今日は久しぶりに、夕食を兼ねて夫婦で川崎市内にある日帰り温泉に行って来ました。温泉の名称は、「縄文天然温泉 志楽の湯」。都会の中の不思議な空間です。
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川崎駅からJR南武線で二つ目の矢向駅から、歩いて5分ほどのところに忽然と現れる温泉宿の佇まい。実は、周りは、マンションに囲まれているのところなのですが、八ヶ岳に来ているのかと思うような雰囲気が漂っています。


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温泉宿の灯りを頼りに格子戸を開けると。


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奥に内扉があります。


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フロントも落ち着いた空気が流れています。平日大人880円。今回は、サービスチケットがあったので、半額です。

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フロントを抜け、温泉に直行です。

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志楽の湯は地下1,300m以上の深さから湧きだす自家源泉100%の天然温泉。はるか昔、地中に閉じ込められた海水が数十万年を経て、熟成した恵みの湯です。周囲の岩のミネラル、海草、草木の成分や繊維などが溶け込んだ成分の濃い温泉は「化石海水」と呼ばれる太古の海水です。(温泉の写真はお借りしています)
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広さを誇る内湯 にも源泉100%天然温泉を使用、土蔵の敷石や天然木の柱と安山岩が配置されています。男湯内湯の中心にひときわ目を引く木の柱は縄文の心を今に伝える勇壮な行事、諏訪神社御柱祭にちなんだ御柱です。

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サウナも完備。

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お風呂から上がったら、休憩室で牛乳を飲みます。

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休憩室の片隅で見つけた猫のぬいぐるみ。

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岡本太郎の縄文のオブジェが置かれています。

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お土産のコーナーには、自然農法の野菜で作ったお菓子やお茶が置かれています。
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帰りに、隣接しているお食事処「志楽亭」で定食をいただきました。

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こちらは、お借りした写真です。
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おしまい
 再び、川崎駅周辺の史跡をご紹介します。以外に知られていませんが、川崎は日本で初めてレコードが製造された場所なんです。
明治42年に日本蓄音機製造株式会社(日本コロンビア)が多摩川沿いに設立され、多くの名曲がここから全国に届けられていました。今この場所は、京浜急行大師線「港町駅」(川崎区港町1番地)や写真の背景となっている超高層マンションに生まれ変わっています。
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こうしたご縁もあって、この場所を題材にして、昭和32年に日本コロンビアの専属歌手だった美空ひばりさんの「港町十三番地」がつくられたのです。(美空ひばりさんの生誕地は横浜なので、歌詞のイメージは横浜港辺りだとは思いますが・・・)
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駅舎に入ると改札前に、美空ひばりさんの「港町十三番地」の歌碑があります。背景の写真からは、多摩川(写真の下側)沿いに建てられた「日本コロンビア♬」の工場があることがわかります。
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下の白いボタンを押すと、美空ひばりさんの「港町十三番地」が流れてきます。♪
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駅のホームに上がる階段には、「港町十三番地」の楽曲の音符のオブジェがあります。もちろん、港町駅の電車接近メロディは「港町十三番地」です。
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京浜急行大師線「港町駅」はこちらです。

「港町駅」の次の駅は、「京急川崎駅」です。京急川崎駅で下車し、旧東海道を10分ほど歩くと「川崎小学校」が見えてきます。この川崎小学校の卒業生には、詩人の佐藤惣之助さんと歌手の坂本九さんがいます。佐藤惣之助さんというと、「赤城の子守歌」や「人生劇場」、そして阪神タイガースの球団歌「(通称)六甲おろし」が有名ですね。
坂本九さんは、ご存知の「上を向いて歩こう」や「見上げてごらん夜の星を」などのヒット曲が数多くあります。ちなみに「京急川崎駅」の電車接近メロディは「上を向いて歩こう」です。
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川崎小学校はこちらです。

