みなさん、こんばんは。

 

今日は我が家の子どもたちのお昼寝事情から考える、子どもに判断を委ねてみるお話です。

 

 

お昼寝がなくなってきた我が家のこと

 

我が家には年少さんと2歳9か月の子どもがいます。

 

自宅保育をしていた去年までは毎日お昼寝タイムを設けることでなんとか乗り切っていましたが、

 

長男が幼稚園に入ったことで、徐々にお昼寝がなくなってきました。

 

そしてこの冬休み、長男はお昼寝もあんまりしなくなっていて、

 

それにつられて次男も『おひるねいらない!』というようになってきました。

 

今までお昼寝ありきで動いていたので、お昼寝なしで子ども二人と過ごす日常が想像できず、

 

この冬休みはどうしたもんかと思っていました。

 

 

お昼寝するしないは子どもたちが決める

 

いろいろ試行錯誤した我が家の場合、

 

『そろそろお昼寝しまーす!』と声掛けをしますが、強制はしないことで落ち着きました。

 

子どもたちがお昼寝するかどうかは日によりますが、

 

我が家の場合、だいたい3パターンくらいに分かれます。

 

・ぐちぐち文句を言いながらも、結局お昼寝する(15時に寝始めて17時起床なんてこともあり)

 

・『寝ない!』の一点張りでお昼寝なし

 

・『ママだけちょっと寝るね』でわたしだけ少し休憩する(なんだかんだ子どもたちに起こされますが)

 

今のところ週2くらいお昼寝する日があるかなという感じで、

 

毎日お昼寝していたころに比べると午後が長く、正直しんどいこともあります。

 

でも、長男は年齢的にも体力的にもお昼寝がなくても平気そうなので、

 

しょうがないかなと思っています。

 

 

子どもに判断をゆだねてみる勇気

 

初めの頃は無理に寝かせようとして怒ってしまったり、

 

お昼寝しないせいで途中で寝落ちされるんじゃないかとひやひやすることもありました。

 

15時くらいに寝られて起きるのが17時近くなんて時には、夜眠れなくなるじゃん!と焦ったとこもありました。

 

ところが、意外にもそれで子どもたちの生活リズムが崩れなかったんですよね。

 

何時にお昼寝しようがしまいが、子どもたちは19時前後に就寝(ベッドでおやすみして子どもたちだけで寝てくれます)、

 

朝は5時半すぎから6時半くらいに起床という生活リズムを保ったままでした。

 

その時に、”あぁ、無理に寝せようとせず子どもたちが寝たいときに寝せても大丈夫かもしれない”と思えたんですね。

 

お昼寝に限らずですが、どうしてもこちらの都合に合わせてほしくてあれこれ口を出してしまいます。

 

例えば今だとアウターを着る、着ない問題が我が家の場合そうです。

 

子どもの体温が高いのも、動き回るから暑くなるというのがわかっていても、

 

ついつい『アウター着て!風邪ひくよ!』と言ってしまうわたしと、

 

『寒くない!着ない!』という子どもたちとの攻防戦。

 

それだって子どもが寒くないというなら着なくてもいいのかもしれない。

 

命に関わらないことは、子どもたちの判断に委ねてみる。

 

そして、それを受け入れて見守ってみようと思えるようになりました。

 

どこかわたしの中で、子どもたちはわたしが守ってあげないといけない赤ちゃんの頃の記憶が残っていて、

 

傍に置いておきたい、安全で安心できる目の届く範囲にいてほしいという思いがあるのかもしれません。

 

それは親としてまっとうな思いだし、子どもを思ってのことです。

 

それでも子どもたちはわたしとは別の人間で、

 

彼らはわたしが考えるよりずっといろんなことを感じて、考えて、自分の意思で動いているのかもしれない。

 

そう思ったときに、ちょっと勇気がいるけれど、つないだ手を少し緩めることも大事なのかなと思ったんですね。

 

まぁ、そうは言いつつ、わたしの意見を押し通してしまうこともあるんですけどね。

 

それでも、彼らを一人の人として対等に向き合う心構えは忘れずにいたいなと思った出来事でした。

 

年末のご挨拶

 

今年もわたしのブログをお読みいただきありがとうございました。

 

来年もいろいろある子育てですが、楽しみを見つけながら子どもたちとの時間を過ごしていけますように。

 

