色の宝石箱 Larimar ラリマー -153ページ目

色の宝石箱 Larimar ラリマー

カラーセラピストの
美斗(ミント)です。
ご訪問ありがとう
ございます(*^_^*)
テーマはいろいろだけど
最近は自分の好きな事を
ブログに書いています。

黒瀬の辻殉教地からの続きです。

台風が近づいて来ていて

ますます空は曇ってきましたが

次は平戸ザビエル記念教会へと向かいました。
(平戸市鏡川町269)

 

 

平戸ザビエル記念教会は

 

以前上神崎教会の巡回地であったが

昭和6年(1931)4月

新聖堂の落成・献堂とともに

早坂久之助司教によって設立された。

 

現在平戸は商工、行政、教育、交通など

あらゆる面において県北の中心である関係上

当教会は平戸、松浦、北松浦地区の主管教会である。

 

東洋の使徒、偉大な聖者として

世界の人々に尊敬されている

聖フランシスコ・ザビエル師の

三度の平戸訪問を記念して

 

聖堂前側面に聖師の記念像が

昭和46年建立されたことにより

聖フランシスコ・ザビエル記念聖堂

とも言われている。

 

日本各地から毎日多数の

巡礼者、観光客が訪れている。

 

平戸ザビエル記念教会ホームページより転載

 

 

ルルドの泉

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

聖フランシスコ・ザビエル像

 

 

 

 

 

 

礼拝堂でお祈りしてから(写真撮影は禁止です)

宿へと向かいました。

 

今日もまた嬉野温泉に宿泊します。

宿に着いてから食事に行きました。

昨日は満席で入れなかったお店

「旬のもん」へ

(佐賀県嬉野市嬉野町大字下宿乙2202-39)

 

 

私は生ビールで友人は冷酒で

お疲れ様の乾杯です。

 

 

カワハギのお造り

肝も美味しい!

 

 

長芋とシイタケの炭火焼き

 
 
地鶏の炭火焼
 
 
海鮮丼
 

どれも美味しかったです!

 

明日は最終日です。

最初は武雄神社

 

 
平戸春日集落からの続きです。
 
この日は大型の台風が来ていて
福岡辺りは暴風圏に入っている状態で
平戸の辺りも雲行きが怪しくなってきていました。
 
でも、きっと大丈夫!
大雨にあったりすることはないと思っていました。
 
ほんとに、私達が帰るまで雨に降られることもなく
台風に直撃されることもなく大丈夫でした。
 

 

キリシタン・ガスパル西玄可が慶長14年に殉教した場所です。

平戸と生月(いきつき)の間にある黒瀬の丘にあります。

 


平成3年(1991)にカトリック信徒によって
十字架型の「黒瀬の辻殉教碑」が建てられ
毎年11月14日前後にミサが執り行われています。

 

 

1563年に1000人を超えるキリシタンが
十字架を持って聖歌を大合唱しながら大行進をしたそうです。
 
生月島のキリシタンの全盛期に
(ほぼ全島民がキリスト教の洗礼を受けたそうです)
この地を「クルスの辻」と呼んだそうですが
隠すためか?「黒瀬の辻」と呼ばれるようになりました。

 

 

 

 

 

キリシタン領主、籠手田(こてだ)氏が

生月島(いきつきしま)を退去したのち

島のキリシタンの指導にあたった

西玄可(洗礼名ガスパル)の殉教地

 

役人に捕らえられた西玄可(にしげんか)は

かつて十字架が立っていた場所で処刑

埋葬してほしいと願い出る。

 

その願いは受け入れられ

1609年11月14日の朝、彼は斬首(ざんしゅ)され

信者によって埋葬された。

 

昭和の初め、黒瀬の辻という丘の上に

「ガスパル様の松」と呼ばれる大松があり

その根元に古い積石墓があった。

 

かくれキリシタンの信者は

それがガスパル様の墓だと信じ

ここをガスパル様が殉教した場所だとして聖地とした。

 

おらしょこころ旅より転載させていただきました。

 

 

キリシタン・ガスパル西玄と妻と長男のお墓です。

花が絶やすことなく供えられているようですね。

 

 

黒瀬の丘から見える景色は海が広がり

中江ノ島が目の前に見えます。

 

江戸幕府による禁教令後により
平戸や生月の宣教しが中江ノ島で処刑されました。

 

