淑女との戯れ ダットサン フェアレディ -15ページ目

淑女との戯れ ダットサン フェアレディ

フェアレディSP311の再生記事を中心に、あれこれと気ままにつづっています。

ずっと昔から持っていたのですけど・・・

 

テプラの本体が不在だったので「熱圧縮チューブカートリッジ」を使えずにいました。

以前貸した先で、闇に葬られてしまい帰ってくることがなかったのです。

 

最近職場の廃棄品にこのカートリッジの使えるテプラがあったのでもらってきました。

もちろん壊れているから捨てられたのです。

 

電源オン!

入りません・・・

調べてみると案の定スイッチの接点不良でした。

分解掃除で完了です。

 

早速、ヒューズボックスへの接続部に使えるものを作ってみました。

 

 

淑女さんは集合コネクターをあまり用いていないので、配線を間違えやすいからです。

 

しかも、配線は純正部品で入手できなかったダッシュボード周りについては、以前自分で作成しなおしたのですが、純正とはちょっと違うものが混ざっているのでその補足の意味も込めてです。

 

取付けに関しては難しいものではありません。チューブを通してライターであぶるだけですから。

すぐさま完了です。

ついでに保護目的で接点復活材も塗布しました。

 

 

これなら間違えにくいですね。

 

ガラス管ヒューズも、以前流通していた色分けヒューズを入れました。

 

ふたをして完了です。

 

そうです。ふたも染めQをつかって程よくきれいに再生しております。

 

 

他にも仕掛中のものがたくさんありますし、まだまだ電装作業も残っています。

ボチボチとアップしていきます。

 

 

さて他にも、会社の廃棄物にはこんなものもありました。

産廃担当の方が小生の為に取っておいてくれたものです。

 

独逸製の高級工具のハゼットのレンチです。

しかもインチサイズです。買おうと思っても中々売っていないものですし、

淑女にはもってこいの工具です。

 

それは、淑女はミリとインチが混在している車だからです。

 

 

これはラッキーでした。

昨年は、スナップオンのプラスドライバーもいただきました。

 

他の同僚は誰も廃棄物に興味は示さないのだけれども、小生には小さな楽しみのある環境です。

 

次を期待しています笑。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

本当に松の内なんだろうか?

 

役所関連は仕事始めで本日からご苦労様です。

そして小生は明日が仕事始めなので、本日車検に行ってきました。

テスター屋さんでも2年前のことを覚えてくださっていました。

 

さて本番は・・・

もちろん一発合格です。

 

 

これでまた2年の延命が認められたわけですね。

 

今回は前回から距離も出てないこともあってほぼ点検で済ませるつもりでしたが、

多少は手を加えております。

 

・ヘッドライトバルブの交換

  前々回はLEDバルブで快適でしたが、前回の車検前に壊れてしまい代わりにH4のホワイトバルブが安売りしていたので交換したのですが、光量不足でテスターでは明るさが稼げず、通常バルブに換えざるを得なくて交換しましたが。

ところがなんとも暗くて閉口したのですが、それでもテスター上での光量は合格でした。見た目と計測器による数値には意外と乖離しているものだなと感じた次第です。

 

今回は、「ノーマル比200%相当の明るさ」というH4バルブを購入し挑みました。夜走りましたが十分な明るさでした。

全く問題なく合格でした。

 

両側の青いものがテスターで光量不足を指摘され取り外したものです。

色は白くなるのですが、青いフィルターを通すので光量が減るのでしょうね。

 

 

・ステアリングブーツ

 完全に切れてしまっていたので交換しました。

 

 

・表記が蒸発してしまっていたので・・・

 マジックの手書き修正でごまかしました。

 

 

・エアクリーナーの清掃

 純正のクリーナーをくりぬいて、K&Nのフィルターを合体したスペシャル品です。

経年でゴムが侵されていたのですが、今回はそのままとし、フィルターの清掃と注油を行いました。

 

 

・ギヤの入り改善と摩耗防止対策として

 アタックレーシングのX1を適量注入しました。(MT,デフ)

