人の入国審査官5~6名に囲まれ、非常に良い雰囲気ではない。
一番偉いのであろうせんだみつお似の審査官部長?的な人間が色々と聞いてきた。
せんだみつお「君は何しにヨルダンへ来たんだい?」
MOO「死海で泳ぐ為・・・。」
せんだみつお「なんで数日前に一度入国してるんだい?」
MOO「エジプトへ行く為のトランジットでして・・・。」
せんだみつお「ほうほう。」
MOO「なにかマズイことが??」
せんだみつお「いや、そんなことはないよ。私は日本が好きだし」
結局この後、私の主張が通り無事入国となった。せんだみつおとは最終的に握手をしてお別れ。
恐らく良い雰囲気となったことから、どうせなら「ナハナハナハ~」を教えてやって貰えば良かったと思ったがアフターカニーニバル(後の祭り)。
そんなことがあった事を忘れる頃にタクシーは無事ホテルに到着。
しかし、タクシーを降りる際に今回二回目の小トラブル。
タクシーが一律料金なのは先述した通りだが、空港から死海までの28ディナール(約\4,500)の所を涼しい顔して「80ディナール」と言っている。二度聞き直したが間違いないようだ。
そこで「あ?」「なに?」「空港の料金表に28ディナールと書いてあっただろ?」と伝えると「じゃ28で良いや…」と何事も無かったのように言い出し、定額で済んでしまった。
しかし「28で良いや」じゃねーだろ。エジプト帰りの日本人をナメるな。


広大な土地の中に立つリゾートホテル故、しばらく散策した後にバイキング形式レストランで夕食。エジプトでの疲れを癒すべく早々に就寝。

そしてたらふく食べた後にお待ちかねの「死海」へ。無論泳ぐのではなく”浮く”為だ。




低いから空気が濃いとか何か他と違うことがあるかと言えば、そんなことは全くない。世界一低いという認識はこの看板のみで他には特にない。



確かに浮く。というより沈ませてもらえない印象。比較的暖かい水で少々のトロミを感じた。仰向けになると足が勝手に水から出てしまう。潜る気にならない程のしょっぱい水で、口に入るのも嫌だが目に入ると暫く開けることが出来なくなるほどだ。
画像の対岸はイスラエルだが、この浮力だったら確実に泳いで行けそうに感じるが・・・。


2泊しかしなかったことが悔やまれるのは日本人に生まれてしまった故。エジプトはともかくヨルダンは再訪アリに思えてくる。

砂漠地帯のわりに有名リゾート地であることから、世界各地から観光客が訪れているようだ。ホテル内の物価も異常な程高額だった。しかし目に毒注意。


次の日は早くも帰国、楽しいひと時はアッと言う間なのはツーリングでも海外でも変わらぬ事実。
最後の晩餐は奮発して肉料理でシメ。カード決済したがビールとステーキとコネたイモを食べて日本円で\8,000-オーヴァ(笑)日本では絶対にあり得ないエンゲル係数。

この旅で三度目のアンマン”クィーンアリア空港”。ここからアブダビ経由で日本へ。
楽しかった旅もこれにて終了。非日常から再び日常へ。
ツーリングでもそれなりの予算は必要だが、やはり中東まで来ると完全に予算オーバーだったが、それ以上の収穫はあったと思う。初めて見た”ピラミッド”や”死海”、鳩の料理に舌鼓を打ち、乾燥した空気を吸って喉を乾かしながら寝た。
死海から見たイスラエルはガザ地区の景観が一番印象的だったか。正直ピラミッドより感動したのは意外。
日本国内もまだまだ未開の地はあるものの、それを見終わってから海外に目を向けては遅すぎる様に思えてならない。体力のある内にもっともっと見てみたい光景は世界中に散在しているのだ。
次回、海外に出るのは全くの未定ではあるが、LCC等の利用で予算を絞りつつ旅する方法がある現代は非常に恵まれているではないか。
オーストラリアに往復1万円なんて航空券があるとも聞く。そんなに安価なら欠勤してでも行きたいと思う今日この頃・・・。もっと気軽に、どんどん身近になっている海外へ積極的に行ってみるのも良いのでは?と思うが、どうだろうか。
旅、その時々・・・。

