黒瀬の辻殉教地(ガスパル様)九州スピツアー18 | 色の宝石箱 Larimar ラリマー

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最近は自分の好きな事を
ブログに書いています。

平戸春日集落からの続きです。
 
この日は大型の台風が来ていて
福岡辺りは暴風圏に入っている状態で
平戸の辺りも雲行きが怪しくなってきていました。
 
でも、きっと大丈夫!
大雨にあったりすることはないと思っていました。
 
ほんとに、私達が帰るまで雨に降られることもなく
台風に直撃されることもなく大丈夫でした。
 

 

キリシタン・ガスパル西玄可が慶長14年に殉教した場所です。

平戸と生月(いきつき)の間にある黒瀬の丘にあります。

 


平成3年(1991)にカトリック信徒によって
十字架型の「黒瀬の辻殉教碑」が建てられ
毎年11月14日前後にミサが執り行われています。

 

 

1563年に1000人を超えるキリシタンが
十字架を持って聖歌を大合唱しながら大行進をしたそうです。
 
生月島のキリシタンの全盛期に
(ほぼ全島民がキリスト教の洗礼を受けたそうです)
この地を「クルスの辻」と呼んだそうですが
隠すためか?「黒瀬の辻」と呼ばれるようになりました。

 

 

 

 

 

キリシタン領主、籠手田(こてだ)氏が

生月島(いきつきしま)を退去したのち

島のキリシタンの指導にあたった

西玄可(洗礼名ガスパル)の殉教地

 

役人に捕らえられた西玄可(にしげんか)は

かつて十字架が立っていた場所で処刑

埋葬してほしいと願い出る。

 

その願いは受け入れられ

1609年11月14日の朝、彼は斬首(ざんしゅ)され

信者によって埋葬された。

 

昭和の初め、黒瀬の辻という丘の上に

「ガスパル様の松」と呼ばれる大松があり

その根元に古い積石墓があった。

 

かくれキリシタンの信者は

それがガスパル様の墓だと信じ

ここをガスパル様が殉教した場所だとして聖地とした。

 

おらしょこころ旅より転載させていただきました。

 

 

キリシタン・ガスパル西玄と妻と長男のお墓です。

花が絶やすことなく供えられているようですね。

 

 

黒瀬の丘から見える景色は海が広がり

中江ノ島が目の前に見えます。

 

江戸幕府による禁教令後により
平戸や生月の宣教しが中江ノ島で処刑されました。

 

中江ノ島に向かう船の中で

ヨハネ次郎右衛門が
「ここから天国は、もうそう遠くない」

と言ったと伝わっています。

 

この事から、隠れキリシタンの間で

中江ノ島は「天国への門」と呼ばれたそうです。

 

 

中江ノ島

潜伏キリシタンにとって殉教地として信仰し

お水取りが行われていた聖なる島

 

中江ノ島は平戸島と生月島(いきつきじま)の

北岸の沖合に浮かぶ長さ約400m、幅約50mの

小さな無人島である。


禁教時代には平戸藩によって

棄教しないキリシタンを

処刑した島としての記録も残っており

潜伏キリシタンにとっては殉教地として

「サンジュワン様」などと呼び

聖地として日頃から信仰していた。

 

平戸島西海岸の春日集落や

生月島の潜伏キリシタンにとって

岩からしみ出す水を聖水として採取する

「お水取り」が行われる聖地でもあった。


地元の人は「サンジュワン様」

「御三体様」「おむかえ様」とも呼んでいる。

 

九州の世界遺産より転載させていただきました。

 

 

初めにも書きましたが

偶然つけたテレビの番組で

隠れキリシタンの事が

ドキュメンタリーで放送されていました。

 

その時に中江ノ島のお水取りの場面も

放送されていました。

岩の裂け目に萱(かや)を指して

ほんとに少しずつ滴り落ちる聖水をとっていました。

 

伝承では、どれだけ日照りでも聖水は枯れないそうで
オラショを上げると聖水が滴り落ちると言われているそうです。

 

隠れキリシタン以外の人が訪れても

聖水は湧かないと言われ

 

聖水は腐らないし採取した聖水は

目減りしないと伝わっているそうです。

 

その聖水を洗礼の時に使われていたそうです。

 

台風の影響で曇っていたけど

中江ノ島も見ることができたし

ここに来られてほんとに良かったです。

 

 

次は平戸ザビエル記念教会へと向かいます。