これは、スタンリー・キューブリック監督の映画「シャイニング」(1980)について、解釈と解説を試みる記事です。従って最後までネタバレしています。ご注意ください。

「シャイニング」に関しては、熱心なファンがいっぱいいて、多数の解釈・解説が世に溢れています。とっくに指摘済みのところ、浅いところ、間違ってるところも多々あると思いますが、ご容赦ください。

 

また、本記事は基本的に「キューブリック監督の解釈したシャイニング」について書くつもりです。原作では違う解釈になっている!という部分も多々あるかと思いますが、そこは映画と原作は違う前提で書いています。

 

シャイニングにはいくつかのバージョンがあります。

最初に公開されたのは、146分のプレミア公開版。これは現存しておらず、今は一切観ることができません。

プレミア公開版からラストシーンほかいくつかのシーンを削除したのが、143分の北米公開版。これがシャイニングのもっとも基本的なバージョンと思います。

そこから更にシーンがカットされ、119分まで縮められたのが国際版です。アメリカ以外の国では、このバージョンが公開されています。

DVDなどのソフトは基本的に北米公開版が出ていたのですが、いつの頃からか、国際版のソフトしか流通しなくなってしまっていました。2019年になって北米公開版が4K Ultra HDとブルーレイをセットにしたソフトでリリースされ、現状それが唯一北米公開版が観られるソフトになっています。

本記事は北米公開版を基本に、国際版でカットされたシーンについてはその解説を入れています。

 

コロラド

オープニング、急峻な山に沿った道を行く空撮映像。

設定ではコロラドということになっていますが、ヘリコプターによる撮影が行われたのはモンタナ州のグレイシャー国立公園です。

印象的に登場する湖は、セントメアリー湖。湖の中央に小さな島があります。

道路は、湖の西に沿って走る“ゴーイングトゥザサン”・ロードです。

 

走っていくのは黄色いフォルクスワーゲン・ビートル。ジャック・トランスの見かけに似合わない小ぶりな愛車です。

ジャックの車がビートルなのは原作も同じですが、原作では「赤いかぶとむし」になっています。

 

この空撮映像は、「ブレードランナー」(1982)のラストシーンで流用されています。試写の反応が芳しくなく、急遽ハッピーエンド・シーンを付け加えることになって、リドリー・スコットは「シャイニング」の空撮シーンのフィルムの借り出しを要請しました。キューブリックは、映画に使わなかった部分を使うという条件で貸し出しを了承します。送られてきたフィルムは3万フィート分もあったそうです。

ちなみに、「ブレードランナー」でこの空撮シーンが見られるのは劇場初公開版だけです。「ディレクターズ・カット」以降のバージョンではハッピーエンドはカットされているので、「シャイニング」の流用シーンも見られません。

 

オーバールック・ホテルの外観は、オレゴン州フットリヴァーに位置するティンバーライン・ロッジが使われています。

ただし、映画に登場するホテルのほとんどはイギリスのエルストリー・スタジオに作られた大規模なセットです。

迷路を含むホテルの前庭、玄関側の建物も、大きなセットが作られています。

 

原作もオーバールック・ホテルはコロラドに位置していますが、これは原作者であるスティーヴン・キングが1973年に滞在し、影響を受けたホテルがコロラド州エステスパークに位置するスタンレー・ホテルだったからです。

キューブリックの映画の何もかもが気に入らないキングは、映画のオーバールック・ホテルも気に入らなかったようで、自身の脚本で製作したテレビ版ではスタンレー・ホテルでロケを行っています。

THE INTERVIEW/採用面接

オーバールック・ホテルの支配人スチュアート・アルマンは、原作と映画でずいぶん印象の違う人物です。

原作はジャック・トランスのアルマンへの(心の中の)罵詈雑言から始まっているくらいで、アルマンは「鼻持ちならん気取り屋のゲス野郎」と描写されています。

プライドが高いジャックは面接で見下されること自体我慢ならなかったことでしょう。

映画では、少なくとも表面上は、ジャックとアルマンは友好的です。アルマンに不快な性格の描写も特にありません。

 

アルマンはジャックにビル・ワトソンを紹介します。ワトソンはホテルの裏方仕事を取り仕切る人物で、原作ではそれなりに出番があるのですが、映画ではほとんど存在感がありません。

原作では、オーバールック・ホテルを建てたのはワトソンの祖父であるということになっています。

 

