証
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インチキ牧師リスト(動画)
わたしたちはほとんど知ることがないが
インチキ牧師の数は多い。
ここにアメリカでのインチキ牧師のリスト(動画)がある:
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聖霊の解説例と責められない教会の怠慢
聖霊の意味を買いせうしているひとがいる。
聖霊は人格
聖霊はキリストにひとしい
聖霊は助け舟
このような解説は典型的な観念論のように見える。
いうだけで実証がない。
しりあいに熱心なナイジェリアからのクリスチャンがおおい。
かれらは聖書を暗記するほどよんでいる。
自分たちには予言もできるといっている。
癒やしのちからもあたえられているという。
また予言も行う。
現実は子供の病気には病院にもいくし、
予言は予言しっぱなし、いいっぱなしでいったことが実現しなくても
全く意に介さない。
イギリスの才能
聖書の権威・ルターの場合
聖書の権威についてはなんどもいろいろな主張を聞いてきた。
そのひとつに聖書は霊感に導かれたから権威があるというものだ。
霊感は批判をだまらせる力はあるが論理的な説得力にはかける。
宗教改革のマルチン・ルターはこういっているという。
「すべての霊は、教会の面前において、聖書を基準として、吟味されなければならない。なぜなら、聖書が太陽よりも明るい霊的な光であって、特に救いや、(クリスチャンにとっての)生活の基準を知るための光であるということは、クリスチャンにとっては、何よりもまず必要とされ、無条件の真理として保持されなければならないからである。」
これも頭ごなしの身勝手な主張だ。
”必要だからこれに決めなさい”とはこんな身勝手な言い方で宗教改革が成立したとは。