優しさがいちばん -40ページ目

善と悪

世の中は悪に満ちている。
多少の善もあるのだが
ほぼ悪が支配している。
911をみよ。311をみよ。
さてその悪の本質は聖書がいうように悪霊がもたらすものだろうか。そして、善は?

イスラム教が伸びる訳

イスラム教の信者の伸びが著しい。
世界一のイスラム人口の
インドネシアなどで伸びた理由はキリスト教の搾取と偽善が理由といわれている。

テロがでてきたのもブッシュなどがイスラム圏にたいして、
搾取と偽善と横暴を繰り返し、さらに
殺戮を繰り返してきたことにたいする復しゅうといわれている。

その結果はどうか
2009年で16億人

これに対してキリスト教は22億人。
この比率はやがて逆転するのではないだろうか

これはカトリックを含むのでほんとうはカトリックとプロテスタントは分けるべきだろう。キリスト教のうちカトリックが大半だからだ。プロテスタントが減少しているのは子供の少子化だという。

なんといっても信仰の強さにおいてはイスラム教には
勝てていない。

東康男さんの教えをいま再考する

東牧師にはいまから44年前にアメリカの牧師宅にて
按手にて水の洗礼をうけた。
アメリカの研究所からフランスの研究所にいく直前だったので
以後、ときどき彼のテープや本をよむことはあっても
ちゃんと継続的には聖書の勉強はしなかった。
日本に帰ってきても東牧師のおしえとあまりにもかけ離れていたことが
一因だ。
日本の教会はいずれも罪の教会で洗礼を受けた後でも
罪を許してくださいという祈りを継続しているのだ。
完全なる文化ショックであった。
日本の教会では
祈りのしかたがわたしのような罪深いちいさなものでも
という罪の意識から抜け出せないのだ。

それは40年たったいまでも同じだ。
東康男牧師の教えは基本的には聖霊からのおしえであるが
さらにそのおおもとは
ケネスヘーゲンのところで学んだ物だ。
わたしからするとケネスヘーゲンは典型的な南部のアメリカ人で
生理的に受け付けがたいものであった。

東康男牧師の教えはわたしの知る限りではもっとも理屈っぽいもので
よく女性信者がつくものだとおもう。
もっとも彼女らは論理がわかってついているのではなく
直感で受け入れているのだとおもう。
東康男牧師のおしえは理系のわたしにはぴったりとわかるのだが
それにしてもこんなに理屈をとおらなかれば
豊かな祝福をうけられないというのは
祝福をうけられるクリスチャンはこのよのなかに
何十人もいないことだろう。
その理屈が教会の数的な成長をはばんでいることもあるはずだ。
ただしければいいというものではない。
そもそも旧約聖書の時代ユダヤ人が律法によって
おさえられて、その律法によって普及できなかったと思われるが
それもまたわからない。
というのはきびしい律法におさえられながら
信者が増大しているのがイスラム教だからだ。
いま、あきらかにイスラム教はキリスト教をしのぐいきおいで
数の面で成長している。

キリスト教では罪が許されるのは容易であるが、
そのあと、サタンの攻撃がつづき、
現実の世界ではサタンに屈していることが多い。
これを打開するには聖霊の助けてが必要なのだが
現実にはそれが不成功におわっている。



東康男講座シリーズ 信仰とはなにか


東康男講座シリーズ 信仰とはなにか
とめいうって音声で講義がきけるようになっている。


ヘブル書11:6では『信仰がなくては神に喜ばれることは出来ない』と教えている。神様が一番喜ぶのはクリスチャンが持つ信仰。
 ①聖書で定義している信仰とは何か。
 ②どの様にすれば信仰を持つことが出来るか。
 ③既に持っている信仰を増すにはどの様にすればよいのか。
 ④りっぱな信仰、強い信仰とはどの様なものを言うのか。どの様にすれば、イエス・キリストから
  賞賛される信仰を持つところまで成長出来るか。
 ⑤サタンが紛い物を持って来て惑わそうとする。どの様にすれば紛い物を見分け、除く事が出来る
  か。 
 ⑥サタンが信仰を試して来る。どの様に切り抜けるか。
 ⑦信仰の原理とは何か。
 ⑧どの様に信仰を使えば祈ったものが現実になるか。
 ⑨信仰の種子について。
クリスチャンとして成長したいと望む人にとって是非とも理解していなければいけない話題。

聖書講座(東牧師)

故東保男牧師の聖書講座もかっては磁気テープだったがいまでは
MP3の形でインターネットから直接聞く事ができる。
ここをクリック。

わたしが最初にテープを聴いたのははや44年前のことだ。
東牧師の経歴は:

<東 泰男 略歴>

1931

山形県山形市に生まれる

1954

玉川大学農学部卒業

1959

アメリカ・イリノイ大学修士号取得

1962

カナダ・アルバータ大学理学博士号取得

 

アメリカ・イリノイ大学講師

1965

イラク共和国政府技術顧問

1968

カナダ・サスカチュワン大学助教授

1971

アメリカ・イリノイ大学客員教授

1972

ジュエル食品会社品質管理部部長

1977

<妻芳子と共に召命を受ける>

1979

(妻と共に)レーマ聖書学校卒業(オクラホマ州)

