前回Lowy研究所のCrispin Rovereがトランプが大統領になれば中国に対して厳しい態度をとるかもしれないという予測について書きましたが、本当にそれは実行可能なものでしょうか。

 

今回はそれについて検討してみたいと思います。

 

米ソ冷戦終了後のアメリカと中国の関係はある種のパターン化された動きがあったと私は認識しています。

 

大統領選挙で現職に挑戦する候補は中国の人権問題や経済政策について厳しい批判を行いますが、いざ政権につくとそれらの批判は長続きすることなく、最終的には中国優位のペースで展開するのです。

 

1996年台湾の総統選挙の最中、中国が台湾海峡でミサイル発射しました。クリントン政権は台湾海峡に空母2隻を派遣して中国を抑制し、民主主義を守ろうとするアメリカはさすがだなあと私は思っていましたが、その2年後の1998年にはクリントン大統領は日本に立ち寄る事なく中国を訪問して共産党の親分江沢民と一緒になって日本を批判していました。

 

またブッシュ(息子)も大統領選挙期間中、中国の事を「戦略的競争者」(a strategic competitor)と表現していましたが、大統領になってすぐに米軍の偵察機と中国機が衝突して米軍機が海南島に不時着したという事件が勃発して、この事件から彼の対中姿勢は急激に変わり、独立指向の強かった台湾もいつの間にか「中立」化されてしまいました。

 

そしてオバマ大統領の場合は決して中国を批判することなく、政権発足当初から習近平国家主席をカルフォルニアで盛大に歓迎しました。さすがに最後の方は中国のやり方に文句を言うようにはなりましたが、悪化する中国国内の人権問題や外部への膨張に対しては何一つ有効な政策を打てず、ホワイトハウスから去っていくようです。

 

なぜ世界一のスーパー・パワーと自他共に認めるアメリカが中国と対峙する時にだけこのように日和ってしまうのでしょうか?

 

つい最近『アトランティック』にジャーナリストのジェームズ・ファローズがChina's Great Leap Backward という記事を書いています。

 

この記事で習近平の中国では国内の人権状況が悪化していることや対外関係においてもアメリカに対するサイバー攻撃や南シナ海や東シナ海での一方的な行動についての危険性も十分認識しているようです。

 

そこでファローズは次期大統領に次のような演説をすべきだと言っています。最終部分を訳してみます。

 

「中国のリーダーはよく自国の古典から有名な故事を引用する。そこで私もアメリカで有名な言葉を引用してみたい。『我々はこの問題を簡単に解決することができるし、厳しく解決することもできる。』アメリカは簡単な道での中国の協力を好んでいるし、そうすれば両国の関係にとって有益だからだ。一方、我々は厳しい道のりも準備しておかなくてはならない。」

 

果たしてこれっぽっちの演説で中国の態度が変わるのかは本当に疑問です。

 

実はこの人1980年から1990年代に日本がバブル経済に突入していく時に日本叩き(ジャパン・バッシング)で名前を売った人で、その当時は日本人は西洋人と比べて「異質」だから「封じ込め」なければならないとトランプみたいなことを言っていたのです。

 

ファローズが日本に対して言っていたことと彼が現在中国に言っていることを比較すれば、アメリカが中国に対してはっきり物が言えない深刻さが認識できるように思います。

 

おそらくアメリカがこうなってしまう原因はジョージ・ケナンが『アメリカ外交50年』で「極東の諸国民に対するわれわれの関係は、中国人に対するある種のセンチメンタリティーによって影響されていた」と書いていることが復活してしまっていることにあるのではないかと私は思っています。

 

だからもしヒラリーが大統領になっていて政権当初いくら中国を声高に批判していても、おそらく従来のパターンが繰り返されていく可能性が大いにあったと思われますが、今回は全くアウトサイダーのトランプが当選しました。

 

おそらくアウトサイダーのトランプにとって中国への「センチメンタリティー」は従来のエスタブリッシュメントに比べて弱いはずです。

 

故にトランプ大統領が仮に反中国的スタンスを取った場合には途中で日和ることなく、完徹される可能性は高いのではないかと私は期待しています。

習近平中国国家主席が以前から狙っている対米外交は「新型大国関係」、いわゆるG2と呼ばれるものです。

 

トランプ次期大統領とアジアにおける勢力圏を取り決めて(Deal)、アジアにおいては中国が警察権を行使し、アメリカはハワイやグアムまで米軍を撤退させるというものです。

 

当然この時点で日米安保条約や米韓同盟は終了します。

 

こうなれば核兵器のない日本は厳しい立場に置かれるでしょう。日本は中国の属国になってしまう可能性もありますし、おそらく韓国は北朝鮮によって吸収されるでしょう。

 

一方、このようにはならないと予測している人もいます。

 

オーストラリアのLowy研究所のCrispin Rovere という人が興味深い予測をしています。https://www.lowyinstitute.org/the-interpreter/trumps-foreign-policy-america-first-not-america-only彼はトランプ次期大統領は正真正銘の「リアリスト」と規定しているのです。

 

「リアリスト」トランプは、ロシアとの関係ではNATOを無くして、ロシアを含む新しい安全保障の制度を作るかもしれないと予測しています。

 

そしてNATOを無くす代わりに、アメリカは中東やバルト諸国の安全保障にロシアを協力させ、さらにロシアを反中国の方向に持ってこさせるかもしれない(ついでにインドも)と書いています。(これがうまくいけば習近平VSトランプ、プーチン、モディ、安倍になります)

 

