和歌山県の観光スポットのお話❄️
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先月、和歌山県伊都郡高野町にある、世界遺産、高野山へと行ってきました。
2004年に高野山町石道と金剛峯寺境內 (6地区) 、建造物12件が熊野・吉野・大峯と共に紀伊山地の霊場と参詣道としてユネスコの世界遺産に登録されました。
弘仁7年 (816年)に峨峨天皇から空海 (弘法大師) が下賜され、修禅の道場として開いた日本仏教における聖地の1つです。
高野山は青森県の恐山と滋賀県の比叡山と並ぶ、日本の三大霊場の1つとなっていますが、高野山という名ではあるものの、地理学上の山ではなく、山内はー山境内地として総本山金剛峯寺の境内となっています。
高野山へは、龍神温泉方面から、高野龍神スカイライン (国道371号) を通り向かいました。
🔶恐山のお話⛰️
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大門。
高野山の入ロにそびえ、ー山の総門である大門。
五間三戸の二階二層門で、高さは25.1mあり、左右には運長作の金剛力士像が安置されています。
正面には「日々の影向を闘さずして、処々の遺跡を
檢知す」という聯 が掲げられています。
この聯は、「お大師さまは毎日御廟から姿を現され、所々を巡ってはわたしたちをお救いくださっている」という意味であり、同行二人信仰を表しています。
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周囲を1,000m級の山々に囲まれた標高800mの山上盆地に町並みが広がっています。
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壇上伽藍。
弘法大師さまが高野山をご開創された折、真っ先に整備へ着手した場所です。
壇上伽藍は、『胎蔵曼茶羅』の世界を表していると言われています。
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金剛峯寺根本大塔
お大師さま、真然大徳と二代を費やして816年か887年ごろに完成したと伝えられます。お大師さまは、この大塔を真言密教の根本道場におけるシンボルとして建立されたので、根本大塔と呼んでいます。
多宝塔様式としては日本最初のものといわれ、本尊は胎蔵大日如来、周りには金剛界の四仏が取り囲み、16本の柱には堂本印象画伯の筆による十六大善薩 、四隅の壁には密教を伝えたハ狙像が描かれ、堂内そのものが立体の曼茶羅として構成されています。北側に安置されている二体の仏様は多聞天 と持国天で、江戸時代の作と言われています。
高野山は、冬の寒さが厳しく、1月の平均気温は-0.3Cと氷点下になります。
この日も雪❄️が降り続けていて、辺りは真っ白な雪景色❄️でした
![ニコニコ](https://stat100.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char3/002.png)
雪❄️の白に、
壇上伽藍の赤がと~っても栄えましたね~
![キラキラ](https://stat100.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char3/088.png)
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金堂
高野山御開創当時は講堂と呼ばれており、平安時代半ばから、高野山の総本堂として重要な役割を果たしてきました。
現在の建物は7度目の再建で、1932年に完成し、梁間23.8m、桁行30m、高さ23.73mの入母屋造りで
すが、関西近代建築の父といわれる武田五ー博士の手によって、耐震耐火を考慮した鉄骨鉄筋コンクリート構造で設計、建立されました。
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三鉆の松
弘法大師が唐より帰国される折、明州の浜より真言密教を広めるに相応しい場所を求める為、日本へ向けて三鉆杵と呼ばれる法具を投げた所、たちまち紫雲たなびき、雲に乗って日本へ向けて飛んで行きま
した。後にお大師さまが高野近辺に訪れた所、狩人から夜な夜な光を放つ松があるとのこと。早速その松へ行ってみると、そこには唐より投げた三鉆杵が引っかかっており、お大師さまはこの地こそ密教を広めるに相応しい土地であると決心されたそうです。
三鉆杵とはこういう物。
その松は三鉱杵と同じく三葉の松であり、三鉆の松として祀られるようになりました。
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普通の松の木の葉は2本が多いと思いますが、この松の木は3本の葉になっていています。
この松の葉を持っていると幸せが訪れると言われており、現在では参詣者の方々が、縁起物として松の葉の落ち葉を持ち帰り、お守りとしています。
財布に入れていると金運に恵まれる、バッグの中に入れていれば交通安全、旅行安全のご利益にもなると言われています
![びっくり](https://stat100.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char3/014.png)
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中門
五間二階の楼門で、両脇には持国天像(東)・多聞天像(北)が祀られていましたが1843年に壇上を襲った大火により,西塔のみを残して、ことごとく焼き尽くしました。その後長らく再建はされていませんでし
たが、高野山開創1200年記念大法会の記念事業として、2014年に中門を再建、翌2015年4月2日に落款法要が執り行われました。
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総本山金剛峯寺
さぁ、では、本坊へと参りましょう。
正式名を高野山真善宗 総本山金剛峯寺。
1869年に、いずれも豊臣秀吉ゆかりの寺院である
学侶方の歳寺と興行人方の山寺 (廃寺)を合併し、高野山真言宗総本山金剛峯寺と改称しました。
金剛峯寺の寺号は空海が経典「金剛峯楼閣一切喩伽撤経」から名付けたもので、元来は高野山全体を指す名称であったが、明治期以降は、高野山真言宗の管長が住むこの総本山寺院のことを金剛峯寺と称しています。