中江ノ島に向かう船の中で

ヨハネ次郎右衛門が
「ここから天国は、もうそう遠くない」

と言ったと伝わっています。

 

この事から、隠れキリシタンの間で

中江ノ島は「天国への門」と呼ばれたそうです。

 

 

中江ノ島

潜伏キリシタンにとって殉教地として信仰し

お水取りが行われていた聖なる島

 

中江ノ島は平戸島と生月島(いきつきじま)の

北岸の沖合に浮かぶ長さ約400m、幅約50mの

小さな無人島である。


禁教時代には平戸藩によって

棄教しないキリシタンを

処刑した島としての記録も残っており

潜伏キリシタンにとっては殉教地として

「サンジュワン様」などと呼び

聖地として日頃から信仰していた。

 

平戸島西海岸の春日集落や

生月島の潜伏キリシタンにとって

岩からしみ出す水を聖水として採取する

「お水取り」が行われる聖地でもあった。


地元の人は「サンジュワン様」

「御三体様」「おむかえ様」とも呼んでいる。

 

九州の世界遺産より転載させていただきました。

 

 

初めにも書きましたが

偶然つけたテレビの番組で

隠れキリシタンの事が

ドキュメンタリーで放送されていました。

 

その時に中江ノ島のお水取りの場面も

放送されていました。

岩の裂け目に萱(かや)を指して

ほんとに少しずつ滴り落ちる聖水をとっていました。

 

伝承では、どれだけ日照りでも聖水は枯れないそうで
オラショを上げると聖水が滴り落ちると言われているそうです。

 

隠れキリシタン以外の人が訪れても

聖水は湧かないと言われ

 

聖水は腐らないし採取した聖水は

目減りしないと伝わっているそうです。

 

その聖水を洗礼の時に使われていたそうです。

 

台風の影響で曇っていたけど

中江ノ島も見ることができたし

ここに来られてほんとに良かったです。

 

 

次は平戸ザビエル記念教会へと向かいます。

 

徐福の宮からの続きです。

 

2018年7月29日 九州スピツアー5日目です。

 

今日は長崎県平戸市春日町

潜伏キリシタンが多く存在した春日集落へと向かいました。

 

2018年6月30日に

パーレーンで行われた世界遺産委員会において

「長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産」

が正式に登録されました。

 

 

前にも書いたように私は今回の

九州スピツアーは友人にお任せきりで💦

どこへ行くのかも当日まで知らなくて(^^;)

 

春日集落へ棚田を見に行くの?

なんで棚田?と思っていました。

 

今年の4月に正式オープンしたばかりの

春日集落案内所(かたりな)にて

隠れキリシタンのお話や

ビデオを拝見していて

「これって!?最近、テレビでみたやつだ~!」

思わず友人に向かって叫んでいました(^▽^;)

 

そうそう、たまたまテレビをつけたら

隠れキリシタンの特集をやっていて

途中からだったけどそのまま見入ってしまったんだ!

 

そして「ここへ行きたいな」と思ったんやった!

 

凄いな~!

こんなに早く来れた~!

 

最近は現実化が

ますます早くなってるな

と、思いました。

 

 

 

平戸の西、安満岳すそ野から

海に向って広がる美しい棚田の里が春日集落。

 

1549年スペイン人でイエズス会創設者の一人

「フランシスコ・ザビエル」が薩摩の地に上陸

 

その後当時ポルトガル船の寄港地だった平戸に行き

藩主の許可を得て布教を開始して以降

平戸島周辺にキリスト教信徒が増えていったが

 

時の権力者となった豊臣秀吉、徳川家康、家光の

キリシタン禁教政策による厳しい統制の中

多くの領民は棄教したが、生月島(いきつきじま)や

平戸島西岸では辺境ということもあり

ひそかに信仰を守るものがいた。
(潜伏キリシタンのはじまり)


春日集落では特に潜伏キリシタンが多く存在し

表向きは神仏信仰を掲げながらも

秘密組織を作って密かに守りぬいていったと言われている。

 

村民はキリスト教解禁後も

カトリックに復帰しなかったため、地域に教会堂は無い。

 

神、仏、キリシタンの三位が存在する

安満岳は平戸島の聖地

 

