Rosemary's Baby(1968 アメリカ)

監督/脚本:ロマン・ポランスキー

原作:アイラ・レヴィン

製作:ウィリアム・キャッスル

製作総指揮:ロバート・エヴァンス

撮影:ウィリアム・A・フレイカー

編集:ボブ・ワイマン、サム・オスティーン

音楽:クシシュトフ・コメダ

出演:ミア・ファロー、ジョン・カサヴェテス、ルース・ゴードン、シドニー・ブラックマー、モーリス・エヴァンス、ラルフ・ヘラミー

 

①アリ・アスターとの共通点

ニューヨークの古いアパートに引っ越してきたローズマリー(ミア・ファロー)ガイ(ジョン・カサヴェテス)の夫婦。隣の部屋に住む年寄りのミニー(ルース・ゴードン)ローマン(シドニー・ブラックマー)のカスタベット夫妻は世話好きで、お節介なほどでした。ミニーからもらったケーキを食べた夜、ローズマリーは悪魔に犯される不気味な夢を見ます…。

 

ロマン・ポランスキー監督、ミア・ファロー主演のホラー・クラシック。非常に完成度の高い名作です。

久々に観て思ったのは、おお、アリ・アスター!と言うことでした。

 

悪魔崇拝儀式のビジュアルはさておいても、本作の帰結していくストーリーは「ヘレディタリー/継承」のプロットにとても近い。

また、ヒロインをじわじわと追い込んでいき、最終的に突き落とす容赦のなさは「ミッドサマー」と通じるものがあります。

 

何より共通するのは、情緒を廃してとことん暗黒に塗り潰されるような、救いのないバッドエンドぶり。

徹底して人間性が否定され、当たり前の感情が嘲笑われている冷たさ。そこから来る恐怖。

 

アリ・アスターは「ヘレディタリー」について、「ローズマリーの赤ちゃん」を意識したと語っていますね。

ポランスキーについて本格的に語っているのは見てないのですが、でもたぶん潜在意識的に染み付いたものがあるんじゃないかな。

 

本作は派手なショックシーンはほとんどないのだけれど、本当に意識に刷り込まれる作品。

後々まで悪夢に出てきそうな、記憶に「残ってしまう」映画だと思います。

「本当に怖いホラー映画」としても、かなり上位に来るんじゃないでしょうか。

 

②「禍々しさ」に満ちた本作の周辺

本作は本当、「禍々しさ」が超一級です。

実際に怖いことが起こっていなくても、じわじわと怖さが醸し出されていく、不穏で不吉なムード。緊張感。

演出の上でのみならず、映画を取り巻く実際のシチュエーションも、禍々しさに貢献しています。

 

冬から夏にかけての、ニューヨークの空気感。

映画の公開は1968年で、劇中の背景は1965年冬から1966年夏にかけて。

60年代という、カウンターカルチャーが台頭し、世界が混乱に向かっていくムード。それが、映画の雰囲気になっているんですよね。

 

舞台になっている歴史ある高級アパートの外観は、ダコタ・ハウスで撮影されています。

70年代にジョン・レノンとオノ・ヨーコが住んで、1980年に玄関前でジョンが射殺された建物です。

 

劇中の悪魔崇拝者たちのカルトは、神秘思想やドラッグの活用という点で、60年代のカルチャーと共通します。

妊婦がカルトの犠牲になるという構図は、どうしたってポランスキー自身が本作公開の翌年に遭遇する最悪の惨劇を連想させますね。マンソン・ファミリーによる、当時ポランスキーの妻だったシャロン・テート殺害事件

「ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド」の題材にもなったこの事件は、もちろん本作とは何の関係もないのだけれど、今観れば当時のアメリカに確かにあったムードとして、本作の世界観の一部にも思えてしまいます。

 

ミア・ファローという人も、この辺のカルチャーの中で名前が出てくる人で。

ビートルズと一緒にインドへ行ってマハリシの教えを請うたというエピソードもありますね。

この時にジョン・レノンが作った曲が、ミアの妹プルーデンス・ファローのことを歌った「ディア・プルーデンス」

このような、スピリチュアルな時代。そこにトドメを刺したのがマンソン事件であるわけですが、本作はまだその前であるわけで。

 

