Doctor Sleep(2019 アメリカ)

監督/脚本:マイク・フラナガン

原作:スティーヴン・キング

製作:トレヴァー・メイシー、ジョン・バーグ

製作総指揮:ロイ・リー、スコット・ランプキン、アキヴァ・ゴールズマン、ケヴィン・マコーミック

撮影:マイケル・フィモナリ

音楽:ザ・ニュートン・ブラザーズ

出演:ユアン・マクレガー、レベッカ・ファーガソン、カイリー・カラン、カール・ランブリー、ザーン・マクラーノン、エミリー・アリン・リンド、ジョスリン・ドナヒュー、クリフ・カーティス

①酷評注意!

今回は微妙なレビューです。「イット」で興奮していっぱい記事を書いたので、同じテンションを期待される方が多い気がするんですが。

すみません前半に関しては割と褒めてるんだけど、後半に関しては完全に酷評になってます。

そういうの見たくない!という方はスルーお願いします。基本ネタバレです。

 

「シャイニング」から40年。ダニー・トランス(ユアン・マクレガー)は「かがやき」がもたらす幽霊や悪夢に悩み、父と同じアル中で人生を失いかけていました。

ある街に流れ着いたダニーはそこでビリー・フリーマンと出会い、断酒会に誘われます。ホスピスでの仕事も得て、ダニーはようやく落ち着く場所を得ます。

一方、ローズ・ザ・ハットに率いられる真結族は、かがやきを持つ少年を誘拐しては殺し、その生気を吸うことで永遠の命を得ていました。強力なかがやきを持つ少女アブラはそれに気づき、ダニーにも接触を求めてきます…。

 

前半と後半で、まるっきり別の映画でした。

 

前半は、すごく良かったんですよ!

雰囲気いいし、テンポもいい。

いくつかの視点を切り替えながら進んでいくのも、分かりやすく上手く処理されていて。

何より、敵である真結族の邪悪さ、憎らしさがきちんと描写されていて。やっぱり、悪役がムカつくほど盛り上がるものですからね。

これは最後の対決に向けてめっちゃ盛り上がる!と大いに期待が高まったんですが。

 

前半は、キングの原作にとても忠実です。

後半は、完全に原作を離れたオリジナル展開になります。

舞台がオーバールック・ホテルに移って、「シャイニング」の名シーンをふんだんに盛り込んだ「大シャイニング祭り」になる。

まあそのこと自体はね、折り込み済みではありました。予告編でホテルに行くことを明言してましたからね。

映画ならではの展開として、期待しているところでもあったんですが。

 

いやあ……大失速でした。

それまでのお話の良さが、すべて吹っ飛んじゃうくらいの大暴投でした。

非常にB級っぽくてバカバカしいので、ある意味キングらしいとは言えるのかな…。

でも少なくとも、「シャイニング」らしさは皆無でした。

 

うーん何というか、惜しいなあと思って。前半の緊張感とスリルを後半も維持できていたら、傑作だったと思うんだけどなあ…。

 

②「シャイニング」映画と原作の関係について

細かいことの前に、本作がなぜそういう構成になるかについて。

 

本作は「シャイニング」の続編なわけですが、問題はスタンリー・キューブリック監督による映画版の続編なのか、スティーヴン・キングによる原作小説版の続編なのか、というところです。

というのは、その2つはストーリーの大きな部分に重要な違いがあるんですね。

 

小説版では、舞台となる幽霊ホテル「オーバールック・ホテル」は最後に爆発炎上し、焼け落ちて消え去ってしまいます。

映画版では、ホテル自体は無傷のまま終わっていました。

小説版では、「かがやき」を持つ黒人コックのディック・ハローランは最後まで生き延び、重要な役割を担います。

映画版では、ハローランはホテルに着くなりジャックに斧を叩き込まれて殺されてしまいます。ハローランの役割はダニーとウェンディに脱出用の雪上車を届けただけでした。

 

