使徒行伝1章
約束した”聖霊を送る”が実現する新約聖書でも重要なところである。
また異言などで論争や物議を醸しているところでもある。
作者は医者のルカとみる研究者が多い。
第1章は主イエスは弟子を含むクリスチャンはまもなく水の洗礼ではなく聖霊の洗礼をうけるという約束を思い起こしている。
またイエスが天にいつ再臨して国家を納めるかという弟子の質問にたいしては
回答を保留している。2000以上も再臨していないのは仕方がない、すぐに再臨するという弟子たちによる他の箇所の主張ももあるがイエス自身は答えていない。
またユダはなすべきことをなしただけなのに呪われて死んだという事実についても語っている。理解のむづかしいところだ。
このユダに変わってマッテヤが12番目の使徒に選ばれた。
またまた イエス聖誕の日は?
ではいつなのだろうか?
イエスの宣教期間から逆算するのはむつかしい。
それでは新約聖書にあるベツレヘムの星から推定できないか?
ベツレヘムの星は八芒星ともよばれ
”
「Star of Bethlehem(ベツレヘムの星)」とは、今から約2000年前、現在のパレスチナの地に1人のユダヤ人が誕生した時に天空に出現した八方に光を放つ「八芒星」のことです。
この美しく輝く八芒星が、東方の三賢者に救世主「イエス・キリスト」の誕生を知らせ、ベツレヘムに導いたことでも知られています。”
”
このベツレヘムの星の正体は、当時に地球に接近していた彗星か惑星集合(惑星直列)であると推測されており、今から2000年ほど前のイエスが誕生した時期で最も惑星同士が接近するのは、BC2年6月15日の「金星(Venus)」と「木星(Jupiter)」であることから、ベツレヘムの星は「金星と木星が重なった時」であるといわれています。
”
これがもっともらしい説明だ。
従ってクリスマスイブは6月14日だといえる。
会食に力点をおく教会
礼拝のあとおおくは昼食を提供している。
200円-300円くらいか。
教会員が毎回違った交代で料理をしたり、
あるいは定番のうどんといった風なところがある。
日曜の礼拝以外にも聖書勉強会に食事を提供することがおおい。
剛の者もいる。
あるいは食事をサービスすることが良いことだと考えているようだ。
そのせいかぶくぶくにふとってしまっている牧師もいる。
さて聖書ではどう教えているのだろうか。
聖書でもイエスが天から食べ物を降らせおおぜいの会衆が
おなかがいっぱいになるほど食べたというところもあり
それを見本としているのだろうか。
一方でイエスは断食を行っていて、その必要性についても言及しており、
むしろ摂食をすすめているようにも思える。
おそらくイエスの体脂肪率は低いと思われる。
ところが現代人は飽食かジャンクフードが多いから
映画でイエスを演じる男優は総じて、肥えていて
演出の質の悪さを思ってしまう。
私見では教会は食事を提供するよりは
摂食あるいは断食の方法と重要性を教えるべきだと考える。
生誕日についての家族の会話
これから季節が少しずつよくなっていきやがて春に復活祭につながっている。
以下はクリスマスについての家族の会話:
娘:
そういえば、昨日、(義弟の)教会で牧師先生が同じようにクリスマスの起源の
彼の説では、12/25から日が長くなるからそれがキリスト=
父:
それは少し違っていて
冬至は22日か23日で閏年によって違い、
冬至の次の日、つまり23日か24日から日が伸びてくる。
その辺はアバウトだったんだよ。
あれほど一字一句、どの言語でかかれているかにこだわっている
聖書学者がアバウトなのは困ったものだ。
目的のために手段は選ばずとなると他のケースでも
同じことをやることになるからね。
一般人がクリスマスを単なるおまつりをしていると皮肉っていなが
自分たちは太陽暦の冬至日の近くがおまつりしやすいから
生誕日として偽証していることになっているから
50歩100歩になってしまっているんだよ。
(どちらもあまり違わないという意味)
神はサタンをつくったか
このすべてにサタンが含まれているか?
