不安に動揺したくなる。

心配事をあえて探すようになる。

悪いほうに悪いほうに考えるようになる。

あのとき、自分に挨拶をしてくれなかったのは、何か恨むようなことをしてしまったのか。

前途をやたら暗く考えてしまう。

これがなりすましにひっかかる気持ちなんだと。

敵は外にいるのではなく内にいるのではなかろうか。

あなたの身内が起こした不始末。

あなたにやってきた何か。

税金の還付金がありますよとか。

今のままではまずいので行動をあなたが起こしてください。

依頼が仕掛けられる。

あなたを激しく動揺させる。

それが詐欺、向こうの手口。

あなたの冷静な判断を奪う。

そういうものが電話で告げられる。

このとき、あなたに仕掛けられた罠は間違いなく悲観。

悪いことが起こった。あるいは起こりつつある。

不安と解決への焦り、急ぐという向こう側の仕掛け。

まずあなたの心に起こった悲観の心、解決への焦りが、実はあなたを騙すのである。

あなた自身の心に起こったそれから身を守るために心のトレーニンをやったほうがよい。

悲観にとらわれず楽観であれば、あなたは動揺しない。

楽観的でありさえすれば、あなたは悲観から逃げられる。

脳はいくつになっても変えられる。

脳は壊れていくというのが定説だったが、昨今理論的に否定された。

脳が変えられる以上は性格も変えられる。

なりすます詐欺に対抗する絶対の技だ。

普段から自分を楽観に持っていく。

悲観と楽観をどうやって判断するか。

新聞を開いたときにどっちの記事に目が行きますか。

自分がどういう性格の人間か把握しよう。

物事を明るく見れる人柄の人に持って行ったほうが引っかからない。

分かりやすいのが新聞を開いたときにどこから読みだすか。

どこにダイヤルを合わせるかが自分の性格を創っていく。

ささやかなことで性格は偏りを現す。偏りを強める。

人には選択的注意、何に注目すべきかで人間は耐ず揺れている。

何事にも緊急度に注目させるのが目的なので、メディアというのはギョとするようなニュースを伝えて注目度を集める。

いつも緊急のニュースで緊張していると心はそれ以外からの認識をすべて遮断してしまいます。

ものすごい少ない範囲で選択するようになる。

それが世界だと思ってしまう。

メディアというのはガソリンが上がっているときにニュースにする。

困ったもんだとか。

安くなると一切ニュースにしない。

水不足などもそうである。

ニュースというのは悲観が真ん中に立っているものなのだ。

あなたはどんなニュースを見ても冷静さを持ってください。

ニュースというものに引っ張りまわされないようにしましょう。

悲観というものがあれば、楽観もあるということを覚えていないと、あなたの脳そのものの性格は悲観が世界のすべてだと思ってしまう。

人が何かに注目したとき何かを無視している生き物である欠点。

ある事件に吸い寄せられた瞬間に何かを完璧に無視している。というか見逃している。

注目を集める事件があったときこそ冷静に、えぇもしかしてもっと大事な出来事が起こっているのではないのかなーという想像力を。

「私は希望を知っているもん」という癖をぜひつけてくだきたい。

心配性の人や悲観的な人は、まずネガティブなものに引き寄せられる。

ポジティブな人を避けてしまう。

思い込みというのが、いかに罪作りか、恐ろしいか。

脳のバイアスの仕業には極端な例がある。

心臓病の危険な因子がある。

肥満、コレステロール値、高血圧、いろいろな因子がある。

最も危険な因子がある。

「あなたは心臓病にかかりやすいですよ」という注意。

これが危険因子。

お医者様の言葉を重大に受け止めすぎて、私は心臓病にかかりやすい。

 