キングが2013年に発表した小説「ドクター・スリープ」は当然ながら、小説版の続編です。

従って、オーバールック・ホテルは出てこないし、ハローランは生きていて少年時代のダニーに助言を与えることになります。

 

また事態を複雑にしているのが、原作者であるキングがキューブリック版「シャイニング」を昔から激しく忌み嫌ってきたということ。

キューブリックは独自の解釈を加えて、キングの原作を離れた独自の傑作として映画「シャイニング」を仕上げたわけですが、その解釈の仕方がキングの逆鱗に触れてしまった。

どこに怒ったのか…はまあ、いろいろあるのでここでは触れませんが、とにかくキングの映画版への憎悪は徹底していて、まるで親でも殺されたかのような罵詈雑言を浴びせてきたわけです。

(ちなみに僕はキングの原作もキューブリックの映画もどちらも大好きです。キングが嫌うのは、なんか作者にしか分からないデリケートな琴線に触れちゃってるってことなんだと思います)

 

だから本来、キングの許可を得て原作を映画にする以上、映画もキューブリックの映画でなくキングの小説版の続編となる他なかったはずです。

あるいは、キング自身の脚本で作られた1997年のテレビドラマ版の続編か。これは、キングの批判(というか悪口)があまりにもしつこいので、以降の批判を自重するという条件で、キューブリックが映像化権を譲渡することで製作されたという経緯があります。

(と言いつつ、キングはその後もしつこく批判を言い続けるのですが)

 

というわけで、筋としては今回の映画「ドクター・スリープ」もキングお墨付きのテレビ版の続編になるべきだったのでしょうが。そんなの、誰も望んでないわけで。

世間一般の人々にとっては「シャイニング」と言えば双子であり血を吹くエレベーターであり、斧で扉をブチ破るジャック・ニコルソンであるわけで。

 

というわけで、映画「ドクター・スリープ」はストーリー的にはキングの小説版「ドクター・スリープ」映画化でありつつ、映像的にはキューブリックの映画版「シャイニング」の続編ということになるわけです。

そして、多くの人の見たいものに答えた結果、映画では、ホテルの出てこない原作のストーリーに、ホテルの出てくるシーンを強引に付け加えることになるわけですね。

③前半は傑作! 本当に!

物語は「シャイニング」の直後、ダニーがまだ小さい頃から始まります。

ウェンディも出てきます。ファッションとか声とか喋り方とか似せてるけど、微妙に似てないのはご愛敬。

 

「237号室の女」などの亡霊がダニーの前に現れるのも、本当はホテルが焼けて失われているという前提があってのことです。映画では、ホテルが閉鎖され荒廃したから…ということになってたけど。

その対処法を教えるのがディック・ハローランで、これも本当は小説版ではハローランは死んでないからですね。

映画では死んでるはずなのに…どうするのかと思ったら、ダニーだけに見える幽霊という形にしていました。

強引なようだけど、この世界観では割ときれいに馴染んでる。

なかなか上手いアレンジだと思いました。

 

前半は本当に原作に忠実で、ダニーのアル中でどん底の様子とか、ホスピスでの「ドクター・スリープ」とかも飛ばさずにきちんと入れ込んでいます。

子供時代のダニーがウェンディにドクと呼ばれたり、その由来となるバッグス・バニーのテレビもわざわざ見せたりして、そこに至る下地も丁寧なんですよね。

ホスピスでのエピソードはテーマに密接に関わるところですね。幽霊をめぐるストーリーに、死への洞察を交えることで深みを与えています。

 

苦悩し、立ち直っていくダニーの人生と、並行して描かれていく真結族のストーリー。

ローズ・ザ・ハットが美しくて面白いし、怖い。

スネークバイト・アンディも魅力があって、彼女が参加する過程を丁寧に描くことで上手く真結族を説明しています。

そして悪い。悪が、明確に悪とわかる非常にハードな描き方になっている。野球少年のエピソードはかなり胸が悪くなるような邪悪な描かれ方になっていて、物語上の敵への憎しみが高まります。

