本日はふと興味が出て、
原宿にある『THE SHARE』という
シェアオフィス・シェアハウスの内覧会をのぞいてきました。
コンセプトは、
「建物内に内包された様々なコンテンツやモノ・コトをシェアし、
集う・暮らす・創造するといった時間を
楽しく、魅力的に過ごせる空間」とのこと。
元々企業の寮だった建物をリフォーム・リノベーションした建物で、
シェアハウスの部分は、ちょっと昔の味の残る小さなお部屋
+ カフェ + 北欧とかにありそう(?)なライブラリースペース
+ プチ公園 + ミニシアタールーム
+ パーティーしたくなるような大きなキッチン etc
という感じでした。
オープンを間近に控え、シェアオフィス部分は、8~9割、
シェアハウス部分は、半分弱が
30~40代男性を中心に埋まっているそうです。
一つひとつの設備は、確かにこの場所でなくても利用できるし、
別に個人で独自に整えることも無理ではない。
でも全体として人やもの、情報の流れがうまくデザインされていて
生き生きと血が循環しそうなスペースでした。
企画/実施のプロジェクトメンバーも、当たり前かもしれませんが、
リノベーション・ブランディング・設計
・施行・賃貸・ランドスケープデザイン・照明デザイン etc
と多岐に渡っていました。
まさに「組み合わせの妙」が感じられとても刺激になりました!
今夜はとても星がきれいに見えました。
オリオン座などの星座だけでなく星雲や木星も、
この明るい横浜からでも見えました。
とてもきれいだな、と帰り道に眺めていたので、
帰宅後、「星」という字を調べてみました。
会意兼形声文字で、
「きらめく三つのほし(日)」という意味に、
音の「生(セイ)」がついたもののようです。
「生」とは、生え出たばかりのみずみずしい芽の姿、
ということで、澄んで清らかに光る星を表したそうです。
調べているうちに「星隕(せいいん)」という言葉も知りました。
「星が落ちること」という意味が転じて、
「聖人や賢人、将軍が亡くなること」も指すそうです。
星が落ちると書いて星隕。
清らかな印象がして美しい言葉だなあと感じました。
本当に色々な言葉があるものです。
連想ゲームのように、語彙を増やしていきたいです。
本日の平成進化論では
「おいしく主張を召し上がって頂く為には」というタイトルで、
相手にスムーズに受け入れられるための主張の伝え方が
書かれていました。
いつもながら「まさにそうだな・・・!」と思うと同時に、
以前、篠田桃紅さんが贈り物の包み方について書かれていたのを
思い出しました。
篠田さんの言葉で表現すると
「重々しくもったいぶった包み方は無礼」ということ。
「包む」というのは日本の美しい文化の一つだな、と思います。
現存する最古の包み布は、奈良の東大寺正倉院に残されているそうで、
奈良時代に御物や宝物を包むのに使われていたようです。
もっと昔からもあったのかもしれません。
手ぬぐい一つでも色々なものを包めます。
以前、京都の伊兵衛という手ぬぐい屋さんで、
手ぬぐいを使ったブックカバーの作り方を教えて頂いてから
たまに使っています。
やわらかな肌障りで気持ちがいいですし、
大きすぎなければどんな大きさ/厚さの本も包めるので気に入っています。
伝えたいこと・主張も、こんな風に柔軟に言葉に包んで
伝えられたらなと思いました。
「おいしく主張を召し上がって頂く為には」というタイトルで、
相手にスムーズに受け入れられるための主張の伝え方が
書かれていました。
いつもながら「まさにそうだな・・・!」と思うと同時に、
以前、篠田桃紅さんが贈り物の包み方について書かれていたのを
思い出しました。
篠田さんの言葉で表現すると
「重々しくもったいぶった包み方は無礼」ということ。
「包む」というのは日本の美しい文化の一つだな、と思います。
現存する最古の包み布は、奈良の東大寺正倉院に残されているそうで、
奈良時代に御物や宝物を包むのに使われていたようです。
もっと昔からもあったのかもしれません。
手ぬぐい一つでも色々なものを包めます。
以前、京都の伊兵衛という手ぬぐい屋さんで、
手ぬぐいを使ったブックカバーの作り方を教えて頂いてから
たまに使っています。
やわらかな肌障りで気持ちがいいですし、
大きすぎなければどんな大きさ/厚さの本も包めるので気に入っています。
伝えたいこと・主張も、こんな風に柔軟に言葉に包んで
伝えられたらなと思いました。
本日も書籍「雀鬼と陽明」から。
「見る」ということについてです。
「道に精(詳しい)・粗(大まか)の区別がある
のではなく、人の見方に精・粗があるのです。
例えば、この部屋のようなもので、
人が最初外から入ってきたばかりのときには、
大体の様子が漠然とわかるだけですが、
しばらく中にいると、柱や壁なども、
一つひとつがはっきりと見えてきます。
さらにしばらくたてば、柱の上部にいくらかの
彫物があることなども細かく見えてきます。
ですが、最初に入ったときと同じ部屋であることに
変わりはないのです」(王陽明の言葉)
物事は同じでも、見る人のものの見方、心のあり方で
違って見えるとのこと。
見落としているもったいないことが沢山あるような気がする
今日このごろ、やはり見る「心」を鍛える必要がありそうです。
まずは、心の中で自分が使っている言葉遣いに敏感に・・・!