元々安満岳は、平戸を護る霊山で

豊漁や航海安全祈願の信仰の山として知られ

 

安満神社(白山比咩神社)と

今は廃寺となった西禅寺があり

後に教会も建てられていた痕跡が残る。

 

領民や潜伏キリシタンにとっては山岳信仰と

あいまって聖地として参詣することが喜びとされていた。

安満岳断崖に西日があたり

反射して周囲を照らす様相は絵画のようなひととき。

 

平戸島最高峰の安満岳は標高約514m

春日集落側は断崖絶壁だが

大きく迂回した西側参道と東側からの登山道がある。

 

両方共に途中の鳥居で合流

その後は神社へ続く石積みの階段を登り、神社へ。

 

神社奥に頂上展望所があり

そこから春日集落と美しい海が見え

彼方には生月島を見渡すことができる。

付近には石祠や山野草がある。

 

九州の世界遺産より転載させていただきました。

 

 

 
 

 

 

 

案内所にて電動自転車をかりて

棚田を見に行きました。

 

電動自転車には初めて乗ったけど
凄いね!
登りの山道をどんどん軽く登れるし・・・。
下りの山道は風を切って走ってすごく気持ちが良かった!
 
 
電動自転車に乗って記念写真!笑
ここからは自転車を置いて歩いて登ります。
 
 
春日の谷の真ん中にある小高い山は丸尾山と言って
「丸尾さま」と呼んで春日の人々が昔から崇拝されてるそうです。

 

丸尾山の頂上に向かって、あぜ道を登ります。

 

 

すごく暑かったけど棚田を見ながら歩く

あぜ道は素朴ですごく気持ちが良かった!

 

 
綺麗な棚田の写真をたくさん写してきました。
動画も少し撮りました。
しばらく見てくださいね(*^-^*)

 



 
 
 
 
 
 
 
 
 
棚田の先に見えるのは平戸の海です。
 
 
頂上には小さな石碑が立っています。
 
 
ここからキリシタン墓地が発掘されたそうです。
キリシタン時代には聖地として
十字架が立てられていたそうです。

 

 
丸尾山のキリシタン墓地
 
丸尾山に立てられた十字架は
平戸で弾圧が厳しくなっていく1599年以降取り壊され
また、それに伴いキリシタン墓地も放棄されたと考えられます。
 
丸尾山はこれまで農地として利用されていなかったことから
地中の墓地遺構は現在まで保存されてきました。

 

丸尾山のキリシタン墓地は
16世紀の面影を今に伝える重要な場所です。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
看板の写真と同じ場所で撮った写真(*^-^*)
 
 
案内所へ戻ったら
とても可愛らしいおばあちゃん2人がいらしたので
お願いして写真を撮らせていただきました。
 
2人のおばあちゃんは
案内所「かたりな」の看板娘です!
80歳を過ぎたおばあちゃん2人は
こちらでお客さんにお茶を出したりして
おもてなしのお仕事をされています。
 
素敵ですね~(*'▽')
 
 
お部屋に入って
お茶や手作りのお惣菜やお漬物を頂きながら
 
おばあちゃん達から
春日集落のいろいろなお話を聞きました。
 
とても素敵な時間でした。
 

おばあちゃん達と別れを惜しみながら
次の場所へと向かいました。
 
 
そう言えば、御朱印帳があるのに
まだ記事を書いていない神社がありました。
沖縄県宜野湾市に鎮座する「普天満宮」です。
 
普天満宮には2013年12月24日に参拝に行きました。
写真はその時写したものです。
 
普天満宮は別名「普天満権現」といい
琉球八社の一つだそうです。

 

御祭神

熊野権現

琉球古神道神

 

 

普天満宮洞窟があります。

そこへ入り参拝する事が今回の一番の目的です。

洞窟を見学する際は、授与所にて受付をして

代表者の名前と住所を書くと

巫女さんが洞穴へと案内してくれます。

拝観時間は夕方5時までです。

でも、ぎりぎり間に合い入る事が出来ました。
 

 

洞穴は、全長280m、洞口が2カ所

大きな広場が三カ所あり

過去の水流の痕跡を示す洞穴ノッチも見られます。

 

洞穴の形成規模等からして

地域の地形地史を知るうえでも貴重なものです。

 

洞窟内及び東洞口付近は遺跡となっており

沖縄貝塚時代前期後半以後(約3000年前)

