モコモコグラフィティ 5月2日 GWバブルガム・ミュージック
GWの初日のモコモコグラフィティ
リスナーの「鬼コッコ」さんからのリクエストハガキを元にした
「バブルガム・ミュージック」特集です
1960年代後半から70年代初頭 ロックが「再結成」「ハード」「ブルースロック」「プログレ」など大音量で激しいものになっていたのに反比例して
甘いメロディ、軽快なアレンジ、思想も何もない歌詞 を持った一連のポップソングも流行りました
「バブルガム」は日本の「風船ガム」のこと 甘くて、パッと膨らんで刹那に消えるというものに例えて、少しばかり揶揄したような「バブルガム・ミュージック」という言葉で括られた作品の数々です
いわゆる一発屋とか、1曲のためにスタジオ・ミュージシャンが作ったグループもありました
代表的なのがハガキリクエストにある「1910フルーツガム・カンパニー」です
「1910年創業のフーセンガムの会社」という意味の人を食ったバンド名です
私は「ハード」なロックよりこちらのポップな曲が好きなんですよね
では放送した曲です
1 The vvArches 「Sugar Sugar」 お馴染みですね 1969年全米1位 アニメ番組内のグループ「アーチーズ」
歌と演奏はスタジオミュージシャン、作曲はBe My Babyのジェフ・バリー という職人技の光る楽曲
2 The R&R Bubble Gum Trading Card Campany Of Fhiladelphia 「Buble Gum Music」
バンド名からして胡散臭い笑 「フィラデルフィアのロックンロール・フーセンガム・トレーディング・カードの会社」というバンド名
歌詞も「バブルガム」のヒットソングのタイトルを何曲も織り込んでいます
1974年74位
いよいよ本家登場
3 1910フルーツガム・カンパニー「Train」昭和44年日本のオリコンで歌謡曲に混ざってなんと5位を記録したヒット
確かに日本人好みの哀愁のメロディです
4 1910フルーツガム・カンパニー「Bubble Gum Music」
2の曲とはタイトル同じですが別の曲
ヒット曲ではないのですが、イントロでわらっちゃいます
そうです 筒美京平先生 やっちゃってますね😆
さてさて続いて
5 オハイオ・エキスプレス「Tummy Yummy Yummy」 1968年4位
6 デフランコ・ファミリー 「Abra Ca Dabra」 1973年32位(こちらは ジャクソン5やオズモンズ の路線の白人家族グループ
7 カフ・リンクス「Tracy」1969年9位
8 トニー・オーランド&ザ・ドーン「ノックは3回」1971年1位
9The Five Americans「Westurn Union」1967年7位
10 Tommy James & The Shondelles 「Mirage」1967年10位
そのほか
梅吉っさんのリクエスト
ピーター&ゴードン「愛なき世界」
をお送りしました
皆さん良いGWをお過ごしください
また来週 バイバイ〜〜
モコモコグラフィティ 4月25日鳥居さんゲストに登場
さてさて今日は世界のTORIIこと鳥居利彦さんをゲストに迎えました
鳥居さんを紹介する前に(と言ってももう超え入っていましたが、、)リクエストを2曲
1 梅吉っさんから
ストレイ・キャッツ「フライング・ソーサー・ロックンロール」
2 鬼コッコさんから
ボーイズ・タウン・ギャング「君の瞳に恋してる」
ここで
ストレイ・キャッツの大好きな日本を代表するロカビリーバンド「HARISS」のAKIRAさんから鳥居さん宛に入ったメッセージを
鳥居さんに紹介してもらいました
さて続きまして
鳥居さんが 石田ショーキチさんの最新シングルを持ってきてくれました
この曲のタイトルに覚えがあったのでが石田さんがプロデュースしているガールズ・グループ「まちだガールズクワイア」さんの新作アルバムに同じ曲ありました 以前の名古屋ワンマンライブでも先行疲労していたのを覚えています
もちろん石田さんが作った曲なんですが
今日は「まちが」と「石田さん新録音」とを聴き比べしてみました
3 まちだガールズクワイア「翔べデロリアン」
4 石田ショーキチ「翔べデロリアン」
まちがの方はシンセが大活躍するELOみたいなスペースサウンドでポップミュージック