元日産ワークスの藤沢公男氏の開発品で、以前より愛用しています。

これは車検とは関係ないのですが下回りの点検がてら注入しました。

 

 

というわけで合格し、いつもの記念写真です。

 

 

とこんなことを、正月早々やっておりました。

 

さて今回はちょっとしたニュースもあります。

 

本日の車検場で久しぶりの同型車も車検を受けに来ておりました。

同じ車を見るのはもう何年ぶりかという感じです。

 

 

かなりの年配の方が(80代?)ユーザー車検を受けに来ていました。かなりやれた車体ですが、普段からの足として役立っているものと思います。小生と同じ1年しか作らなかった660㏄判でグレードも同じ下から2番目の「XL」というものです。

ナンバーから察して、おそらくワンオーナーと思われます。車検も切らしたことがないのでしょう。

お声がけしたのですが、あまり話すこともなくすぐに別れました。

最近は売れだのなんだのと不審な人も多いので避けられてしまったのかもしれませんね。

もちろん趣味人ではないのでクルマ談義とはなりませんでした。

いつまで現役で走ることができるのでしょうか。がんばってほしいですね。

一期一会なのかな。

縁があればまた会えるでしょうかね~

 

さてさてそんなこんなのスタートです。

ことしはちょっとは良い年になってくれそうですかね?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あけまして

 

 

あけまして

 

 

あけまして

 

 

あけまして

 

 

上げまして

 

 

おめでとうございます。

 

どうぞ本年もよろしくおねがいいたします。

 

稚拙なブログにお付き合いくださいませませ。

でも三年ぶりかな?

 

世間を騒がす新型コロナウィルスの影響で、ほんとに久しぶりの大みそかの神田詣ででした。

今年はちょっと出遅れとこともあり、蕎麦を口に運ぶまでに2時間もかかってしまった。

今までなら、1時間から1時間半並んでだったのですがね。

とはいえ大晦日は特別です。普段は並んでまで食べるようなことは一切ないのです。

 

本日は「神田まつや」老舗ですが以前秋葉原で仕事をしていた時には時折利用していた大衆店です。

建物も重要建造物として認定されている趣深いものです。

 

 

そして注文したのは「おかめとじそば」。

 

 

何度食べてもここの蕎麦は”うまい!!”の一言に尽きます。

寒空の中2時間並んだのでそれはもう格別です。

 

いつもならこの近くの「近江屋洋菓子店」の喫茶コーナーでのんびりしてから帰路につくのですが、コロナで喫茶は休止中、しかもSNSの影響で長蛇の列の繁盛ぶり。お店にとっては良いことなのですが、小生にとってはもう立ち寄っていくことのできない店になってしまったのはちょっと残念でした。

 

帰りには日本橋で買い物をしてメトロに乗って帰りました。

本日はメトロ乗り降り自由の切符の利用です。これはお得です。

 

 

帰宅後、所用の為ミニキャブを走らせラジオからは紅白歌合戦が聴こえてきた。

もうほとんど興味もないような歌合戦なのだけど、ふと昔淑女を大晦日に走らせたことがよぎってきた。

 

たしか、1994年の大晦日だったと思います。ラジオからは同じく紅白歌合戦が流れていました。

或るところに思いついて向かっていました。世田谷通りを北上し左折してしばらく行ったある場所です。

それは当時片思いをしていた彼女の家でした。食事位は或るイベントを手伝ってもらったお礼と称してしたことはあるけれどもお付き合いには至らない、そんな関係です。

大御所のトリで紅白が終わり、ゆく年くる年が始まり除夜の鐘が鳴りだし新年を迎えました。

ひっそりと、”あけましておめでとう”と告げ、その場を去り、よりいっそう交通量に少なくなった道を帰りました。

彼女の代わりに淑女のヒーターが暖かく包んでくれた夜だったな~と思い出しました。

なんだかセンチメンタルな話になってしまいましたね。

 

来年の大晦日は、久々に淑女を走らせたいですね~

 

それでは、皆様よいお年をお迎えくださいませ!

