特養-続6・利用者Cさんの行き場のない想い | あなたに,も一度恋をする

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わんこと,お花と,お料理と…そして介護

母の特養で知り会ったCさんの続きです。

連載になっていますので、

最初にさかのぼってからお読み頂ければ

内容が理解しやすいと思います。

 

過去記事

 

 

 

 

 
 
Cさんとその後、お目にかかれたのは、
翌週の昼過ぎだったと思う。
「Cさん、こんにちは!」とお声をかけると
「お母さん、貴女の事、
待ってらしたわよ。」
と言って、母の状態を教えてくれる。
 
施設の利用者の方は、
Cさんを始め、母がどんな風に過ごしてたか
どんな事をしゃべってたかなどを
私に報告をしてくれる。
母の口から出る言葉は、いつも
「私は家に帰りたいの。
家が一番いいの。」
が1番多かった。
母もまた、Cさんと同様に、
本当の気持ちを
家族には言えない一人だったと思う。
 
肝心、要の施設関係者からは
母のそうした話や状態を教えてもらう事は
ほとんど無かった。
だから利用者さんから頂く情報は、
母の心情を理解する上で、
とてもありがたかった。
 
この日、母におやつを渡し、
一緒に部屋で食べた。
母は、ちょっとお昼寝するわと言うので、
ベッドに横になってもらい、部屋を出た。
ダイニングにいたCさんの横に腰掛け、
「今、困ってる事ありませんか?」
と聞いてみた。
 
Cさんは
「困ったこと…?
そうね…。
気にしてる事はあるわ。
見て、私の眉毛。
このとおり、ほとんど無いでしょ。
薄いのよ。
だから眉を描くものが欲しいんだけど、
描いても次の日には消えちゃうでしょ。
それって毎日毎日、
描きなおす手間を考えたら
もういいやって思っちゃっうわ。」と。
 
それを聞いて、
「Cさん、眉ペンシルには
消えないのがありますよ!
一度描くと、石鹸で洗っても、
1週間くらい消えないで持つ
ペンシルがあるんですよ!」
とお伝えすると、
 
「知ってるわ!それが欲しいのよ。
それね、私が家で過ごしてた時、
いつも来てくれる訪問のヘルパーさんが
買ってきてくれてたの。
どこで買ってたかは知らないけれど、
”来るついでに寄って買ってきますよ”
と言って、無くなる度に
買ってきてくれたの。
その方、本当に親切な方でね。
で、その眉墨、
ヘルパーさんがいうとおり、
顔を洗っても、しばらく落ちないのね。
不思議よね。
それを息子に買ってきて欲しいんだけど、
男だから化粧品の事なんて、
わかんないでしょ~!
困ったもんよ。
だから、私ここに来てから、毎日、眉なし!
あははは~。」と。
 
それを聞いて、
「Cさん、それなら私、持ってきますよ。
生協さんのカタログに載ってるんです。
いくつか種類あったと思いますけど、
注文しときますよ
色は少し茶色系でいいですか?
翌々週には持ってこれると思いますけど、
どうされます?
と聞いてみると、
 
Cさんは
「わぁ~、手に入るの?助かるわぁ。
じゃあ、貴女の言葉に
甘えさせてもらっていい?
あぁ、嬉しい。ほんと、助かる。」
 
そんな会話を交わして
その日は施設を後にしました。
帰る車を運転しながら、
女性って幾つになっても女性なんだなと
思ったもんです。
 
少し話はそれますが、
私は母のロングショートから
一時帰宅させた際、
顔そり、眉そり、鼻毛切り、爪切りを
毎回行ってました。
爪は手足ともに、
いつも鬼のように伸びてた。
 
ある時、
ケアマネ(40年来の友人でもある)
「帰宅すると色々する事があって
いつも慌ただしいの。
爪切りから、薬の個別包装やら、
何から何まで。」
と言うと、
 
「爪切りは看護師がやってくれてないの?」
長期利用者の爪切りは、
施設の看護師の仕事の一部でもあるのよ。
爪切だけでも、お願いしてみたらどう?」
 
と言われて驚いた事がありました。
それまで、ただの一度も
爪がカットされた事がなかったからです。
 
ケアマネの言葉を受けて、
その後ネットで調べてみると、
確かに施設での爪切りは、
施設看護師の仕事にもなっている。
介護士が看護師に変わって
行えない事もないけれど、
足の巻き爪などを考えると、
やはり看護師が行うのが適切という記述でした。
 
