好きで一緒にいてくれる
そうやって、今のKAMOMEのメンバーがあるわけですが(意味がわからなかったら前の投稿を読み返してね)時の流れというか、KAMOMEが9月に閉店することになりました。
僕にとっては本当に大切な場所で、ここがあったらからシンガーとして、わずかながらでも自分を維持してやってこれたのは間違いありません。
細かいディティールは別にして、あらためて振り返ると、最終的にこのメンバーに至った大元はというと、青木ゆきさんが三重から出てきてMI渋谷校のスタッフだった頃、本人は講師希望だったこともあって、いろいろ思い通りにいかず三重に帰ると言い始めたときに「じゃあ、本当は何がしたい?」と尋ねたら「演奏がしたい」ということで、じゃあ、僕のサポートで弾いてくれる?と言って、三重に帰るのを引き止めました。
元々好きな音楽ジャンルが似てたこともあって、それから二人であちこちで演奏し、KAMOMEにまで至ります。いまは仕事として他でも演奏する機会が増えているよう何よりです。
そこへギターの善明さんが加わって、まあ、見た目はアンバランスですが、(ごめんなさい善明さん)でも、いつもポジティブな善明さんの言葉にどれだけ救われたか、それは数え切れないほどです。
楽器を演奏する人で上手い人はこの世に沢山います。しかし、僕を知っていて、僕の歌を好きでいてくれて、そして一緒に演奏してくれるというのはとても大事なことだと僕は思うようになりました。その雰囲気は間違いなく見ているお客さんに伝わります。それをこの6年間で痛感しました。
仕事のやり方として非情なことは、メジャーレーベル時代に痛いほど経験してきました。メーカーとしては予算もありますし、即戦力が必要なのでしょう。当時の僕もそいうものだと思っていました。
どちらが正解かはわかりませんが、いやどっちも正解でしょうね。ソロ・アーティストになってからは孤独との戦いです。この孤独感はなかなか理解してもらえないでしょう。だからこそ、僕を好きでいる人と一緒に演奏できことが幸せとおもえるんでしょうね。
そして、そこにさらなるメンバーが加わったのです。
つづく
よくついてきてくれたね!
そういえば、こんな弾き語りも沢山やりましたね。これもメンバーの負担を考え、なおかつ沢山歌いたいという僕のワガママでもありました。
さて、2016年からドラムのクンゴが入って、一年間やってきたところでクンゴが抜け、2017年からどうしようかと思って、もう一度原点に戻ってアコースティック編成に戻そうかとも思ったんですが、一人、まだ若いけど(といっても僕より若いというだけ)いい感じのドラムを叩く人がいたので声をかけたのが森くんでした。
たぶん彼はすごい大変だったともいますよ。それこそ、クンゴ以上に。だって他のメンバーはみんなほとんどやったことがある曲でも、何から何まで初めてだったわけですから。でも彼は本当によく頑張ってくれました。
森くんが入って一年経ち、2017年の暮れを迎え「きつかったらやめてもいいよ」と声をかけたんですが、彼は続けたいと言ってくれて、今があります。
この一年で彼は本当にすごい成長したというか、対応力がついたんじゃないかと僕は勝手に思ってます。もともと、そういう資質があるだろうと思って声をかけたので、僕の読みが当たったということですね。
つづく
時代はCDじゃなくなってるとか思いつつ
2015年になって、まあ、いろいろ考えたわけですよ。これからどうしようかとね。で、たまたま見つけたクラウドファンディングというのにチャレンジしてみようと思ったんですよ。仕事では随分といろいろな歌を歌ってきたわけですが、ここらでオリジナルアルバムを作ろうとね。
でも正直いうと、時代はCDじゃなくなってきてるし、今更CD出してもなぁとか思ったり悶々としてたわけですよ。音楽の講師というか歌の講師の方も昨今の少子化で生徒さんが減ってきているのがひしひしと感じていましたしね。
このままなんとなくライブを続けててもなぁとか思ったりしてね。僕の場合、基本ソロシンガーという立ち位置になっちゃうんで、バンドにもあまりワガママ言って(言ってるけど)迷惑かけたくなかったし、どうせならもっといろんなところでライブをやったりしたいと思ったりね…。