ボチボチとやらないとね

 

夏からいろんなイベントが目白押しで自動車のことがおろそかになっている今日この頃、

ミニキャブの車検満了も、すぐ目の前にやってきました。

時間が経つのは早いものです。

 

2年前はエンジン載せ替えで正月休み返上で往生したものの、距離も伸びていないので比較的たやすいはずです。

とはいえ、劣化したタイヤはもうそろそろ交換しないとと、乗っている本人もヒヤヒヤするようなヒビまで入っている始末。

そこで、タイヤ交換をすることにしました。

 

(↑青文字はクリックすると過去の記事にリンクします)

 

以前は知り合いの工場に厚かましく出向きチェンジャーなどを借りて自分でやっていたのですが、その気力も起きないので真っすぐプロにお願いしました。

 

 

3人がかりでアッという間にやっつけてもらったので時間も有効に使えるというものです。

プロの仕事っぷりを覗き見るのも勉強になります。

本当は、錆の出たホイールの塗装はしたかったのだけれど、またそのうちにと先送りです。

 

帰り道で乗り心地の違いを顕著に感じ取ることができて、新しいタイヤはやっぱりいいな~ 

と、安心安全の2つを手に入れました。

 

 

配線はシンプルにいこう!

 

ハザードスイッチは今では当たり前の装備であり、むしろうまく使わないと路上では危険な目にも合う恐れがあります。

道を譲ってもらった時の挨拶にも必須なものです。

小生が免許を取ったころは、ハザードは非常信号灯であるから挨拶などで使うのは法令違反だと教わりましたが、当時からトラックドライバーはコミュニケーションに使っており、いつの間にか市民権を得てしまったようです。

 

さて、今回のものは、淑女を手に入れたころに解体屋さんの片隅で埃まみれで放置されていたものを譲ってもらったものです。

もちろんその当時は躯体もしっかりしていたわけですが、小生がいろいろといじっているうちに亜鉛ダイキャストのボディのカシメ部分はもろくも崩れてしまい、写真のようにテープで巻いて結束バンドで止めて分解しないようにしないと使い物にならないような状態になってしまいました。

 

 

既に、配線も自分仕様に入れ替えてしまっています。

今回はこれも含んでやり直してリニューアルを図ります。

 

これは拾い画像ですが、新品状態ではこんなにごちゃ付いた配線がされています。

 

 

それでは作業に入りましょう。

テープをはがすとすぐにバラけてしまいます。

気を付けないとベアリングやバネが飛んでしまいます。

 

機構は、三角形の接点と裏蓋の接点とが、スライドして切り替わる仕組みです。

 

 

中の構成部品はこのようなものです。

 

 

いずれにしても裏蓋が取れてしまわないように工夫する必要があります。

そこで、裏蓋をくるんでボディ側に押し付けるようなサブボディをチョコベビーのケースから切り出して使うことにしました。

 

 

切り出したものを、M3のビスで留めるようにしました。

 

 

サブボディの裏にはスポンジゴムを入れて接点の密着が確実になるようにし、半透明のままでは格好が悪いのでカーボン模様のカッティングシートを張り付けることにしました。可動部や接点委がグリスを塗布します。

 

 

配線を淑女の純正ラインと同じになるように色をそろえて割り込ませるようにしています。

実にシンプルなものとなりました。

 

リレーをつかむ部品はユニクロメッキを施しました。

少しはマシに見えるかな?

これで組み立て完了です。

 

 

ミツバの正式名称は「非常点滅表示灯装置」といいます。

 

ボディには「HAZARD SWITCH TYPE HS-1」とあります。

そして「MITSUBA」以外に「DAIICHI」のロゴマークが・・・

 

これは何だろう。製造元なのだろうか。販売者がミツバで。

 

 

あとは、車体に組み込めばOKですね。

 

追記:令和7年5月

 本体配線見直しの為、バッテリー直配線1本を追加しました。これにより、キーSW-OFF時にも作動できるようになりました。

 

 

スキマ時間の有効な使い方

 

