スキマ時間の有効な使い方
仕事の為この地域にはるばる海ほたるを横目に見つつやってきました。
日中に少々空き時間ができたこともあり、クルマでちょっと行けばそこにある「いすみ鉄道の大多喜駅」まで足を運んでみました。いすみ鉄道は昔は国鉄木原線という名称でしたが、赤字ローカル線対策で第三セクター鉄道として経営を存続しています。
当初は、旧国鉄時代の気動車を見れたらいいなくらいに考えていましたが、駅係員の方にダイヤを聞いてみるとスッポリと往復乗車できてしまうことが判明したため、仕事を忘れ・・・否、後ろめたさも感じつつ・・・切符を買って乗ってしまいました!
そんな「ちいさな旅気分」を味わえたひと時でした。
さて、話はちょっと戻ります。
クルマを駐車場に入れ、大多喜駅に向かいました。
そこには小さいながらも威風堂々とした駅舎がありました。
それもそのはず、ここは、徳川四天王の本田忠勝を初代城主とする大多喜城の城下町でもあり、街並みも小江戸と呼ばれる歴史ある建築物が数多く残る地だからです。
今回は、その観光もしたくなったのですが、仕事の途中ということもあり、時を改めてくるのも良いかなと感じました。
おいしそうなお店で昼食をとも思ったのですが、列車に乗ってしまったので時間切れ、菓子パンでごまかしました。笑
さて、車庫の方に回り込むと、国鉄色を纏った気動車が待機しておりました。
タイムスリップしたかのような光景です。
この2両は、右が元国鉄の「キハ52-125」昭和40年製、我が淑女とも齢が同じです。
左は、いすみ鉄道の自社発注車で「キハ20‐1303」平成25年製です。デザインは国鉄顔を採用したとのことです。
違和感なく見事に溶け込んでいます。
近づいてみました。
よくできていますね。
装備的には、キハ52は元々豪雪地帯の大糸線を走っていたので、腰下のスノープラウ、シャッター付きタイフォンや窓のデフロスターもそのまま装備され寒冷地仕様の特徴がそのまま残っています。
その後ろには、先月いっぱいで残念ながら引退した「キハ28ー2346」がありました。現役最後の国鉄急行型気動車であったそうですが、顔が見えないのはちょっと残念。沿線駅に保存予定らしいですがだいぶ傷んでいますね。
さて、そうこうしているうちに定刻に近づいてきたので、先ほどの「キハ52‐125」が入線してきました。
どの角度から撮っても時を超えているように感じます。
令和と昭和のやわらぎの時間ですね。
車内に乗り込むともちろん昭和にタイムスリップです。
寒冷色の内装
扇風機
木枠の側窓
使い込まれた運転席
本当に「時」を忘れそうになります。
定刻になり発車のベルが鳴ります。
ドドドドドド…とディーゼル機関がうなり走り出します。
そして、これまた懐かしいオルゴールが鳴り、車掌さんの案内放送が始まりました。
オルゴールは「アルプスの牧場」でした。
その案内で、右の車窓からは、大多喜城を鉄橋の上から見ることができました。
そして、しばらく乗って終点の上総中野駅に到着です。
ここからは、小湊鉄道に乗り換えることができますが、車両は来ていなかったので見ることができませんでした。
しばしば、ドラマなどでロケに使われているのを見かける鉄道です。こちらも古い気動車を運行しています。
小湊鉄道方面も閑散としてなんともいえぬ空間を感じ取ることができます。
上総中野で数分後には折り返しの急行大原行となります。
ホーム手前側の線路は剥がされてしまっていて、賑やかだったことが完全な過去であることを物語っています。
ホームの高さは昔のままなので、大変低く、運転士さんも乗り込むのが大変そうです。
客用の乗降口もこのように大変な段差があります。
バリアフリーってここにはありません。
上総中野駅を後にし袋で大多喜駅まで戻りました。この列車はこのまま大原まで向かいます。
降りたホームにはどうやら国鉄時代かららしい表記が残っていました。
青地に白文字の「大原方面のりば」という看板です。
こんなものひとつで時代を感じてしまいます。
さて、列車を見送ったのち本来の持ち場に戻らねばなりません。
なんとも大変有意義な「空き時間」でありました。
せめてもの地域鉄道存続のためにもお土産を買って帰りました。
これはそのひとつ、レトルト食品の「キハカレー」
子供味かなと思っていましたが、意外と大人味で具もしっかりしており美味しかったです。
またこんなスキマ時間があると嬉しいですね~
ちゃんと仕事しろよ!!
ごもっともでござんす。
最近鉄道ネタばかりですが、淑女の作業もちょっとばかしですが進めております。
と前置きし、




















