乗り越えやすくする環境
今回は私の考える「乗り越えやすくする環境」についてお話したいと思います。
誰も初めから大きな山を乗り越えることはできません。
なぜなら途中で「挫折」するからです。
挫折し(諦め)なければ山を乗り越えることはできます。
「挫折」は他人が決められるものではなく、自分が決めることです。
挫折は壁を乗り越える自信がない場合に起こります。
私の場合、小学生のときと大学生ときの2度、非常大きな山を乗り越えました。
それが今の私の自信を形成しており、色々なことにチャレンジするとき、その自信が僕の背中をグイッと押してくれます。
つまり僕にはある一定の高さの壁を乗り越えられる環境が既に自分自身の中に整っているのです。
乗り越えられる壁の高さは人によって異なります。
自分が乗り越えてきた壁の少し上であれば、乗り越えられます。
ただし乗り越えるときには知識が必要です。なぜなら人間は自分の経験してきたことだけで解決方法を見出すからです。
その時に本や人から聞いたアドバイスによる知識は大いなる助けになります。
だから知識の蓄積は日々怠らないようにしなければなりません。
チャレンジするときに「怖さ」を感じることは確かにあります。
でも怖さはそこに潜むリスクが「わからない」から怖いので、分かってしまえば怖くないのです。
僕の場合、悩んだ挙句「どうせ死にゃ~しない」からと最後に思うので、怖さがありません。
(余談ですが、一番怖いのは飛行機に乗るときです。自分ではど~にもならないので…)
「自分1人で乗り越えられる壁」の高さはその人の経験により異なります。
しかし環境が乗り越えられる壁の高さを大きく変える場合もあります。
1.自分と同レベルと思われる人が難なく乗り越えている場合
2.乗り越える際に感じる苦しさ以上に、楽しさを感じる場合
これは非常に重要なことです。
殆どの人が環境に流されて生きています。だから弱くもなり、強くもなります。
人はある一定の条件を満たすと非常に強くなります。
それが「環境」です。
1については、前回の中国の教育事情にもあるように、皆が当たり前のようにやっていることは、人は当たり前のこととして出来てしまうのです。自分ひとりだけが特別な努力をしていると感じない環境では努力は苦ではありません。努力することが「習慣」だからです。人間は一度習慣として受け入れると苦ではなくなるのです。ここが人間の非常に強いところです。この組織体におけるこの環境がこの組織体における「文化」です。
2については、例えば当社で出した決断力DSのように、ゲーム性(楽しさ)の中に「集中力」や「考え続けること」が織り込まれていると気が付かないうちに、考え続ける」と言う努力ができてしまうということです。苦痛を感じないうちにその習慣が付いてしまうのです。
茂木先生も以前おっしゃってました。一度集中力が身につくと、他のことにも集中力というものは応用できると。
(詳しくは当社のホームページhttp://www.idesnet.co.jp/habu/brain/index.html
をご参照ください。)
つまり「乗り越えやすくする環境」というのは、「文化」や「楽しさ」です。これによって人間は弱くなるのではなく、強くなるということです。
上海の教育事情
だいぶ長い間更新してませんでした。。。
さて、久々に時間が取れましたので、まとめて書き上げ、何回かに分けてアップしていきたいと思います。
まずは出張先の中国上海近郊の教育事情について。
車で上海近郊を走っていたときに、中学校の前に多くの車が泊ってました。時間は19:30。
同乗していた中国の方にその理由を聞くと、「親が迎えに来ているのです」と。
「19:30にお迎え?なんで??」
中国では中学生になるとかなり多くの宿題が出るそうです。
その宿題を家でやるのかと思いきや、なんと学校でやるそうです。
もちろん家に帰ってやる生徒もいるそうですが、学校でやるメリットとして、
1.学校の先生が最後まで面倒を見てくれる。
2.中学校になると問題が難しくなるため、親が教えられないレベルになってくる。
3.学校なので集中して宿題に取り掛かれる。
4.中国では共働きが多く、仕事が終わってから迎えに行って丁度良い時間になる。
中学3年にもなると、22:00まで残るそうです。
それでも先生は最後まで生徒と共に学校に残り教えてくれるそうです。
日本は一昔前に「ゆとり教育」とか言って、甘やかせの教育を繰り広げていましたが、中国では日本に追いつけ追い越せ、恐らくいまではアメリカに追いつけ追い越せの勢いで教育に力を入れてます。
生徒だけに多くの宿題を押し付け、やらせるのではなく、国全体がそれを咀嚼できる環境を整えており、非常に感心しました。
私はコツコツと勉強を続けているいる者と、そうでないものの差がどれだけ開くかを知ってます。
それを考えると、非常に恐ろしいものを感じました。
日本が単独で昔のように鎖国して存在している国であれば、ゆとりだろうとなんだろうと競争相手は国内にしかいませんのでいいかもしれませんが、現代はそのようにはなってません。
日本の文化を背景にした商品を売り物にしようとしても、職人がどんどん減っており、また背の技術を受け継ぐ気合の入った若者はどんどん減ってます。
こうなると、今後日本はどうなってしまうのでしょうか?