仕事の為この地域にはるばる海ほたるを横目に見つつやってきました。

日中に少々空き時間ができたこともあり、クルマでちょっと行けばそこにある「いすみ鉄道の大多喜駅」まで足を運んでみました。いすみ鉄道は昔は国鉄木原線という名称でしたが、赤字ローカル線対策で第三セクター鉄道として経営を存続しています。

当初は、旧国鉄時代の気動車を見れたらいいなくらいに考えていましたが、駅係員の方にダイヤを聞いてみるとスッポリと往復乗車できてしまうことが判明したため、仕事を忘れ・・・否、後ろめたさも感じつつ・・・切符を買って乗ってしまいました!

そんな「ちいさな旅気分」を味わえたひと時でした。

 

さて、話はちょっと戻ります。

クルマを駐車場に入れ、大多喜駅に向かいました。

そこには小さいながらも威風堂々とした駅舎がありました。

 


それもそのはず、ここは、徳川四天王の本田忠勝を初代城主とする大多喜城の城下町でもあり、街並みも小江戸と呼ばれる歴史ある建築物が数多く残る地だからです。

 

 

今回は、その観光もしたくなったのですが、仕事の途中ということもあり、時を改めてくるのも良いかなと感じました。

おいしそうなお店で昼食をとも思ったのですが、列車に乗ってしまったので時間切れ、菓子パンでごまかしました。笑

 

さて、車庫の方に回り込むと、国鉄色を纏った気動車が待機しておりました。

タイムスリップしたかのような光景です。

 

 

この2両は、右が元国鉄の「キハ52-125」昭和40年製、我が淑女とも齢が同じです。

左は、いすみ鉄道の自社発注車で「キハ20‐1303」平成25年製です。デザインは国鉄顔を採用したとのことです。

違和感なく見事に溶け込んでいます。

 

近づいてみました。

 

よくできていますね。

装備的には、キハ52は元々豪雪地帯の大糸線を走っていたので、腰下のスノープラウ、シャッター付きタイフォンや窓のデフロスターもそのまま装備され寒冷地仕様の特徴がそのまま残っています。

 

その後ろには、先月いっぱいで残念ながら引退した「キハ28ー2346」がありました。現役最後の国鉄急行型気動車であったそうですが、顔が見えないのはちょっと残念。沿線駅に保存予定らしいですがだいぶ傷んでいますね。

 

 

さて、そうこうしているうちに定刻に近づいてきたので、先ほどの「キハ52‐125」が入線してきました。

 

 

 

どの角度から撮っても時を超えているように感じます。

令和と昭和のやわらぎの時間ですね。

 

車内に乗り込むともちろん昭和にタイムスリップです。

寒冷色の内装

 

扇風機

 

 

木枠の側窓

 

 

使い込まれた運転席

 

 

本当に「時」を忘れそうになります。

 

定刻になり発車のベルが鳴ります。

ドドドドドド…とディーゼル機関がうなり走り出します。

 

そして、これまた懐かしいオルゴールが鳴り、車掌さんの案内放送が始まりました。

オルゴールは「アルプスの牧場」でした。

 

 

 

その案内で、右の車窓からは、大多喜城を鉄橋の上から見ることができました。

 

 

 

そして、しばらく乗って終点の上総中野駅に到着です。

 

ここからは、小湊鉄道に乗り換えることができますが、車両は来ていなかったので見ることができませんでした。

しばしば、ドラマなどでロケに使われているのを見かける鉄道です。こちらも古い気動車を運行しています。

 

小湊鉄道方面も閑散としてなんともいえぬ空間を感じ取ることができます。

 

 

上総中野で数分後には折り返しの急行大原行となります。

ホーム手前側の線路は剥がされてしまっていて、賑やかだったことが完全な過去であることを物語っています。

 

 

ホームの高さは昔のままなので、大変低く、運転士さんも乗り込むのが大変そうです。

 

 

客用の乗降口もこのように大変な段差があります。

 

 

バリアフリーってここにはありません。

 