の遺物が多数発掘されています。

 

また、約2万年前の琉球鹿、琉球昔キョン

イノシシなどの化石も発見され

「普天満宮洞穴」は平成3年8月1日付で

宜野湾市文化財「名勝」に指定されました。

 

普天満宮ホームページより転載

 

 
ここにはとても大きな龍がいました。
 
ぐるぐるとゆっくり動いていました。
とても穏やかなでも威厳のある龍でした。
 
 
 
琉球古神道神が祀られています。
 
 
洞窟の中はとてもエネルギーが強かったです。
 
洞窟から一ヶ所外が見えました。
❤ハート型に見える穴から光が入りとても素敵でした。
 
 
普天満女神(グジー神)の絵です。
とても美しい女神様です。
絵を見ているだけで癒されました。
 
 
 
 
 
御朱印帳を購入して
御朱印をいただきました。
 

 
おはようございます。
今日も九州スピツアーの続きは
お休みして玉置神社の事を書きます。
 
昨日は
記事を書いていて

「あれっ?玉置神社の事まだ
書いていなかったんだ?」

「おかしいな?書いた事あるけどな?」
と思って調べたら
アメブロには書いていませんでした💦
 
他の場所で書いていました。
 
なので、今回の写真と記事は
2012年7月25日に
初めて玉置神社へ
参拝に行った時のものです。

(今回、一部、書き足した所もあります)

 

 

玉置神社の駐車場から見た景色です。

清々しくてとても気持ちが良かったです。

 
 

玉置神社へは 呼ばれていないと

なかなか行けないと言われています。

 

以前、友だちと途中まで行きましたが

大雨になり、行けなくて
引き返してきたと言う苦い経験があります。

 
 
 


今日は2度目の挑戦!

 

急遽、玉置神社へ

行くことになったんですが・・・。

 

天気も良く、今日は大丈夫かな?
行けるよね!と思いながら

朝、8時半に友人と2人
車で車(RV)ダッシュ(走り出す様)出発しました。

友達が車車(RV)を出してくれました。

 

途中、ランチを食べて

12時半頃に玉置神社の

駐車場へ着きました。

 

同じ奈良県内でも到着まで
3時間近くかかりました(^^;)

 

 
鳥居をくぐってから
しばらく山道を歩きます。

大きな杉の木が多くて
とても気持ちの良い道のりでした。

 

 
参道を歩いていると
厳かな気持ちになります。

 

 
 
エネルギーぴかぴか(新しい)
だんだん変わってきました。

 

 
 
 
 
見えてきましたね!
あと少しです。
 
 
 
手水舎に到着
 
 
なんだか龍さんが可愛いです(*^^)v
 

 

玉置山の頂上近く

標高1000m付近に

鎮座する玉置神社は


第十代崇神天皇の時代に

王城火防鎮護と悪神退散のため

創建されたと伝えられています。

 
 
さあ!本殿へ向かいます。
 
 
 
 
 
御祭神

国常立尊
くにとこたちのみこと

伊弉諾尊
いざなぎのみこと

伊弉冊尊
いざなみのみこと

天照大御神
あまてらすおおみかみ

神日本磐余彦
かむやまといわれひこのみこと

 

 
御参りした時に
陰陽道シンボル
ドーマン・セーマンが見えましたあせあせ(飛び散る汗)  
古代イスラエルを感じました。

 

後日、この写真と記事を見た

見えないものが見える友人が

「私はイザナギ、イザナミを強く感じ
ユダヤが封印されていると思ったよ。」
と、言っていました。

 

一緒に参拝に行った友人は

ピンクの❤ハートを感じて


その後

ハートの形をした石を見つけて

とても喜んでいました(*^-^*)

 

 
今から書く事は他の日に
(2015年10月1日)
玉置神社を参拝した時の事です。

 

参拝した時に

まばゆい光の中に

どなたか神様のお姿が見えました。

 

私は国常立大神様を感じました。

 

何か弓の玄のような物を差し出され


「これを持って行くがよい」

と言われました。

 

何かわからなかったけど

私は受け取って胸に収めました。

 

その事を一緒に行った友人に話すと

「何だろうね?」と言っていました。

 

参拝の後

友人2人が

御朱印を書いてもらいに

社務所へ行きました。

 

私は以前、書いて頂いたので

今回はパスです。


書いてもらった

御朱印を頂くときに


社務所の方が

「これを差し上げます」と

私達に1枚づつ

500円で販売されている

魔よけのお札を下さいました。

 

渡される時に

「この事は内緒に」と言われました。

(もう3年以上も経っているので

言っても良いかなと💦)

 

私達に魔よけのお札を渡された後

「あれっ?」と我に返ったような

不思議な顔をされて居ました。

 

魔よけのお札を

じっくりと見た友人が

 

「あれ?

