戦後の日本の骨格を作ってきたのは日米安全保障条約と平和憲法で間違いありません。

安保条約が他国からの攻撃に対する抑止の役割を果たす一方、平和憲法は日本が不必要な戦争に巻き込まれることを防いでくれました。

ところがリベラル派は戦争を防いでくれたのは平和憲法だけだと信じ、日米安保の役割を見ようとしません。挙句の果てに憲法9条をノーベル平和賞がもらえるような運動を行っている始末です。

このようなリベラル派に対して現実を見せつけるにはどうしたらよいのでしょうか。

それは安保条約を無くしても本当に平和憲法だけで日本の独立と平和が守られるかを問うことなのです。

しかしながら日本の保守派の大半は日米安保が「命」でその条約を捨てる気が全くありませんから、日米安保が無くなるような現実をリベラル派に対して見せることは不可能なのです。

私は個人的に日本の憲法改正が行われるのは日米安保が無くなった時だと確信しています。

そして日本から日米安保の破棄を言い出す可能性はほとんどありませんので、あるとすればアメリカ側から破棄を言い出す時だろうと思っています。

そのような可能性はあるのでしょうか。

日本の歴史を振り返れば、近代において日本の体制を変えたのはアメリカ以外にはありません。

幕藩体制を終わらせる結果となったものがペリーの黒船であり、その結果が明治憲法下の体制でした。

また現行の平和憲法も日本の敗戦によりマッカーサーが作ったものなのです。

次に日本の憲法が変わるとすれば、またアメリカが関わると考えることは不思議ではなく、その時最も効果があるのは日米安保の破棄じゃないかと私は思っています。

アメリカ人の作家マーク・トウェインの名言に「歴史は同じことを繰り返さないが、韻を踏む」というのがあります。

アメリカの日米安保破棄の後の日本の憲法改正という筋書きはこの言葉にピッタリくると私は感じています。
日経ビジネス・オンラインにあったオーストラリア国立大学のガバン・マコーマック教授のインタビューは安倍総理の日米関係を占う上で大変参考になります。

このインタビューで教授は安倍総理の歴史認識がいずれアメリカと衝突をきたすのではないかと危惧を抱かれているようです。

この点について私はそんなに心配していません。少し説明してみます。

マコーマック教授が語るように安部首相の政策は確かに「矛盾」しています。一方ではアメリカの言う通りに集団的自衛権、沖縄普天間基地移設問題やTPPを受け入れておいて(教授はこれをアメリカの属国化と厳しい表現を用いています)、他方では靖国参拝や歴史認識の問題では「戦後レジーム」からの転換をアメリカの反発がありながらも進めていっている点です。

そこでアメリカの求める政策を遂行している間は日米の衝突はないかもしれないが、いずれ安部首相の歴史認識の問題が衝突の種になるのではないかと教授は心配しているようなのです。

じつはこの問題を考える上で安部総理と対照的なのが鳩山由紀夫総理でした。鳩山総理の歴史観は安部総理とは正反対でした。鳩山首相は靖国神社に参拝しなかったですし、慰安婦問題や南京大虐殺でも中韓が主張することをそのまま受け入れているかのようでした。

鳩山総理の歴史観はアメリカからみても満点に近かったはずです。では鳩山政権下で黄金の日米関係が達成できたのでしょうか。

そんなことは起きませんでした。彼は基地問題でつまづいて無残な形で首相の座を下りなくてはなりませんでした。

鳩山政権の失敗でわかったことは、日米関係において歴史認識の問題よりもはるかに「利害関係」の方が重要だったということです。

マコーマック教授は、安部総理が靖国参拝した時にアメリカ政府がdisappointed(失望した)という強い言葉を使ったことに日本人は注意を喚起すべきだといいます。

それはその通りなのですが、鳩山首相はワシントン・ポストのコラムでloopy(変わった、気の変な)などと救いの無い書き方をされていました。

政府の公式な言葉と一新聞のコラムを同一視するなといわれればそれまでですが、アメリカの大新聞のコラムでは往々にして政府高官のリークが背景にあるのは紛れもない事実です。

安部総理が言われたdisappointedは期待していたのにそれが裏切られたという、少しばかりの肯定的な意味合いはありますが、鳩山総理のloopyにはそれが全くありません。

日米関係においては歴史認識の問題よりもやはり利害関係の方が重要なのです。

というわけで、日米の利害関係が一致している場合は安部総理の歴史観はそんなに問題にならないのではないかというのが筆者の結論です。

ただ安部総理の進める政策が本当に戦後レジームからの転換になるかどうかは私には全くわかりません。マコーマック教授のいうようにさらなる属国化を招く恐れがないとは言い切れません。
Is the word of Stalin any better than word of Hitler?
(スターリンの言葉はヒトラーの言葉よりも良いものだろうか)

上記の文章はフーバー大統領の回顧録に書いてあった文章です。この文章にサダム・フセインとシャーという文字を挿入すれば、そのまま中東でも通用します。

Is the word of Saddam Hussein any better than word of Shah?

アメリカが中東でバランス・オブ・パワーを無視して暴れまわった結果、アメリカの世論に重大な変化が起こってきました。

今ではどの世論調査でも50%以上の人は、アメリカは自分のことに専念すべきで、対外関与はほどほどにすべきだと考えています。

このことについてアメリカの評論家ジョージ・ウィルは「半分の孤立主義」と書き、パトリック・ブキャナンはネオ・アイソレイショニズム(新しい孤立主義)の登場と指摘しました。

日本が真珠湾を攻撃する以前にアメリカでは80%の人が直接戦争に参加することを望んでいないという調査には及んでいませんが、同じような傾向になってきたことがうかがえます。

結局、何が言いたいかといえば、フランクリン・ルーズベルト大統領以後のアメリカがそれ以前のアメリカと比べて特殊であり、いよいよその時代が終わりを迎えているのではないかという仮説です。