シーンが一旦ボールダーのウェンディとダニーの描写に移った後、もう一度面接シーンに戻ってくるのですが、戻ってからしばらくのシーンは「国際版」ではカットされています。

ジャックが元教師であること、現在は作家(自称)であることがここで説明されています。

また、ホテルが11月から5月まで閉鎖されること、冬季期間中はボイラーで毎日違う場所を暖める必要があることもここで説明されます。

 

ジャックの経歴は彼の人となりを語る大事な情報ですが、キューブリックは不要と判断したようです。

ホテルの管理人に応募する身でありながら、自分を作家だと名乗るのは、ジャックの高いプライドを感じさせるところです。

また、ボイラーの件は原作ではラストのための非常に重要な伏線になるのですが、映画ではその展開はないので確かに不要な情報ではあります。

(映画でもウェンディがボイラーを操作するシーンはあります)

 

アルマンが「1970年の冬の悲劇」について語るシーンは、国際版でもカットされずに残っています。

冬季管理人だったチャールズ・グレイディという男が、妻と2人の娘を斧で惨殺し、自らは猟銃をくわえて自殺しました。

その原因は「キャビン・フィーバー」と説明されています。

キャビン・フィーバーは閉所恐怖症と訳されることが多い症状です。「屋内に長期間閉じ込められることによるストレス、発熱」です。

 

アルマンは「チャールズ」・グレイディと言っているのですが、原作では「デルバート」・グレイディです。

また、後で映画に登場するグレイディもデルバート・グレイディです。

ここでのチャールズ・グレイディという言及が、単なる脚本上のミスなのか、それともキューブリックの意図的な謎かけなのか、様々な議論が行われています。

 

ジャック・トランスのフルネームは原作に登場していて、ジョン・ダニエル・エドワルド・トランス。ジャックはジョンの愛称です。ダニーの名前が父親から貰ったものであることが分かります。

ジャック・トランスを演じたジャック・ニコルソンは2010年を最後に俳優業は休止状態。現在82歳ですが、既に俳優は引退した認識であるようです。

 

スチュアート・アルマンを演じたバリー・ネルソンは、1954年のテレビドラマ版「カジノ・ロワイヤル」でジェームズ・ボンドを演じていて、ショーン・コネリーより先にボンドを演じた俳優ということになるそうです。

ボールダー

1974年、スティーヴン・キングはコロラド州ボールダーに移り住み、そこで1年間暮らしています。「シャイニング」はそこで執筆されました。

ボールダーはキングの(シャイニングに続く次作)「ザ・スタンド」でも、重要な拠点として登場しています。

 

ダニー・トランス「トニー」と対話しています。対話が「鏡を覗き込む」という形で行われることからも、トニーがダニーのもう一人の人格であることが分かります。

トニーはオーバールック・ホテルに行くことを嫌がっています。なぜ嫌なのか尋ねるダニーに、トニーは「エレベーターから流れ出す血」「双子の少女」のイメージを見せます。

 

ビジョンを見たことで引きつけを起こしたダニーが、女医の診察を受けるシーン。

トニーの存在とその起源について語られる重要な説明シーンですが、国際版ではここも潔くバッサリ切られています。

「僕の口の中に住んでいる」とダニーが言うトニーは、ダニーのイマジナリー・フレンドだと女医は説明します。

ウェンディは女医に、ボールダーに引っ越して3ヶ月になること、その前はバーモントで教師をしていたこと、ジャックがトニーと話し出したのは「保育園の頃」からで、ジャックに怪我をさせられた「事故」がきっかけだったことを話します。

ダニーは父親の書類を散らかしてしまい、酔っ払って帰ったジャックは癇癪を爆発させてしまいます。

「止めようと手を引っ張って」「つい力が入り過ぎた」「二度と酒は飲まないと夫は誓った」「この5ヶ月飲んでいない」と聞かれてもないのに語るウェンディは、夫のしでかしたことの言い訳を言うのに慣れているようです。

ジャックがダニーに怪我をさせたのは、後のジャックのロイドへの告白によれば3年前のことです。

禁酒は5ヶ月前。ダニーに怪我をさせた後も、ジャックは酒をやめることはなかったんですね。

 

ちなみに、原作に出てくるダニーのフルネームはダニエル・アンソニー・トランス。トニーはアンソニーの愛称です。すなわち、トニーの名前の由来はダニー自身の名前ですね。

ダニーは過去や未来を見る超知覚を持った少年なのですが、まだ幼いダニーが自分の中にある制御できない知覚を扱うために、無意識に作り出したのがもう一つの人格「トニー」であると言えるでしょう。