おしまい
午前中の豪雨が嘘のように、午後2時過ぎには澄み切った青空に変わりました。そこで、車で横浜まで出かけることにしました。家から「みなとみらい」まで15分位です。
前にもご紹介したことがありますが、この搭は「横浜市開港記念会館」です。通称Jackと呼ばれています。搭の高さは36メートルで、1917年(大正6年)に市民の寄付で建てられました。赤煉瓦と白い大理石の組み合わせが美しい時計塔を持つ建物です。国の重要文化財に指定されています。
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かつてこの場所には、明治7年(1874年)に竣工した石造2階建ての町会所(まちかいしょ)が建てられていて、横浜の町政を執っていました。今の町役場のようなところでしょうか。
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この場所は、横浜商工会議所の発祥の地でもあったそうです。
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また、町会所ができる前の幕末(開港期)から明治初期まで、岡倉天心の父、勘右衛門が支配をしていた石川屋(越前藩の生糸売込店)があったところで、岡倉天心はこの地で誕生しました。(そう言えば、一昨日、NHKのBSプレミアム「英雄たちの選択」で「神と仏の明治維新 若き官僚 岡倉天心の挑戦」を見ていたので、横浜出身なんだ!と思ったしだいです。)
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開港記念会館の斜向かいにあるこの建物は、神奈川県庁です。通称Kingと呼ばれています。この位置だと分かりにくいのですが、五重塔をイメージさせる帝冠様式で、どっしり構える風格はまさに王様です。
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神奈川県庁の前にあるこの建物は横浜税関です。通称Queenです。女王らしい優美で気品のある緑青色のドームが特徴で、ロマネスクなどの洋風建築様式が混在している建物といわれています。
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この横浜税関の1階には、横浜税関資料展示室「クイーンのひろば」があり、自由に見学することができます。入口には「許しません白い粉、通しません黒い武器」という標語が掲げられていて、係員の方の目も気のせいか、鋭く感じられます(笑)。ちなみにフリーダイヤルは0120-461(しろい)-961(くろい)です。密輸情報はこちらまで。
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徳川幕府は、安政6年(1859年)、神奈川運上所を設置して、横浜港を諸外国に向けて開港しました。明治維新後、神奈川運上所は新政府に引き継がれ、明治5年(1872年)には、横浜税関と名称を改め、今日に至っています。上の写真にある門は、当時の神奈川運上所の雰囲気を出しているものです。下の写真は、ワシントン条約で規制対象にしているものを陳列したショーケースです。
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折角なので、赤レンガ倉庫まで足を延ばしました。運河に差し掛かったところで、水陸両用バスが通り過ぎました。今年の夏から社会実験を始めていて、陸と海から横浜の景観が楽しめる浜の風物詩になっています。
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土日ともなると、様々なイベントが行われています。今は、オクトーバーフェストというイベントが行われています。これは、ドイツ・ミュンヘンで行われている世界最大のビール祭りで、ドイツビールや本場ドイツのソーセージが楽しめ、ドイツ楽団の演奏もあるそうです。今回は雰囲気だけ楽しみました。10月16日まで開催されているそうなので、気になっている方はチェックしてみてください。
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ものすごい賑わいです。日本人はビールが好きなんですね~。
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赤レンガ倉庫側から、横浜3搭の方向を見た風景です。横浜は絵になりますね。
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遅いランチは、関内・馬車道にあるLien(リアン)というサンドイッチのお店です。ペットもOKなので、時たま寄ります。
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注文したのは、ベーコン/BLTです。サンドイッチのパンは3種類の中から好みのものを選ぶことができます。このパンは「ライ麦入りブレッド」です。
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おしまい

暴れ川として知られた六郷川を渡ると川崎に入ります。江戸中期から弘法大師信仰が盛んになると、川崎にある真言宗の寺「川崎大師」は、流行佛(はやりぼとけ)として、江戸をはじめ近郊から参詣者が訪れました。一服する商人や旅姿の武士など、のどかな渡し場風景ですが、旅人にとって川は時間と金がかかるやっかいなものでした。
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多摩川を渡り、旧東海道(現 砂子通り)をしばらく歩くと「東海道かわさき宿交流館」が見えてきます。

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正面玄関を入ると、川崎宿に関する資料や川崎の名産品などの売り場があります。
受付の方からパンフレットをいただきます。入場無料です。

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受付の前には、畳敷きの休憩所があります。ビデオ映像で施設が紹介されています。

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うなぎの寝床のように奥行きの長い構造になっています。

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奥に行ってみると、自販機があり、飲食ができる空間になっています。壁には変わったモザイク画がありました。

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川崎宿をモチーフにした歌川広重の浮世絵のモザイク画は川崎市役所の講堂の物置を整理していた職員が見つけたものだそうです。いつ頃、誰が作製したものか不明のようです。2万3千以上のタイルで作られています。

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1階から3階までの階段に歌川広重の東海道53次の全ての浮世絵が貼られています。

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2階に上がると、展示室があります。床面には川崎宿が描かれています。

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パネル展示には、詳しい川崎宿の解説があります。

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ジオラマで川崎宿を体験します。

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実際に使用されていた資料も展示されています。写真撮影もOKです。

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江戸時代の旅人に扮して、東海道川崎宿の風景を前に記念撮影もできます。

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3階では、常設展示のほかに特別企画の会場があります。見学した日は、本橋成一さんの写真展「築地魚河岸ひとの町」が開催されていました。。

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こちらは、常設展示です。現在の川崎の様子が紹介されています。

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詳しくは、ホームページをご覧ください。

http://kawasakishuku.jp/

おしまい。次回は、川崎宿周辺の史跡を紹介します。
昨日、ようやく晴れ間が見えたので、横浜の大桟橋に停泊している海王丸を見に行きました。久しぶりの日曜日の晴天ということもあって、山下公園周辺の駐車場は満車状態です。やっとの思いで貿易センタービルの駐車場に入れ、早歩きで大桟橋へ。海王丸の美しさに暫し見とれていました。碇泊中は、4つの帆は下しているようです。
海王丸を眼の前にして、カメラを構え色々なアングルを試し、良し決まったと思ってシャッターに触れた瞬間、「カメラにSDカードが入っていません」の文字が。・・・これで2回目。仕方なく、スマホで撮った写真がこちらです。
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海王丸は、日本の航海練習船で大型練習帆船です。写真は海王丸Ⅱ世です。
初代海王丸は現役を引退して、初代海王丸は、昭和2年(1930年)に進水して、「海の貴婦人」として親しまれ、平成元年(1989年)に引退しました。大戦中は、船体を灰色に塗り替えられ、石炭の輸送船として働いていたそうです。今は富山県射水市海王町にある公園「海王丸パーク」に係留され展示施設として公開されています。旧富山商船高等専門学校が近くにあることからこの場所に決まったようです。ちなみに姉妹船に「日本丸」があります。
また、映画「八十日間世界一周」の中で一瞬、初代「海王丸」が出てくるそうです。
帆を張った写真はこちら。(お借りしています)
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この船首像は、東京芸術大学の西大由教授によって製作されたものです。船首像は、横笛を吹く女性の「紺青」を表したものだそうです。美しいですね。
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この海王丸Ⅱ世は、今日(10月3日)の午後2時に横浜港を出港する予定です。「海の貴婦人」さんとは、また、次回お会いすることにいたしましょう。おしまい。