注意すること。

不安になること。

これが最も危険因子なのです。

思い込みや考え方等が偏っている場合、頻繁に使うことで回路が太く広くなる。

癖がついてしまう。

性格になってしまう。

不安な人は右脳が活発で座っていても不安になる。

不安な人は悲観しなくてもよいときでもずっと一日不安なことを探している。

楽観的な人は何が楽観かというと、じっとしていても楽しいことを探そうとしている。

そういう回路ができてしまう。

楽観とは良いことも悪いことも受け入れられる能力のある人。

いつも上機嫌ではしゃいでいる人のことではありません。

いつも良いことばかりを妄想する人こそが悲観である。

何とかなんる、信じられる人こそが楽観的で、すぐに何ともならない判断してしまう人が悲観的な人である。

少なくとも楽観的な回路を太く強くする人に3つの可能性が広がる。

それはまず健康になる。

立ち直りが早い。

そこからの成功が現実に増していく。

自分に自信が持てない。

自分に答えられない壁を感じている。

その壁が自分を形作る。

大切な壁だということを知る。

自分に自信がないという壁も自分の壁なんだと。

壁があるから自分なんだ。

壁を壊してはいけない。

壁が守っている自分とは守るほど重大なものなのか。

自分というのは現在位置であって、ここを歩き出せば違う自分になってしまう。

現在位置を示す矢印にすぎない。

自分らしくとか、個性を出せよとか、自分を大切にせよというけれども、それほど大切なものとは思えない。

自分というものを世間と対立してまで、守るべきと主張している人がいるがどうかと思う。

脳というそのものは世間の顔色をうかがうべくできている。

例えば視力である。

色彩を判別する視力、網膜は人の場合、赤、青、緑を感じるようにできている。

光の三原色です。

これは顔色の変化を見るためである。

人の顔色を見るために三原色というのが備わっているという。

日本における格差と貧困と自殺者の関係。

近年その数を増している自殺者数、日本はやや下りぎみではありますが、今でもすごく問題ですよね。

それを格差と貧困を原因とする人たちがおります。

でも果たして社会制度経済、すなわち政治の問題なのか。

一つだけはっきりしている数学的な相関関係があります。

自殺者とある数値が一緒になると全部上っていく。

それがGDPである。

国内総生産(Gross Domestic Product)は、一定期間内に国内で産み出された付加価値の総額のことである。

GDPがだんだん上っていくと同時に自殺者の数も増えていく。

自殺は経済発展とともに増える傾向にある。

格差が意識され、それで自殺が日本は増えたというとそうではない。

日本の自殺者数は高度成長時より少なく、不況に増加しているが世界的な数値としてはずいぶん低い。

自殺者の国際的基準から外れて、自殺は世界から比べて日本では非常にガラケー。

ガラパゴス化していて、日本には日本だけの独特の自殺抑止のストッパーが働いている。

日本は経済成長の割合でいうともっと多くないとおかしい。

思っているほど少ない。

何が抑止のストッパーとして働いているのか。

分かっていない。

格差と自殺数が結びついているのは問題の本質を見ていないから。

何なのか。

いじめが発生しやすい国、そういう国柄である日本。

世界ではいじめによる他殺が圧倒的なので、この差も日本の特徴である。

世界ではいじめられると相手を殺す。

日本はいじめられれるとその人が死んでしまうという世界でも一番変わった国。

その原因が、自分の問題ではないのか。

自分の扱い方というのが問題じゃないのか。

自分の壁の問題ではないか。

個人として自分を大切にしよう、自分の個性を育てようというが。

個人主義を大事にするという考え方が、業績成果主義になったとき、日本人はものすごくストレスを感じる。

これはあるかもしれない。

自分を大切にすると、他人をあまり信じないという風潮になってしまう。

そうすると個人はひどくもろい存在なってしまう。

運が巡ってくるとか、よき運を願ってしまう。

負けの99%は自滅である。

このことはスポーツでもビジネスでも、生き方でも人が加わるすべてのものに言える。

共通のことである。

あなたも思うところありますか。

なぜ、自滅してしまうのか。

それは価値を求める思考や行動の在り方に、すでに自滅の要素が含まれているのである。

価値に捉われるあまり、何かがおろそかになってしまう。

昔、美空ひばりが歌った「柔」という歌の歌詞に「勝つと思うな思えば負けよ」がある。

人間の能力を100%引き出せるのは夢や希望に燃えているときではありません。

むしろ逆です。

危機一髪のときです。

夢や希望に燃えていることは悪いことではありません。

チャンスと勝負どころは違う。

本当の勝負どころというのは、ピンチの中のピンチ、圧倒的な不利の状態のときに訪れる。

勝つことは限られた土俵の中での相対的な一つの評価にすぎない。

本当の強さとは関係がない。

強さの答えは勝つことではないのだ。

この世に答えはないのだ。

勝つことを答えだという人があるけれど、勝つことは答えではないかもしれない。

強さと勝つことは同一ではない。

肝に銘じておくとよいかもしれない。

邪念のない直感は正しく、迷ったら決断はしないこと。

仕事に代償をつけてはいけない。

軽ろんじて考えてしまうと運から見放される。

雑用とは仕事の基礎であり、現場のことなのである。

雑用と軽んじた仕事から手を抜くことを覚えてしまうと必ず運は逃げていく。

時々こういうことがあると思います。

ハッとすることはないでしょうか。

勉強していないことがどれだけ惨めなことか知らされる。

コツコツやることを覚えましょう。

努力にこだわると成長は止まる。

見返りを求めてはいけない。

努力で分量を計り始めると、必ず己の努力を過大評価することになる。

その評価は他者を見下すようになってしまう。

ツキのない人、運を考えている人は努力にこだわると成長は止まる。

一番努力した人が何かの一番を約束されているわけではない。

所詮評価であって結果ではない。

努力は勝率を上げるが、成功を保証するものではない。

運というのはメンタルの面とつながっているのではないか。

武道というのはもしかすると運を磨くための獲得するための修行なのかもしれない。

運を強くするために一番大事なものはルーティン。

ルーティン(routine)は「決まりきった手続きや手順」という意味の言葉です。

何度も何度もするうちに磨かれていくものがある。

 

だから心の訓練も必要なのかもしれない。