でもそれをわざわざお願いしたところで
また行われてないのを見ると
新たなストレスを呼び込む事になるので
逆に、してもらわなくても良いと思いました。
 
実際、母が2年半もの間、
爪をカットしてもらったのは3回のみ。
(これは手の指のみ)
そしてあとの1回は、
看護師が足の爪を切った時に
肉を切ってしまい、
出血してしまったという電話報告が入ってます。
肉まで切るくらいに雑な爪切りなら、
いっそ、母に構わないでと思ったものです。
 
話は戻りますが、
施設の母を訪ねた夕食後に行っていたのは
就寝時のパジャマの着替えや入れ歯の洗浄など、
少しでも介護士の助けになればという
想いもありましたが、
他にも理由がありました。
そのひとつに、石鹸で顔を洗う事です。
 
母が帰宅した時に洗顔をすると、
驚くほど色が白くなる。
まるで漫画かCMみたいにです。
母も鏡を見て
「ほんと、真っ白だわぁ~。」と。
これは、施設の介護士が
利用者の顔に石鹸で洗顔してもらう事まで
やってくれないからです。
「そんなのは本人のする事!」
施設にとって、いわゆる
知ったこっちゃない事項』です。
 
ただ、入れ歯のポリデントづけだけは
歯科衛生上の決め事ですので、
それは必ず介護士が
行わなければならない事ですが、
美容的な部類に入る事は、基本、
介護プランには入れられない。
国の介護保険を使っている限り。
 
その結果、施設内においては、
どんな認知症の方でも
洗顔石鹸をつけて洗ってもらえる事や、
洗顔後に家族が用意した
化粧水や乳液などを
介護士からつけてもらう事は、
ほぼないのではないかと思います。
実際、施設から自宅に戻して
荷物をチェックする際、
母の化粧水も乳液もクリームも
持ち込んだ時の量とほぼ変わらずでした。
何にも減ってない。
 
加えて言うなら、
そもそも顔をぬるま湯で
洗わせているのかさえ疑わしい。
入れ歯をポリデントが入った容器に入れ、
うがいをさせる事はあっても、
その後に洗顔を勧め、
それを終えるのを見届けるまで
結構な時間がかかるのは事実。
「自分で洗っといてねぇ~。」
と言って部屋を出ていけばOKなのだ。
母のような認知症の利用者は、
よほどの恐怖な事以外は覚えてないし、
こだわりもないから、
介護士は人から聞かれたら、
「洗顔ですか?
もちろん、ちゃんと洗ってもらってますよ。」
言えば終わり。
 
そうして朝も夜も
洗っているのか否かもわからない
母の顔の毛穴に、
汚れはどんどんたまっていく。
お風呂ではいささか洗顔できても
手に力のない母の洗い方はふにゃふにゃ。
そのため私は数日に一度は夕刻に行き、
母を洗面所に立たせて、
後ろから手を回して
顔に泡立てた石鹸をつけて洗い、
洗顔補助をしていたのです。
 
そんなある日、気づいた事。
それは、母は鏡の前に立つと、
いつもボーと半目になっている顔が
しゃきっとして自分の顔を見つめている事に。
女性は鏡の前で変わるんだ…。
どんなに高齢になっても、
自分は綺麗でいたいんだ…。
それを維持してあげる事は、
その人が女性として生まれて生きた、
尊厳でもあるかもしれないなと。
 
私はそんな介助をしながら、
母にこう言っていました。
 
「お母さん、
女性はいつまでも綺麗でないとだめよね。
汚い女性と思われると
人から雑に扱われるものよね。
お母さんは元から美人に生まれたんだから
ちゃんとお手入れして
綺麗にしとかなきゃね。」
と。
 
母は綺麗だと褒められると嬉しそうな顔をして
「そうよね。ほんとね。」と返していました。
 
Cさんも同じく、
女性として、
いつまでも綺麗でありたい思いは一緒。
そしてCさんのお顔は、
和製グレタガルボのように細長く、 
均整のとれた美しいお顔立ちの方でした。
眉が描けない、眉がない日常は、
Cさんにとって
人が思っている以上に、
気になる事だったのだと思います。
 
そうして翌々週になり、
生協から届いた眉ペンシルを手に
夕食後あたりの時間を見計らって
施設に行きました。
母を含めて、ほとんどの方が
食べ終えていた時間。
 
「Cさん、持ってきましたよ。」
と言ってリビングテーブルに行き、
ペンシルを差し出すと、
 
「ああ、ありがたい。
お手間をかけて、ごめんなさい」と。
 
「ちょっと手に描いてみていいですか?」
と聞いて、Cさんの横に行き、
自分の手の甲に、
こんな風になりますとデモしてみせた。
ペンシルといっても、鉛筆系のものではなく、
筆ペンシルのように、液体になっているもの。
一度描いたら1週間は消えないペン。
 