 

ダニーを演じたのはダニー・ロイド。1973年1月1日生まれなので、公開時7歳。撮影時は6歳でしょうか。

彼が役柄と同じ名前なのは、現場でやり取りするのに便利だったそうです。

完全主義者のキューブリックはダニーにもテイクの繰り返しを要求しましたが、ホラー要素が少年のトラウマにならないよう気は使っていたようです。ダニーはホームドラマの撮影だと思っていたとか。

ダニー・ロイドは俳優業は続けず、今は生物学の教授になっているそうですが、「ドクター・スリープ」にカメオ出演しています。少年野球のシーンの父兄役だそうです。

 

ウェンディ・トランスシェリー・デュバルは1949年生まれ。公開時31歳。

「シャイニング」と同年の1980年には、ロビン・ウィリアムス主演の「ポパイ」でオリーブ・オイルを演じています。

シェリー・デュバルも2002年を最後に女優業からは遠ざかっており、近年は精神疾患に悩んでいるというショッキングなニュースが伝えられました。

CLOSING DAY/ホテル閉鎖の日

ビートルに今度は3人が乗って、トランス一家は再びホテルへ向かいます。

車の中で、ドナー隊が話題になっています。

 

ドナー隊は、1846年にアメリカの東部から西部を目指して出発した開拓民の幌馬車隊です。

冬のシエラネバダ山脈を越えることが出来ず、1846年から47年の冬を雪山で過ごさざるを得なくなり、深刻な食糧難に陥って、力尽きた仲間たちの肉を食べて生き延びました。

アメリカの西部開拓時代の代表的な伝説であり、ホラーストーリーであると言えます。

 

10月末、ホテルが冬季閉鎖に入る最後の日です。皆が片付け作業をしているのを、ウェンディは幽霊船みたいと例えています。

着いて早々、ダニーは遊戯室で双子の少女を見ます。

 

アルマンがトランス一家を案内し、ホテルの様々な場所が紹介されていきます。

フロントのあるロビーから、コロラド・ラウンジ、管理人の居住室、庭の生け垣迷路、舞踏会が開かれる「ゴールド・ボール・ルーム」などです。

ホテルの内装は、ヨセミテ国立公園にあるアワニー・ホテルを参考にして作られています。

 

移動する人々と同じスピードで、カメラが滑らかに動いていく。ステディカムの面目躍如と言えるシーンです。

ブレのない滑らかな移動撮影を実現したステディカムは、1973年にギャレット・ブラウンによって開発され、1976年の映画「ウディ・ガスリー/わが心のふるさと」で初めて実用化されました。

開発者であるギャレット・ブラウンは自らオペレーターとしてステディカムを操作し、「ロッキー」(1976)のトレーニング・シーンなどを撮影。「シャイニング」では、ステディカムによる本格的な長回しに挑んでいます。

その後も「スター・ウォーズ/ジェダイの復讐」(1983)では、スピーダーバイクのチェイスシーンを撮影しています。

キューブリックにとっては、自身の「突撃」(1957)で行った塹壕シーンの移動撮影を、更に発展させた試みとも言えます。

 

このシーンでは、一行があるはずのない通路を通っていたり、部屋と部屋の位置関係が後の描写と矛盾していたりします。

例えば管理人の居住室は、ここでは2面に窓があって角部屋のように見えていますが、後にジャックに追われたダニーが窓から逃げ出すシーンではホテル正面の中央付近に位置していて、角部屋ではなくなっています。

キューブリックはあえてホテルの間取りを分かりにくくすることで、ホテル全体を迷路のように見せています。観客も登場人物と一緒にホテルという迷路の中に放り込まれた感覚を味わうことになります。

 

アルマンは、ホテルが1907年に着工されその2年後に完成したと語っています。ホテルが建てられた土地は「インディアンの墓地」であり、工事中も度々襲撃を受けたとアルマンはサラッと語っています。

そのこともあってか、オーバールック・ホテルの内装はインディアンの意匠が多数取り入れられています。

「ナバホとアパッチがモチーフだ」とアルマンは言っています。

 

コロラド州には、ナバホ族、アパッチ族の他、シャイアン族、アラバホー族、バンノック族、コマンチ族など多くのインディアン部族が先住していました。

1864年11月29日には、米軍が無抵抗のシャイアン族とアラバホー族の村を襲撃し、女子供を含む500人にのぼるインディアンを虐殺する「サンドクリークの虐殺」が起こっています。