良いお年をお迎えください。

 

 

みなさん、こんばんは。

 

今日は凝りもせずに長男の習い事の体験教室での話を書いてみたいと思います。

 

 

結論:我が家の習い事は今じゃない

 

結論から言うと、我が家に習い事は今じゃないなと改めて知るきっかけになりました。

 

今回も凝りもせずに体操系の教室に行ってきました。(はい、学習能力のない母です)

 

先生は穏やかな方で、子どもたちもすんなり馴染んで楽しそうな様子が見られました。

 

また、先生は育児経験者であること、発達のことに詳しいこともあり子どもへの接し方は安心してみていられました。

 

ただ、今の長男にとってこの教室が必要なのか、

 

通う労力や金額として出す意味があるのかと言われると迷ってしまう部分もあり、

 

今回もお見送りとなりました。

 

ちなみに今回は個別指導もある教室で、きめ細かく見てもらえるというメリットはある反面、

 

やはり金額では普通の習い事より高くなってしまうのがネックとなりました。

 

 

得たものは暇も発達の糧になるかもという思い

 

なぜ、今回凝りもせずに習い事の体験教室に行ったかというと、

 

お昼寝しなくなった4歳と2歳を持て余し、その時間を有意義に使えればと思ってのことだったんですね。

 

冬休みの今は午前は公園遊びや買い出しなんかで外に出て時間をつぶしているものの、

 

午後が結局youtubeを見たり、家でダラダラなんですよね。

 

そこに罪悪感を感じて、何か有意義なことをするべきなんじゃという焦りから行ってみたのですが、

 

得たものは、前回書いたように暇も含めて発達の糧になるのかなということでした。

 

 

将来の不安より今の”好き”をみつめて

 

体操系の教室に限らず、幼児の習い事って、

 

”小学校に入って困らないように”とか”将来苦労しないために”みたいな考えがあるように思います。

 

もちろんそれは未来ある子どもたちに対して、

 

可能性の幅を広げておいてほしいとか、不要な苦労はさせたくないとかいう親心だったり、やさしさなんだと思います。

 

だからこそ習い事はどこかの親子にとって一つの助けになるかもしれないし、選択肢になるかもしれない。

 

それでもわたしは思ったんですよね。

 

できないことも嫌いなこともそのままでいる選択肢を残しておいてもいいんじゃないかなと。

 

例えば、うちのこどもたちはほぼ毎日公園に行っていて、外遊びが好きだし、体を動かすのも好きそうです。

 

ただ、だからとって小学校の体育で躓かないのか、跳び箱が飛べるようになるのか、逆上がりできるようになるのか、

 

それはわかりません。

 

すんなりできるようになるのかもしれないし、うまくいかないこともあるかもしれません。


体育が好きになるのか、別のことに夢中になるのかも、正直なところ今はわかりません。

 

旦那とわたしの思いとしてはいずれかのタイミングで体操をさせたいとは思っています。

 

でも、子どもたちが何かをやりたいというタイミングを待ってもいいのかなとも思いますし、

 

特に体操をしたいと思わないのなら習わせなくてもいいのかなとも思っています。

 

 

意外になんとかなる

 

わたしがそうなんですが、習い事をしないとなんとなく”人生詰む”みたいな焦りがあるんですよね。

 

体操をしなかったら困るかも、英語ができなかったら困るかも、と


子どものことを考えだすと、不安は尽きません。

 

それでも自分の人生を振り返ったときに、なんだかんだ楽しく生きてこれたな、なんとかなったなって思うんですよね。

 

だから、きっと大丈夫かなって。

 

無責任かもしれないけど、今は習い事をしなくてもまぁ、いっかとそう思った我が家の年の瀬のお話でした。

 

そんな今日の一句。

 

やってみよう 子どもが言うまで 待ってみよう

 

今日も最後までお読みいただきありがとうございました。

 

みなさん、こんにちは。


夏休みに続いて、実家帰省も旅行も大きな予定のない我が家の冬休み。


今回も、自分の備忘録がてら週1で記録していこうと思います。

 

今回は、冬休み1週目(12/20-26)の様子を綴っています。


12/20 (土)

・長男ー言葉の教室

・義実家で夕飯、子どもたち遊ぶ


12/21(日)

・買い出し

・お昼寝


12/22(月)