流れている時間を止める事は絶対に出来ない。それは万人共通。
だからその瞬間を記憶に留めようとするも、よほど印象的な事でない限り、時間と共に薄れていく。
夜の裏通りを散策していたニースでのひと時。警邏中の三人のポリスマン。
きっとここでは日常でしょう、しかし私に取っては見慣れぬ光景であり、思わずシャッターを押した。
でも、きっとこんなシーンは忘却の彼方へ葬り去られていくのだろう。
でも、この画像を見てその当時の事が前後で思い出す事が出来た。
写真を撮るという事はとても素晴らしい事だと再確認。
そんなこと思った昼下がりでした。
ツーリングではないGW 2016

継続は力なりと言いますが、その継続によって”食傷”というこも起こりえます。
私の中では”継続は食傷ナリ”です。これはお盆にも同じ事が言えますが、さすがに夏のイベントは継続したい所存です。
というわけで、オートバイより相当早く目的地へ到着出来るプロセスを経て少々遠くまで出掛けてみました。
ゴールデンウィークという事で、それなりの金額を予想していたが、LCCの台頭やグローバル化の波なのか航空券は非常に安価です。イメージとしてはバブル期の半額以下で世界各地へ比較的気軽に行く事が出来る様になったのは歓迎すべき。
特にこの中東系の国営航空企業は充実のもてなしと安価な料金で、多くのファンを獲得している。ビジネスやファーストクラスにはお世話になる事は一生無いと思われるが、巷では「空飛ぶホテル」とのこと。これは期待せずにはいられまい。
今回の目的地は”ヨルダン”と”エジプト”。
ヨルダンには死海があり、エジプトにはお馴染みのピラミッドがある。両者とも小学校や中学校の教科書に必ずと言っていいほど掲載されており、ネス湖やナスカの地上絵、イースター島のモアイ像と並んで、私の中で死ぬまでに必ず訪れてみたい場所だった。
というわけで、エティハド航空に揺すられて一路エジプトはカイロを目指す。
出発当日は仕事だったが、出発が午後21:20分発という事で定時から微妙に早退し、そのまま成田エクスプレスにて成田入したが、結果夕飯をゆっくり食べる余裕があった。
直行便ではないので、成田を離陸して約12時間揺すられて到着するのは”UAE"アラブ首長国連邦のアブダビ。昨今ドバイと並んでリゾート地として有名になってきている様だ。

しかしここでのトランジットは長い場合が多く、施設はそれなりに時間が潰せる様にはなっていたおかげで意外と早く感じた。



しかしこの丸いのは一体何なんでしょう…。

ようやく到着したヨルダンはアンマンの”クィーンアリア空港。
ここまでトランジット時間込みでおおよそ24時間程度掛かっての到着。しかし長い道のりだった。

オートバイ自走で九州へ行くよりは楽に思うのは私だけではないはず。
ここから往路最後の90分。ここで疑問に思われるだろう、何故エジプトへ直接行かずにヨルダン経由になったか?ですが、当初はヨルダンで死海とペトラ遺跡を回るという行程だったのが、ペトラ遺跡の入場券がTDL以上の高額で、これならもう一度飛行機に乗って近所のエジプトへ行ってしまおうというのが始まり。
一度キャンセルして・・・という事も考えたが、それもキャンセル料が無駄なので
アンマンからエジプト便を別で確保したというわけ。というのもこの方法が一番安価だったということ。
しかし前回欧州を周った時と同じで、今回も航空券手配は”HIS"に依頼したが、サービスの悪さに閉口したのと、インターネットによるチケット手配が非常に容易になった事で次回以降も自身で手配しようと思った。
実際、このアンマンからカイロまでの航空券のみ自身でネット手配をしたが、3万円少々で済んだ。今回旅をして初めて知ったのが恥ずかしい限りだが、今や航空会社へのチェックインはパスポートだけでOKになっていた。
バウチャーは勿論のこと、Eチケットすら必要ないのは意外だったし、せっかく持参したのチェックインカウンターで見せるも「それは要らない」と終始言われ続けた。
航空券を予約し、送られてきたメールのEチケット等には「これをチェックインカウンターへ提示して下さい」等と書いてあるにも関わらず…。

