イスラエルのネタニヤフ首相がアメリカ議会で演説したのを聞きました。

最初の方でオバマ大統領の顔を立てるような発言はしていましたが、実際はイランはナチスやISISと同じであり、一切の妥協はまかりならんとかなり強硬な発言を展開しておりました。

この演説についてはやはりアメリカの識者の間でもそんなに評判が高くはなく、トーマス・フリードマンやファリード・ザカリアが書いているようにネタニヤフ首相には「対案が無い」ことが問題だと指摘しています。

しかし、ネタニヤフ首相の目的はイランの核問題について対案を出すことではなくイランを叩き潰すことなのです。

そのためにはオバマ大統領に反対する共和党議員と共闘してアメリカの「分裂」を促進することの方が遥かに大切だったのです。

ネタニヤフ首相の演説を聞いた『スレート』のフレッド・カプラン記者が議会の光景について次のように書いています。

「たくさんの議員がネタニヤフ首相の発言を神のお告げのように喝采を贈ることはぞっとする光景である。特にイスラエルの安全保障関係者がイランの核の危険性についていろいろな論争があることを知らないでそのような喝采をおくっていること、またネタニヤフ首相が国民から嫌われていることについて無知なことも同様である。そして議員達がイランとの合意を「悪い取引」と非難すること(彼らは立ち上がり、狂ったように拍手し、カメラや観衆にむかって吠える)は自分達の大統領や外交官達にイランとの取引の機会を与えないという意味でも信じられないことである。」

イスラエルではすぐに選挙が始まります。

カプランのいうようにネタニヤフ首相の人気には陰りが出ていることは確かですが、アメリカの議員達が彼の演説にあのような喝采をおくったことを見て、彼に罰を与える行動をとるのかは疑問です。

ネタニヤフ首相は今回の演説でアメリカでの人気を実証するとともにオバマ大統領と議会の距離を確かなものとしました。

どう考えても私には、Mission accomplished したとしか評価できません。
戦争と平和の問題で大統領と議会が対立するのはアメリカで今回が初めてではありません。

やはり一番参考になるのは太平洋戦争直前の状態でしょう。アメリカのフランクリン・ルーズベルト大統領はどうにかして戦争に参加しようと画策していました。

ハミルトン・フィッシュは『ルーズベルトの開戦責任』という本の中で「ルーズベルトは、アイスランド派兵(1941年7月)に続いて、ドイツ潜水艦は見つけ次第攻撃せよとの命令を出した(同9月)。そしていよいよ日本に戦いを決意させる最後通牒を手渡したのである(同11月)。」と書いています。

一方、アメリカの世論は80%を超える人々が戦争に参加することに反対で、その世論調査がそのまま議会に反映されていたかどうかはわかりませんが、共和党を中心にルーズベルト大統領の動きには警戒をもって活動していたのでした。

現在のイランに対しては、さらなる戦争を欲していないオバマ大統領とそれとは反対に強硬な共和党を中心とする議会。

70年前はどうにかして戦争に参加したいルーズベルト大統領とそれに反対する議会という構図でした。

大統領と議会の立場は70年前と正反対ですが、大統領と議会が対立しているという点では同じなわけです。

そのような時に日本はアメリカからハル・ノートを受け取りました。

それに対する日本の回答が真珠湾攻撃だったのですが、これは本当に正しい政策だったのでしょうか。

日本の真珠湾攻撃はあれだけ対立していたアメリカの大統領と議会を結束させてしまうのです。

ルーズベルト大統領にあれだけ反対していたハミルトン・フィッシュ共和党議員も真珠湾攻撃の後で「日本民族は、神が破壊せしものに成り果てた。日本人は気が違ってしまったのである。一方的な軍事攻撃を仕掛けてきたが、これはまさに国家的自殺行為である。」と演説をしています。

ところでつい最近亡くなった元外交官の岡崎久彦さんが以前に日本は真珠湾攻撃など行わないで、ハル・ノートを公開すれば良かったのではないかと指摘されたことがあります。

実は岡崎さんはハミルトン・フィッシュの『ルーズベルトの開戦責任』を渡辺惣樹さんが今回翻訳されるはるか前に監訳された経験があったので、その時に思いついたのではないかと私は想像しています。

ハミルトン.フィッシュが「日本人が気が狂ってしまった」とアメリカで演説していた時、彼はハル・ノートの存在を全く知らなかったのですから。

アメリカにおいては戦争を行う権限は一般に議会に存在すると言われているので、もしハル・ノートを公開していれば、大統領が議会の権限を犯したと大統領弾劾の動きがアメリカ議会に起こったかもしれません。

日本の真珠湾攻撃はアメリカを一枚岩にしてしまったことが最大の失敗だったのです。

ここでネタニヤフ首相のアメリカ議会演説に戻ってみましょう。

ネタニヤフ首相はアメリカ議会で演説することによって大統領と議会の対立をますます先鋭化させようとしています。

このことがアメリカのイランにたいする交渉にどのような結果をもたらすか現在ではわかりませんが、オバマ大統領にとって議会への対処がそんなに簡単なものにならないことは確かなようです。

私がネタニヤフ首相の行動が日本の真珠湾攻撃よりもはるかに有効ではないかと恐れる理由です。


来月にイスラエルのネタニヤフ首相がオバマ大統領の意向を無視してアメリカ議会で演説するそうです。

このネタニヤフ首相の動きに対してはアメリカの国内でもあまり評判が良くありません。ピーター・ベイナートといった日頃から現在のイスラエルを批判的に見ているユダヤ系の知識人だけでなくジェフリー・ゴールドバーグという普段はイスラエルに同情的な人もネタニヤフ首相の演説については否定的でした。

しかし、私はネタニヤフ首相の動きが成功してしまう可能性を大変危惧しています。

そもそもオバマ大統領とネタニヤフ首相が対立する背景にはイランの核問題についてどのように対処すれば良いのかという問題が存在します。

ネタニヤフ首相の立場は、軍事用であろうと民生用であろうと一切の核の濃縮は認めないというものです。

一方、オバマ大統領はイランがネタニヤフ首相の提案を拒否することは確実なので、民生用の核利用は認めつつ、できるだけそれが軍事用に転用できないようにいろいろな歯止めをかけようと現在もイランと交渉を続けているわけです。

このようなオバマ大統領とネタニヤフ首相の立場の違いに加えて、現在のアメリカでは大統領に反発するアメリカ議会の存在があります。

共和党が主導するアメリカ議会はイランに対する問題でアメリカ大統領よりはるかに強硬な立場に立っています。

だからネタニヤフ首相はオバマ大統領の意向を無視して議会で演説するようになったのです。

アメリカの国内の政治的対立に他国の首相が介入するわけですからアメリカの識者が怒り出すのもわかりますが、ネタニヤフ首相もバカではありません。なんらかの勝算があってのことだと思います。

次回はそれについて考えてみます。