・子どもたち歯医者で定期検診

・公園で遊ぶ

・義祖母の家で遊ぶ


12/23(火)

・買い出し

・図書館で本を借りる

・公園で遊ぶ

・お昼寝


12/24(水)

・おもちゃ王国で一日遊ぶ


12/25(木)

・買い出し

・お昼寝

・義祖母宅に生協取りに行く、遊ぶ


12/26(金)

・公園で遊ぶ

・ドーナツ作る


今週のハイライト


毎日のお昼寝がなくなった長男とどうするかが懸念事項でしたが、


意外になんとかなりました。


変な時間(15時以降)に寝てしまったり、わたしだけ寝落ちしたりということがありつつ、


生活リズムが崩れないのでこれはこれでありかなと割り切れたのがよかったかなと思います。


お昼寝については色々思うことがあるので、別記事でまた書いて見たいと思います。



来週に向けての課題


来週はいよいよ年末年始と普段と違う感じになりそうですが、


あまり生活リズムにこだわらず、


今しかできないお正月っぽいことをしたり、


だらけることを躊躇わずのんびりしたり、


臨機応変に子どもたちと過ごせたらいいなと思っています。


と言いつつ、結局朝早く起こされたり、


お昼寝しない子どもらとの時間にイライラしてしまいそうな気もしますが。


まぁ、それも含めて楽しい冬休みということで笑


そんな今日の一句


年の瀬だ 今こそ休もう 次に向け


今日も最後までお読みいただきありがとうございました。






みなさん、こんばんは。

 

今日は我が家の今年のクリスマスについてお話したいと思います。

 

先日、サンタさんはどうするかという話をダラダラ書き、結局決めきれずにいました。

 

そちらのお話はこちら↓

 

 

 

物ではなく、経験へ還元する我が家のクリスマス

 

結論から言うと、我が家は今年はサンタさんはしません。

 

ただ、その代わりと言ってはなんですが、クリスマスプレゼントとして、

 

おもちゃ王国のフリーパスチケットで遊びまくることにしました。

 

というのも、おもちゃ王国に行くたびに

 

”乗り物乗りたいねぇ””また今度ね”という会話が繰り広げられており、

 

ちょっと心苦しい思いをしていたんですよね。

 

一応子どもたちのお誕生日には割引券が貰えるので、その時にはフリーパスを買って乗り物に乗せているのですが、

 

それ以外の時は年パスという名のフリーパスで、入場料だけで遊べるエリアでしか遊ばせていないんですね。

 

なので、子どもたちには12月に入ってからクリスマスはおもちゃ王国での乗り物に乗って遊ぼうと伝えています。

 

 

クリスマスの過ごし方は決めなくていい

 

前回、サンタさんを一度やり始めたら後に引けなくなるのではという危惧を書いたのですが、

 

旦那からの一言で、クリスマスの過ごし方はいつも一緒じゃなくていいと思えたんですね。

 

というのも、今年のクリスマスの方針としては、

 

・サンタさんはしない

 

・その代わりにおもちゃ王国で遊ぶ

 

ということを伝えたときに、

 

『まぁ、今年はそれでいいと思うけど、来年はまた子どもたちだって変わるし、その時に考えたらいいんじゃね?』

 

と言われたんですね。

 

わたしの中で勝手に”クリスマスは物ではなくて経験”としてしまったら、

 

もう物を渡すサンタさんなんてできない!と思っていたのですが、そんなことないんですよね。

 

 

子どもも変わる、わたしも変わる

 

今年、我が家がサンタをしない理由は、子どもたちがサンタさんを特に意識していないからです。

 

クリスマスという概念はなんとなくわかっているようですが、

 

サンタさんからクリスマスプレゼントを貰えるからほしい!ということは言ってきませんでした。

 

内心、言わないだけでクリスマスプレゼントを期待しているのかなとか、

 

やっぱり枕元におもちゃがあったら嬉しいかなとも思いましたが、

 

今はこれでいいのかなと思っています。

 

というわけで、今年はわたしが子どもたちと楽しめる形でクリスマスを過ごすことにしました。

 

ただ、来年はどうなるかまだわかりません。

 

子どもたちがサンタさんを意識してクリスマスプレゼントを欲しがるかもしれないし、

 

わたしがサンタさんをしたくなるかもしれない。

 