今回初めて空に黄色や緑色の部分がある事を知ったのだった。

この時点で既に午後7時半。それにしてもこの空港は混沌としている。入国や荷物引き揚げをしてゆうに午後8時を回ってしまった。
エジプトはカイロ市内での宿泊…とも思ったが時間が短い為、折角だからとギザ地区と言って有名ピラミッドが集中している地域を選択し、ここカイロ空港から30km程の距離。2泊¥3,800-!!の安宿を予約していたのだが、なんと別料金で空港ピックアップがあるという事だったので、それも頼んでいたので安心。とはいえエジプト人がお金を払うとは言え、本当に迎えに来てくれるのか何となく心配だったが…。

事前申請が必要ないのは楽でよろしい。

私の心配をよそに無事宿の送迎サービスとの合流成功。意外と時間通りで驚き、というとエジプシャンに失礼というものか。

辛うじてピラミッドが確認出来るが、相当近い距離にいることを実感し、旅の疲れを癒すべくシャワーを浴びて就寝。

ピラミッドとスフィンクス地域は壁があり、24時間入り放題というわけではなく、午前8時半から午後4時半までオープンしている。私としては写真を沢山撮りたかったので開門と同時に入ろうと思うも、朝食が中々始まらない。午前9時近くまで待って出発しようとした時に朝食が運ばれてきた。そこがこの屋上のテラス。この景観の中で朝食を頂ける幸せは実にプライスレス。

とても残念な朝食は中華の方とご一緒に・・・パン数本にバナナ、少しのチーズと水(笑)。地軸気質な方々との朝食故、残り物を頂く形になったのは言うまでもない。
ま、1泊\2,000-以下ですからヨシとします。


この手の組み合わせが各所の旅行パンフレット等で見かけますが、この画は遠近感がかなりおかしく、実際スフィンクスは相当小さく全長は6メートル程しかない。しかしスフィンクスからクフ王のピラミッドをバックに入れるとこんな画になってしまう。

ホテルからスフィンクス側の入口まで1分以内の高ロケーションだったので、多少はマシだが、とにかく勧誘がハンパない。
実は入口を抜けた途端に、「お前のガイドをしてやる」とか「俺は政府認証のガイドだ」、「お土産買え」と持ち歩いてたり、「らくだに乗れ」「馬に乗れ」と引っ切り無しだ。
自分としてはピラミッドをバックにらくだに乗りたいと思っていたので、最終的には乗っても良いと思ってはいたが、ゆっくり写真撮影をしたかった為、入口から断り続けていた。が、しかし一人猛烈に執着心の持ち主がおり、それが入口からスフィンクス、その先まで付いてくるではないか。断っても断っても執拗に付け廻す根性に良い加減面倒臭くなり、根負けする形で早々に乗ってしまった。その自称政府認証のガイドはらくだに乗れば特別な眺めの所へ案内するというのと、US10ドルで良いというではないか。
その男にUS10ドルを渡すと、何故かその男とは別にらくだ乗りがやってきた。
その男はその金を持って早々に何処かへ消えていった。そこからはこの画像のモハメド君と二人でらくだ旅の始まり。

