ツーリングではないGW 2016

継続は力なりと言いますが、その継続によって”食傷”というこも起こりえます。
私の中では”継続は食傷ナリ”です。これはお盆にも同じ事が言えますが、さすがに夏のイベントは継続したい所存です。
というわけで、オートバイより相当早く目的地へ到着出来るプロセスを経て少々遠くまで出掛けてみました。
ゴールデンウィークという事で、それなりの金額を予想していたが、LCCの台頭やグローバル化の波なのか航空券は非常に安価です。イメージとしてはバブル期の半額以下で世界各地へ比較的気軽に行く事が出来る様になったのは歓迎すべき。
特にこの中東系の国営航空企業は充実のもてなしと安価な料金で、多くのファンを獲得している。ビジネスやファーストクラスにはお世話になる事は一生無いと思われるが、巷では「空飛ぶホテル」とのこと。これは期待せずにはいられまい。
今回の目的地は”ヨルダン”と”エジプト”。
ヨルダンには死海があり、エジプトにはお馴染みのピラミッドがある。両者とも小学校や中学校の教科書に必ずと言っていいほど掲載されており、ネス湖やナスカの地上絵、イースター島のモアイ像と並んで、私の中で死ぬまでに必ず訪れてみたい場所だった。
というわけで、エティハド航空に揺すられて一路エジプトはカイロを目指す。
出発当日は仕事だったが、出発が午後21:20分発という事で定時から微妙に早退し、そのまま成田エクスプレスにて成田入したが、結果夕飯をゆっくり食べる余裕があった。
直行便ではないので、成田を離陸して約12時間揺すられて到着するのは”UAE"アラブ首長国連邦のアブダビ。昨今ドバイと並んでリゾート地として有名になってきている様だ。

しかしここでのトランジットは長い場合が多く、施設はそれなりに時間が潰せる様にはなっていたおかげで意外と早く感じた。



しかしこの丸いのは一体何なんでしょう…。

ようやく到着したヨルダンはアンマンの”クィーンアリア空港。
ここまでトランジット時間込みでおおよそ24時間程度掛かっての到着。しかし長い道のりだった。

オートバイ自走で九州へ行くよりは楽に思うのは私だけではないはず。
ここから往路最後の90分。ここで疑問に思われるだろう、何故エジプトへ直接行かずにヨルダン経由になったか?ですが、当初はヨルダンで死海とペトラ遺跡を回るという行程だったのが、ペトラ遺跡の入場券がTDL以上の高額で、これならもう一度飛行機に乗って近所のエジプトへ行ってしまおうというのが始まり。
一度キャンセルして・・・という事も考えたが、それもキャンセル料が無駄なので
アンマンからエジプト便を別で確保したというわけ。というのもこの方法が一番安価だったということ。
しかし前回欧州を周った時と同じで、今回も航空券手配は”HIS"に依頼したが、サービスの悪さに閉口したのと、インターネットによるチケット手配が非常に容易になった事で次回以降も自身で手配しようと思った。
実際、このアンマンからカイロまでの航空券のみ自身でネット手配をしたが、3万円少々で済んだ。今回旅をして初めて知ったのが恥ずかしい限りだが、今や航空会社へのチェックインはパスポートだけでOKになっていた。
バウチャーは勿論のこと、Eチケットすら必要ないのは意外だったし、せっかく持参したのチェックインカウンターで見せるも「それは要らない」と終始言われ続けた。
航空券を予約し、送られてきたメールのEチケット等には「これをチェックインカウンターへ提示して下さい」等と書いてあるにも関わらず…。

今回初めて空に黄色や緑色の部分がある事を知ったのだった。

この時点で既に午後7時半。それにしてもこの空港は混沌としている。入国や荷物引き揚げをしてゆうに午後8時を回ってしまった。
エジプトはカイロ市内での宿泊…とも思ったが時間が短い為、折角だからとギザ地区と言って有名ピラミッドが集中している地域を選択し、ここカイロ空港から30km程の距離。2泊¥3,800-!!の安宿を予約していたのだが、なんと別料金で空港ピックアップがあるという事だったので、それも頼んでいたので安心。とはいえエジプト人がお金を払うとは言え、本当に迎えに来てくれるのか何となく心配だったが…。

事前申請が必要ないのは楽でよろしい。

私の心配をよそに無事宿の送迎サービスとの合流成功。意外と時間通りで驚き、というとエジプシャンに失礼というものか。

辛うじてピラミッドが確認出来るが、相当近い距離にいることを実感し、旅の疲れを癒すべくシャワーを浴びて就寝。

ピラミッドとスフィンクス地域は壁があり、24時間入り放題というわけではなく、午前8時半から午後4時半までオープンしている。私としては写真を沢山撮りたかったので開門と同時に入ろうと思うも、朝食が中々始まらない。午前9時近くまで待って出発しようとした時に朝食が運ばれてきた。そこがこの屋上のテラス。この景観の中で朝食を頂ける幸せは実にプライスレス。

とても残念な朝食は中華の方とご一緒に・・・パン数本にバナナ、少しのチーズと水(笑)。地軸気質な方々との朝食故、残り物を頂く形になったのは言うまでもない。
ま、1泊\2,000-以下ですからヨシとします。