きっと来年には来年の我が家なりのクリスマスの過ごし方があるんだと思います。

 

それがどんな形なのか、今はまだわかりませんが。

 

 

大事なのは楽しめること

 

クリスマスの捉え方は人それぞれです。

 

宗教的な意味を大事に厳かに過ごす考えもあるし、

 

大事な人たちとわいわいプレゼントを渡したり、おいしいご飯を食べたりする考えもある。

 

サンタさんをどうするかもその家庭それぞれの考えがあると思います。

 

ただ、結局のところ”楽しかったね”って思えるのならクリスマスって悪くないなと思います。

 

ということで、我が家は明日、明後日はおいしいものを食べて、おもちゃ王国で遊び、

 

お財布が寂しくなり、疲れて子どもたちに怒りながら、

 

それでも”まぁ、今年のクリスマスも楽しかったね”

 

そう言って過ごせたらいいなと思っている母です。

 

そんな今日の一句

 

クリスマス みんなにとって 良き日となれ

 

今日も最後までお読みいただきありがとうございました。

 

 

みなさん、こんばんは。


今日は子どもとの接し方について、“こうしなきゃじゃ”じゃなく、“子どもと楽しめそうだからやるか”な感じがいいなと思った話をしたいと思います。


毎日5分のボール遊び習慣


長男は週1で言語聴覚士の先生の元に通っています。


以前より言語聴覚士の先生のアドバイスとして、


長男は目がうまく使えていないので、サッカーやボール遊びなどを毎日5分でもいいからするといい、


と言われていました。


確かに長男は制服のボタンを止めるとき、


靴を履くとき、


テレビを見ながらとか、明後日の方向を向いてすることが多く、気になってはいました。


先生曰く、目が使えるようになると発達が一気に進みいろんなことができるようになるらしく、


長男のことを思ってのアドバイスなんですよね。


発達にいいと言われたらした方がいいんだろうな、


続けてみようと思いつつ、わたしがサッカーやボール遊びが好きではないこともあり、


3日以上続いた試しがありません。(三日坊主まんまです)



5分の習慣さえもできない罪悪感


先生にしたら、毎日5分くらいなら時間を取れるでしょうし、負担にならない程度にとのことなんだと思います。


それでも、その5分すら子どもと向き合えない自分にしんどくなってしまうんですよね。


長男の目が使えていないと言われる度に、


あぁ、やっぱりボール遊びしなきゃだったなとか、


あぁ、今度こそちゃんと毎日やらなきゃと、


誰に言われたわけでもないのにプレッシャーになって、


できていない自分にばかり目がいって、


余計に億劫になってしまうんですよね。



わたしが楽しめることを第一に考えて


育児に正解はないと言いつつ、


”発達に良い”と言われると、なんとなくしないといけないのかなと思ってしまいます。


特に長男は発達がゆっくりなので、余計にそう思ってしまう部分もある気がします。


それでも、ふと思ったんですよね。


例えば言語聴覚士の先生のいう毎日5分、サッカーやボール遊びの習慣を半年続けたら変わると言うこと。


わたしは苦手だからとタイマーで5分測りながらまでしてすることなんだろかって。


もちろん、一緒に楽しめるのならそれに越したことはないと思います。


それでもわたしがあと何分、あと何秒と時間が過ぎるのを見ながら遊ぶことって、


子どもたちにとって楽しいんだろかと。


“子どものため”といってやっていることでも、


わたしが楽しめていないのならば、


わたしもしんどいし、子どもつまらないんじゃないだろうかと。


だったら、発達に意味はないかもしれないけれど、


わたしが楽しいと思えることを一緒に子どもたちとすることの方がいいんじゃないかと思ったんですね。



わたしなりの方法で子どもと関わる


わたしは子育てのプロでもないし、療育のことを勉強したこともありません。


それでも、わたしは自分の子どものことならアマプロかなと思っています。


お腹の中にいる時から一緒にいるわたしだからできる長男との関わり方もあると思うんです。


例えば、ボール遊びやサッカーは毎日できないけれど、


シャボン玉遊びをすること、


ウォーリーをさがせの絵本なんかで探し絵をすること、


おもちゃが散らばってるのを生かして(惰性の極み笑)、

 

