店舗を例に顧客を考えてみました。この図は「7つの顧客段階」と呼ばれるものです。段階と内容を整理すると以下のようになります。
未知見込み客:自店の存在を知らない購買対象者
既知見込み客:自店の存在を知っている購買対象者
初来店客:初めて来店してくれた浮動客
再来店客:再び来店してくれた浮動客
得意客:継続的に来店してくれる固定客
上得意客:頻繁に来店してくれる固定客
ファン客:自店に大きな利益をもたらしてくれる信者客
コトラーのマネジメントによれば、製品やサービスを通じ、市場を作り、顧客を創造していくことが、企業の目的であると言います。ドン・ペパーズとマーサ・ロジャースの共著「ONE to ONEマーケティング」は、インターネット時代に顧客一人一人のデータを取得することができるのだから、従来のマス・マーケティングとは別の「ONE to ONEマーケティング」の未来がやってくるという未来予測の啓蒙書でした。商いの原点が顧客との関係性で成り立っているという日本的なビジネス思想に合っていることもあり、ずいぶんと話題になりましたが、その後、実例としてデータベースを使用した、成功事例をあまり聞きません。
サービスや商品があふれている昨今、マス・マーケティングからONE to ONEマーケティングへと時代は移り、また、個人の行動履歴や購買履歴のデータベース管理が容易になり、さらにAIの進化に代表されるように、マーケティング・オートメーション(MA)が進んでいる今、「既存の顧客との関係性を維持し、深めること」の重要性が注目されるようになっていることもまた。事実です。要は、100人の一見さんを呼び込むことよりも10人の常連客を作ることのほうがリターンは大きい、固定客一人の収益は浮動客40人分に相当するということは、企業の経験則からわかりきっていることなのです。
しかし、「常連客を作る」と一口に言っても簡単ではありません。そこで生まれた考え方が、既存の顧客との関係性を管理するという「Customer Relationship Management(CRM)」です。手順は、顧客データの収集、収集した顧客データの分析、分析したデータに基づいた施策の実行、があります。顧客の感情パターンや行動パターンが分岐していくため、実際は複雑です。変化していく顧客の動きを的確にとらえるため、CRMには、ビジネスインテリジェンスの分析系とマーケティング・オートメーションの実行系の2つのカテゴリーにおいて、システムの活用が必須とされてきました。
ONE to ONEマーケティングのシナリオを精緻に、タイムリーに実行していくために、ツールやシステムの活用は役立ちますが、本質は「人間関係構築」です。統計を取ることは大切ですが、あくまでも手段です。顧客へ目を向け、顧客の望むことを察知し、期待以上の成果が得られるようにすることが目的です。肝になるのはコミュニケーションです。即効的な売上を目指すのではなく、信頼関係を構築することが目的です。一見さんお断りのお店が繁盛する理由は、入口でフィルターをかけることで、ひとりひとりのお客様に目を向ける時間を多く作り、お客様一人当たりの生涯価値を上げることに集中できるからなのです。今、日本のマーケティングが立ちすくんでいるのは、米国から輸入されてきたマス・マーケティングとデータベース・マーケティングが即効的な売上を追い求める施策ばかりで、曲がり角に来ているからです。それは即効的な売上を追い求める施策とは別に顧客との関係性構築に時間をかけて行わなかったからなのではないでしょうか。
リピーター客を増やすには、サービスの質や独自性で差別化を図る、リピーターだけに向けたセールやキャンペーンを行う、顧客ニーズにあった商品やサービスを提供する、メルマガやDMなどで再来店や再購入を促す、SNSやポイントカードを導入する、リピーターを対象にしたコミュニティを作る、などがあります。また、リピーターには、クーポンの発行、会員登録・ポイントカードの発行、定期購入者限定などのサービスでメリットを感じてもらうと良いでしょう。リピーターは、お気に入りの商品やサービスについて口コミ拡散する傾向があります。SNSで良い口コミが発信され、それが拡散されることで、さらなるリピーターの増加につながる可能性もあります。
リピーターを増やすには、顧客リストを管理し、適切なアプローチを続けることも大切です。冒頭に述べた未知の見込み客、既存の見込み客、初来店客、得意客、上得意客、ファン客といった顧客属性の識別と分類です。そもそもチラシで動く消費者は固定客になりにくい、業種にもよりますが浮動客と固定客は動く時間帯が異なる、特定の商品を目的買いすることが多い(バーゲン・ハンター)といった浮動客の行動パターンを知る必要もあります。そして、ITを活用して常に顧客との関係性レベルの計測と制御を行うことです。顧客リストの中の全員に同じ販促活動を行うのではなく、顧客属性に基づいてセグメント化し、それぞれの状況やニーズに合わせた打ち手を講じるようにしましょう。コミュニケーションには言語、非言語、視覚、文章の4つの種類があります。メールやDMに偏りがちですが、YouTubeを使った視覚も使いながら効果的なコミュニケーションを取ります。そして、行った施策に対して結果を検証し、次の施策を検討するPDCAサイクルを回していくのです。
戦後、米国から輸入したマス・マーケティングは商品告知の手法、データベース・マーケティングは過去の販売データを集計分析し、抽出した顧客リストに送るDM発行のためのマーケティングです。Webマーケティングも、マス・マーケティングとデータベース・マーケティングの混合体です。MAツールとCRMツールは、顧客に対するアプローチという行動は似ているかもしれませんが、それぞれのツールの目標が異なります。MAツールは見込み客の発見と育成を行い、CRMツールはMAツールによって見つけられた見込み客を顧客化させ、契約の継続やアップセル・クロスセルを担うツールになります。日本は、既存のツールに惑わされることなく、新しい思想と戦略をもったマーケティングを構築する時期に来ています。