ようやくFredrikLogevallのEmbers of War の最終章までたどり着きました。この本は英文で864頁もあるので、日本が降伏してからベトナム戦争が終結するまで描き切るのではと思っていましたが、ベトナムの宗主国であったフランスがディエンビエンフーで負けて南北ベトナムに分かれたところで終わっています。
ここからはアメリカが南ベトナムの守護者として登場してくるのですが、そのアメリカが南ベトナムの指導者につけたのがゴ・ディエン・ジェムという人物でした。
この人物は敬虔なカトリック教徒であり嫌いなものは「フランス人と共産主義」というもので米ソ冷戦下のアメリカが好むような人物だったようです。ちょうど嫌いなものが「日本人と共産主義」でありプロテスタント教徒だった李承晩をアメリカが韓国の指導者にしたのと大して変わりません。
ジェムも李承晩も反対するものは弾圧し圧政を引いた独裁者という意味では同じでしたが、ジェムにだけ与えられたのはアメリカの「理想主義」の担い手という役割でした。
彼は1957年に訪米するのですが、ニューヨークのブロードウェイから市庁舎の道のりで25万人の人々から紙吹雪を投げられ大歓迎を受けます。
「この訪米はアメリカ人の自分勝手の認識を明確にしてしまうものだった。曰くゴ・ディエン・ジェムは勇敢な戦士である。曰くスーツやネクタイを身につけた敬虔なキリスト教徒である。曰くアメリカの利他的な助けを受けながら強欲な共産主義者と戦うアジアの奇跡である。」とLogevallは書いています
しかしながらジェム本人も彼を応援していたアメリカ人もそれからたった6年後にアメリカの黙認の下、軍事クーデターでジェムが殺されることは想像できなかったでしょう。
アメリカの歴史を読んでいると、アメリカ人が一方的に自分の理想主義を他人に押し付けて具合が悪くなるといとも簡単に切り捨てるという場面に出くわすことがよくあります。
中国国民党の蒋介石の場合も同じでした。第2次大戦以前にはアメリカは蒋介石に対して「キリスト教徒であり民主主義者」だと散々持ち上げていたのに、戦後になると「腐敗」と「無能」と『中国白書』で断罪して切り捨てたのでした。
一体なんのために日本と戦ったのかと私は問いたいところです。
ジョージ・ケナンはこの問題について『アメリカ外交50年』で次のように書いています。
「極東の諸国民に対するわれわれの関係は、中国人に対するある種のセンチメンタリティーによって影響されていた。その気持ちは、それが今はともすれば陥りがちな盲目的な腹立ちと同じく、米中関係の長期的な利益をなんら助けるものでもなくまた中国人にとってもありがたいものではなかったのである。」
この言葉はアメリカがジェムに対して表した態度と重なります。
どちらも一方的な「センチメンタリティー」が「盲目的な腹立ち」に変わってしまったのです。
実はこれと同じことがオバマ大統領からトランプ大統領の驚くべき転換にも当てはまるのではないかと私は思っています。
歴史的に人種主義が明確に存在し、しかも上院議員を一期しかつとめていないバラク・オバマを演説のうまさとイラク戦争に反対していたというだけの理由で大統領に当選させたのはアメリカ人の理想主義、ケナンのいうセンチメンタリティーの賜物でした。
ところがオバマ大統領は経済の問題も軍事の問題も失敗こそしませんでしたが、どうにも中途半端でした。
そこで今回の選挙においてオバマ大統領を当選させたセンチメンタリティーはいつのまにか蒋介石を切り捨てたり、ジェムを見殺しにしたような「盲目的な腹立ち」に変わってしまいました。
そのことがトランプを当選させた原動力になったのではないでしょうか。オバマ大統領はアメリカ人のの理想主義によってその判断される基準がかなり上の方まで上昇してしまっていたのです。
アメリカの有権者はオバマ大統領にその理想主義を押し付け、それに勝手に絶望してトランプを大統領に選んでしまったのです。
ただアメリカ人の「盲目的な腹立ち」によって当選した大統領がアメリカにとって正しい処方箋を描けるかは全く未知数です。