石田さんの方はギターが大活躍するロックな感じ
と同じ曲でもそれぞれの方向性がわかって面白かったです
またユーコさんと鳥居さんが曲中に「歌詞が面白いね、Back To The Future」の映画みていないとわからない歌詞だよね、間違っている場面でのギターのこだわりがギタリストらしいね」と大受けでした
そして最後は
鳥居さんといえば 曾我泰久さん
最近も精力的なライブ活動されていますし The Goodbye のツアーも始まるようです
鳥居さんのリクエストで
5 45rpm
6 21th Century
の2曲をおかけしました
鳥居さん、楽しいお話ありがとうございました またきてくださいね
モコモコグラフィティ 最近の放送内容
すっかり ブログ更新サボってしましました すみません
最近のモコモコグラフィティの放送内容を かいつまんでお知らせします
3月28日はニール・セダカ追悼2回目 60年代前半の全盛時代の曲をたっぷり紹介しました
「i Go Ape」「 One Way To Ticket To The Blues」「Stairway To Heaven」「Breaking Up To Hard To Do」
「Next Door To An Angel」「Little Devil」「King Of Crown」
まあ名曲だらけ
他に「Little Darlin'」と「Oh Carol」の聴き比べ
なんとダイアモンズの「Little Darlin'」に合わせて「Oh Carol」が歌えるのです(歌ってみました笑)
そしてお馴染み キャロルキングの「Oh Neil」
そして
ポールアンカの「君こそわが運命」とニール作の「君こそすべて」の聴き比べ
力の入った 我ながらよくできた濃い特集でした
ののほかリクエストでポール・アンカ「Happy Tears」をかけました
4月4日 は私の誕生日当日
ニール・セダカの「Happy Birthday Seet Sixteen」
ワンダ・ジャクソン「Happy Happy Birthday Baby」で自分で自分にリクエストしました
特集は「春」の歌 タイトルや名前に「春」が入っている曲を
Buffalo Springfield「Rock & Roll Woman」
Dusty Springfield「Spooky」
Rick Springfield「Jessie’s Girl」
The Move 「Cherry Blossom Clinic」
Marty Wilde「Your Seventeenth Spring」
Pat Boone「Spring Rain」
Danny Williams
It Might As Well Be Spring」
Linda Lewis「Spring Song」
Donna Summer 「Spring Affair」
そしてリクエストは
シック「おしゃれフリーク」
リスナーの皆さん お祝いメールありがとうございました
4月11日 はシルヴィ・バルタン特集
鬼コッコさんが いっぺんに3枚のリクエストハガキを送ってくださり、全部シルヴィ・バルタンのリクエストだったので
その3曲をまとめてしまおうということで特集しました
鬼コッコさん喜んでくれたかな
4月18日は イーグルスのファーストアルバムを特集
1枚のアルバムだけで特集するのは珍しいですがとっても大好きなアルバムで、イーグルスの中では特閥な1枚なので
アルバム全10曲中
6曲かけちゃうという大盤振る舞い
メンバーのリードボーカル曲を順に聞いていただきました
ということで
来週は久しぶりに「鳥居利彦」さんがゲストに来てくれます
どんなネタを持ってきてくれるのか楽しみです
そして鳥居さんといえば
石田ショーキチさんの最新シングル曲
と
まちだガールズクワイアさんの新作アルバム
からもオンエアしますよ
お楽しみに
モコモコグラフィティ 2026年3月21日 ニール・セダカ追悼 デビューするまで
今日のリクエスト 鬼こっこさんが挑戦的なおハガキをくれました
「映画ロミオとジュリエットのサウンドトラック盤からかけてください まーしーさん持ってるかな?」
ところが私 持ってるんですよ なぜならオリビア・ハッセーは私が小さい頃から一番好きな映画女優さんですから
Xでオリビア・ハッセーを「世界で一番好きな顔」だとツィートしたらなんとご本人が「いいね❤️」してくれました