「見る」ということについてです。
「道に精(詳しい)・粗(大まか)の区別がある
のではなく、人の見方に精・粗があるのです。
例えば、この部屋のようなもので、
人が最初外から入ってきたばかりのときには、
大体の様子が漠然とわかるだけですが、
しばらく中にいると、柱や壁なども、
一つひとつがはっきりと見えてきます。
さらにしばらくたてば、柱の上部にいくらかの
彫物があることなども細かく見えてきます。
ですが、最初に入ったときと同じ部屋であることに
変わりはないのです」(王陽明の言葉)
物事は同じでも、見る人のものの見方、心のあり方で
違って見えるとのこと。
見落としているもったいないことが沢山あるような気がする
今日このごろ、やはり見る「心」を鍛える必要がありそうです。
まずは、心の中で自分が使っている言葉遣いに敏感に・・・!
本日は、夜中に母親が転んで左手首を骨折してしまいました。
救急病院に行ったものの、大事ではなくよかったです。
どうやら、ベランダのちょっと歩きにくいサンダルで
つっかかってしまったようでした。
はいたときに「すべりやすいな」と思ったものの、
そのままちょっと歩いたらつまづいてしまったとのこと。
確かに私も以前同じことを思ったことを思い出しました。。
後悔先に立たず。
今日のメルマガ「平成進化論」で伝えられていた
「自分がこれから進む道を歩いて行く上で、
いずれ通行の邪魔になるであろうとか、
怪我をする可能性がある、
といったことがないよう、
『不都合な人間関係』となりうる小石を
一つ一つ丁寧に取り除いていこうと
思っているのです」
という内容とまさにシンクロしています。
メルマガのテーマは「人間関係の道」においてで、
骨折は「物理的な道」においてでしたが、根本は同じです。
大事には至らなかったので不幸中の幸いですが、
まさに、「小石を一つ一つ丁寧に取り除く」ことの
大切さを身にしみて感じました。
明日は、ベランダにはきやすく歩きやすいサンダルを、
自分の道には、「どんな小石があるかを見つける目」を
置きます。
救急病院に行ったものの、大事ではなくよかったです。
どうやら、ベランダのちょっと歩きにくいサンダルで
つっかかってしまったようでした。
はいたときに「すべりやすいな」と思ったものの、
そのままちょっと歩いたらつまづいてしまったとのこと。
確かに私も以前同じことを思ったことを思い出しました。。
後悔先に立たず。
今日のメルマガ「平成進化論」で伝えられていた
「自分がこれから進む道を歩いて行く上で、
いずれ通行の邪魔になるであろうとか、
怪我をする可能性がある、
といったことがないよう、
『不都合な人間関係』となりうる小石を
一つ一つ丁寧に取り除いていこうと
思っているのです」
という内容とまさにシンクロしています。
メルマガのテーマは「人間関係の道」においてで、
骨折は「物理的な道」においてでしたが、根本は同じです。
大事には至らなかったので不幸中の幸いですが、
まさに、「小石を一つ一つ丁寧に取り除く」ことの
大切さを身にしみて感じました。
明日は、ベランダにはきやすく歩きやすいサンダルを、
自分の道には、「どんな小石があるかを見つける目」を
置きます。