The Northman(2022 アメリカ)
監督:ロバート・エガース
脚本:ショーン、ロバート・エガース
製作:マーク・ハッファム、ラース・クヌーセン、ロバート・エガース、アレクサンダー・スカルスガルド、アーノン・ミルチャン
撮影:ジェアリン・ブラシュケ
編集:ルイーズ・フォード
音楽:ロビン・キャロラン、セバスチャン・ゲインズボロー
出演:アレクサンダー・スカルスガルド、ニコール・キッドマン、クレス・バング、アニャ・テイラー=ジョイ、イーサン・ホーク、ビョーク、ウィレム・デフォー
①マニアックだけどめちゃくちゃ面白い映画!
9世紀、北大西洋の島。オーヴァンディル王(イーサン・ホーク)が治めるバイキングの国で、王の弟フィヨルニル(クレス・バング)が謀反を起こします。王は殺されグールトン王妃(ニコール・キッドマン)は拉致され、幼い息子アムレートは一人ボートで海へと逃れます。
数年後。ロシアの地で狂戦士ベルセルクの一員として生き延びていたアムレート(アレクサンダー・スカルスガルド)は、スラブ族の預言者(ビョーク)に導かれ、自ら奴隷に身を落とし、国を追われたフィヨルニルがいるというアイスランドへ向かいます…。
「ライトハウス」の超個性派監督ロバート・エガースによる、古代北欧を舞台に描かれるヴァイキングの復讐劇。
突き抜けた映画です! めちゃくちゃストレートに、古代北欧の原始的で荒々しくて血生臭い神話と伝説の世界を、リアルに再現しています。
ストーリーの根幹は、「ハムレット」のモデルになったというからまさに古典的な復讐譚。
かなりマニアックな題材を、かなりストレートに映画にした作品なのでね。好みは別れると思います。
古代北欧ヴァイキングに興味のある人は少ないだろうし、なんで今、ヴァイキングの復讐の話を見なくちゃいけないの?と感じる人は一定数いるかも。
ですが、個人的にはめちゃくちゃ面白かったです! 最高に好きな映画でした。
ディテールの面白さに痺れます。知らなかった世界を知る喜びが全編に満ちてる。
度を越したワイルドさと復讐のダイナミズムで、映画的な興奮も最高です。
ハマる人はめちゃくちゃハマる映画だと思います!
②キリスト教以前、という異世界
導入は「北大西洋」。タイトル文字はルーン文字ですね。
2世紀頃から使われた古代ゲルマン人の文字。ルーン文字が刻まれた石碑は現在も北欧やイギリスなどに残っています。
西暦800年から1050年頃が「ヴァイキング時代」とされています。日本では平安時代ですね。
スカンジナビア、バルト海沿岸地域の武装集団ヴァイキングが、西ヨーロッパ各地を荒らし回った時代。
このヴァイキングの戦争・略奪によって、古代スカンジナビアの人々であるノース人(Norseman)はヨーロッパ全土に広がり、各地で国を作っていきました。
ノース人の宗教はオーディンを頂点とする北欧神話であり、キリスト教国は攻撃すべき異教徒であり、略奪対象でした。
世界樹ユグドラシル、主神オーディンとフレイ、死者の館ヴァルハラ、戦死者をヴァルハラへと運ぶ女騎士ワルキューレ(ヴァルキリー)など、北欧神話のモチーフは本作の中に多数登場しています。
本作で描かれるのは、そんな世界。
キリスト教に基づいた文化が支配して我々がイメージするいわゆる「西欧社会」になる前の、別の文化・宗教・考え方に即した「異世界としてのヨーロッパ」です。
やっぱり、我々が当たり前だと思ってる世界というのは、「キリスト教以降の世界」なんですよね。
それ以前というのは、現在見えているのとは全然違う世界。別の宇宙、別の次元と思えるような、「圧倒的に違っている」異世界であるわけです。
まずはこの、「圧倒的に違う世界(でも、過去には実際にあった世界)」を見ることができる喜び、興奮。
これが、本作にはぎっしり詰まっています。だから、最初から最後までずっと新鮮で面白いのです。
③死生観の根本が違う世界
昔々と現在とでいちばん異なっているのは、テクノロジーとか暮らしぶりはもちろんそうなんだけど、いちばんデカいのは「倫理観」ではないかな、と思います。
「すべての人には人権があって、殺してはならない」なんていう考えは、実は近代以降にできたものなんですよね。
それ以前には、そんなものはなかった。
弱肉強食。強いものが奪い、弱いものは殺され収奪され、奴隷になる世界。
逃げ延びたアムレートが加わっているのはヴァイキングの戦士ベルセルク(バーサーカー)ですね。
狼や熊になり切って理性を忘れ、戦場で鬼神の如き強さを誇る狂戦士。戦いが終わると、虚脱状態になったという。
この状態は、毒キノコや向精神作用を持つ植物によってもたらされたと考えられているそうです。
狙いをつけた村を徹底的に蹂躙し、戦士は殺し、不要な女子供は小屋に閉じ込めて焼き殺し、使えるものは奴隷として焼き印押して売り飛ばす。
殺す方も、いつ殺される側に回るか知れないし、庶民もなんだかんだで逞しく生きている。
それが別段残酷でもなく、当たり前である世界。
戦いで死んだら、死者の魂はワルキューレによってオーディンの館ヴァルハラに運ばれる。それこそがこの上ない栄誉だから、人々は戦いで死ぬことを恐れない。
戦いで死ねなかった者は地獄行き。だからみんな、むしろ勇猛に戦って死ぬために、自分から過酷な戦場に飛び込んでいく。
だからもう、アムレートも全然長く生きようとか思ってない。
名誉ある復讐を果たして、戦いで死んでワルキューレが迎えに来てくれることを心から待ち望んで生きている。
そういう「異世界死生観」の元で織りなされる復讐譚ですからね。これはもう一種独特の、怒涛の迫力に満ちているわけです。
④個性的なキャストの魅力!