寺紋は桐紋と巴紋だが桐は豊臣家の家紋で、巴は地主神として祀られています。
金剛峯寺の山号は高野山、宗派は高野山真言宗、本尊は薬師如来です。
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正門
昔はこの門を正面から出入りできるのは天皇・皇族・高野山の重職だけでした。
右の方にある小さな入りロ、くぐり戸は一般の僧侶がもっぱら使用しています。
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六時の鐘
福島正則公が父母の追福菩提を祈って、1618年に建立した鐘楼。
福島正則公といえば、豊臣秀吉と柴田勝家との戦いで、賤ヶ岳七本槍といわれた、豊臣家きっての勇将でした。
1640年に、正則の子である正利によって再鋳されましたが、その鐘銘がかなまじり文であることで有名です。
現在でも午前6時より午後10時まで、偶数時に時刻を知らせています。
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御手水処
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本堂
金剛峯寺の屋根は檜の皮を何枚も重ねた檜皮暮になっていて、その屋根の上に、桶が置かれています。これを天水桶と言います。これは普段から雨水を溜めておき、火災が発生した時に、火の粉が飛んで屋根が燃えあがらないように桶の水をまいて湿らし、少しでも類焼を食い止める役書を果たしました。
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金剛峯寺には大玄関と小玄関があります。
大玄関は、先の正門と同じく天皇皇族や高野山重職だけが出入りされました。
小玄関は、高野山では上綱職の方々がもっぱら使用されます。
一般の僧侶は、昔は裏ロより出入りましたが、現
在は一般参詣入ロを利用しています。
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鐘楼
金剛峯寺の前身であった青歳寺の鐘楼です。
桁行.三間・梁行・二間・挎腰付入母屋造りの形式で、県指定文化財となっています。
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参拝料1000円を支払い館内を見学します。
(※2024年1月現在)
靴を脱ぎ、靴箱にしまい入りますが、スリッパもあります。
スリッパ履かなかったら、板間になっているので、足元むちゃくちゃ冷えました
![ガーン](https://stat100.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char3/020.png)
此方は、
高野山開創1200年記念大法会イメージキャラクターの
こうやくん![ニコニコ](https://stat100.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char3/002.png)
![](https://stat.ameba.jp/user_images/20240126/22/mmvacation/4d/b7/j/o0480064015394030970.jpg?caw=800)
では館内を見て回ります
![ニコニコ](https://stat100.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char3/002.png)
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立派な襖絵が沢山ありました❗
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大広間と持仏間
梅の間、柳の間等、いくつかの部屋があり、全て立派な襖絵が描かれていました。
狩野元信、狩野探幽、山本探斉、狩野探斎、雲谷
等益、雲谷等爾等の襖絵があります。
柳の間は、秀次自刃の間とも呼ばれており、1595年 にここで豊臣秀次が自刃した場所。
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大きな杉の切り株。
この木は、奥之院御廟の後ろに立っていましたが、長い歳月が過ぎ、落雷などによって木が傷み御廟保全のため取除いた時の切り株を展示しています。
この霊木は高野杉と言われ元々は、高さ約57m、直径約2.87m、根元の周囲役9mとされています。
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中庭。
江戸期に作られたと伝えられ、当時は池の周りに高野六木(杉・檜・松・桓・桐・縦)がそびえ立って
いたそうです。
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綺麗に整えられた庭園。
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雪景色❄️が益々、石庭の美しさを引き立てていました
![キラキラ](https://stat100.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char3/088.png)
![](https://stat.ameba.jp/user_images/20240126/22/mmvacation/f6/14/j/o0480064015394031355.jpg?caw=800)
蠕龍庭
この石庭では、雲海の中で向かって左に雄、向かって右に雌の一対の龍が向かい合い、奥殿を守っているように表現されています。
龍を表す石は、お大師さまご誕生の地である四国の花崗岩が、雲海を表す白川砂は京都のものが使われています。
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広さ2,340m2あり、
日本最大の石庭です
![キラキラ](https://stat100.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char3/088.png)
素晴らしい石庭
![イエローハート](https://stat100.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char3/514.png)