確かに絶景だ。ここから9個のピラミッドが一望出来るというの売りのようだ。最奧に3個、手前に3個、それに挟まれる形で3大ピラミッドが並ぶのは中々素晴らしい。
ここで彼は私にペプシコーラを差し出して、暑さしのぎのターバン?の様なものを被せてきた。これらも有料と考えれば恐らくあと¥4,000程度は取られるか?と想像しながら、この景色をしばしカメラに収めていた。

ここからゆっくり歩いてメインのクフ王のピラミッドまで歩いて終了。そこで請求された金額はやはり¥4,000-。先程の最初の案内人に10ドル支払っているのでおおよそ¥5,000~といった所。まあまあの想定内。というかあの案内人に支払った10ドルは一体・・・。
ボッタクリとは言っても元々物価が安いので、ボッタクられても鳥取砂丘で乗るらくだとは比較にならない程のコストパフォーマンスだろう。ここはエジプト、ピラミッドが目の前なのだ。
その後、モハメド君と別れてからの方がこの国に取ってよほど問題。
クフ王のピラミッドの周りを歩きながら撮影をしていたわけだが、先述した勧誘の嵐がやってきた。特に面倒なのが、”お土産の押売”と私が命名した”撮影くん”だ。
人が撮影をしていると「こっちにいい場所が」や「俺が撮ってやる」とカメラを奪い、勝手に撮影しては金をせびる輩。
そして「この絵葉書を10枚で・・・」とか「このピラミッドの置物を3個で・・・」的な押売。ただ押売りするだけなら断るが、ターバン等を勝手に被せて「これは無料だからこの絵葉書買え」と金をむしり取ろうとする輩に終始取り囲まれっぱなしだ。
次から次へと押し寄せ、ゆっくり撮影することもままならない。「撮影くん」はせいぜい¥100程度だから最初は素直に払っていたが、暑さと共に私もヒートアップし、大声での言い合いになる事もあった。結局2時間程度で50人は相手にしただろうか。
そのせいかは不明だが、周りを見渡すと東洋人は私だけ。これでは日本人は格好のカモになってしまうのは間違い無い。寧ろ他に居ないので私に集中したのかも知れないが。
エジプトという国は一部観光で成り立っている事は事実否めない状況であろう。
しかし入場料を支払った場所にこの様な輩が数多いるという事は非常に問題ではあるまいか。因みに私はもう二度とこの地を訪れる事はないと思った。というかそんな気持ちにならざるを得ない環境である。これから行こうと考えている人には相当の覚悟を進めます。
まして、私の様にピンで行動する人間には尚更だ。

ここがかの有名なスフィンクスの眼差しの先にある”ケンタッキーフライドチキン”。何故ここまで来てKFCなんだろ?と思いながらもある意味有名店なので・・・。因みに2Fはピザハットw。

昼の暑さとは裏腹に過ごし易い夜には夜のイベントがあり、ライトアップされたピラミッドが見る事が出来ました。
その後、短いエジプト滞在の最後の晩餐はエジプト料理を楽しんだ事は云うまでもありません。名物?鳩ポッポのフライは普通にチキンな感じでした・・・。
これで¥1,000なら昼間のボッタクリもまたヨシとします。

帰路も空港までの送迎を依頼し、昼過ぎの便で再びヨルダンはアンマンへ向けて旅立つ。画像の河川はかの”ナイル川”。文明がスタートした地域の割にはボッタクリ等で人を騙しながら生活しているのは如何なものか。
しかし、お世話になったホテルのスタッフはとても気さくな方々で、ボッタクられた事を伝えると非常に残念そうだったのが印象的だった。特に何も無かったが警察へ通報もしてくれていた様子。こんな良い人達がいる中で、極一部の心無い人間の為に観光客が減ってしまう事は同じ観光客相手として納得いかないことだろう。



再びアンマンのクィーンアリア空港へ到着。そのまま空港のエアポートタクシーで死海へ向かう。とにかく疲れたエジプトはこれにて終了。
次回はヨルダンについて書いてみたいと思います。