◯◯どこある?って聞くこと。


そんな日常の中での関わりから目が使えるようになるかもしれないなって。


効果はプロ(言語聴覚士の先生)が言うほどのものは出ないかもしれません。


それでもこれならわたしも子どもたちと一緒に楽しくできそうだし、


ちょっと心がワクワクするなって思ったんですね。


だから、プロや専門家の意見も大切にしつつ、


わたしなりに息切れしない方法で、


楽しく子どもたちと関わっていけたらいいなと思いました。


だって、子育ては長く続くものだから。


そんな今日の一句。


何するか? 心ときめく 遊びしよ


今日も最後までお読みいただきありがとうございました。
























みなさん、こんばんは。

 

今日は定期的に訪れる長男の習い事問題のお話です。

 

 

やっぱり気になる、習い事ゼロ問題

 

幼稚園の送迎待ちで親御さんたちの会話が聞こえてきちゃったんですね。

 

で、話題は習い事。

 

どうやらみなさん同じスイミングスクールに通われているようで(時間やコースはそれぞれみたいですが)、

 

その話で盛り上がっていました。

 

その話を聞いた(盗み聞きとも言う)時に、

 

”やっぱり長男もひとつくらい習い事をした方がいいのかな”と思ったんですね。

 

だって我が家の幼稚園後の生活って、基本は家に帰ってのんびりなんです。

 

子どもたちはyoutubueや兄弟喧嘩しながら遊ぶ、

 

その間にわたしは夕飯や洗濯畳んだり、掃除したりの家事もろもろをする。

 

気力があればスーパーに買い出しに行く程度はしますし、

 

午前保育の日はできるだけ公園かおもちゃ王国に行くようにしているものの、

 

それでも疲れているとそのまま家に直帰する日もあります。

 

そんなわけで、”長男にも習い事的な何かをして、有意義に過ごした方がいいのかな”という思いが湧いてきました。

 

それと同時に、”幼稚園後の過ごし方ってどうするのがいいだろう、習い事することが有意義なのかな”という疑問も湧いてきました。

 

 

冬休みの時間潰しに

 

前回、長男の習い事問題を考えたのは夏休みでした。

 

えぇ、暇を持て余したので体験教室にいってみようといくつか行ったんですよね。

 

その辺のお話はこちらに書いているので、よかった読んでみてください。

 

インクルーシブを謳うスポーツ教室の話↓

 

↓体操教室で感じた長男の今じゃない習い事のタイミングの話

 

で、懲りずに今回もまた冬休みの暇つぶしによさげな習い事があればいってみようかなと思っていました。

 

 

暇という余白が”糧”になる

 

それで、最近の相棒であるチャッピーに相談してみたらすごくいい回答が返ってきました。

 

”退屈も発達の一部”

 

この一言を読んだときに、なるほどなぁと思ったんですよね。

 

確かに習い事をしていたら、”なにかやってる感”が得られて、充実しているように見えるし、

 

実際に子どもが楽しめているのならいいんだと思います。

 

でも、我が家の場合、わたしにそんな気力はなくて、

 

白目向きながらなんとか寝る前に本を読むという習慣を最近やり始めたところです。(がんばろ、わたし)

 

それだったら、基本youtube流しっぱなしだけど、

 

こどもたちはそれぞれおもちゃで遊んだり、本を眺めているときもある。

 

兄弟喧嘩にあきれることも多いけれど、仲良く遊ぶときもある。

 

公園が大好きで、毎日に外に出たがる元気もあるし(最近は帰り渋りに辟易させられることも多いけど)、

 

ご飯だってよく食べるし、夜も19時にはベッドインしてくれる。

 

習い事もしていないし、おうち知育的なことも何もできていない我が家の日常です。

 

だからこそ、子どもたちは今日も元気に笑って過ごしてくれている。

 

だったらそれでいいのかもしれないと思ったんですよね。

 

退屈だから、子どもたちは遊ぶし、寝るし、ごはんも食べる。

 

無理やりかもしれませんが、暇という余白があるから子どもたちはのびのび過ごせるのかなと。

 

なので、わたしなりに納得した上で、習い事を今は見送ることにしました。

 

ということで、余白どころか予定真っ白な(やっぱりこの冬も実家帰省も旅行もしないので)我が家の冬休み。

 

どう過ごしたのかをまた備忘録がてら書いていきたいと思っています。

 

そんな今日の一句。

 

暇こそが 子どもを育てる 習い事?

