このブログ著者のホラー小説「悪い月が昇る」が竹書房より発売中です。

↑こちらで冒頭試し読みしていただけます。

 

Night Swim(2024 アメリカ)

監督/脚本:ブライス・マクガイア

製作:ジェームズ・ワン、ジェイソン・ブラム

原案:ロッド・ブラックハースト、ブライス・マクガイア

撮影:チャーリー・サロフ

美術:ヒラリー・ガートラー

編集:ジェフ・マケボイ

音楽:マーク・コーベン

出演:ワイアット・ラッセル、ケリー・コンドン、アメリ・ホーファーレ、ギャビン・ウォーレン

①家族タイプのホラーについて

レイ(ワイアット・ラッセル)は元メジャーリーガー。突然の病気で華やかなな舞台から降りることを余儀なくされ、戸惑っています。彼を支えるのは妻のイヴ(ケリー・コンドン)と、思春期の娘のイジー(アメリ・ホーファーレ)、幼い息子のエリオット(ギャビン・ウォーレン)。彼らは郊外のプール付きの家に引っ越します。レイはプールで泳ぐことで健康を取り戻していきますが、家族はプールで怪異を目撃します…。

 

私はホラー小説を書くので、ホラー映画を観ると構造やパターンが気になってしまうことがあります。

 

「ナイトスイム」は「家族タイプ」のホラー映画ですね。家族が主人公で、起こる怪異が家族の中とその周辺だけに限られるタイプのストーリー。

必然、家族の絆や愛情がテーマになってきます。

代表的な作品は「シャイニング」ですね。

「エクソシスト」「ローズマリーの赤ちゃん」、最近では「ヘレディタリー」「ブギーマン」がこのタイプの作品でした。

 

それと対照的なのが「集団タイプ」とでも言うのか。不特定多数の人々が怪異に襲われるタイプ。

集団の規模は様々で、規模が大きくなっていくとパニック映画的になっていきます。

「ゾンビ」とか。殺人鬼ものの映画はこちらだし、サメ映画もですね。

 

家族タイプは誰にとっても経験のある家族の日常が舞台になるので、身近に感じやすいという利点があります。

父の心情、母の心情、夫婦の葛藤、親子の愛情や確執、憎しみなど、心理的なドラマも展開しやすい。誰しも共感しやすいドラマを描くことができます。

家族は基本的には絶対的な安全地帯、「外的な危険から守られる場所」であって、だからこそそれが崩壊していく恐怖は真に迫って感じられる。

「絶対に守るべきもの」だから主人公の動機を設定しやすく、怪異に立ち向かうプロットへ自然に導くことができます。

 

一方で、どうしても登場人物が限られてしまうので、人がバタバタ死んでいくような派手なホラーシーンは作りにくくなります。

家族なので、そのうちの誰か一人が死ぬだけで、その時点でバッドエンド確定なので。どうしても「誰も死なないホラー」になりがちです。

また、展開もある程度予想しやすくなるというデメリットもあります。

 

集団タイプはその逆で、人が次々死んでいくような派手なホラーシーンは作りやすい。

でもその分、人物描写は浅く、ドラマは希薄になりがちです。

 

なので、作り手はそれぞれのタイプの利点を上手く組み合わせようとすることが多いです。

「クワイエット・プレイス」の1作目はシチュエーションとしてはパニック映画だけど、焦点は常に家族に当たっていて、家族タイプと言える映画だったと思います。続編になると、だんだん集団タイプになっていく。

顕著な例は「アス」だと思うのだけど、これは前半は家族タイプで、後半になって一気に集団タイプにグイッとシフトチェンジする作品ですね。その変化のダイナミズムが魅力になっていました。

 

②シャイニングに共通する父の苦悩

という訳で、そんな分類に思いを馳せてしまうほどに、「ナイトスイム」ははっきりとした家族タイプの映画になっていました。

父と母(つまり夫婦)と、その娘と息子(つまり姉弟)の物語。

登場人物は基本この4人だけ。4人の間だけで、ドラマが展開する。

 

ストーリーの主軸になるのは、お父さんの苦悩です。

華やかな活躍をするメジャーリーグのスター選手だったのに、突然難病になり、野球ができないどころか、日常生活もままならなくなってしまう。

それまでの生活が華やかで、本人も強いプライドを持っていただけに、突然すべてを失ったことを受け入れられない

表面上は冷静に、治療とリハビリを頑張ると言っているけれど、内心ではまだ自分の境遇を受け入れていない。現実を否定したくて仕方がない

怪異は、そういう心のスキマに忍び寄ってくる訳です。

 

「シャイニング」では、自分では作家の才能があると思っているのに酒の問題によって職を失い、ホテルの管理人に「落ちぶれた」主人公の苦悩に、悪霊がつけ入ってくる…という構造になっていました。

