前回はイランの政治構造を簡単に説明しましたが、アメリカのフーバー元大統領の回顧録に戦前の日本の政治体制を簡潔に説明している部分があります。

 

「日本は天皇を元首とする立憲君主国である。また天皇は日本の宗教の頂点でもある。政府はほとんどの場合国会において承認される。首相と閣僚は名目上天皇から任命される。(通常元老から指名を受ける。)そして首相と閣僚達は帝国議会の信認を受け、責任を負うことになる。しかし、大臣の職務にはこれまでの憲政では見られない特徴がある。それは陸軍と海軍がそれぞれの大臣を任命することである。」

 

私はイランの体制が戦前の日本の体制と酷似していることに気づいてから、アメリカとイランの対立関係を興味を持って観察してきました。

 

だからオバマ大統領時代にイランとアメリカの間で核合意ができた時には、これで不必要な戦争の危険から逃れることができると思っていたのですが。

 

では実際にアメリカとイランの間で戦争が起きてしまったらどうなるのかを次回から考えてみたいと思います。

昨日書いていたことはまた別の機会に書いてみたいと思います。

 

ということで今回はイランのことについて書いてみます。

 

トランプ大統領がイランとアメリカの間で結ばれた核合意を破棄してしまいました。

 

このトランプ大統領の一方的なやり方は、果たして幸せな結果をもたらしてくれるのでしょうか?それとも世界にとって悲惨な結果をもたらしてしまうのでしょうか?

 

イランの政治体制はアメリカ人の右派の人からしばしば「神権政治」などと呼ばれますが、実態はそれとは全然違います。

 

イランには選挙によって選ばれる議会が存在し、これまた選挙で選ばれる大統領が存在します。

 

ところが、大統領が提出した法案が議会で過半数の票を獲得した場合にそれがすんなりと法案になるかといえばそうはなりません。

 

議会で多数を獲得した法案はガーディアン・カウンシル(Guardian Council)という機関を通らなくてはならないのです。

 

このガーディアン・カウンシルは議会から選ばれた6人の代表とイランの元首である宗教指導者が選ぶ6人の代表の合議制になっています。この機関はイランの大統領選挙の候補者をふるいにかける権利も持っています。

 

さらにイランには革命防衛隊という巨大な軍隊が存続しますが、この軍隊の指揮権は選挙で選ばれた大統領には存在せず、元首である宗教指導者が持っています。

 

このようにイランの政治体制は完全な民主制ではなく、戦前の日本や日本が受け継いだビスマルク時代のドイツ憲法に酷似しているのです。

 

イギリスの歴史家ドミニク・リーベン教授は、ビスマルク憲法の欠点を『炎に向かって』という本の中でこう指摘しています。

 

「ビスマルク憲法の基本的な問題は、巨大な権力を君主の手に渡してしまうことにある。この憲法はドイツではビスマルクが在任中にはうまく機能した。日本においても明治時代の勝利を受け継いだ元老が存在している間はうまく機能した。」

 

なぜビスマルク憲法がうまく機能し続けないかといえば「政治の中心が真空状態になることが必然」だからと教授は説きます。

 

「外交や軍事、および国内政治を調整することに失敗たことが、ドイツの1914年や日本の1941年を導いた。それは多分に政治の真空状態に理由がある。」

 

イランのビスマルク憲法がホメイニという革命第一世代においてそれなりに機能したことは否定しませんが、現在の宗教指導者であるハメネイ師にそれが使いこなせるのでしょうか?

 

ビスマルク型憲法を持った国がアメリカと対立するようになったのはリーベン教授が指摘するように1914年のドイツと1941年の日本と現在のイランで3回目です。

 

イランだけが平和で穏便にことが進むとは筆者には到底思えません。それにしてもビスマルク型憲法はなぜこんなにもアメリカと相性が悪いのでしょうか?

安倍内閣が消費税を5ー8%に上げ、そのために日本人の消費が落ちて未だ消費税を上げる前の水準に戻っていないのにもかかわらずさらに10%に上げるという。

 

なぜ安倍総理や財務省はこのような無茶な判断をするのかを考えてみたい。

 

まず最初に指摘したいのは、現在の財務省の幹部の中で消費税増税路線に反対している人はおそらく存在しないだろうということである。

 

だから財務省はしばしば他の省庁と違って「一枚岩」だと言われる所以である。この路線に反対する、例えば高橋洋一氏などは財務省から追放されるのである。

 

一見、この財務省の「一枚岩」は強さの象徴のようなのだが、経済的に間違っていた場合に簡単に政策転換できないという看過できない欠点をかかえている。

 

省内に異論がある場合、省内での議論や時の政治の勢いで政策が変わっても、それが組織の面子を失うことには繋がらないが、現在の財務省のように「一枚岩」の組織はそれが進める政策を否定されると組織の存続や面子の問題につながり、政策の転換が容易にはいかないのである。

 

その結果、どれだけ間違えても、同じことを続けることになる。

 

これと全く同じことをやっていたのが帝国陸軍だった。

 

続く。