さっきミントちゃんが

神様からいただいて物は

このお札に書いてある

玄じゃないの?」と

 

私もじっくり見てみると

「ほんとだ!これだよ!」

と思いました。

 

以下の写真が頂いた魔よけのお札です。

 

 

裏側を見たら

国常立大神と書いてあり

またまたビックリ!

 

やっぱりさっき頂いたものが

物質化したんや!と、思いました。

 

実は私はこの後10月9日~12日まで

M先生の御神事に審神者として同行して

青森へ行く予定だったので

持って行くようにと国常立大神様が

お渡し下さったのだと思いました。
 

 

参拝している間
ずっと、1匹のアブ?が
ブンブンとうるさくまとわり付いてきて
とてもうるさかったです💦
偵察隊かな(^▽^;)
 
 
ハートの蝶番
可愛いですね❤
 
 
玉置神社の境内には

樹齢3000年と
いわれる神代杉をはじめ

奈良の天然記念物にも
選ばれた巨木があります。

 

 

大杉

境内でも一番大きな杉で

目通り周囲11m

高さ約50m

 

 

夫婦杉

 

 
神代杉

 

 
 
 
大日堂社(大日如来)

 

 
 
 
 
山道をまた登り💦
末社 玉石社へ向かいました。

 



 

末社・玉石社


御祭神
大巳貴命 

(おおなむぢのみこと)

 

古代、神武東征以前から

熊野磐座信仰の一つと

 

して崇められてきた玉石は 

玉置神社本殿と

玉置山頂上中程に鎮座します。

 

社殿がなくご神体の玉石に礼拝する

古代の信仰様式を残しています。

 

玉置神社の基となったのが

この玉石社と伝えられ

玉石に宝珠や神宝を 

鎮めて祈願したと伝わっています。

 

大峯修験道では

玉石社を聖地と崇め

本殿に先んじて礼拝するのが

習わしと なっています。

 

玉置神社ホームページより転載

 


三石社 


垣のなかには

三つの石が並んでいます。

 

 
隕石exclamation & question

 

 
また、山道を下りて
駐車場へと向かいました。
 
 
帰りは来た道と違う道を行きました。

 

 
 
途中、白山社が・・。
 
 
 
磐座が御神体です。
ここは、菊理媛神様
エネルギーがとても強いです。

 

 

 

 
初めて参拝した時に購入した
玉置神社の御朱印帳と御朱印です。
 

 

玉置神社にはこの後

2度参拝に行っています。

 

好きな神社の1社です。

 

 

おはようございます。

今日もまだまだ暑くなりそうですね。
 
今日は私が持ってる御朱印帳を
紹介します。

 

初めての御朱印帳は

富士山本宮浅間大社」の物です。

 

以前から神社参拝巡りはしていましたが

御朱印には興味がなくてしていませんでした。

 

でも、2010年に学生時代の友人たちと

河口湖方面へ旅行へ行った時に

友人が御朱印帳を買っているのを見て

 

富士山のデザインの御朱印帳が素敵で

御朱印帳を買ってしまい(^▽^;)

はじめることにしたのです。

 

 

2冊目は「玉置神社」の御朱印帳です。

玉置神社は好きな神社の一社です。

社紋がミッキーマウスを逆さにしたようで

可愛いですよね(*'▽')

 

 
3冊目は沖縄の「普天満宮」の御朱印帳です。
なんとなく可愛いですよね(*^-^*)
 
 
4冊目は「箱根神社」の御朱印帳です。
芦ノ湖湖畔に建つ九頭龍神社も書いてあるし
箱根神社の方は
狛犬さんが書いてありなんとなく可愛い!
 