上総中野駅を後にし袋で大多喜駅まで戻りました。この列車はこのまま大原まで向かいます。

降りたホームにはどうやら国鉄時代かららしい表記が残っていました。

 

 

青地に白文字の「大原方面のりば」という看板です。

こんなものひとつで時代を感じてしまいます。

 

さて、列車を見送ったのち本来の持ち場に戻らねばなりません。

なんとも大変有意義な「空き時間」でありました。

 

せめてもの地域鉄道存続のためにもお土産を買って帰りました。

これはそのひとつ、レトルト食品の「キハカレー」

子供味かなと思っていましたが、意外と大人味で具もしっかりしており美味しかったです。

 

 

またこんなスキマ時間があると嬉しいですね~

 

ちゃんと仕事しろよ!!

 

ごもっともでござんす。

 

 

 

 

 

 

 

最近鉄道ネタばかりですが、淑女の作業もちょっとばかしですが進めております。

と前置きし、

実際、どっちがメインなんだかね~

 

小春日和の爽やかな空気の中、秋の健康診断に行ってきました。会場は電車で数駅乗ったところです。

 

健康診断そのものは、何ら問題なくさっさと終わり会場をあとにし、向かった先は「入新井西児童交通公園」です。

こちらに行くのはほかでもなく「蒸気機関車のC5766号機」が静態保存されているからです。

 

小生、蒸気機関車の現役時代には縁がなく、その後の復活運転では乗車したことがある位なものです。

今回の「C5766号機」は昔から知ってはいたものの横を走る東海道線からの車窓から眺めるだけで足を運んだことがなかったのです。昨年の職場異動によって検診会場を当地で受けることができるようになったため、春に続き2回目の訪問となりました。

 

公園に入ると早速ご対面です。

 

 

平日の午前中ということもあり、幼児連れのママたちが少しいるくらいで空いていました。

 

近づいていくと機関車の精悍な顔立ちも間近に見ることができます。

 

 

シリンダー、車輪周りは連結棒との構成もあって豪快です。

 

 

側面の階段から車室に入ることも自由です。

 

 

機器類も塗装での管理がなされているのでそれなりにきれいに見えますが、計器類の針などが紛失しているのは環境上仕方がないのかもしれませんね。

 

 

その厚塗りによって地金は錆による腐食も少ないと思われます。

 

運転席からの眺めはこんな感じです。

見えているといえば見えるのですが、右側はボイラーに阻まれ決して視界が良いとは言えません。

右側に機関助手が必要なのもうなずけます。

 

 

真鍮製の銘板も金色塗装で文字も確認できなくなっていますが、密閉保管状態なので剥がせば極上品質かも!

なんて思ったりもします。

 

テンダー後ろから見上げると、また別な迫力を感じます。

 

 

この機関車の説明は、各種案内板が用意されています。

 

 

実はこの機関車は静態保存でありながらも、毎日2回の運転があります。

実際に走り回ることはできませんが、動輪を空圧によって回転させるという変わった展示方法がなされています。

 

目の前で汽笛を鳴らして動輪や連結棒が動く姿は現役時代を彷彿し、ちょっとしたタイムスリップ感覚に陥るかもしれません。

 

Youtubeにその動画がアップされていましたので張り付けておきます。

 

 

この公園には、1990年製のいすゞエルフのポンプ車も展示されています。

2006年ごろの設置で、その前はトヨタ製のボンネット型の消防車でした。

 

 

こちらも乗り込み自由です。

 

交通公園ですからこのようは看板もあります。

 

 

全景です。

子供たちの交通安全教育ができるように、自転車や電動カーなどでコースを走れるようになっています。

 

 

さてまた、春になったら訪れてみようかな。

 

そういえばこの「C57型」機関車は愛称として「貴婦人」とも呼ばれています。

我が淑女も、「貴婦人」と呼ばれていますから何かの縁があるのかな?笑

 

三日おくれの便りをのせて~

 

とは、都はるみさん「アンコ椿は恋の花」の唄いだしですが、当記事には特段関係なく、単に投稿が三日遅れただけという浅はかなものからなのです。

 