一部の超優秀な人材が日本を食わせていく社会がそこまでやってきているのではないかと心配になります。
そこで日本人の持つDNAである「和」が活躍することを期待します。
ドラッカーは次のように言ってます。
組織の目的・優劣は「平凡な人間をして非凡なことをなさしめるか否かにある」
組織は「和」であると私は考えます。
そしてドラッカーは次のようにも言ってます。
組織の目的は「均衡と調和ではなく、人のエネルギーの解放と動員にある」
平凡な一人一人の能力の掛け算が非凡に結びつくのであれば、組織に参画する人間の能力を少しでも引き上げ、それを余すところなく抽出し、それを全て用いることが求められます。
マネジメントは、参画する人間の能力を引き上げるための施策(教育)を作り、リーダーは、参画する人間を適材適所に配置し、得意分野において力を発揮できるような環境を作り、参画する個人は、能力の向上を目指しながら、その時持っている自分の全ての能力を用いる努力をしなければならない。
先にお話しした中国の宿題事情は、非常に勉強になります。
能力向上の環境を作り上げることで、勉強することに伴う苦痛レベルを引き下げているのです。
人間の成長させるための唯一の方法は「汗をかく」ことだと思ってます。
これは本当の汗だけではなく、脳に汗をかくことも含まれます。
本当の汗をかくと肉体が成長します。
脳に汗をかくと精神(心)が成長します。
脳に汗をかく時には「葛藤」や「逃避感」が生じます。つまりこれが能力成長のサインです。
これを乗り越えると能力が成長します。
ただこれを乗り越えることは容易なことではありません。
そこで重要なのが「乗り越えやすくする環境」です。
これについては、今回の文章がかなり長くなってしまったので、次回以降に回したいと思います。。。
会社の人材に最も必要なこと
現在当社では営業部及び業務部の人員増強のために人材募集をしております。
職責上、多くの方と面接する機会があり、その人数は数え切れません。
私が面接時に最も重視していることは、応募された方が当社に入社することが、その方のためになり、そして会社のためになるかということです。つまり応募者・会社ともにWin&Winとなるかということです。
応募者は面接を通して自己アピールを行いますが、時として本来の自分とは異なる自分をアピールしてしまうことがあるようです。しかし、一時的に作った自分は長続きしないものです。
それがかえって自分の首をしめることになります。
なぜなら無理をしているので長続きせず、そのうち辞めたくなり、辞めた結果、履歴書に「私は長続きしませんでした」という記録が残る。それを見た次の会社は採用を躊躇する。
また私が採用する際に重視していることは、勉強している人か否か、それと人の意見を素直に聞くことができる人か否かということです。
勉強してない人は、どんなにやる気があっても、今の枠から出ることができません。今はうまくいってるとしても、近い将来、通用しなくなります。会社は時間の経過と共に、人材に高いものを求めます。
今よりも高いところに行くためには今とは違うアイディアを出さなければなりません。違うアイディアを出すためには知識が必要です。勉強をしなければ知識は習得できません。
また素直でなければ折角仕入れた知識を活かすこともできませんし、その前に知識を仕入れられるチャンスを穿った見方をすることで逃してしまいます。また新人に素直さが重要な理由はもう一つあります。
上司が「○○をやってみなさい」と言った時にすぐに行動に移せるかどうかということです。
素直であれば「はいわかりました!」と行動に移せますが、素直でない場合は色々な理由をつけて何もしません。行動した結果、失敗しても成功しても指示を受けた新人には「経験」という財産が残ります。
しかもそのリスクはその上司もしくは会社がとってくれるのです。しかし、行動しなかった場合は新人には何も残らず、会社には「何も残らない新人を採用してしまった」という負の遺産だけが残ることになります。
勉強による知識の蓄積と、素直さから来る行動力、そしてその結果得られる経験、さらにその経験をブラッシュアップさせる知識。こうしたサイクルによって、より難易度の高い課題に対する問題解決能力や決断力が身についていくのだと考えます。
あなたは勉強してますか?素直ですか?
必要とされる人材と胸を張って言えますか?
職責上、多くの方と面接する機会があり、その人数は数え切れません。
私が面接時に最も重視していることは、応募された方が当社に入社することが、その方のためになり、そして会社のためになるかということです。つまり応募者・会社ともにWin&Winとなるかということです。
応募者は面接を通して自己アピールを行いますが、時として本来の自分とは異なる自分をアピールしてしまうことがあるようです。しかし、一時的に作った自分は長続きしないものです。
それがかえって自分の首をしめることになります。
なぜなら無理をしているので長続きせず、そのうち辞めたくなり、辞めた結果、履歴書に「私は長続きしませんでした」という記録が残る。それを見た次の会社は採用を躊躇する。
また私が採用する際に重視していることは、勉強している人か否か、それと人の意見を素直に聞くことができる人か否かということです。
勉強してない人は、どんなにやる気があっても、今の枠から出ることができません。今はうまくいってるとしても、近い将来、通用しなくなります。会社は時間の経過と共に、人材に高いものを求めます。
今よりも高いところに行くためには今とは違うアイディアを出さなければなりません。違うアイディアを出すためには知識が必要です。勉強をしなければ知識は習得できません。
また素直でなければ折角仕入れた知識を活かすこともできませんし、その前に知識を仕入れられるチャンスを穿った見方をすることで逃してしまいます。また新人に素直さが重要な理由はもう一つあります。
上司が「○○をやってみなさい」と言った時にすぐに行動に移せるかどうかということです。
素直であれば「はいわかりました!」と行動に移せますが、素直でない場合は色々な理由をつけて何もしません。行動した結果、失敗しても成功しても指示を受けた新人には「経験」という財産が残ります。
しかもそのリスクはその上司もしくは会社がとってくれるのです。しかし、行動しなかった場合は新人には何も残らず、会社には「何も残らない新人を採用してしまった」という負の遺産だけが残ることになります。
勉強による知識の蓄積と、素直さから来る行動力、そしてその結果得られる経験、さらにその経験をブラッシュアップさせる知識。こうしたサイクルによって、より難易度の高い課題に対する問題解決能力や決断力が身についていくのだと考えます。
あなたは勉強してますか?素直ですか?
必要とされる人材と胸を張って言えますか?