 

それに対抗するのが「輝き」を持つ少女アブラなわけですが、彼女も魅力的でしたね。

少女の向こう見ずな正義感が、ダニー初め多くの人を巻き込んでいく。

中心になるのを少女にすることで、自分を危険に晒しても戦いに乗り出していくことや、周りの大人が巻き込まれてしまうことにも説得力を与えています。

ちょっと生意気で勝気なアブラの造形は、そんな役回りにぴったりでした。

 

「かがやき」による超能力や、精神世界の描き方も独自のものになっていて、とても惹きつける映像になっていたと思います。

幼女時代のアブラの超能力や、ローズが「精神を飛ばす」描写。夜の寝室でのアブラとローズの対決など、とても見応えがありました。

現実世界と精神世界が入り混じる描写が、ごちゃつくことなく分かりやすく描かれていて、とても見やすい。感心しました。

 

原作に忠実に進んでいって、ある程度先を予想していたら、中盤に驚きの意外な展開がある。

原作よりもシビアな展開になるんですね。急に、ドドッと事態が悪化してしまう。

原作は実は、主要登場人物が誰も死なない物語なので、ちょっと予定調和に見えちゃうところがあるんですよね。

そんな原作の弱点も補う、緊張感を一気に高める転調。

いや本当にね。完璧だと感じてたんですよね。この辺までは。

④名作「シャイニング」に挑む以上は…

後半はオリジナル展開。ローズ・ザ・ハットと対決するために、ダニーとアブラはオーバールック・ホテルの悪霊を利用する作戦を立て、ホテルに乗り込んでいくことになります。

後半の「オーバールック・ホテル」シーンについて、言いたいことは一つだけ。

「シャイニング」再現のクオリティが低い。低すぎる。

 

「シャイニング」の再現といえば思い出すのは「レディ・プレイヤー1」ですが、あっちの方が遥かに再現のクオリティが高かったと思います。

それこそフィルムの質感から、そこに流れる空気感、タイミングに至るまで、こだわり抜いて完全再現していました。だから、本当に映画の中に入ってしまったかのような臨場感が感じられた。

本作には、そんなこだわりがまったく感じられないんですよ。空気感が再現されていない。ただ、表面的な部分を真似してるだけにしか見えない。

 

オーバールック・ホテルの外観を見た時点で、なんかショボい。こんな小さかったっけ…?

ダニーが中に入っていくんだけど、なんか狭い何もかもが小さい

廊下もすごく短い。もっとどこまでも果てしなく続くように見えていなかったっけ…?

まるで、子供の頃とても広くて大きいと思っていた場所に大人になって来てみたら、すごく狭くて小さかった…という感覚のような。

スケール感としては、せいぜい「イット」のニーボルト・ストリートの家くらい。

小さくてショボくて、極めてセットくさい。

 

あの、がらんとして何もかもが威圧的な、巨大な空間の迫力。人間がちっぽけなものに思えるような。それこそが「シャイニング」の命じゃないですか。

「シャイニング」の怖さの源泉は、そのほとんどがそこにあった。空間そのものの怖さ。

この映画では、それが完全に失われてます。

 

ダニーが入ることで、ホテルが徐々に「目覚めて」いく。

それはいいんだけど、廃墟の割には電気はつくし、ボイラーも動くし。

部屋によっては全然壊れてなくてピカピカだし。

寝室の「REDRUM」とかそのままなので、40年間閉鎖されてたんですよね。とてもそうは思えない、「映画のセットそのまま」感。

場面によっては、ピカピカなのが心霊現象なのかもしれないけど。その区別がつかない。

なんかね。設定がふわっとしてて、雑。

 