 
5冊目は「冨士御室浅間神社
ピンク色と紫色が可愛くて
コノハナサクヤ姫様も可愛くて
4冊目の裏側がまだ空白なのに
ついつい買ってしまいました(^▽^;)
 
 
 
6冊目は大阪府八尾市にある
参拝の時に御朱印帳を持って行くのを忘れて
別の紙に書いて下さいとお願いしたら
こちらの御朱印帳に書いて下さり
御朱印代の300円だけで
御朱印帳はプレゼントしてくださいました。
 
友達からは「御朱印帳を忘れて
ラッキーやったね」と言われました。
ほんと!ラッキー!感謝ですね!
 
木でできていて、シンプルで素敵な御朱印帳です。
 
 
高千穂神社」の御朱印帳です。
今回の九州スピツアーで買いました。
九州スピツアーで参拝に行った神社の
御朱印は全部こちらに書いていただきました。
今回だけで表のページがほとんど満杯です。
 
 
ここからはお寺の御朱印帳です。
お寺はあまり参拝に行っていないし
御朱印をいただくようになったのが遅かったので
まだ、2冊しありません。
室生寺」の御朱印帳です。

 

お寺の御朱印はどこも字がすごく達筆ですね!

 
 
 
大峯山 龍泉寺」の御朱印帳です。
 
龍がすごく素敵です。
 
 
これからも御朱印と御朱印帳を増やしたいですね(*^^)v
素敵な御朱印帳を見かけたら
ついつい、買ってしまうかも(^▽^;)
 
與止日女神社の次は

 

今日の最終参拝場所

徐福の宮へ向かいました。

 

 

この場所は友人の知人にお聞きしました。

あまり人に知られるのは・・・

と言うことで場所はお伝え出来ませんが・・・。

私も今回友人が一緒でなければ参拝できなかった場所です。

 
 
滝が勢いよく流れる音しかしない
とてもひっそりした場所でした。
 



 
 
全国各地に徐福伝説がありますが
たくさんあるようですね。
 
 
今から2200年前
徐福は秦の始皇帝から
不老不死の薬を探す命を受け
日本へとやってきました。

 

 
徐福の石像にドキリとしました。
この辺りはとてもエネルギーが強くて
立っているだけでもぐらぐらしました。

 

でも、その強いエネルギーは

とても心地良い物でした。

 

自分の身体が

バージョンアップされるような感覚です。
 

 
参拝した時に徐福の後ろに控えてる龍が
にゅー!っと前に出てきて鋭い眼光で見られました。
でもすぐに、また徐福の後ろへと戻って行きました。
 
私を守護してくれている
マヤの龍さんに気が付いたのかな?笑
 
 
その後
桃が1個差し出されて受け取りました。
 
桃って?
 
 
徐福は不老不死の薬を
見つけることができたんでしょうかね?
 
不老不死の薬って?
 
桃と言えば一番に浮かぶのが
黄泉の国でのイザナギの命とイザナミの命
事を書いた古事記を思いだします。
 
桃は中国では仙木とも呼ばれ
邪気を払う呪力があると考えられていたそうです。
また、桃の木のやにから作られる仙薬は
万病に効くとされていたそうです。

 

それから

桃から生まれた桃太郎の話は

桃が不老長寿の仙果で

邪鬼を払う呪力があったことに

関係して作られたようです。

 

差し出された桃の意味する事!

徐福が見つけた不老不死の薬は
桃だったのかも?と、ふと思いました。
 

 

こちらを後にして今日宿泊する

嬉野温泉の宿へと向かいました。

 

7月28日は皆既月食の満月でしたね。

宿泊して宿の窓から満月がとても綺麗に見えました。

 

明日は
世界遺産に登録された
平戸春日集落へと行きます。
 
宇美神宮 聖母宮からの続きです。
 
次は
佐賀県佐賀市大和町大字川上1-1
に鎮座している「與止日女神社」へ

参拝に行きました。

 

佐賀の一之宮だそうです。

 

 
與止日女神社は

川上川(嘉瀬川)のほとりにあります。

写真はないですが駐車場から

川上川が見えてとても気持ちの良い場所でした。

 

別名は「河上神社」だそうです。

そして通称は「淀姫さん」と呼ばれているそうです。

 

 
祭神について御由緒には

「與止日女命(神功皇后の御妹)

また豊玉姫命(竜宮城の乙姫様)とも伝えられている」

と、書かれています。

 

