心配事の9割は起こらない。

なぜ人間は心の中に心配事を抱いてしまうんだろう。

妄想するからです。

悪い予想をするからです。

心を縛るもの、心に住み着いて離れないのはすべて妄想です。

ない事に対して病的原因からいだく誤った判断、確信です。

その妄想はどこから来ると思いますか。

物事を対立的にとらえることで生じます。

生死、勝ち負け、損得、健康病気、こんなふうに対立的にとらえると摩擦熱が生まれる。

他は是れ吾にあらず。

 

他の人がやったのでは、自分がやったことにならない、という意味です。

他のことは私ではありません。

ここにあるのは私と今だけです。

自分と今だけに集中しましょう。

世の中、自分ではどうにもならないことがある。

息をしている、このことさえ自分の手が及ぶものではない。

今生きていることすらが主体ではなく、命まかせで生きている。

間違いなく生かされているのであって、力むことはない。

どうにもならないことは、どうにでも任せて、あるがままに受け止めましょう。

心に向ける一言は「どうにかなる」。

それでいいじゃありませんか。

あるがままそのまま。

自分の正体ですよ。

情報だけで、相手の一面だけを見て、嫌な否定的な感情で見てみると見誤ることになる。

その人にも良いところがあると見つめて、あなた自身がその人を良いところがあるはずと見つけると世界は変わる。

あなたは良い人なのです。

焦るな慌てるな。

七走一座。

七回走ったら一旦座ってみよ、という意味。

一日一回止まりなさい。

ひた走る人生もそれはそれで構わないと思うが、止まることは決して悪いことではありません。

正しいという字を見てごらんなさい。

一回止まれと書いてあるじゃありませんか。

立ち止まって考えないといけない。

先のことを考えると不安になる。

 