 

今日も最後までお読みいただきありがとうございました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

みなさん、こんばんは。

 

今日は寺地はるなさんの『リボンちゃん』より、子どもへの接し方で心に留めておきたい言葉を紹介したいと思います。



 

 

自分じゃない人は、全員他人

 

”親は他人。自分じゃない人は、全員他人”

 

これは、主人公が母親のものを勝手に触ったことで、おばさんに叱られる場面での一言です。

 

主人公の女の子は、『お母さんだからいいじゃん。』という軽い気持ちだったのですが、

 

おばさんはきっぱり言い切るんですよね。

 

少し冷たいように聞こえるかもしれませんが、わたしはこの言葉にはっとしました。

 

親という部分を子どもに置き換えると、そうだよねっと主人公のように納得したんですよね。

 

 

子どもに甘えてしまうときに

 

このブログでも何度も書いていますが、

 

わたしが子どもたちと接する上で気を配っていることのひとつに、

 

”子どもを子ども扱いしない。一人の人として接する”というのがあります。

 

わたしの場合、子どもに自分の感情をむやみに押し付けないということでしょうか。

 

子どもはわたしのものではないし、部下でもない、

 

尊厳をもって、大切に扱われるべき一人の人なんですよね。

 

もちろん、大人が寄り添って安全やルールを守った上で、子どもたちの行動に責任を持つ必要はあります。

 

それでも、わたしが頭ごなしに怒っていい理由も、

 

感情をぶつけていい理由もないんですよね。

 

とはいえ、バタバタした朝は、『ごはん食べて!』『早く着替えて!』と急かしてしまうことも多いし、

 

こちらの機嫌が悪いときにぐずられると、

 

『ちゃんということ聞いて!』『なんでそんなことするの!』と言ってしまうこともあり、

 

頭ではわかっていてもついつい感情をぶつけてしまうことに反省の日々ではあります。(学習しようね?わたし)

 

 

お守り代わりの言葉

 

そんな時に、ふと今日の言葉を思い出したいなと思ったんですね。

 

”親(子ども)は他人。自分じゃない人は、全員他人”

 

子どもってすごく寛容だから、わたしのことを信頼してくれるし、許してくれる。

 

それでもそれに甘えていたらいけないなと思うんですよね。

 

だからこそ、この言葉を思い出したいなと思いました。

 

冷たいわけじゃなくて、頭に血が上ったときに冷静になるための、

 

わたしにとってお守りみたいな言葉。

 

”親しき中にも礼儀あり”みたいな感じで、子どもだからこそ礼儀を尽くす。

 

そんな言葉に出会えたので、明日からはちょっと優しいママになれるといいな。

 

と気を引き締めつつ、きっと明日もまたガミガミ母ちゃんしちゃいそうですが。(がんばれ、わたし)

 

そんな今日のちょっと堅めの一句。

 

他人とは 礼を尽くす 相手なり

 

今日も最後までお読みいただきありがとうございました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

みなさん、こんばんは。

 

今日は今日は、発達ゆっくりな長男にとってどんな環境がいいのか、


小学校受験をどう考えているのかを、わたしなりに書いてみます。

 

 

↓小学校受験を考えたきっかけはこちらの記事に書いています。

 

 

費用対効果で迷う

 

我が家の住む場所は田舎なので、小学校受験する学校の選択肢も限られています。

 

すでに今年のオープンスクールは終わっていたので、各学校のHPをさらい、

 

ここはどうかなと思う学校があったものの、費用が高すぎて我が家では断念しました。

 

長男はまだ年少だし、他の学校については来年またオープンスクールに行ってみて考えようと

 

小学校受験については棚上げしていました。

 

 

教育ママとの出会い

 

ところが、ひょんなことから小学校受験させる長男と同い年の子を持つママと出会いました。

 

話を聞いた感じかなり教育熱心な人のようで、

 

習い事は1歳から、今はお受験対策の塾を含め複数しているようでかなり忙しそうでした。

 

正直、え?そんなにやってるの?