 

手水舎

 
 
 
本殿前の空間はとても気持ちの良い場所でした。
 
 
 
 

私は参拝した時に大きななまずと

豊玉姫様を感じましたが・・・。

 

 
 
拝殿天井の絵馬は

「山幸彦海幸彦縁起絵巻」

「菅原道真公絵巻」

だそうです。

280枚あるそうです。

 
 
天井画は佐賀市光在住の中国人画家
尹雨生(いんうせい)さんが約2年半かけて
描きあげられたそうです。
 
 
 
大楠
 
 
與止日女天満宮

 

 
金精さん
御由来
その昔、神功皇后三韓征駐の折り
 
当地におとどまりなされし
妹君の与止日女様が
子宝に恵まれぬために
 
ひそかに館の一隅にあった
男根の自然石に肌をふれて
子宝を願ったところ
 
色あくまで白く、きめこまやかにして
玉の如き子供が授かったという。
 
以来金精さんとして
河上神社の一隅に安置してありましたが
今度皆様の要望により一般に公開致します。 
 
平成16年5月吉日
 
 
御朱印をいただきました。
 
 
次は巨石パークへと向かいました。
 
でも、時間が遅かったので今回は入れなくて
友人の知人のお店へ寄らせていただきました。
 
そこで友人の知人に伺った隠された場所?
 
宇美八幡宮(奥宮)からの続きです。
 
下の写真は宇美八幡宮の
裏の鳥居から奥宮を見た景色です。
 
ずっと先に赤い橋が
見えるのわかりますか?
 
後ろに見えている山は弥勒山だそうです。
弥勒という名前だけで
テンション上がります!笑
 
 
奥宮からは車で移動して
裏の鳥居側の駐車場に停めました。
 
駐車場は3ヶ所あるのですが
どこも満車で・・・
でもなんとなく入っていった場所が

知る人ぞ知るという
裏の駐車場だったようです。
 
今回の宇美八幡宮へ参拝に来た
一番の目的は聖母宮への参拝です。
 
聖母宮は
こちらの駐車場からすぐの場所でした。
 
他は満車なのに待つことなく
しかも聖母宮に一番近い場所に
車を停めることが出来たんです爆笑
 
この場所に駐車できたのは偶然?ですが
一番最初にご挨拶に来なさいと
神功皇后が
お導き下さったのでしょうか?!
 

 

今年は(2018年)

二十五年に一度の聖母宮(しょうもぐう)の御開帳でした。

 

 

2018年5月5日から12月31日までの

 

「月次祭」「戌の日」「土日祝日」

だけが御開帳されます。

 

今日(7月28日)は

土曜日だったので御開帳されました。

 

 

宇美八幡宮は

神功皇后が身重のまま新羅に渡り

無事、御帰還され

第15代応神天皇(おうじんてんのう)

を出産されたという伝説とともに

産み(うみ)から宇美(うみ)に

子宝・安産・子育てを守護する

神様として信仰されています。

 

 

聖母宮(しょうもぐう)
 

 

聖母宮に奉安されております

神功皇后の御姿を拝した

「聖母宮御神像」は

室町末期の作と伝えられ

総高一五一糎

国内唯一の脱活乾漆造の御神像で

昭和三十五年に

福岡県指定民俗資料として

文化財指定を受けております。

宇美神宮ホームページより転載

 

 

 

 

神功皇后の御神像は

ゾクッ!として怖いぐらいでした。

 

最初は真っすぐに

見ることができませんでした。

目が青く光っていました。

 

M先生から後でお聞きしたのですが

神功皇后の真のお姿は

「ワニ」と言われているそうです。

 

 

参拝させていただくと

まばゆいぐらいの光が降りてきて

それは目の前に広がり

目が慣れてくると黄金色の玉が見えました。

「手を」と言う声で

胸の前に手を出すと

黄金色の玉が手の中に

そっと胸の中へと押し込みました。

 

 

その時は何かわからなったのだけど

神功皇后の御神像の

写真を撮らせていただいて


その写真を大きくして見た時に

神功皇后の御神像が右手に持っておられる

宝珠に似ていたなと思いました。

 

この黄金色の玉を何に使うのかは

今はまだわかりませんが

きっとどこかへ運ぶのだと思います。

 

 