この手の組み合わせが各所の旅行パンフレット等で見かけますが、この画は遠近感がかなりおかしく、実際スフィンクスは相当小さく全長は6メートル程しかない。しかしスフィンクスからクフ王のピラミッドをバックに入れるとこんな画になってしまう。

ホテルからスフィンクス側の入口まで1分以内の高ロケーションだったので、多少はマシだが、とにかく勧誘がハンパない。
実は入口を抜けた途端に、「お前のガイドをしてやる」とか「俺は政府認証のガイドだ」、「お土産買え」と持ち歩いてたり、「らくだに乗れ」「馬に乗れ」と引っ切り無しだ。
自分としてはピラミッドをバックにらくだに乗りたいと思っていたので、最終的には乗っても良いと思ってはいたが、ゆっくり写真撮影をしたかった為、入口から断り続けていた。が、しかし一人猛烈に執着心の持ち主がおり、それが入口からスフィンクス、その先まで付いてくるではないか。断っても断っても執拗に付け廻す根性に良い加減面倒臭くなり、根負けする形で早々に乗ってしまった。その自称政府認証のガイドはらくだに乗れば特別な眺めの所へ案内するというのと、US10ドルで良いというではないか。
その男にUS10ドルを渡すと、何故かその男とは別にらくだ乗りがやってきた。
その男はその金を持って早々に何処かへ消えていった。そこからはこの画像のモハメド君と二人でらくだ旅の始まり。

確かに絶景だ。ここから9個のピラミッドが一望出来るというの売りのようだ。最奧に3個、手前に3個、それに挟まれる形で3大ピラミッドが並ぶのは中々素晴らしい。
ここで彼は私にペプシコーラを差し出して、暑さしのぎのターバン?の様なものを被せてきた。これらも有料と考えれば恐らくあと¥4,000程度は取られるか?と想像しながら、この景色をしばしカメラに収めていた。

ここからゆっくり歩いてメインのクフ王のピラミッドまで歩いて終了。そこで請求された金額はやはり¥4,000-。先程の最初の案内人に10ドル支払っているのでおおよそ¥5,000~といった所。まあまあの想定内。というかあの案内人に支払った10ドルは一体・・・。
ボッタクリとは言っても元々物価が安いので、ボッタクられても鳥取砂丘で乗るらくだとは比較にならない程のコストパフォーマンスだろう。ここはエジプト、ピラミッドが目の前なのだ。
その後、モハメド君と別れてからの方がこの国に取ってよほど問題。
クフ王のピラミッドの周りを歩きながら撮影をしていたわけだが、先述した勧誘の嵐がやってきた。特に面倒なのが、”お土産の押売”と私が命名した”撮影くん”だ。
人が撮影をしていると「こっちにいい場所が」や「俺が撮ってやる」とカメラを奪い、勝手に撮影しては金をせびる輩。
そして「この絵葉書を10枚で・・・」とか「このピラミッドの置物を3個で・・・」的な押売。ただ押売りするだけなら断るが、ターバン等を勝手に被せて「これは無料だからこの絵葉書買え」と金をむしり取ろうとする輩に終始取り囲まれっぱなしだ。
次から次へと押し寄せ、ゆっくり撮影することもままならない。「撮影くん」はせいぜい¥100程度だから最初は素直に払っていたが、暑さと共に私もヒートアップし、大声での言い合いになる事もあった。結局2時間程度で50人は相手にしただろうか。
そのせいかは不明だが、周りを見渡すと東洋人は私だけ。これでは日本人は格好のカモになってしまうのは間違い無い。寧ろ他に居ないので私に集中したのかも知れないが。
エジプトという国は一部観光で成り立っている事は事実否めない状況であろう。
しかし入場料を支払った場所にこの様な輩が数多いるという事は非常に問題ではあるまいか。因みに私はもう二度とこの地を訪れる事はないと思った。というかそんな気持ちにならざるを得ない環境である。これから行こうと考えている人には相当の覚悟を進めます。
まして、私の様にピンで行動する人間には尚更だ。

ここがかの有名なスフィンクスの眼差しの先にある”ケンタッキーフライドチキン”。何故ここまで来てKFCなんだろ?と思いながらもある意味有名店なので・・・。因みに2Fはピザハットw。

昼の暑さとは裏腹に過ごし易い夜には夜のイベントがあり、ライトアップされたピラミッドが見る事が出来ました。
その後、短いエジプト滞在の最後の晩餐はエジプト料理を楽しんだ事は云うまでもありません。名物?鳩ポッポのフライは普通にチキンな感じでした・・・。
これで¥1,000なら昼間のボッタクリもまたヨシとします。

帰路も空港までの送迎を依頼し、昼過ぎの便で再びヨルダンはアンマンへ向けて旅立つ。画像の河川はかの”ナイル川”。文明がスタートした地域の割にはボッタクリ等で人を騙しながら生活しているのは如何なものか。
しかし、お世話になったホテルのスタッフはとても気さくな方々で、ボッタクられた事を伝えると非常に残念そうだったのが印象的だった。特に何も無かったが警察へ通報もしてくれていた様子。こんな良い人達がいる中で、極一部の心無い人間の為に観光客が減ってしまう事は同じ観光客相手として納得いかないことだろう。



再びアンマンのクィーンアリア空港へ到着。そのまま空港のエアポートタクシーで死海へ向かう。とにかく疲れたエジプトはこれにて終了。
次回はヨルダンについて書いてみたいと思います。