猿、じゃなかった。

去る11月6日に多摩美大の芸術祭に足を運びました。

母と弟との3人で行ったのです。

実は、弟の娘つまりは姪が今年入学したので、そんな縁なのです。

 

学園祭、文化祭の類はもう数十年も無縁でしたが、なかなか良いものですね。

どんな時代でも若者の発散する力のような雰囲気は感じるものです。

母も絵を描くことが趣味で、毎年作品を展覧会に出品し入賞したりもしているのですが、ここのところ認知の関係や環境のことなどで筆が進んでいませんでした。家族としても心配していましたが、この芸術祭に足を運んだことで少しは刺激があったようです。

美大生にも話しかけてコミュニケーションを取っていました。

 

JR横浜線橋本駅を降り立つとそこから神奈中バスで数分揺られると多摩美大につきます。

橋本駅がリニアモーターカーの駅になるなんて、高校生だった時の小生には到底考えられませんでした。あんなローカルな田舎駅だったわけですから、当時は津久井に住む同級生宅に遊びに行くときや、中学生の時にボーイスカウトのキャンプにいくのに利用してましたね。まだ、チョコレート色の旧型国電や山手線や京浜東北線で余った電車が青と黄緑のバラバラ混色編成が単線運用で走っていました。夏は冷房車が先頭車だけになり、冬には増えましたっけ。そういえばそのちょっと後で近くの橋本高校の教諭だった俵万智さんがサラダ記念日でブレークしましたっけ。と鉄道だけに脱線してしまいました。

 

話を戻して、校門を入ると真っ先に向かったのは、「学食」です。

まだ混んでいないうちに食べてしまおうという算段です。案の定、食べ終わるころには数十人の長い列ができており早飯にして正解でした。あとは心置きなく学生の作品を見て回れるというものです。

 

 

 

姪は日本画科の1年生です。まずはそこを皮切りに見ていきましょう。

ただ、作品の中にはSNSやQRコードを用いて拡散を欲しているようなものがある半面、SNSには出してほしくないというものまでありましたので、ここではちょっと気になったもの数点を除いて掲示はしないでおきます。姪のものも今回はやめておきます。

 

この作品、キャンバスからはみだしています。芸術は爆発だと云ったあの方の作品とは作風が違いますが、力強いものがあります。

 

 

これを見て小生は敬愛する芸術家の赤瀬川原平氏がかつて参加してあまりにも応募者の表現が過激すぎるので中止になった読売アンデパンダン展を思い出してしまったのです。といってもその開催時期には小生は生まれてもいないので、のちに赤瀬川氏の著書による知識なのですけれども。

 

それはさておき、次は銅板の折り紙です。その工程の説明書でもあり、そのものが工芸作品でもあります。

 

 

縄文時代の火焔土器のごとき作品です。

古代の住宅を模したような描写が面白く感じました。

カッパドキアやジブリ作品にも通じるものがありますね。

 

 

誰かが住んでいそうです。

 

 

展示に至らなかった猫作品。楽屋裏なんて見ちゃいけなかったかな。ごめんね。

 

 

これから芸術になろうとしといるであろうその過程のFRP物体群。

さてさてどんなものに変貌するのだろう。

 

 

様々な形容詞を芸術的に具現化するとこうなる?

 

 

ただの学生のロッカーです。

ハマラジのステッカーが貼ってあります。

剥がそうとして剥がし切らない。未練があるのかイワレがあるのか。

その葛藤をも感じる異様な雰囲気を感じてしまうのです。

それとも、それを表現した作品なのかもしれぬと・・・

 

 

形容詞を芸術的に具現化するとこうなる?

 

今時ハマラジを知っている人はどれだけいるのだろうか?