御朱印をいただきました。


ここでは

もう書いてあるものをいただくので


あとで御朱印帳に

貼らせていただきました。

 

 

御開帳の機会は

今年中にまだまだあります。


機会があったらぜひご参拝ください。

今回を逃したら次は25年後ですよ。

 

これから本殿の方へ

参拝させていただきます。

 
 
 
狛犬さん達
 
 
 
御祭神 

応神天皇(おうじんてんのう)

神功皇后(じんぐうこうごう)

玉依姫命(たまよりひめのみこと)

住吉大神(すみよしおおかみ) 

伊弉諾尊(いざなぎのみこと)

 

 
参拝をさせていただいた時に
白い鳩が羽ばたいて
その鳩はマゼンタ色に
変わり飛び立っていきました。
 
白い鳩は平和な印
でも白は良くも悪くも
どんな色にも染まります。
 
マゼンタ色は究極の愛の色
無償の愛の色
 
親が子供に対する愛は無償の愛
 
 
 
樹齢2000年以上と推定される
国指定天然記念物の
「湯葢の森」「衣掛の森」という大樟

 

 
とても仲の良い鳩が
2羽寄り添っていました。
 
 
「子安の木」

神功皇后が取りすがって安産したという木

 

 
 
 
 
 
「産湯の水」
産湯として使ったといわれる湧水

 

 
 
 
「子安の石」
妊婦が出産前に
「お産の鎮め」として一つ持ち帰り
無事出産した後に
新しい石に生まれた子の名前を書いて
以前、持ち帰った石と一緒に
お返しするのが習わしだそうです。

 

たくさん石が積み上げられていました。

 
 
御朱印をいただきました。
 

次は佐賀市にある與止日女神社

向かいます。

 

 

宮地獄神社参拝後に
宇美八幡宮(うみはちまんぐう)へと向かいました。

 

ナビをきちんと設定したのですが

最初に連れて行かれたのは

宇美八幡宮の奥宮
御胞衣ヶ浦(えながうら)の方へ案内されました。
 
友人は今年の6月にも行っているので
奥宮へは参拝に行かなくて良いと思っていたそうです。
 
宇美八幡宮から

真っすぐ直線で離れた場所にある奥宮へは

「私はここで待っているのでミントちゃん一人で

参拝に行ってきて」と言うつもりだったようです。

 

たぶん、私はそう言われたらこの灼熱地獄の中

少し長い距離を歩いてまで

友人を待たせてまで行かなかったと思います。

 

それに今回の九州スピツアーは

高千穂以外はどこへ行くのかも

どの神社へ参拝に行くのかもまったく知らなかったし

 

行く当日の朝に友人から聞いて知ったぐらいで

 

何の下調べもしていないし💦

知識もありませんでした(^▽^;)

 

だから奥宮がとても重要な場所だとは

思いもよりませんでしたし・・・。

 

私の事!きっと・・・

「ものすごく暑いので歩くの嫌だし

奥宮への参拝はしなくていいや!」

と、友人に答えたことでしょう(^^;)

 

ナビが(神様が呼んでくださったのか?)

連れて行ってくれた事に感謝ですね。

 

 

 

赤い歩道橋(子安橋)

の下には県道と宇美川が流れています。

 

 
 
 
 
 
奥宮 御胞衣ヶ浦(えながうら)
 
御胞衣とは、胎児を包んだ膜と胎盤をいい
後産(のちざん・あとざん)のこと

 

皇子(応神天皇)の御胞衣(おえな)を

納めし処と伝えられています。

 

 
 
 
 
奥宮から宇美八幡宮の

方向を見た景色です。

 
宇美八幡宮を挟んで
向かいには井野山が見えます。
 
 
 
 
 
 
 
 
参拝の時に青い光に包まれて
遠く宇宙へ飛んで行きました。
 
白銀の長い糸で守られているような感覚でした。
 
 
この世に生を受けた時から
誰もが白銀の糸で守られている

 

何も見失うことも

怖がることもない

 
これは帰るときまでずっと続く
 

本来なら宇美八幡宮本殿を参拝してから
奥宮へ参拝にという順が良いのでしょうが
 
私は先に奥宮へ参拝に伺はなければ
ならなかったようです。
 
ではこれから宇美八幡宮
 
神功皇后へご挨拶に向かいます。