更に言うと、ポランスキー自身、後には少女への性的暴行疑惑でアメリカを追われることになるという、因果を抱えた人物でもあります。

今見ると結果的に、本作自体が「いわくつきの映画」になっている。

そこまで含めた「禍々しさ」がある映画。ちょっと他になかなかないホラー映画でしょうね。

③「侵略する隣人」の恐怖

厚かましいカスタベット夫妻が「親切」で干渉してきて、やがて暮らしが乗っ取られていく。

本作は「隣人の侵略もの」でもあります。

 

少々煩わしいけれど実害はない(ように思える)し、何より親切でやってくれていることだから、断りづらい。その心の隙間に、うまく入り込んできます。

初めは余裕を持って、こちらも親切で「世話を焼かせてあげている」感じなのだけど、やがて生活の中に完全に入り込まれ、様々な重要なことを勝手に決められるようになっていく。

 

カスタベット夫妻のユーモラスな風貌、好々爺然としたローマンと、厚かましいけど害はない世話焼きばあさんといったムードのミニーが、しかし実は周到に、計算高く振る舞っている…というのが怖い。

いつの間にか、ローズマリーは普通の人間関係をことごとく断ち切られてしまいます。

気がつけば、周りにいるのは「あちら側」の人間だけ。これ、現実にもカルトのやり口ですね。

 

最悪なのは、もっとも信頼のおける唯一の味方であるはずの夫が、あっち側に行ってしまうということ。

ローズマリーは夫に売られているんですよね、実は。本作は、信じていた人に裏切られるという現実的なホラーでもあるわけです。

④カルトが侵食する恐怖

カスタベット夫妻によって、薬草を与えられ、ひどい匂いのするタニスの入ったお守りを持たされる。

「もっといい医者を紹介する」という名目で、主治医も切り離され、「あっち側」の医者に体もコントロールされてしまう…。

これ、現実でも往々にしてある奴ですね…偶然親しくなった人が、何かヤバいものにハマっていて、ニコニコ笑いながら実はその「布教」のために近づいてくる…という。

 

自然食品とか、ヨガとか、健康法くらいのものだったらまだいいけど。

怪しげな代替療法、瞑想とか、ホメオパシーとか、神がかってくると危険ですね。

一般的な科学へのアンチを伴う場合も多い。代替療法にハマって、高いインチキ商品を買わされるだけならまだいいけど、標準医療を拒否して寿命を縮めたなんてこともよくある話。現代のホラーですね。

本作で、ローズマリーを蝕んでいく「隣人の思想」は、そんな現実的な怖さと地続きで、だからとてもリアリティのあるものになっています。

 

ローズマリーが見る見る痩せ細っていき、目の下にクマができて、やつれていく。画面にはその姿がまざまざと映し出されているのに、本人は自分の置かれた惨状に気づかない。

正しい忠告をしてくれる人間関係は、次々と巧妙に取り除かれていく…。

実際に画面の上にも痩せていく(ように見える)ミア・ファローが、着々と取り返しがつかなくなっていくプロットに説得力を与えています。

⑤サイケデリックなムード

当時はポランスキーも30代。先鋭的・挑発的な映画を作ってきて、ホラー映画である本作もその延長線上にあります。

悪魔崇拝などの要素は目新しいものではないですが、それがニューヨークのど真ん中で描かれるのはいかにもモダンホラー

 

目立つのは、サイケデリックとも言える登場人物たちのファッションですね。カスタベット夫妻の、ピンクのスーツとか赤と緑のツートンのワンピースとか、強烈な存在感。

ローズマリーの、少女のようなロリータファッション。そのお腹が大きくなっていく違和感。

古めかしいアパートのシックなインテリアの中に配置された原色。日常の風景が既にアートのように見えて、目にも刺激ある映画になっています。

 

明るい原色を中心にしたファッションや、ピンク色の流麗な書体によるロゴやタイトル、そして甘美な音楽。

それら明るく華やかなムードと、とことん救いのない暗黒展開の対照。

この手法も、アリ・アスターが現代にうまく生かしているところですね。

もうクラシックの部類に入る作品ですが、「ヘレディタリー」や「ミッドサマー」が好きな人はハマる映画なんじゃないかと思います。