私の宝物です
というわけで1曲目はこのサントラLPから 吟遊詩人が歌う主題歌をお送りしました
1 ロミオとジュリエット 「主題歌」
さてさて 今日の特集は先日お亡くなりになったニール・セダカの追悼企画その1
小学生だった私がオールディズのことを好きになるきっかけを与えてくれた重要人物 歌手として作曲家として大好きな方です
今日は最初のヒット曲を出すまでの物語です
ニール・セダカ 1939年ニューヨークのブルックリンで生まれました
両親とも東欧ユダヤ系移民の末裔です
世代的にはエルヴィスの4歳下、ジョンレノンの1歳上、ポールアンカの2歳上、キャロルキングの3歳上ということになります
6歳からピアノ教室に通って、音楽的才能を磨いておりました
13歳の頃 ここからは私の想像ですが、お母さんが近所の主婦の集まりで息子の自慢したんですね
「うちの子はピアノを習っていて、作曲とかもしちゃうのよ〜」という感じで
そうしたら同じアパートの5階に住んでいる(セダカ家は2階)グリーンフィールドさんという方が対抗してきたんですね
「うちの息子は詩を描いてるのよ〜 あらそうだ うちの子が詩を書いてお宅の息子さんが曲をつけたら良い曲できるんじゃないかしら」
というふうに話がまとまって
ある日セダカ家にハワード・グリーンフィールドくんがやってきたんです
お母さんの言いつけでお邪魔しました ニールくんと曲を作れって」
この時ハワード君は16歳 ニールの3歳年上 日本で言えば中学2年生のところに高校2年生がやってきたのに当てはまります
その年代では相当年上な感じですよね 最初はニール君は嫌だったそうなんですが母親の命令なので渋々一緒に曲作りに励みました
そのうち仲良くなり、このコンビがその後数多くの名曲を作る作曲家チームとなるのです
さて その後ニール君は高校進学、ハワード君は高校卒業 ハワード君は自分たちで書いた曲を持って色々売り込みに行きます
1956年 ニール17歳の時やっとアトランティックレコードが興味を持ってくれました
1枚はクローバーズという黒人コーラスグループに、もう1曲はクッキーズという黒人女性グループに どちらもシングルのB面曲だったのですが、これがセダカ&グリーンフィールドの曲がレコードのなった最も初期の例となりました
2 クッキーズ「Passing Time」
しかしB面だったこともあり 全くチャートには入りませんでした
その頃 高校生活を満喫していたニール君 学校が終わるとピアノ教室に通い、ハワード君と曲作りもして、さらに同級生を誘って自分でコーラスグループを結成します リンク・トーンズと名乗っていろんなイベントで歌っていました
その頃リンク・トーンズの追っかけをしていたのがおませな中学生のキャロル・クラインちゃん(のちにキャロル・キングの芸名で歌手デビューします)でした
1957年ニール君18歳の時 リンク・トーンズは「トーケンズ」と名前を変えてメルバレコードというマイナーレーベルからプロデビューします その時のメンバーは ニール、ハンク・メドレス(メガネ)、ジェイ・シーゲル、シンシアの4人組です
A面はハンク君がリードボーカル 曲はもちろんセダカ&グリーンフィールド作
3 トーケンズ「I Love My Baby」
B面はニールがリードボーカル これがレコードになった最初のニールの歌声です
4 トーケンズ「While I Dream」
これは地元だけで小ヒット、ニールはトーケンズを脱退します シンシアとジェイも抜けて 残ったハンク君はメンバーを新たに加えてトーケンズはその後も活動を続けました そして1961年「ライオンは寝ている」でチャートNo.1を記録 めでたく人気グループとなりました
さてニール君ですがこの頃高校を卒業して 音楽の名門ジュリアード音楽大学に入学 その方わらソロ歌手として2枚シングルを出しています
5 ニール・セダカ「Laula Lee」
6 ニール・セダカ「Ring A Rockin'」
2枚ともヒットはしませんでした
翌1958年 ニール19歳の時 作曲家チームとして「アルドン・ミュージック」という出版社と契約することとなりました
「アルドン」 できたばかりの出版会社でニールのコンビはその第1号の契約作曲家でした
アル・ネヴィンズとドン・カーシュナーの二人が作ったので 「アルドン」という名前です