雪❄️が降り続けていましたが、この雪❄️が本当に似合う石庭です
![ブルーハート](https://stat100.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char3/512.png)
雪❄️が降る蠕龍庭の動画。
むちゃくちゃ寒かったですが、ついつい見とれてしまう石庭でした
![照れ](https://stat100.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char3/007.png)
![](https://stat.ameba.jp/user_images/20240126/22/mmvacation/54/3d/j/o0480064015394032612.jpg?caw=800)
新別殿
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1984年に弘法大師御入定・1150年御遠忌大法会の際、大勢の参詣者への接待所として新設されました。
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平素は参拝者の休憩所とされていますが、僧侶の法話も随時行われています。
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書院上段の間、奥書院といった、皇族方が使用されていたお部屋もありました。
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稚児の間
上段の間と結ばれている武者隠しの間で、天皇に随行された人が不寝番をしていた部屋ですが、後には旧伯爵副島家より伝承された地蔵菩薩を奉安するようになりました。
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台所
江戸期以降、実際に大勢の僧侶の食事を賄ってきた場所です。
1つの釜で約七斗 (98kg)のご飯を炊くことができる大釜が3基並んでいます。3つで1度に二石(約2,000人分) のご飯を炊けました。
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高野山には他にも多数の寺院建築が立ち並びます。
100か寺以上の寺院が密集する日本では他に例を見ない宗教都市です。
全部のお寺に参拝することは無理ですので、今回は金剛峯寺と奥の院のみを見て回りました。
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参道には沢山のお寺と、お土産物屋さんも並んでいました。
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松栄堂というお菓子屋さん。
ひっきりなしにお客さんが入店していってました。
安政元年創業の
高野山で最古の和菓子店で、
総本山御用達の御菓子司です
![乙女のトキメキ](https://stat100.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char3/473.png)
![](https://stat.ameba.jp/user_images/20240126/22/mmvacation/fd/ab/j/o0432056415394038065.jpg?caw=800)
松栄堂の名物、かるかや餅。
![](https://stat.ameba.jp/user_images/20240126/22/mmvacation/f2/5e/j/o0432054715394038067.jpg?caw=800)
かるかや餅は、薄く平ベったい館の入った餅にきなこが沢山かかっています。
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他にもやきもち、高野山を訪れた文豪達にも愛された栗入り蒸し羊羹の槙の華、お寺のお茶菓子にも使われる焼饅頭の槙の雫、形がユニークな仏手柑も人気があるそうです❗
気にはなりましたが、結構並んでいたのでスルーしてしまいました
![アセアセ](https://stat100.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char3/100.png)
![](https://stat.ameba.jp/user_images/20240126/22/mmvacation/5d/aa/j/o0400041415394038073.jpg?caw=800)
高野山といったら、
高野豆腐も有名
![キラキラ](https://stat100.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char3/088.png)
私は高野豆腐はスポンジ食べている様に感じてしまい、苦手ですが…
![キョロキョロ](https://stat100.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char3/016.png)
![](https://stat.ameba.jp/user_images/20240126/22/mmvacation/9b/23/j/o0645041715394038074.jpg?caw=800)
ごま豆腐のお店も幾つかありました❗
![](https://stat.ameba.jp/user_images/20240126/22/mmvacation/de/bb/j/o0648046515394038078.jpg?caw=800)
福井県の永平寺もそうでしたが、有名なお寺さんでは
ごま豆腐が有名なんですね~
![!](https://stat100.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char3/092.png)
ごま豆腐が精進料理だからなんだそうです。
高野豆腐は苦手ですが、ごま豆腐は大好きです
![グリーンハート](https://stat100.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char3/510.png)
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