 

単立グレース教会副牧師(イリノイ州)

1980

あづまキリスト教伝道協会設立

 

 

 

<日本にて伝道を始める>

1984 

国際クリスチャンセンターを設立


2012年 1月21日 昇天

これをみると1979年に聖書学校を卒業していると
あるがそのときにはすでに私たちはイリノイ州で東さんたちが
家庭集会をしていて、妻たちは参加していたので、年号がまちがっているような気がする。

お二人ともイエスから直接、牧師になるようにいわれた。
このように直接に伝道にたずさわるようにいわれることを
招命という。


1984年に国際クリスチャンセンターを東京に設立されたが、
そのまえに、つくばの竹園公民館で集会をもったことがある。
 私たちが高エネルギー研で加速器装置の故障で
高い放射線で決死隊をつくっていたときだ。いまでは
福島第一原発以外ではこんな
ことはしないだろう。当時はそういう時代であった。

イザヤ書40章30−31節


イザヤ書は頑固でいうことをきかないユダヤ人への
励ましの言葉だ。
これが私たち現代人のキリスト者への励ましにもなっているという。

私たちを励まし、聖霊がくだることをったすけてくれる友人にイザヤ書40章30-31を読むように言われた。
これを引用する。

30 若者も疲れ、たゆみ、若い男もつまずき倒れる。


31 しかし、を待ち望む者は新しく力を得、鷲のように翼をかって上ることができる。走ってもたゆまず、歩いても疲れない。

口語薬では:

31しかし神様を待ち望む者は、新しい力がみなぎり、わしのように翼 を張って舞い上がります。 いくら走っても疲れず、どんなに歩いても息切れしません。 


聖霊の洗礼については否定論がおおい

聖霊の洗礼については否定論がおおい。

聖霊の洗礼をすすめているのはペンテコスト派という
派で、いまでは25%がペンてコスト派だとも宣伝されているが
とてもそんなにいるとは思えない。
アセンブリー派も聖霊の洗礼を重視しているが
既存の保守的な教会とは相性がわるいようだ。
それにアセンブリーの教会にはトラブルも少なくない。
そんなわけで
一般の保守的な教会ではペンテコステ教会やアセンブリー教会に警戒心が強く、聖霊の洗礼に恐怖心を感じているか
あるいは自己保全のために
すでに水の洗礼のときに聖霊の洗礼もうけているのだから
わざわざ、聖霊の洗礼をうける必要はないと主張する。
そのような主張は無理があるのだが、そういう神学論争は
牧師にまかせているのが現状である。

神学論争は別にして聖霊の洗礼の結果の神の顕現がほんとうに
あるのかということが真に大事なことである。
つまり、わたしたちの日常の生活に
神の聖霊がはっきりと明示的に声をだして
現れる事があるのだろうか。
そうすれば神とともにすくない間違いで
毎日の生活をおくれるのだが、
そこがどうか?

その聖霊の顕現をまちつつ日々を送っていこうとおもっている。

神の粒子、神の数式

神の粒子、神の数式が話題になっているが
神を信じないまでも、どこかに信じたいという本能的なものがあるのだろう。

神の数式という話題でNHKで二日連続で番組が放映され
ネットでも検索するとすぐにでてくる。

いままでの番組とくらべたらよくできた番組ともいえる。
しかし、欲をいえば少なくとも3回くらいの長さにして
さらにつっこんだ内容にしてほしかった。

特になぜ超ひも理論が10次元になるかについての説明がほしかったし
(大栗教授の超弦理論入門にはそのような努力がある)
せっかく出演しているのだから
ポルチンスキーのDブレーンについてのつっこんだ解説がほしかったし
可能な宇宙の数が10^500 あるという主張には
レオナルドサスキンドに説明をしてほしかった。

そのようにして説明するのが科学を説明することで、
あいにくであった。

(くわしくは、拙ブロッグの最先端治療をどうぞ)

聖霊の洗礼をうける一例


聖霊の洗礼を受けるにはどうすればよいかと調べていたら
こんな例(クリック)があった

以下の様なものだ:

” まず、自分が過去に犯してきた罪を祈りながら、一つ一つ思い出し、悔い改めていった。次に、イエスさまに聖霊のバプテスマを与えてくださいと祈った。そして、信仰をもって語り出した。そうしたら、異言のようなものが口から出てきた。私は、それが自分が語った言葉なのか、それとも聖霊が語らせたのか、区別がつかなかった。強いて言えば、それは両方であった。

receive the holy spirit by David Pawson

avid Pawsonという牧師の話をきき、家に帰りさっそく、
youtube を探しましたら、

 ”Recieve the holy spirit ”という題名のわかりやすくすぐれた講演がみつかりました。

http://www.youtube.com/watch?v=c5BWnWB8gWU

です。

ここでPawson が大事なことをいっています。

つまり最初の洗礼をうけたあとは、こころがリセットされて、きれいなまっさらな状態になりますが、その状態は危険な状態でもあり、聖霊のほか悪霊がはいってくる可能性があります。

イエスもそのことは指摘しています。これをさけるためには聖霊の洗霊が必要です。

パウロもそのことは指摘しています。