そうではないと解釈するひとがいる。
孫引きを一部(無断転載):
ではなぜサタンを神は作ったか? いいえ、神はあくまでもサタンを作ったのではありません。その答も聖書に記されています。イザヤ書14:12-15です。
世の中には、神が創造していないものが含まれている、と説明していますね。そして、その証拠がイザヤ書に書かれている、と言っています。読んで見ましょう。
黎明の子、明けの明星よ、
あなたは天から落ちてしまった。
もろもろの国を倒した者よ、
あなたは切られて地に倒れてしまった。
あなたはさきに心のうちに言った、
『わたしは天にのぼり、
わたしの王座を高く神の星の上におき、
北の果なる集会の山に座し、
雲のいただきにのぼり、
いと高き者のようになろう』。
しかしあなたは陰府に落され、
穴の奥底に入れられる。
しかし納得はいかない。
この説明は神は天使を作ったが天使がサタンになったのは天使の自己責任で
あって神の責任ではないという。
その論法はアダムとイブの現在でも同様である。
悪も罪もどちらも直接に神が作ったのではなく
間接的であったと。
おそらくすべての神学者も牧師も新婦もファンだメンタリストも
同じ考えだろう。
そこがちがうのではないかというのが根本的・根源的疑問である。
この問題はすでに多くの議論がなされているが
そんなことは気にする必要はない。
聖誕と復活の対
イエスの復活は十字架による死からの復活を記念して春分に関連して春分のあとの最初の満月の日の次の日曜日に決められた。
(325年のニケイア会議)。
満月も基準にするということは復活祭は太陰暦と太陽暦を併用していることになる。
一方、生誕祭は太陽暦のみなので日にちが確定している。(冬至はうるうでふらつくが
これは無視してしまう。
クリスチャンの二大行事は春分と冬至で決まっている。
誕生と復活の二つの聖誕といえる。
クリスマスイブの意味づけ
クリスマスがイエスキリストの誕生日でないことを知っているひとは少なくないようだ。
知っていても知らんふりをしているか、
一般人がイエスに関心をもつのはいいことだからまあいいかと
思っているようだ。
たとえば
Regardless of the pagan background of so many December traditions, and whether or not Jesus was born on December 25th, our goal is still to turn the eyes of all men upon the true Creator and Christ of Christmas.
というふうに。
あれほど聖書の一字一句に厳密に研究しているひとたちがこれだ。
クリスマスイブを祝うからといってイエスを受け入れるひとがいるわけではない。
それなのに真実に触れずに、一般教会員に対して12月25日が生誕日だといって
教会でお祝いしている。
とりなしの祈り
牧師を含めてクリスチャンが”これこれを祈ってくれ”と他のクリスチャンに頼むことが
少なくない。他のひとにために祈るいのりはとりなしのいのりといわれる。
いのりはいろいろな形態に分類されてもいる。
しかいそのまえにまず自分の祈りがなぜきいてもらえないのかを考えるべきだろう。
イエスキリストのセントラルメッセージは強い信仰があればいのりはかならず叶うと
いうメッセージなのだから。
イエスの誕生日
推定するというのがやられているようである。
だが伝道の期間というものも聖書には明快な記述がなく
3年半ともいわれる一方別の説もあるが
いずれの説をとってみても12月25日というのはでてきそうもない。
あるサイトに詳細な議論がある。
これによれば歴史的には最初はクリスマスはなかったしそんなものはすべきではないという意見さえあった。その後、クリスマスはいろいろな月に設定され
複雑すぎてわけがわからない。
そもそも12月25日というにはちゃんとしたカレンダーが必要である。
カレンダーでさえある時期に人間によってつくられたものだから。
16世紀にグレゴリー法王がグレゴリーカレンダーというものを決めたらしい。
このときに12月25日をキリストの誕生としたらしい。
一部転載:
Western Christians first celebrated Christmas on December 25 in 336, after Emperor Constantine had declared Christianity the empire's favored religion. Eastern churches, however, held on to January 6 as the date for Christ's birth and his baptism. Most easterners eventually adopted December 25, celebrating Christ's birth on the earlier date and his baptism on the latter, but the Armenian church celebrates his birth on January 6. Incidentally, the Western church does celebrate Epiphany on January 6, but as the arrival date of the Magi rather than as the date of Christ's baptism.
Another wrinkle was added in the sixteenth century when Pope Gregory devised a new calendar, which was unevenly adopted. The Eastern Orthodox and some Protestants retained the Julian calendar, which meant they celebrated Christmas 13 days later than their Gregorian counterparts. Most—but not all—of the Christian world now agrees on the Gregorian calendar and the December 25 date.
