2019年GPスケートカナダ(ケロウナ大会):雑感③ "Heart of Gold" | 覚え書きあれこれ

覚え書きあれこれ

記憶力が低下する今日この頃、覚え書きみたいなものを綴っておかないと...

GPスケートカナダ終了からすでに二週間が過ぎた今、振り返りシリーズ最後の記事に何を書くべきか色々と悩みました。
 
2013年セントジョン大会、2015年レスブリッジ大会、2016年ミシサガ大会、と過去三回、日本から現地観戦に来てくださった羽生ファンの方々との食事会で「SP後はかなり沈んで、FS後はずいぶんと盛り返す」というパターンを続けて来ましたが、今大会はただただ感動と歓喜の二日間だったこと。
 
ケロウナでの優勝が羽生選手個人にとって「ジンクス」を打ち破ったという意味で大きく、フィギュア界全体に対して「技術と芸術のトータル・パッケージの真価」を示すことができたという意味でも大きかったこと。
 
同じくケロウナで金メダルを獲得したアイスダンスのギレス&ポワリエがインタビューで語った以下のコメント:
 
What we've learned over time in the skating world is the only way to make sure that you win is to be so obviously better than everybody else that they can't do anything else.
僕たちがスケート界での長年の経験から学んだのは、確実に勝とうと思うのであれば、彼ら(ジャッジたち)が「他にどうしようもない(=勝ちを与えるしかない)」という気になるほど、他の誰よりもうんと明らかに優れていなければならない、ということ。
 
が常々羽生選手の「圧倒的に勝ちたい」というニュアンスの発言と通ずるところがあったこと、
 
などなど本当に色々と掘り下げたい点はあるのですが、ここでは羽生選手についてトレイシーさんが言った「He has a heart of gold」(= generous、惜しみなく与える人)」という言葉から発想を得て、思ったことを書こうと思います。
 
 
羽生選手のこれまでのキャリアを振り返った時、「全てを出し切る」というニュアンスの言葉が良く使われているのに気付きます。
 
最近ではこのブログでもご紹介したスコット・ラッセルさんのこのコメント:
 

And he is so committed, mentally and physically to what he does, he leaves... that's an old expression "you leave everything on the table, on the field of play, on the ice" but he leaves EVERYTHING on the ice.

しかもメンタルの面でも、身体的な面でも、自分の全てを注ぎ込んでいる。使い古された言い回しで「その場に、フィールドに、氷の上に、余すところなく全てを出し尽くす」ってのがあるけど、彼はまさにす・べ・てを氷の上に出し尽くすんだよね。

 
 
(ちなみにスコットさんは、さいたまワールドでの羽生選手のFS演技を回想しているのだと思います。今回、ケロウナ大会の録画を見たついでに、その埼玉での演技の録画も見たのですが、最後に大写しになった羽生選手のやつれ具合、こけた頬、窪んだ眼、にちょっと驚きました。まさに「渾身」の演技、だったのだと思います。)
 
 
2015年のGPF時、羽生選手のFSのCBC解説でキャロル・レーンさんが発したのは以下のコメント:
 
That’s really what you call “blood on the dance floor”, isn’t it Kurt? He didn’t leave anything there, at all, it was all out.
これってまさに「ダンス・フロアに血を散らすまで(踊って)」って感じよね、カート?彼、本当に一切、何も残さず、出し切ったわね。

 
 
 
そしてもう少し遡って2013年ロンドン・ワールドでの羽生選手のFSを解説したカートさんはこう言ってます:
 
He had to FIGHT for everything. You could see that he wasn’t his best, and I know what those legs feel like at the end of the program. There was nothing left.
今日の彼は(エレメンツの)どれもこれも、気合いで乗り越えてたね。明らかにコンディションはベストとは言えない。それでプログラムの最後の方で、あの脚がどんな状態になってるのか、ぼくにはよく分かる。もう力なんて何も残ってないんだよね。

Here he’s looking at the judges saying “That was it, guys, I gave it everything I had...”
それでここは彼がジャッジを見て「これでもうおしまいです、皆さん。ぼくは全てを出し切りました」って言ってるところだね。
 
 
 