自己評価と、現実のズレ。自分で思う自分の姿と、現実の自分があっていない。

そこで本当なら現実を受け入れ、自分を変える努力をするべきなのだろうけど。

人間、そう簡単に変われない。それで、現実の方を否定してしまう。

現実が変わって、自分に合わせるべきだと考えてしまう。

 

無意識に現実を否定する心が、現実離れした事象を起こす怪異とシンクロしてしまうんですね。そうして、怪異に取り憑かれやすくなってしまう。

「ナイトスイム」では「泉の悪霊」がレイに取り憑き、彼の人格を変えていきます。

自分自身の苦悩に囚われすぎて周りが見えなくなってしまう…という、普遍的な悲劇にも繋がる作劇になっています。

③願いの泉と「猿の手」

プールがもたらす「奇跡の泉」の力で、レイの病気が癒えていく。

しかし、何事にも代償はある。レイが健康になるのと引き換えに家族は恐怖に襲われ、そして家族の中の誰かが生贄として取られることが明らかになります。

 

…という展開は「猿の手」ですね。望みが叶う代わりに、恐ろしい代償を支払うことになる。「タダほど怖いものはない」という、古典的な恐怖の構図。

続けてキング作品に例えるなら「ペット・セメタリー」ですね。

 

絶望を癒やされ、心から求めていたものが叶えられるという喜びに、思わず心を奪われてしまう。

それがもたらす悪影響が、まったく見えていない訳ではないのに。

絶望に戻りたくないという願望が強すぎて、つい見て見ぬふりをしてしまう。

そうして、取り返しのつかない事態になってしまう…。

教訓のパターンとしてはよくある古典的なものですが、それだけに強い。本作も共感しやすい物語になっていると言えますね。

④限定状況の中でのホラーシーンの工夫

家庭のプールが焦点のホラーというのも珍しいなと思ったのだけど、その源泉には「願いを叶える不思議な泉」があって、だからしっかり伝統にのっとったホラーになっている。そこも面白かったですね。

 

プールという限定された空間で、あの手この手の怪異が起こる。

一方が深くなっているプールの構造や、水中からの見え方、排水口、夜のライトやプールカバーなどの小道具も上手く使って、結構多彩な怪異描写になっていたと思います。

まあ、どうしても「思わせぶり」の繰り返しにはなってしまうのですが。

 

怪異が家族4人に限定される弱点を補うために、中盤に「ホームパーティー」のシーンをおいて、ホラーシーンの枠が広がる機会を作っています。

ここ、それこそ大勢が一気に血祭りにあげられるような、派手なホラーシーンを期待してしまうのですが。

物語の展開上、そうはならない。やはり理屈上、怪異は家族に(特にレイに)絡んだものに限られてしまうので。

 

真面目ですね! すごく真面目な作りのホラー映画だと思います。

真面目なのがいいことなのか……たとえ少々つじつまが合わなくても、派手なホラーシーンを優先した方がホラー映画としては正解なのかもしれないけど。

そこがホラーの難しいところなんですね。

⑤家族タイプの拙作「悪い月が昇る」について

…と、いろいろと物語の類型について書いてきたのは、今回特に自分自身の作品を連想したからです。

5月に竹書房より発売された、このブログ著者の初のホラー小説「悪い月が昇る」既に何度もしつこく告知しておりますが。

この本が、まさに「家族タイプ」のホラー小説になっております。

メインとなる登場人物は夫であり父である主人公と、妻、息子の3人のみ

家族の中で展開する怪異を、主人公の主観で描いていく限定視点の小説になります。

 

「ナイトスイム」を観ていると、いろいろと構造的な部分で共通するものを感じました。

それはこの映画がというより、昔から大好きで骨身に染み込んでいる「シャイニング」の強い影響によるものなのですが。

「ナイトスイム」を観ていて感じた、派手なホラーシーンが少なめであること、展開の予想がつきやすいところなどは、「悪い月が昇る」も弱点として持ってるところかもしれないな…とあらためて感じました。

ただ一方で、主人公の苦悩を中心にしたドラマ性の高さ、怪異を引き寄せる心理のリアリティなどは、「家族タイプ」の良さがある程度活かせているんじゃないか…と我ながら思っております。

 

「シャイニング」には実際強い影響を受けていて、家族3人の物語であることをはじめとして、共通する部分は多いです。

「シャイニング」の構成要素をあえて借りつつ、その全体像をくるっとひっくり返し、それによってまったく違ったテーマを描いていく…というのが、今回作者が意図したことです。

それが上手く書けているか、それは読み手の皆さんに判断してもらうしかないのですが…。

 

すいません、読まれてない方は何言ってるかさっぱりわからないと思うのですが。

読んでみて、検証して頂けると幸いです。現在書店でも通販サイトでも発売中!ですので、ぜひ多くの方に読んでいただければと…願います。

 

…という「家族タイプ」ホラー、「悪い月が昇る」はこちらです。夏が舞台の小説なので、今こそどうぞ!