落ち込む人はあるでしょう。

災難に遭うときは災難に会えばよろし。

覚悟をしましょう。

その覚悟から世の中を転じさせるという力は生まれてきます。

あなた自身が一回転すればよいのです。

そうすれば世界も回転します。

冷暖自知という言葉があります。

器の中の水が温かいか冷たいか。

水が冷たいか温かいかは、飲めば自ずと分かることです。

体感する事ですよ。

飢えて死ぬ人もいますが、食べ過ぎて死ぬ人もいます。

5人中2人が糖尿病と診断されている国、日本。

何かをたくさん食べれば健康になれるという食品会社がりますが、たくさん食べて健康になるということは絶対にないそうです。

どんなにたくさん情報を集めたって、したいこと生きたいこと、こういうふうに生きたいという生き方を見つけることはできない。

自分で動いて真実をつかむ。

真実のつかみ方はない。

テレビとかラジオで事件報道を聴くときは、一番冷静な人を選んで意見を聴くようにしましょう。

耳を傾けるようにしてください。

情報はありすぎると迷いのもとになります。

食べ物と同じです。

多ければ、必ず取りすぎで病になります。

自分というものを忘れて情報に従おうとすれば、とんでもないミスを犯すようになる。

どんな場面であろうと、どんな事態であろうと、自分が主人公であるという自覚さえあれば必ず解決策は見つかる。

きょろきょろしない。

自分の立つところを踏みしめる。

視線を落ち着かせてあたりを見回し、逃げる方角を自分で探す。

今できることそこからまず一歩を踏み出す。

病気は半分気なんだ。

過敏性腸症候群、トイレに近くてトイレがないところには出かけられないという病。

この患者さんにプラセーボを試した。

偽薬で30%以上の人が治った。

偽薬で効く。

偽薬は、本物の薬のように見える外見をしているが、薬として効く成分は入っていない、偽物の薬の事である。

ノセボ効果は、偽薬などの効かないはずのものが、好ましくないマイナスの結果をもたらすこと。

人は何か危険が感じると頭痛、嘔吐、めまい、失神を起こす。

実はそのことからたくさんの危険を逃れてきた。

実績があって残っている。

自分の体の中に。

頑張らずに気絶するというのは、気絶したほうが生存競争の中では有利なんだ。

今の人類も持っている。

集団心因性疾患はある。

医師にもプラセーボとノセボの効果がある。

医師に告げられ、治った気になるのと、俺は死ぬんだなーと思わされる場合。

病態が重くなる説明をされると気が重くなる。

元気のなくなるお医者さん。

プラセーボを利用して、薬をなくすというのは無理かもしれないけど、なくすことはできるはずだ。

そういう心にだけで、医療費を削減することはできるのではなかろうか。

医師は薬を出さないと、ものすごく頼りない医師だと思われる。

ノセボ効果もあればプラセーボという効果もある。

疲労は痛みや発熱と同様に、これ以上、運動や仕事などの作業を続けると体に害が及びますよという生体における警報です。

乳酸の濃度が高くなり、筋肉のパフォーマンス低下がみられる。

最近の化学では、疲労とは脳からの命令であるという説が流れ始めた。

身体能力を決定するのは、筋肉ではなく脳である。

脳は疲労や痛みで運動制限ストッパーをかける。

ブレーカーが脳の中にあって、これ以上やるのはやめようと声が響く。

よく頑張ったもんと言うと、するすると落ちていく。

何度も脳はブレーキをかける。

脳の現象が疲労なんだ。

脳の現象だとわかる。

疲労を口に出しすぎる。

職場の過労も体の悲鳴ではなくて、脳の疲労なんだと。

身体の問題ではなくて心理の問題なんだと。

逃げるのではなく、あえて嫌な思い出に自分で近寄っていく。


暴露療法はそういう思い出に時間を決めて繰り返し思い出す方法。


不安障害に用いられる行動療法の技法である。

 

人間が思い出すという構造そのものが皆さんが思っているのと違う。

思い出はどこにあると思いますか。

思い出はどこかの棚の上に、あいうえお順に並べてあると思う。

棚に並んでいると思う。

思い出は脳科学でいいますと仕掛け花火と同じ。

いちいち作っている。

嫌な思い出があるとすると、嫌な思い出を思い出すのは、毎回、嫌な花火を火をつけて夜空に上げているようなもの。

無意識にやっている。

悪い思い出を会えて自分で作っている。

暴露療法どうするかというと。

自分で打ち上げる。

感情にまつわる記憶はそれを思い出すときに再活性化される。

いちいち自分で火をつけて上げなければならない。

パーンと打ち上げ状態になる。

夜空に上がる。

花火が打ち上げられて、広がるときが最も一番変化を受け入れやすい柔軟な状態にある。

打ち上がっているとき。

オリジナル版はないわけ。

現像はない。

いちいち自分で創らなければいけない。

残像が残っている間。

これが6時間。

6時間の間にその打ち上げ花火の色形を変えてしまうこと。

自分の力で。

暴露の6時間の不安の中で、一つでもいい、嫌な思い出の中で楽しかったことや美しかったその時の別の側面を思い出して嫌な思い出に足していく。

そうすると嫌な思い出から離れるとき、感謝しよう、嫌な思い出を出させるほど今は安心なのだ。

嫌な思い出を出させるほど、安全なんだということを別の立場で考えていくと、嫌な思い出そのものが別の思い出になっていく。

これをラベル付という心理療法がある。

ラベルを変えてしまう。

嫌な思い出との付き合い方がうまくなっていくと嫌な思い出に楽しかった思い出を足す技ができる。

これができるようになると脳の回路が変化する。

つまり、うまく切り抜けられるようになる。

これをラベル付けという。

同じもの見ても、問いが変わると脳はまったく違う回路を使う。

問いを変えることが感情を変える技になる。

分からない明日に生きているんだという、注意深さがあれば足腰が強くなるような気がする。

日々の出来事で感情を結論にしない。

なぜなら感情を結論にしてしまいますと答えが一つしか出なくなる。

答えはいくつもある。

そういう世の中を生きているんだなーと。

解釈はいろんな解釈はできるんだということでトラブルそのものの質が変わってくる。

あなたのトラブルが襲ってくるのは解決策があるからです。

学習について積極的か否かは実は寿命にまで影響する。

最も大事なことは、自分の人生の舵は自分で握る。

自分で人生の舵を握っていると思うことが生きる力を左右している。