好きになった理由
今日から8月。
もう随分とお座なりになっていたこのブログも、今月はKAMOMEでの思い出をつずりながら毎日更新しようと思います。
KAMOMEがオープンして14年、僕が初めて出演させていただいたのはオープンの翌年で、デビュー前からお世話になっていたベースの池田達也さんの『たつやせっしょん』でゲスト出演させていただいたのが始まりでした。
当時、達也さんには色々なところ、例えば、六本木のジャズクラブなどでのセッションに呼んでいただき歌う機会を沢山頂いていましたが、老舗のジャズクラブとなるとスタンダードのジャズが求められたり、また客層から(男性客が女性を連れてくる)女性ボーカルの方が優遇されたりなどあり、いまひとつ、自分のスタイルに迷いがありました。
当時の僕はというと30代も半ばを超え、ジャズのスタンダードナンバーも知ってましたし歌えましたが、コテコテのジャズシンガーになりたかったわけではなく、単に「歌」というくくり考えればあまりジャンルで区分けする重要性などないと考えていました。
そんなおり、13年前のKAMOMEでの初ステージでは、達也さんの選曲で比較的ポップな曲(歌謡曲?)のジャズ的なアレンジや、得意なAOR系の曲で歌わせてもらったのですが、一曲だけ自分の歌をアコギの弾き語りで歌いました。(曲名はあえて伏せておきます)
「全然、ジャズとじゃないですけれど、自分の歌を歌います」
とか、言いながら弾き語りで歌ったのを今でも覚えています。
そんなライブが終わってから、KAMOMEのマスターに
「うちはジャズの人が多いけれど別にジャズしかダメなわけじゃないから、また出てよ」
といわれたのが、今思えば運命のはじまりでしたね。
客席からステージを見ていると気がつきにくいですが、ステージから客席をみると、ガラス張りの向こうに行きかう人が見え、リハーサルの時間から外の明るさが刻々と変わっていくのが見えます。
季節によって人々の服装が変わり、雨や雪の日もありました。僕の歌に立ち止まって外から窓ガラス越しに店内を覗き込んで聞き入る人もいました。
そんなオープンイメージなKAMOMEが、また横浜という場所である事も僕が好きになった理由でした。
言葉が悪いですが、いわゆる高校生バンドなども出演する場末のライブハウスに食傷気味だった事もあって、僕が歌いたい音楽にぴったりの場所だと直感したんです。
もちろん最初から集客なんてできませんでした。それこそ、今のスタイルになって6年ですが、その前なんてひどいものです(笑)
明日はそんな事を書いてみようと思います。
夏のイベントそして8月
14年間、ありがとう。
KAMOMEというライブハウスは
僕にとって特別な場所でした。
僕の音楽人生の中で
随分とこの場所とマスターに
育ててもらった気がします。
お店の雰囲気といい、食事といい、
チケットのノルマがあるわけでもなく
ちゃんと演奏者に還元があって
しかもリハ終わりで賄いまで出るという。
初めて出演した時の賄いは
海鮮丼でしたからね。
でも今のイチオシはこれ↓
そんなKAMOMEでの思い出は語り尽くせないほどあるのですが
僕らのライブも今月の19日を含めてあと2回。
(8月も19日にKAMOMEのスケジュールが入っています)
『ポークソテー』が未体験の方はぜひ!
マルチなのはいいことか?
自分「好き」を信じる
過去の失敗(結果的には)に対して











