月の下ポエム -35ページ目

時

休日の午後の太陽は


ゆったりとした時間と共に


暖かく辺りを照らす


そんな 風景・・・



いつか この光景も無くなるのだけれど


到底 今の僕にはそれを眺め、物思いに耽るしかないのだ


きっと未来の英雄達が切り開くであろうという期待


いつか何もかも消滅してしまうかもと思う空虚


いつの日か来るその時



この時間というもの


時は金なりとか


時が癒すこととか


僕等は何かを無くしそうになればなるほど


それがいかに大事な事物かを思う



時間を楽しむ


今はそれにつきる


そう思えてならない


休日の午後の風景でした。

明鏡止水

毎日が穏やかに過ぎていく今日この頃

思うことは、今夜は美味しいシャンパンと何を食べようかなんて・・・

色々な妄想に溺れることのないように

未来の状況からみて

今すべきことをしているつもりです。


話は代わって、星々の影響ってホントにあるのかなって思います

僕らの世界の重力など自然の営みによって恩恵があるのだけど

時間の法則、シンクロニシティ・・・

偶然と思えるようなできごと

自然と人との繋がり

宇宙って?

考え出して、ネットに向かえば、あっという間に数時間(笑

不思議。。

そんな訳で、先日から日記をつけて、マヤ暦を使って共時性を検証・・

なわけですが、とりあえず半年か一年スパンという

スローな自由研究ですね

それでなんで、タイトルの明鏡止水かというと

そんな状態で日々を過ごしたら運命的に、よりシンクロできそうなきがしてですね。。

それでは皆様、半年後に(〃'ー'〃)

柔

人に寄り添う心は


柔軟に


強靭に


僕らを生かす


一人に寄り添い


大人数にも寄り添う


何もかわらない


みんな違って


みんないい


それらが


僕らの楽しい未来を照らしている



今年最後の


サンタさんのちょっと


遅めのプレゼント


今年もありがとう

白と黒

老子が教えている

「相手と同じ土俵で争わないから勝てる」

ということを

自分なりに考えてみると

その言葉も

「争うことなく、無為自然に生きよ」

と聞こえる

勝ち負けという土俵に最初から立っていないということ

「剛」を求めがちな私達

「柔」を信じきることの難しさ

水のように生きるには

超能力でもない限り

その余裕を生み出すことは難しいと思ったり・・


信じること

信じきれるために

僕等は何を捧げたらよいのだろう

自分を失うことなく

相手に順じて・・・


一度、モノクロの世界へ

行ってみます。


ai

これが真理だと

説明できる真理は

真理ではないのだろう



真理の目指すところを 愛とするなら

僕等は愛という到達点を解かっていながら

その途中で色んな感情を体験するのだが

その愛までの間にあるその空間は

ブラックホールのようで

安定した足場もないし、方位も定まることがない

目に見えず、多感覚な空間

答えを提示された僕達は

その答えを導く方程式を求め

これまでの歴史の中で葛藤してきたのかもしれない

答えだけでは中々満足できない私達

なぜそうなるのかという探究心を胸に

それを運用し人生を優位に生きたい・・

そんな力の意志があるのだろうと思う

力を手に入れる

支配者という力

その絶対的な力を手に入れ

愛と力を天秤にかける人々

頭では解かっているのに

やめられないのだ



今を満足して生きるということは

葛藤をやめて愛を表現することなのかもしれない

「言葉だけでは納得できない」

それもまた自分の中で葛藤し

天秤にかける行為なのかもしれない

自分の信じれるところまで葛藤し

それ以上の葛藤をやめる

人生はそれの繰り返しなのかもしれない

しかし、それは単純な繰り返しではなく

よく練られ昇華させていくことで

洗練されていくのだろうと思う

しかし、それにも囚われず すべての葛藤を已めたとき

唯一の答えと「一つ」になれるのかもしれない