 

うちなんて平日は家帰ってyoutube見てるか、よくて公園遊び。

 

これが経験格差ってやつなのか?!と焦りました。

 

でも話してみると全然嫌味がなくて、さばさばしたママで、

 

初対面にも関わらずお受験の話や子どものことで盛り上がりました。

 

さすがはお受験対策の塾に通っているだけあり、わたしの知らないお受験の内情をいろいろ教えてもらえました。

 

田舎だからなのか、え?そんなこと言っていいの?だって将来ライバルになるかもしれないじゃんと余計なお世話を焼きつつ、

 

ありがたくいろんなお話を聞かせてもらい、その日はなんだか頭がパンクしそうになりました。(容量すくな!笑)

 

 

いつから始める?お受験対策

 

そのママ曰く、年少の年明けから年中の勉強が始まるので、

 

お受験するならすぐに動くべし!みたいなアドバイスをいただきました。

 

ただ、わたしとしては年中さんになってからでもいいかなと思っています。

 

これにはいくつか理由があって、

 

・言語聴覚士の先生曰く、発達として4歳半から勉強することができる環境が心身ともに整うこと。

 

・こどものうちはとにかく外で思いっきり遊んでほしいと思っていること(昭和か!笑)

 

・早寝早起き、挨拶、お片付けなどの生活習慣を大事にしたいと思っていること

 

・ただ単に我が家の経済状態とわたしの子育てのキャパから習い事をする余裕がないこと

(次男が年少に入ると少し楽になるか?!)

 

そんな理由からもし我が家がお受験をするなら年中さんになってからかなと思っています。

 

 

お受験はあくまで一つの経験

 

もちろん、都会のお受験ではそうはいかないと思いますが、

 

我が家は田舎なので、お受験はあくまで長男の環境のためなんですよね。

 

長男の特性を生かせて、彼の探求心を満たせる環境を用意できるならという選択肢の一つとして小学校受験があります。

 

なので、お受験は絶対ではないと思っています。

 

もちろん、よりよい環境を用意してあげたいし、きれいで温かいバブルの中で育てることができるのなら、

 

それに越したことはないと思っています。

 

それでもやっぱり世の中、いいことばかりではないし、どこかで嫌な思いも理不尽な目に合うこともあるんですよね。

 

なので、結果の良し悪しに耐えられるのか、お受験のプレッシャーに親子共々頑張れるのか、

 

といった不安はつきないものの、もしお受験をするなら、

 

その過程(季節の行事を通して過ごすことや勉強を通して知らないことを知ることなんか)を楽しめたらいいなと思っています。

 

と言っていられるのも今のうちだけかもしれませんが。

 

そんなわけで我が家はゆるっと小学校受験始めますというお話でした。

 

そんな今日の一句。

 

やってみる? 事始めには お受験を

 

今日も最後までお読みいただきありがとうございました。

 

 

みなさん、こんばんは。

 

今日は我が家の長男が小学校受験を検討しているお話をしたいと思います。

 

 

言語聴覚士の先生からのアドバイス

 

長男は発達がゆっくりな部分があり、個人でやられている言語聴覚士の先生の元に週1で通っています。

 

その先生に、『ちょっと気が早いですが、就学についてお考えですか?』と聞かれた時に、

 

言われたことがありました。

 

・長男の発達に関しては就学までに追いつかせる予定でいること。

 

・失語症の症状があるので、小5くらいまで“言いたいのに言葉が出てこない”という状況が続くかもしれないこと。

 

・近隣の公立小学校では長男の特性としてやりづらさを感じやすいかもしれないこと。

 

先生の経験上、選択肢の一つとして私立も考えてみてはという話をされました。

 

 

我が家の教育方針

 

我が家の教育方針としては、中学からは私立もいいのかな思っていました。

 

小学校についても、できれば今住んでいる地域ではなく、市内の小学校の方が環境的にはいいのかなと考えていました。

 

というのも、今住んでいる地域は昔に比べたら落ち着いてきたとはいえ、

 

独特な雰囲気漂う、味のあるエリアなんですよね。(どんな場所だよ)

 

 

ユニーク長男だからこそ

 

長男は発達ゆっくりな部分も大きいのですが、それ以上に存在がユニークです。

 

幼稚園では流れに乗ってみんなと一緒に過ごせていますし、

 

普段の生活でも特に困ることはなく過ごしてきました。

 

ただ、やっぱり言動を見ていると、親の贔屓目もありますが、

 

『こいつ、やっぱりおかしいな(いい意味で)』と思うことが多々あります笑

 