結果として、クラウドファンディングで希望の額が集まって制作に入ったわけですが、それはそれでいろいろありました。
最終的に2016年に発表した『BLESSTUDY』というオリジナルアルバムの発表の前に『ブブンゴ』なんていう副産物もできたり、そんな流れでコールマンの大きなアウトドアイベントで演奏させてもらう機会をいただいたりとか、いい感じでしたよ、その頃はね。
で、当時『ブブンゴ』で相方だった定成クンゴ(ドラム)氏を2106年のKAMOMEのライブから参加してもらって、ついにドラムが入っったフルバンドバージョンになったわけですよ。
そんなわけで2016年は『ブブンゴ』と二足のワラジ状態であちこちでライブをやってました。ただ、定成クンゴ氏は住まいが軽井沢だったりしたこともあって、結構いろいろと大変だったとおもいます。
そんなこんなで2017年を迎えたわけです。
つづく
夜明けの牛丼
当日、リハーサルの時から本番を想定して歌ってるので、たとえば、その日のセットリストが18曲くらいだったりすると実質36曲歌った計算になるわけでして、そりゃもう、終わったらヘロヘロになります。でも終わって家に帰り着くまではアドレナリンが残ってるのでなんとか大丈夫ですが、楽器や荷物を車から降ろしてプシュっとビールの缶を開けて飲み干すと、はい、終了って感じです。
20年位前は、ライブが終わると必ず打ち上げがありました。大抵、居酒屋でカンパーイ!でしたけれど、そんな居酒屋がない時にはファミレスとかでもやりましたね。先輩大御所ミュージシャンもたくさんいたので、まず自分から「すみません、先に帰ります」なんてできないというか、しないで、ほとんど毎回朝までコース。つまりライブには朝まで飲み会がセットになってるようなもんでした。(笑)
一匹君とはよく夜明けの三宿の吉野家で牛丼食って帰りましたね、あの吉野家はもうなくなってしまいましたが…あの頃は若かったもので(笑)いまは、もう朝まで飲むなんてまず無理ですから、まして朝まで飲んで牛丼なんてねぇ…。
そう考えると、いまは健全なものですよ。終わって帰って家のみですからね。そういうご時世ってことなんですけれどね。
というわけで、ドラムなしの6人編成になってしばらくいい感じでライブを続けてきたわけですが、何かすこし変化が欲しいなと思い始めて、僕がピアノやギターの弾き語りで何曲もメドレーで歌ったりとか、サックスの岩本義雄(もっち)くんや善明さんが歌うコーナーを作ったりとかやりましたね。これはこれで結構曲のバリエーションも広がってよかったんじゃないかと思っています。いまではベースの古谷くんまで歌ってますからね。(笑)
と、ここまでがざっくり2015年までの流れで、この年、一念発起して僕はクラウドファンディングでオリジナルアルバムを制作するということにチャレンジしました。
当日リハという緊張感
ピアノ、ギター、パーカッション、サックス、ベース、そして歌と、6人編成になって、2年ほどこの編成でライブを続けた。ある意味、不完全だったため、いろいろな試行錯誤もまた楽しかったのだと思う。
既存の曲をこの楽器編成でどう形にするのかというのは難しい面もあったけれど、余計な音を削ぎおとして形にしていく感覚は、もとの楽曲の良さがある楽曲ほどより際立って、とてもいい経験になった。
僕らはライブのスケジュールを合わせるのでいつも精一杯だったから、事前にリハーサルなどは行わなかった。もちろん、その理由はスケジュールだけではなく予算の問題でもあった。そこで、KAMOMEのマスターにお願いして普通より早くKAMOMEに入って、その日演奏するすべての曲を本番と同じようにして音合わせをし、対応していた。
言ってみれば、ほぼセッションのような感じだ。ジャズやアドリブが基本のライブならそれでもいいが、いわゆる歌物の楽曲でアドリブだけでは成り立たない。そんなこともあって、毎回メンバーはどれだけ曲の感じを事前に掴んで当日対応できるかが試されたライブでもあった。個人的にはその緊張感があtまらなく好きではあるのだが…それもこれも、メンバーそれぞれの技量があるからできることなのは言うまでもなかった。
KAMOMEで行う僕らの最後ライブです。
いつもよりさらに時間を繰り上げ17時オープン、18時スタートで、3部構成にて行いたいと思っています。