上記の三つの例は、実際の演技において全力を尽くす、という文脈でのことですが、羽生選手は大会の様々な場面でも、メディアに対しても、ファンに対しても、フィギュアスケートという競技自体に対しても、惜しみなく、全てを出し切って自らを与えているという気がします。

 

試合会場では仲間の選手にリスペクトを払い、後輩選手には励ましの言葉をかける。受付のオバチャンから、セキュリティの兄ちゃん、アイス・キャプテン(リンクのドアの開け閉めをする係の人)に至るまで、ありとあらゆる人たちに挨拶を忘れない。プレゼント回収の子どもたちに感謝し、運営スタッフを労う。ミックスゾーンではマイクの高さと角度を自ら合わせ、記者会見場ではレコーダーの位置に気を配り、こちらがやる前に彼の方が動いてくれます。

 

メディアに対しても、尋常ではない数と量の取材を受け、凡人なら腰が引けてしまう様な「圧」をしっかりと受け止める。いや、受け止めるだけではなく、メッセージ力の高いコメントを出し、記者とのやり取りを楽しむほどの余裕を見せます。

 

(その様子がケロウナの地元カメラマン Marissa Baeckerさんの写真に良く現れています。よっぽどマリッサさん、驚いたのか、たくさん似たような写真を撮っています)

https://shootthebreeze.photoshelter.com/gallery/Press-Conference/G0000ibaVsSc29GA/C00009xno9unrD64

 

 

 

 

 

フォトグラファー達との関係については良く知られていますが、羽生選手ほど激写されているアスリートも珍しいのに、それに臆するどころか逆にどんどん写真映えするようになって行ってるのも驚異的です。

 

また、ファンに対してこれほど色々なものを与えてくれるスケーターはいないでしょう。感動、勇気、インスピレーション。もうこれ以上、高い所に昇れるはずがない。これ以上、深い所まで力を汲みに行けるはずがない、と思われる状況の中で、その都度、良い意味で期待を裏切ってくれる。あるいは競走馬が一斉に全力疾走する中で、ゴール前で突如、一頭だけがターボをかけたように他を退けて走り去る様を思わせる。羽生結弦というアスリートの最大の魅力は、そんな驚きの「ギアチェンジ」を見せてくれるところだと思っています。

 

 

そしてフィギュアスケートの競技において、彼がもたらしたものはすでに測り知れません。

 

2014年の世界選手権のエキシビションを滑った羽生選手に対して、カートさんが贈った言葉があります:

 

Well, whether you want it or not, when you become a Champion, a certain level of expectation comes with it.
そう、自分が望もうが望まなかろうが、チャンピオンになるとどうしてもある程度の(周囲からの)期待が伴う。

This young man will lead our sport
with dignity, and honor, and humility.
この若者は
これから僕たちのスポーツを、品格、誇り、そして謙虚さを持って率いてくれるに違いない。
 

 

それから5年が経ち、19才だった若者は数々の記録を打ち立て、二度目のオリンピック・タイトルを勝ち取り、今もなお現役生活を続けている。カートさんの予言したとおり、フィギュアスケート競技と後輩たちの将来を気にかけることのできる立派なリーダーに成長しました。
 
そんな「黄金のハートを持った」羽生結弦選手、自らを削って惜しみなく与えてくれる彼に対して、反対に与えられるべきものは何だろう、と考えてみました。
 
メディアに出来ることは彼の偉業を正確に記録し、彼の言葉を忠実に伝えること。
 
ファンに出来ることは彼のプライバシーを尊重し、試合やショーで声援を送ってフィギュア界を盛り上げること。
 
そしてフィギュア界が出来ることは、彼の示す手本を真摯に受け止め、彼のもたらしてくれている黄金時代に感謝し、良い大会を運営すること(プーさん回収も含めて)、でしょうか。
 
。。。
 
ああ、まだ2019‐2020年のシーズンは序盤を過ぎたところだというのに、すでに濃厚な二カ月を過ごした気がします。これから年末までにかけて、羽生選手には多くの試合が続き、それぞれに気が抜けないような重要性を含んでいます。どうかどうか、体には気を付けてほしいですね。
 
以上、2019年GPスケートカナダの振り返りシリーズでした。
 
慣れない頻繁な更新の反動で、しばらく冬眠したい気分ですが、そこをぐっと堪えてまた頑張りたいと思います。暖かく見守っていただければ幸いです。