例えば、2歳半くらいの頃に行った公園にて、

 

滑り台で誰が先に滑るか問題でごたごたしていることがありました。

 

滑り台の上からは『誰が滑るのー!』や『わたし滑るー!』『〇〇ちゃん、待って!』と言った

 

混乱した子どもたちの声が聞こえてきていました。

 

わたしは下で見守っていて、長男がちゃんと順番を守れるのか、

 

その場の暗黙の了解みたいなことがわかるのか、

 

ひやひやしながら見ていました。

 

しばらくすると、一人だけすーっと滑り降りてきたのですが、

 

それがなんと長男だったんですよね。

 

『え、この子おしゃべりもできないのに、あの混乱の最中、どうやって涼しい顔して滑ってきたんだよ』

 

と我が子ながら『なかなかやるな』と思うとともに笑ってしまいました。

 

そんなエピソードもあり、その独特の感性が“公立のノリ”と合わないかも…という感覚もありました。

 

選択肢自体は少ない地域ですが、長男に合った環境がその中にあるなら、


小学校受験は一つの手かもしれない、と考えるようになりました。

 

次回、そんなふんわりした思いから、

 

『小学校受験をしてみよう!』と思った意外なきっかけについて書いてみたいと思います。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

みなさん、こんばんは。

 

今日は長男の出先でのお漏らしから、人のやさしさに救われた話を書いてみたいと思います。

 

 

長男のトイレ事情

 

この夏、おむつが外れたかに見えた長男だったのですが、

 

夏休み終わり明けからお漏らしをするようになりました。

 

ただ、幼稚園では2学期が始まってから粗相は一度もなく、お漏らしはあくまで幼稚園以外の時。

 

最近はたまに家の中でも『おしっこ!』と教えてトイレに行ってくれることも出てきたものの、

 

お漏らしはいまだ健在で頭を悩ませていました。

 

 

外でのお漏らし

 

そんな先日、おもちゃ王国で長男が間に合わずお漏らしをしてしまい、

 

後始末をしていると運悪く一組の親子がやってきました。

 

ちょうど靴箱のところでお漏らししてしまっていて、

 

その親子は困惑しながら靴を取って、濡れていないところで靴を履いていきました。

 

その時に小学生くらいの女の子が『うわー!なにこれ!』みたいなことを言って(そりゃそうだよね)、

 

お母さんが窘めていたのは頭上に聞こえていました。

 

わたしも防衛本能が働いて、『うわ、これなんか言われちゃうかも』と構えていたのですが、

 

お母さんが出るときにさっとおしりふきシートを出して一言。

 

『これしかないんですけど、使ってください。』

 

思わず『ありがとうございます。ご迷惑おかけしてすみません。』

 

とそのまま受け取ってしまいました。

 

今考えると”全部もらったらダメだろ!”と自分に突っ込みを入れつつ、

 

ちょうどうちのおしりふきが残り少なく(準備悪!ちゃんとしろ!)、ティッシュで拭いてはいたのですが、

 

ありがたく数枚使わせていただきました。

 

 

やさしさのバトンを明日を生き抜くどこかのママへ

 

また会うことがあれば使わなかった分のお返しと共にお礼を言おうと思っていたものの、

 

閉園まで会えず、できませんでした。

 

ただ、もらったグーンのおしりふきを握りしめて思ったんですよね。

 

この貰った優しさをわたしも次の誰かに返せたらいいなと。

 

子どもとのお出かけは楽しいこともあるけれど、すごく神経を使うんですよね。

 

田舎だからか、見知らぬ人の目もどこかのんびりで、


平日の外出はわりと“甘め査定”してもらえることが多いんですよね。

 

それでもやっぱり出先でのお漏らしには心が折れるし、

 

周りに対して迷惑をかけないようにという気は張ってしまいます。

 

そんな時にもらった今日のおしりふきは”大丈夫よ。”と言ってもらえたようで身に沁みました。

 

だから、わたしもいつかどこかであのお母さんのようにさっとさりげなく、

 

でも心に届くような心配りができたらいいなと思った出来事でした。

 

ちょっとしんみりしてしまいましたが、今日もいつもの一句を。

 

大丈夫 落ち着いていこう 手を貸すよ

 

今日も最後までお読みいただきありがとうございました。