FM横浜にとっては黒歴史にしか過ぎないものなのかもしれないのに。

それは1993年、FM横浜が親しみを持ってもらおうとして名付けた愛称だったのだが、一般的にちょっと上品なイメージのある横浜にはダサくて恥ずかしいネーミングとして全く受け入れてもらえなかったのである。

そして、1995年にこの愛称の使用をやめるに至ったのである。

そんな四半世紀も昔のステッカーが貼ってあるのである。もはや学生たちが生まれる前の生き証人のごとき事態なのである。

 

こちらは、「路上の水道」である。

一見何の変哲もないのであるが、そうでもない。

いつも誰もが興味など示さないであろう代物。

 

 

水受けの部分はタライ状のものではなく、塩ビの水道管を輪切りにしたもの。

その下がコンクリのままなのか浸透桝のようになっているのか、小宇宙が広がっているのか、ワープのターミナルかもしれないすべてが謎である。

実は箱庭のオブジェだったのか、それとも盆栽があったのか見当もつかぬものである。

上の蛇口からそのまま水を垂らせば栽培できるシステムか?

 

否そんなことはない蛇口がそっぽを向いている。下に植物があったとしても水やりは拒否したいようである。

芸術作品ではないだろうが芸術を感じてしまうのです。

 

こちらは、「ヤマボウシ」です。立派に育ちました。

と言いたげなネームプレートなのであるが、既に伐採され切り株だけが残っているようである。

 

 

過去の栄光にすがる何かにも見えなくもないがそうでもなかろう。

亡き主を偲んでいつまでも掲示し続ける姿に忠犬ハチ公のような郷愁を感じてしまうのです。

 

芸術の学び舎では何でもかんでも芸術に結び付けてしまおうとする魔物がいるのかもしれない。

 

山の彩りがそんな気にさせるのか。

 

 

芸術祭の小冊子は何かを語る。

 

442年ぶりの天体ショー?

 

などと世間は呼んでいるが、天体がショーを開催しているわけではないのである。人間など微塵もなかった時からこの空間は存在しているのです。

 

前回は織田信長の時代とかで彼も見たとか見ないとか、見たとしても天王星の存在はさほど意識してなかろうというものである。当時は名もなき星だろうから。

 

それでも現代よりも遥かに空は澄み暗かっただろうから肉眼でも見えたのかもしれないですね。

様々なことにも云えるけれども、見えているけれど見えてないもの。見えないけれども見えているもの。

またそれを見ようとしないもの見ないふりをするもの。政治家のセンセーやカンリョーの皆様にもですが、皆既ですよね。米の。日蝕だね。

 

などとくだらぬことを書いてしまったが、昨晩は偶然横浜みなとみらい地区に仕事で行っていたので、ぶらりとしながら少々写真を撮ってきましたので、掲示してみます。

 

18時半くらいでしょうか。建物(クイーンズスクエア)から出るとすでに始まっていました。

 

スイカ(インターコンチネンタルホテル)の上に部分蝕状態が初対面でした。

 

 

見とれていると、あったあったと若い子たちのキャピキャピした声が聞こえてきた。

 

そこを横目に巨大な連接バスがっとりすぎていく、あっという間だったのでシャッターチャンスを逃してしまった。

 

 

しかしでかい!

電車が路上走っているようで、運転手さんも大変そう。これを運転するのには、けん引二種免許?が必要なのだろうか。

とちょっとは自動車ネタも入れておきます。

 

そしてこんなイルミネーションもちらほらと見かけるようになり、季節を感じるようにもなりました。

 

場所を移動し、帆船日本丸のそばへ。

 

 

この角度なら月も入ります。

だけども皆既月蝕中の赤黒い月は写りにくいですね。

右上の方に"一応"写っています。

 

 

更に角度も変え、ちょっと拡大してみますが・・・

 

 

月だけ拡大してみます。

天王星も見える?

肉眼では無理だね。

 

 

甲板から見上げるイメージで・・・

 

 

最後は、コスモワールドの観覧車が『20:22』を表示したところでパチリ!

 

 

時間表示は滲んでしまいましたが、2022年とかけてみました。

つまり、2022年11月8日20時22分なのである。

 

天井には月蝕も写っていますのでよろしいでしょう。

 

さあ、このあたりで戻ることにしましょうか。

 

しかし、ほぼ一人の空間を独占できてちょっとした優越感のひと時でした。

ボクは運が良いのかな。