インディアンの墓地の上にホテルが建てられているというのは、そうした多くの殺戮行為の上にアメリカの繁栄が築かれていることの象徴でもあります。ホテルに呪いが染みついているのも、無理のないことと言えるでしょう。

 

ただ、キューブリックは基本的に神や悪霊のような神秘的存在を信じない人です。そこがキングをイラつかせるところなんですが。

この「インディアンの呪い」にしても、悪霊の意思が存在するような描かれ方はしていないと思います。あくまでも、過去の悪い波動が残響として残り、現在に悪い影響を及ぼしている…というような描き方になっています。

ディック・ハローラン

ゴールド・ボール・ルームのバー・カウンターが紹介され、アルマンが「酒はすべて撤去されている」と話し、ジャックがすかさず「酒はやりません」と答える。このシーンも、国際版ではカットされています。

ここで黒人コックのディック・ハローランが紹介され、ウェンディとダニーをキッチンに案内します。

 

冷凍庫と通常倉庫の、2種類の食糧倉庫が紹介されます。後者は後に重要な場所になります。

ハローランがダニーを「ドック」と呼び、ウェンディがいぶかしみますが、ハローランは「漫画に出てくる」とごまかします。

カートゥーンの「ルーニー・チューンズ」に出てくるバッグス・バニーの口ぐせが「What’s up, Doc?」(どったの、センセー?)です。

 

ダニーと二人きりになったハローランは、ダニーに超能力について語ります。

ハローランは、「おばあちゃんと口を動かさずに話をすることができ」ました。彼はそれを「シャイニング(かがやき)」と呼んでいました。

 

キングは、ジョン・レノンの1970年の楽曲「インスタント・カーマ」の歌詞(we all shine on)にインスパイアされて、当初超能力の名称(そして作品のタイトル)を「The Shine」と考えていました。

後に「The Shine」が黒人への蔑称となるスラングであることが分かり、「シャイニング」に変更しています。

 

キングが引用したのは歌詞だけのようですが、カルマといえば業、前世の悪行の報いが生まれ変わりの生に影響するといった意味です。

キングが忌み嫌ったキューブリックの映画のオチが、まさしく「生まれ変わり」「前世の業」になるわけで、不思議とぐるっと回って同じところにリンクしているようですね。

 

キューブリックは完全主義者で、執拗にテイクを繰り返すことで有名ですが、ハローランがダニーにシャイニングについて語るこのシーンは実に148テイクにも及んだそうです。

演じたスキャットマン・クローザースは1910年生まれ。70歳でしたが容赦ないですね。

スキャットマン・クローザースはミュージシャンとしてキャリアをスタートさせました。

ジェリー・ルイスのミュージカルなどで活躍した後、ジャック・ニコルソンと親交を持ち、「カッコーの巣の上で」(1975)など、ニコルソンの出演映画に共演。「シャイニング」もその流れにある作品ですね。

「トワイライト・ゾーン/超次元の体験」(1983)の、スピルバーグ監督の第2話で主演を演じています。

 

「この場所が怖い?」と聞くダニーに、ハローランは「何かあるとその跡が残るものだ」と言います。

怖いものが見えたとしても、それはあくまでも過去に何かが起こった痕跡であって、怖がる必要はないのだ…ということですね。

映画版の幽霊の捉え方は、基本的にこれですね。いわゆる「レコーディング」のような考え方。

強い感情が発せられた場所に、その感情の痕跡が、テープに音が録音されるようにして記録される。それが幽霊であるという考え方。

だから、それはあくまでも過去にあった感情の「残響」であり、邪悪な意志などは存在しない。

 

ダニーの予知のように、超自然的要素を描きはするんだけど、そこに神や悪魔、死後の世界のような、既存の宗教的な神秘主義を持ち込まない。というのがキューブリックの基本的な立場だと思います。

「2001年宇宙の旅」で、キューブリックは「神」を科学の文法で記述しようとしました。

それに続いて、「幽霊」を科学の文法で記述しようとするのが「シャイニング」なんだと思います。

 

キングは死後の世界や悪霊の邪悪な意志(そしてそれに対抗する神)が存在するという大前提で創作をしていますからね。

基本的な立場の部分で、ものすごく大きな違いがある。後々もめるのも無理はない感じです。

 

その2に続きます!