以前にCNNのファリード・ザカリアの番組で彼がお勧めの本だと紹介していたのが、マリー・サロテという人が書いた『崩壊』(The Collapse)でした。

この本はいかにして米ソ冷戦を象徴するベルリンの壁が1989年に崩壊したのかを当時の資料やインタビューによって構成されています。

この本はそのまま読んでも面白いのですが、果たして東アジアでもヨーロッパのようなことが起こるのだろうかという視点から読んでみたらいくつかの気になる点があったので報告してみます。

当時の東ドイツの人々が体制に不満を持っていたのは、基本的に自由がない社会で経済が低調なことと、意外にも環境問題への対応でした。サロテは次のような例を挙げています。

「化学や工業プラントの近辺では毒性の廃棄物が地域の空気や水に排出され、建物を黒くするだけでなく、住民の皮膚や肺も汚していた。ライプツィヒの南にあるメルビスという村はヨーロッパで最も汚い街であると指摘する人もいた。その視界は悲惨なものでしばしば自分の手も見えないこともあった。64人のライプツィヒの住人はこの問題が東ベルリンの党指導部からいつも忘れられ無視されると訴えていた。」

この文章を読んで現在の中国を想像するなと言われても無理です。

果たして一党独裁の国は環境問題を解決することは可能なのでしょうか。これまでの私が読んだ数々の中国崩壊論において環境問題についての考察はほとんどなかったので、この点に気づかされれたことは大変有意義でした。
今回はトランプ現象がアメリカの政治、外交に及ぼす影響を考えてみたいと思います。

『アトランティック』誌に共和党の戦略家であるデイヴィッド・フラムがトランプ氏を支持する層について書いていたので重要部分を訳してみました。

「世論調査会社のYouGov.によれば共和党でトランプ氏を支持する人々の半分は高卒かそれ以下である。大卒やそれ以上の学歴を持つ人は19%しかいない。38%は収入が5万ドル以下で、10万ドルを稼ぐものは11%しかいない。」

「他の共和党とトランプ氏の支持者が異なるのは経済的な不安感と経済ナショナリズムである。63%のトランプ支持者は不法移民の子どもにアメリカ国籍を与えることに反対ーこれは通常の共和党員よりも10%高い。そしてトランプ支持者はオバマ大統領が外国人で危険なものと考えている。PPPという調査会社によれば21%の人だけがオバマ大統領がアメリカで生まれたと思っており、66%の人が大統領はムスリムだと思っている。」

つまりトランプを支持する人々は、アメリカ白人の中・低所得者層なのです。

このことについてピーター・バイナートというアメリカの評論家がウォルター・ラッセル・ミードの本から引用して、トランプ氏の支持層はジャクソン主義者たちであると指摘しています。

ミードは”Special Providence” という本でアメリカの外交思想を4人のリーダーの考え方の違いから類型化しています。

それは、ハミルトン、ジェファーソン、ウィルソン、ジャクソンというわけかたになっています。

以前私がジャクソン主義をこのブログで取り上げた時に「白人プロテスタントの中位、下層階級」の考え方と書きましたが、これはフラムが取り上げたトランプを支持する人達とぴったりと重なるのです。

では、ジャクソン主義者の考え方というものはどういうものなのでしょうか。

それは前にも書いた通りジャクソン主義者は基本的に外の世界に関心を持たず、アメリカが「世界」全体であるという認識を持っています。

その上で、戦争などでやられたら徹底的にやり返すという特殊な傾向を持っているのです。国際法など全く眼中にありません。

このことをジョージ・ケナンが『アメリカ外交50年』でうまく説明しています。

「いわば一昨日までは、われわれと他国の間で争われている問題は、一人のアメリカ男子の生命を犠牲にするほどの値打ちもなかったのに、今日になれば外のことは全く問題にならず、われわれの目的は神聖なものであり犠牲など考慮する必要はない、無条件降伏を実現するまで戦い続けるということになる。」

「孤立主義」と「無条件降伏」とはコインの表と裏の関係なのです。

ケナンはこのように急激に変化するアメリカの態度について「民主主義は憤怒に狂って戦う」とも表現しています。

ちなみに先の大戦においてアメリカの「孤立主義」を「無条件降伏」に変換させたのは山本五十六提督の真珠湾攻撃だったわけで、山本が本当にアメリカのことを正確に理解していたのかは疑問に思うところです。

いずれにせよトランプ現象の背景にはグローバリゼーションに取り残されたアメリカ白人の中・低所得層のエスタブリッシュメントに対する「怒り」が明白に存在するのです。

ちなみに精神的貴族であるケナンはこのような考え方が嫌いで、次のように指摘しています。

「民主主義というものは、この部屋くらいの長さの体と、ピンの頭ほどの頭脳を持ったあの有史前の巨獣に、不愉快なことだが似ているのではないかと私は時々思うことがある。」

この文章の「民主主義」という部分に変わって、トランプ候補を挿入するとピタリと当てはまるのが不思議です。
春名さんは『仮面の日米同盟』の中でアメリカの外交戦略を次のように指摘しています。

「アメリカ側の基本路線には 、米軍を日本から撤退させる選択肢はない 。平時は基地を空にして 、有事にだけ駐留するという 『有事駐留 』も選択肢にない 。だから 、有事駐留論が出ると 、正面から相手にすることを避けて 、そんな動きをつぶし 、論議の拡大を抑えた 。」

確かに現在のアメリカの方針としてはこの意見は間違っていないのかもしれません。

ただこの状態が本当にこれからも永遠に続く可能性はあるのでしょうか。

ここで最近アメリカで勢いを見せている共和党の大統領候補の「トランプ」現象を少し考えてみます。

トランプ氏の主要な論点はアメリカの国内問題にあって、外交問題にはありません。

例えばアメリカに不法に移民してくるメキシコ人に対して彼は「強姦魔」などという暴言を吐きましたが、それに対処する方法としてはアメリカとメキシコの国境沿いにフェンスを作るというものでした。

またムスリム過激派などの対処方法として彼は「イスラム教徒のアメリカ入国を禁止する」という方法で、過激ですがあくまでもアメリカの国内での対処の仕方が主要な論点なのです。

外交問題において彼はアメリカと韓国の同盟においてアメリカの不満を述べていましたし、イラク戦争を行ったアメリカの指導者については「無能」という言葉を連発しているのです。

このようにトランプ現象というのは共和党内におけるアメリカの「孤立主義」が歪んだ形で現れた姿であり、他の共和党の大統領候補たちもトランプ氏を支持する選挙民を意識してか、直接的な批判はできない状態になっているのです。

もちろんトランプ氏が次の大統領になるとは私も思っていませんが、グローバリゼーションに伴う貧富の格差やアメリカ帝国維持のための戦争を継続することに対しての不満はこれからも確実に増えるでしょう。

それらの選挙民の切実な声をアメリカの指導者が取り上げる時、アメリカ軍の日本や世界からの撤退は全くありえないのでしょうか。