父の旅立ち、父の出汁 | みやみや珈琲日記

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毎日のコーヒータイムに、ちょっといいことを。

今日もブログに来ていただき、ありがとうございます😊

 

こんにちは、みやです。

 

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今日は昼過ぎからおでんを炊きながら、家でのんびり過ごしていました。


おでんってどうして作り過ぎてしまうんでしょうね(笑)


コーヒーの香りもアロマオイルの香りも好きなのですが、両親が麺類店を営んでいた私にとって、出汁の香りはやはり特別なものでして。


おでんの出汁の香りに包まれながら、父のことを思い出していました。


実は11月2日に父が亡くなりました。


父が春から入退院を繰り返していたことをこのブログでも書いていたので、すぐに記事にしようと思ったのですが、何をどう書けばいいのかまとまらず、時間が経ってしまいました。


色々とお気遣いいただき、私達家族を応援してくださったみなさま、本当にありがとうございました。


幸い私は父が冗談混じりで話せる段階で会うことができ、姉と病院に泊まり込んで父の最期を見届けることができました。


3週間前の月曜日、入院していた父がもうそう長くないと姉から連絡を受けて、急ぎ大阪に向かいました。


冷凍してあった父が炊いてくれた出汁を持って。





夜に病院に着くと、酸素マスクを着けていても、いつも通りの父でした。


「あれ?M(私)も来たんか?家に酎ハイあるからSちゃん(姉)と飲みや。」


「ありがとう。まぁ、今回はパパに会いに来たって言うか。家に冷凍してあった出汁を持ってきたよ。」


「(容器を受け取りながら)あー、もう半年炊いてないなぁ。みなさんに配ってないなぁ。」


「年末炊こうね。明日温めて持ってくるから。」


「うん。気をつけて帰りや。」


認知症が進む母は、父が入院していた病院のすぐそばにショートステイをしていたので、火曜日に姉と3人でお見舞いに行きました。


出汁を解凍して温めて持って行きました。


一緒に少しでも飲めればいいなと思っていたのですが、父はクリーンルームの個室になり、高濃度の酸素吸入をしていました。


出汁のレシピの記号を聞くと「それは砂糖やな。」「それは甘出汁からざる出汁を作る時の配合やな。」とポツリポツリと話してくれました。


「出汁、飲む?」


首を振る父。


結局、生きているうちに父に出汁を飲ませてあげることはできませんでした。


「Sちゃん、Mを駅まで送ったってな。」


父はベッドの上でも私のことを気にかけてくれていて。


父の容態が落ち着いていたら、一度埼玉に戻ろうと思っていたのですが、やはり帰れないと思いました。


入退院を繰り返して、最愛の母と過ごす時間もほとんどなかった父をもう一人にしたくない。


姉一人で父の最期を迎えるのは、あまりにも辛すぎる。


ここで帰ったら、私は絶対に後悔する。


解凍した出汁がもったいなくて、姉と夕飯はうどんにしようということになりました。


マンションに戻ったものの、「今夜病院から呼ばれるかもしれないね。」とつい下を向きたくなる、そんな重苦しい空気が漂っていました。


「お腹空いたね!私、うどん作るわ!」


スーパーで買ってきた天ぷらをのせて、姉と2人分のうどんを作りました。





「あー、やっぱりパパの出汁はおいしいね!最高やね!」


久しぶりに食べた父の出汁が、何ともおいしくて、何とも懐かしくて、何とも切なくて。


「うん、おいしいね。ありがとう。元気出た。もう何を食べてええんかわからんかったから、Mちゃんにうどん作ってもらえてよかったわ。」と姉。


予想通り、夜中に病院から連絡があり、そこから2日間姉と泊まり込みで付き添いになりました。


今から思うと、あの時姉と2人で食べたうどんは、父の最期を見届ける狼煙のようなものだったかもしれません。


父の手を握りながら、50年間この手で炊いた出汁は一体どれだけ多くの人を幸せにしてきたんだろうと思うと、父が何ともカッコよく思えてなりませんでした。


父は亡くなった後、2日間自宅に安置したのですが、ご近所の方、お店でアルバイトしていたお兄ちゃんなどたくさんの方が会いに来てくださいました。


「いつもおいしいお出汁をもらってて。」


出汁を炊くことは父のライフワークだったんだなぁ。


父は出汁を通して人とたくさんの人と繋がっていたんだなぁ。


父は本当に裏表のない誠実な人だったんだなぁ。


出棺の時、姉のマンションの冷凍庫にあった出汁を解凍して、母と息子と一緒に父の唇にあててあげました。


最後に出汁を染み込ませたティッシュも、父の足元に入れました。


この出汁があれば、きっと父はこれからの修行を頑張ってくれるんじゃないかと。


この出汁があれば、修行仲間と楽しくやってくれるんじゃないかと。






葬儀の夜、残った出汁で母に玉子とじうどんを作ってあげました。





「わぁ!おいしい!お金いただけるね!」


認知症の母は嬉しそうに完食。


「いやいや、己の旦那と一緒に30年店やっとやないかーい!」と思わず突っ込みそうになりました(笑)


私達にとってやっぱり出汁はなくてはならないものだと思いました。


年末に父と息子と3人で出汁を一緒に炊く予定にしていたのですが、残念ながら叶いませんでした。


でも来月の四十九日の法要には、息子と一緒に炊いた出汁を父にお供えしようと思っています。


息子もそのつもりでいるようです。


どんな出来栄えでも、父はきっと喜んでくれて、母も姉も喜んでくれて、何より私が一番嬉しいはずで。


息子と一緒に出汁を炊くことに挑戦して、父の味に近づいたら、母や姉はもちろん、親しい人にもぜひ食べてもらいたいです。


何年かかってもいい。


息子と共に楽しみながら挑戦し続けます。


私はやっぱり食を通して周りの人を幸せにしたいから。


これからも私達家族を応援して頂けると嬉しいです。