そういう、濃ゆい濃ゆい世界観がどっぷり描かれていくわけですが。
それでもこれはアメリカ映画。
ニコール・キッドマンをはじめとするスターのキャストで、それでもなお親しみやすい、見やすいドラマになっていると言えます。
そこは両面あるところ…では、ありますけどね。
これだけ本格的に古代北欧を再現していて、王様がイーサン・ホーク、王妃様がニコール・キッドマンで、みんな英語を喋っている…というのは、ちょっと物足りない感もあります。
どうせなら北欧の俳優を使って、全編古代の北欧の言語で字幕で見せるくらいでも…とか思っちゃいますが、アメリカでの興行を考えるとそれは無茶なんでしょうね。
そんな中でも、主役はスウェーデン出身のアレクサンダー・スカルスガルド。
本作の企画の発端は、彼自身が発案したものであるそうです。
「異端の鳥」や「DUNE/デューン」に出ていたステラン・スカルスガルドがお父さん。
「IT/イット」のペニーワイズで芸達者ぶりを見せたビル・スカルスガルドは弟。
「ハミングバード・プロジェクト」では線の細い感じだったし、「ゴジラvsコング」でもマッチョって印象じゃなかったですが。
6ヶ月に渡る身体改造でコナン・ザ・グレートみたいな筋肉になって、完璧なヴァイキング/バーサーカー/ベオウルフぶりを見せてくれます。
それからやっぱり、本作の華は白樺の森のオルガ。アニャ・テイラー=ジョイ!
彼女はロバート・エガース監督の「ウィッチ」で彗星の如く世に出たわけですが。
「ラストナイト・イン・ソーホー」や「アムステルダム」を経て、エガース監督の元に戻って本領発揮と言えます。
彼女も北欧は関係なさそうですが、どこかエルフを思わせるような、妖精的な顔立ちなんですよね。男臭い本作で、ほんと清涼剤のように感じられます。
あとやっぱり、ビョーク!ですね。ほとんど顔見えないけど。
「巫女」の説得力素晴らしい。
ウィレム・デフォーの「道化」もいいです!
⑤「ミッドサマー」好きな人は是非!
北欧神話は日本ではそれほど馴染みがないと思いますが、キーワードは割とゲームなどで目にしてるかもしれない。
映画ファン的には、「ミッドサマー」が好きな人は、いろいろ既視感を感じるんじゃないでしょうか。
「ミッドサマー」で描かれていた、北欧神話や古代の伝統に基づく様々な儀式、祭礼。
そのホンモノバージョンが、本作で描かれるあれこれである、と言えます。
乙女たちが夜通し踊り狂ってトランス状態になるお祭りとか。
生贄を伴う儀式、葬式だとか。
現代ではあくまでも再現にとどまって「寸止め」で終わるところが、ホンモノなので本当に最後までやっちゃう。その凄み。
「ミッドサマー」の解説記事は今でもアクセスが多いので、みんなああいうの大好きなんだと思うんですよね。
そんな人は、「ノースマン」も絶対に好きだと思います。
要するに「ミッドサマーのオリジン」だから。「ミッドサマー」好きな人は是非観ましょう!
ロバート・エガース監督の前作。ウィレム・デフォー主演。
古代北欧ノース人の「キリスト教以前の伝統」がすべてのベースになっているホラー。
「ミッドサマー」の解説で北欧神話についていろいろ調べたの、本作にも大いに役立ちました。
こちらも、古代ノース人の文化をベースにしたホラー。