ウェンディに続いてジャック・トランスが登場してくるんですが。

ジャック・ニコルソンに、似てるようで似てない。微妙に寄せているんだけどどう見ても別人。っていうこの塩梅が、非常に再現ドラマっぽいんですね。

今ならCGでもっとそっくりにもできるだろうに。

似せてないのは、クレジットがないからですね。ジャック・ニコルソンもシェリー・デュバルも今は引退状態だし、仮に許諾を得たとしても莫大なギャラを払いたくはないのでしょう。

 

そして極め付けは、ダニーとローズの最後の対決。

かつてウェンディとジャックが対峙した階段で、ダニーが頭の中の「箱」に閉じ込めた幽霊たちを解き放つ。

双子とか237号室の女とか頭割れてる「盛会じゃね」おじさんとか、「シャイニング」に登場した亡霊オールスターズが全員集合して、一斉にローズに襲いかかる…。

…いやコレ、失笑にしかならないよ。

 

パロディとしてなら、オモロイよ。笑える。それはまあ。

でも、ここで笑い取りたい映画じゃないよね…。野球少年のあんな残酷な運命を描いて、ここまでシリアスに描いておいて、最後がこれではいくらなんでも釣り合わない。

 

キングは褒めてるそうですが、キューブリックの映画の名場面がことごとくB級化されていて、コレはキングの意趣返しじゃないかとさえ思いました。

高尚な恐怖映画の名作と言われてるキューブリック版を、失笑の対象に改変しちゃう意図があるような。うーんキングならやりかねん…。

⑤欲張らなければ傑作になり得たのに…

映画と思って見てたら、いつの間にかUSJのアトラクションに入れられてた…かのような映画でした。

高評価の人も多いみたいなので、これがアリな人も多いのだろうと思いますが、僕はナシでした。残念ながら。

 

残念に思うのは、後半がオリジナル展開になることで、前半に丁寧に描いた様々な要素がすべて投げっぱなしに終わってしまうところ。

ダニーの「ドクター・スリープ」の話。断酒会でのアル中の克服と、ヤク中の母子に関するトラウマ。

それらは原作ではすべてラストまでに回収されるんですが、映画ではただ出しただけに終わりました。

 

繰り返し言いますが、前半は本当に面白かったです。ストーリーもだけど、映像的なアイデアも豊富で個性的で、ワクワクしながら観ることができました。

後半にしても、ホテルの悪霊を利用してローズと対決するというアレンジ自体は悪くなかったと思うんですよ。

そこでダニーが父親のトラウマと対決し、乗り越えていくという独自のプロットも理解できるものでした。

だから本当に、シャイニングの再現をしてる部分だけがね。変なことになってしまってた。

 

考えてみれば、相手は映像にとことんこだわり抜く完全主義者のキューブリックなわけで、それをただ表面的に真似しただけで再現できるはずがないのは、当たり前のことですね。

「シャイニング」の名シーンが見たければ「シャイニング」を見ればいいんだから、無理に「シャイニング」の名シーンをやたらと入れ込む必要はなかった。

原作を逸脱して「シャイニング」のシーンを入れ込むのを控えめにして、「ドクター・スリープ」独自の要素でまとめていたら、もっと完成度の高い、一貫した傑作になり得ていたと思います。キング原作の傑作映画の一つになったのに。残念!

 

「シャイニング」ネタバレ解説その1はこちら

 

 

 

 

後半の展開は原作はまったく違うので、興味があったら読んでみてほしいです。

 

あらためてキューブリックの凄さを確認させられる映画でした。「シャイニングっぽいもの」が見たければ「シャイニング」を見ましょう!

現在、143分の北米公開版が見られるのは4K ULTRA HD&ブルーレイのセットだけです。下の安い方は119分の国際版です。

 

 

 

 

 

 

 

シャイニングのパロディを見たいならこれ。さすがスピルバーグの徹底的こだわりによる完全再現!