この社長のドン・カーシュナーという人(のちに大物プロデューサーになります)は元々ボビー・ダーリンの作曲パートナー兼マネージャーだった人 当時ボビー・ダーリンはまだ売れる前でしたがコニー・フランシスと付き合っておりました
コニーの方もまだ駆け出しでしたが、1曲「Who's Sorry Now」がヒットして次の曲を探していたのですね
その情報をボビーから聞いたカーシュナーは唯一の契約作曲家チームをコニーの元に派遣します
スタジオでコニーとセダカとグリーンフィールドとボビーも同席していたらしいのですがセダカは自作曲を順番にコニーに聞かせました
「Who's Sorry now」がバラードだったのでバラード調の曲を聞かせたのですが反応がイマイチ、そこでロックンロールタイプの曲を聞かせたところ「これ 歌いたい 私にちょうだい」となったのが「間抜けなキューピット」見事14位のヒットになります
セダカ&グリーンフィールドの作曲した曲が100位以内
に入ったのはこの曲が最初です
7 コニー・フランシス「間抜けなキューピット」
その後コニーはこのコンビの曲を多くヒットさせます 相性が良かったのでしょうね
さて初のヒット曲をものにしたセダカ&グリーンフィールドのコンビにドン・カーシュナーが持ってきた次の仕事は
リトル・アンソニー&ザ・インペリアルズの「Tears On My Pillow」に続く曲を書くことでした
ニールはそっくりなバラード曲を作曲して提供しました
8 リトル・アンソニー&ザ・インペリアルズ「Teard On My Pillow」1958年4位
9 リトル・アンソニー&ザ・インペリアルズ「The Diary」
ところが録音はしたものの 大人の事情でボツになってしまいます(代わりに出した他の作家の「So Much」という曲はヒットしませんでしたが)
そこでドン・カーシュナーが閃いたのが ニール・セダカ本人に歌わせようというもの
早速RCAという大手レコード会社に話を持って行きました
1958年10月27日ニューヨークのスタジオで「The Diary」を録音します
10 ニール・セダカ「The Diary(demo)」
サックスにキング・カーテスを起用して ムード歌謡みたいなサックスをフューチャーしたバージョンでしたが カーシュナーはダメだしをします
そこでニールは コニーの「間抜けなキューピット」の編曲をしたチャック・セーグルに再アレンジを頼みました
10月30日セーガルの新アレンジで「The Diary」を録音 これがシングルになったバージョンです
アレンジャーが変わると、曲の雰囲気がガラッと変わるという証明になりました その後初期のニールの曲はセーグルが編曲を手がけることとなります
11 ニール・セダカ「The Diary 恋の日記」
見事14位になり ニールは人気歌手の仲間入りを果たすのです その後の活躍は次回のお楽しみ
最後にニールの歌う「間抜けなキューピット」を
12 ニール・セダカ「間抜けなキューピッド」
ではまた来週〜〜
モコモコグラフィティ3月14日 マッスグローチさんをゲストに迎えて
さてさて今日のモコモコは特別企画
マッスグ ローチさんをゲストにお迎えしました
ジャズドラマーで漫談家
最近は歌手として活動されています
名古屋市の公認ストリートミュージシャン 同じ公認ミュージシャンには有名なサックス侍さんもいらっしゃいます
そんなマッスグさんは私の小学中学の先輩なので昔から親しくさせてもらっています
今日は2年と2ヶ月ぶりにスタジオにやってきてもらい ギター弾き語りで生歌を披露していただきました
選曲は私に相当気を遣っていただいたようで 優しい方です
素敵な歌とお話しありがとうございました
6月には隣の多治見市でワンマンライブされるそうです 私も是非見に行かせていただきます
では演奏された曲を
1 君の友達 〔キャロルキング〕
2桜色舞うころ〔中島美嘉〕
3オールウエイズ オン マイ マインド〔プレスリー、ウイリーネルソン〕
4木蓮の涙〔スターダストレビュー〕
5雨に微笑みを〔ニールセダカ〕
日本の曲は意外な選曲でしたが 最近はこのタイプの楽曲もレパートリーにしているそうです
心に染みる歌声 堪能しました
優しい低音のムードある歌声なんですよね
また是非来てください ありがとうございました