そもそもNATOは旧ソ連を仮想敵にしていた同盟です。それなのに旧ソ連が崩壊した後にさらに勢力を拡大させればロシアの怒りを買うことは明らかだとジョージ・ケナンも亡くなる直前に述べていました。だからRovereの提案は至極合理的です。

 

一方で「リアリスト」トランプは中国に対しては戦略的な競争者とみなすため、アジアを中国に引き渡すことは決して行わないと述べています。

 

中国が貿易や通貨の問題で譲歩しなければさらに中国に対する圧力を加速させるかもしれないと予想するのです。

 

現在の日米同盟の根本的な疑問は中国が日米の仮想敵ではなくてジョセフ・ナイなどは北朝鮮が共通の敵だと真剣に説明していることです。

 

しかし「リアリスト」トランプが中国を戦略的な競争関係と捉えるのならば、日本は集団的自衛権を持つアメリカの同盟国として協力できるでしょう。アメリカには米軍基地を減らしてもらう一方日本は軍備の増強を図ればよいのです。 

 

エドワード・ルトワックがトランプ次期大統領はドナルド・レーガンのようになると言っていましたが、Rovereの予測もトランプ次期大統領がアジア版レーガン大統領になる可能性を示しています。

 

それがうまくいって中国共産党がなくなれば、その時点で日米安保が無くなっても日本はおそらく大丈夫でしょう。

 

安倍総理が最初にトランプ次期大統領と1時間半も会談したことは「リアリスト」トランプの可能性を示唆しています。

 

ようやくFredrikLogevallのEmbers of War の最終章までたどり着きました。この本は英文で864頁もあるので、日本が降伏してからベトナム戦争が終結するまで描き切るのではと思っていましたが、ベトナムの宗主国であったフランスがディエンビエンフーで負けて南北ベトナムに分かれたところで終わっています。

 

ここからはアメリカが南ベトナムの守護者として登場してくるのですが、そのアメリカが南ベトナムの指導者につけたのがゴ・ディエン・ジェムという人物でした。

 

この人物は敬虔なカトリック教徒であり嫌いなものは「フランス人と共産主義」というもので米ソ冷戦下のアメリカが好むような人物だったようです。ちょうど嫌いなものが「日本人と共産主義」でありプロテスタント教徒だった李承晩をアメリカが韓国の指導者にしたのと大して変わりません。

 

ジェムも李承晩も反対するものは弾圧し圧政を引いた独裁者という意味では同じでしたが、ジェムにだけ与えられたのはアメリカの「理想主義」の担い手という役割でした。

 

彼は1957年に訪米するのですが、ニューヨークのブロードウェイから市庁舎の道のりで25万人の人々から紙吹雪を投げられ大歓迎を受けます。

 

「この訪米はアメリカ人の自分勝手の認識を明確にしてしまうものだった。曰くゴ・ディエン・ジェムは勇敢な戦士である。曰くスーツやネクタイを身につけた敬虔なキリスト教徒である。曰くアメリカの利他的な助けを受けながら強欲な共産主義者と戦うアジアの奇跡である。」とLogevallは書いています

 

しかしながらジェム本人も彼を応援していたアメリカ人もそれからたった6年後にアメリカの黙認の下、軍事クーデターでジェムが殺されることは想像できなかったでしょう。

 

アメリカの歴史を読んでいると、アメリカ人が一方的に自分の理想主義を他人に押し付けて具合が悪くなるといとも簡単に切り捨てるという場面に出くわすことがよくあります。

 

中国国民党の蒋介石の場合も同じでした。第2次大戦以前にはアメリカは蒋介石に対して「キリスト教徒であり民主主義者」だと散々持ち上げていたのに、戦後になると「腐敗」と「無能」と『中国白書』で断罪して切り捨てたのでした。

 

一体なんのために日本と戦ったのかと私は問いたいところです。

 

ジョージ・ケナンはこの問題について『アメリカ外交50年』で次のように書いています。

 

「極東の諸国民に対するわれわれの関係は、中国人に対するある種のセンチメンタリティーによって影響されていた。その気持ちは、それが今はともすれば陥りがちな盲目的な腹立ちと同じく、米中関係の長期的な利益をなんら助けるものでもなくまた中国人にとってもありがたいものではなかったのである。」

 

この言葉はアメリカがジェムに対して表した態度と重なります。

 

どちらも一方的な「センチメンタリティー」が「盲目的な腹立ち」に変わってしまったのです。

 

実はこれと同じことがオバマ大統領からトランプ大統領の驚くべき転換にも当てはまるのではないかと私は思っています。

 

歴史的に人種主義が明確に存在し、しかも上院議員を一期しかつとめていないバラク・オバマを演説のうまさとイラク戦争に反対していたというだけの理由で大統領に当選させたのはアメリカ人の理想主義、ケナンのいうセンチメンタリティーの賜物でした。

 

ところがオバマ大統領は経済の問題も軍事の問題も失敗こそしませんでしたが、どうにも中途半端でした。

 

そこで今回の選挙においてオバマ大統領を当選させたセンチメンタリティーはいつのまにか蒋介石を切り捨てたり、ジェムを見殺しにしたような「盲目的な腹立ち」に変わってしまいました。

 

そのことがトランプを当選させた原動力になったのではないでしょうか。オバマ大統領はアメリカ人のの理想主義によってその判断される基準がかなり上の方まで上昇してしまっていたのです。

 

アメリカの有権者はオバマ大統領にその理想主義を押し付け、それに勝手に絶望してトランプを大統領に選んでしまったのです。

 

ただアメリカ人の「盲目的な腹立ち」によって当選した大統領がアメリカにとって正しい処方箋を描けるかは全く未知数です。