「こうして1本1本づつ描いていくと
とても自然に見えるので、
お時間ある時に、ゆっくり描いてくださいね。」
と言ってお渡しした。
 
Cさんは、前回の真鍮ベルの時のように、
私が差し上げたものを、介護士から、
『利用者が、家族の許可なしに
他人様から物を受け取る事は出来ません。』
取り上げられる事を避けるためか、
そばにいた女性介護士と、
もう一人の男性介護士に、
ペンシルを見せながら、伝えた。
 
「これは私がこの方に
買ってきて欲しいと頼んだものなの。
もらった物じゃないのよ。』
 
そう言った後、
 
悪いけど、この方に代金を
お支払いしなくちゃいけないから
私の財布から支払ってもらえます?」
と。
 
若い男性介護士はこれを聞いてすぐに、
事務室からCさんの財布を持ってこられました。
カパっと開けたその中から見えたお札。
そうですねぇ。。。
20枚以上、いや30枚くらいあったでしょうか…。
それが千円札なのか万札なのかまでは
わからないけれど、その量にびっくり。
そのためか、
お財布がパンパンに膨らんでいた。
 
私は施設に預ける母のサイフには
テレビカード3枚分の千円札3枚しか
毎回入れてませんでしたから、
『この施設に、こんなに預けて大丈夫?』
といらぬ心配がよぎる。
そのくらい、
私はこの施設への信頼は失墜してたわけです。
 
そして男性介護士は、Cさんの財布から
代金を私に払ってくれました。
その時、いささか前回の時のように、
介護士に取り上げられる事なく、
Cさんが手にしていた。
 
私が念のために、Cさんに
「ご自分で描けますか?
もしよかったら私が描きましょうか?
いつも母の眉は描いていますし、
メイク(ランコム)の講習も受けた事ありますよ。」
と言うと、
 
「ありがとう。
でも明日の朝、ゆっくり描きたいわ。
いつもいつも親切にしてくださって。
助かった!ほんとに欲しかったから。」
と言われた。
 
その後、
私はいつものように母を個室に連れて行き、
就寝の着替えと洗面、
翌日に着る着替えを枕元に置いたあと、
母としばらくおしゃべりして
30分くらい経ったあと、部屋を出た。
 
するとダイニングで、
周囲の利用者が見守るなか、
なんと、やせ型女性介護士がまだいる。
私がCさんに渡した眉ペンを持ち、
Cさんの顔を真正面に向けて、
眉を描いているではありませんか!
やめて~っ!!
と心の中で叫ぶ私。。。
 
 
このやせ型女性介護士、
以前、夕食を食べてたCさんに

「Cさん、お話するのはいいけどね、

話ばっかり夢中になってないで、

しっかり食事を食べてちょうだい!」

と言った、あの方です。

利用者にさっさと食べろと叱責したこの方が、

時間をかけて眉を描くはずがないのです。

 

眉を描くって、

そうそう簡単に出来るものではありません。

自分の眉ならともかく、他人の眉は。

素人なら20分くらいはかかる。

プロでないかぎり、

数分で描くのはむずかしいのです。

 

当然、Cさんの前には鏡もおいておらず、

Cさんが描いてほしいラインも聞かず、

なぜこのやせ型介護士は

自分からしゃしゃり出て、

眉書きをしてるのだろう。。。

恐らくだけど、

何もせずにいたら利用者の家族以下の

サービスしかしてないと思われる。

『負けるものか!』というプライドが

ムクムクと湧き上がったのだろうか、、、。

 

Cさんは目をつぶって、

なされるがままにされている。

そんなCさんに気づかれない様、

私は出口に向かって歩きながらチラ見した。

そして泣きそうになった。

 

 

その眉は左右の太さが違って、

片側はハの字に下がってる。

道頓堀の食い道楽にあった人形のように。

それにCさんの骨格とは

明らかに違うラインで、

片方は見るからに、毛虫のようだった。

消せない眉ペンシルなのに、

介護士は何度も修正しようと

描き重ねたのだろう。

描かれた眉は、恐らく1週間は消えない。。。

 

美容に関する事は

施設はしないんじゃなかったっけ?!

 

Cさんは自分の眉がどんなになっているか

まだ知らない。

部屋に連れて行かれて、洗面の鏡を見て、

初めて知る。

その時のCさんの心情を想像すると

いたたまれない。

腹立たしいのを通り越して、

ただただ悲しい気持ちで施設を後にした。

 

 

(次の記事がCさんの最終になります。

今日も長い記事をお読み頂きまして、

ありがとうございます。)

 

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寒くなってきました。

コロナも蔓延しています。

どうぞ、充分予防の対策をなさってくださいませ。