今日は、母校の大学で卒業生向けに企画されている
ワールドカフェに行ってきました。
ノバルティス ファーマ社長の三谷宏幸氏を
キーノートスピーカーにお迎えしてお話を伺った後、
「世界で学ぶ、働く、生きる」をテーマに
ワールドカフェ方式で話をしました。
お話の内容もさることながら、三谷氏初め
その場に集まっていらっしゃる方の雰囲気、視点の広さに
圧倒されました。
50名ほどはいらっしゃったかと思います。
年代も様々で20代から50代、60代の諸先輩方も
いらっしゃったのですが、
皆様とにかく丁寧に接してくださり、
何だかとてもとても恐縮でした。。
鮒谷さんが時々メルマガなどでお話されているうような
世界の人間関係の一端を経験させていただいたような心地です。
なるほど、と頭で学ぶだけでなく、
ベイビーステップでほんの少しずつでも行動していきたいと思います。
本日は、日経新聞主催の
「ビジネス・コーチング×ファシリテーションフォーラム 2011」
に行ってきました。
(費用は会社持ちで…やったあ・笑)
スピーカーは、以下4人の方々。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
本間 正人氏
(らーのろじー(株)代表取締役、NPO学習学協会代表理事、
帝塚山学院大学客員教授、NPOハロードリーム実行委員会理事)
菅原 裕子氏
(ワイズコミュニケーション代表取締役、
NPOハートフルコミュニケーション代表理事)
長橋 良智氏
((株)ニコン 精機カンパニー 液晶露光装置事業部 品質保証部
品質保証課 主幹技師)
堀 公俊氏
(組織コンサルタント、日本ファシリテーション協会フェロー)
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
沢山のキーワードのうち、印象に残ったものの一つとして、
「教育できることは最先端から遅れる。
でも、自ら学ぶ学習は最先端に行ける」
というものがあります。
例えば、「教育」の代表格である、学校教育の教科書。
執筆してから、文科省の審査があり、承認が得られてから、
製本印刷、そしてどの教科書を採用するかという選択があって
やっと生徒の手元に届きます。
執筆してから実際の授業まで、その間、なんと約3年はかかるそうです。
3年では一体どれほどの社会や技術の変化・進化・深化があるか
計り知れません。
他方、自分から学び取る、という「学習」では、
やろうと思えばいくらでも最先端を学ぶことができます。
そういった意味では、「いかに教えるか」ではなく、
「いかに学ぶか」を洗練させていくことが重要である、というお話でした。
仕事柄、企業の人材育成について各社のお話を伺っていると、
全体傾向として、「自ら学びとる力」が弱っているという声を伺います。
(もちろんすべてという訳ではありません)
大きな課題であると同時に、
「自ら学び取る力」により成果を大きくできる好機とも
捉え、動いていきたいです。
「ビジネス・コーチング×ファシリテーションフォーラム 2011」
に行ってきました。
(費用は会社持ちで…やったあ・笑)
スピーカーは、以下4人の方々。
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本間 正人氏
(らーのろじー(株)代表取締役、NPO学習学協会代表理事、
帝塚山学院大学客員教授、NPOハロードリーム実行委員会理事)
菅原 裕子氏
(ワイズコミュニケーション代表取締役、
NPOハートフルコミュニケーション代表理事)
長橋 良智氏
((株)ニコン 精機カンパニー 液晶露光装置事業部 品質保証部
品質保証課 主幹技師)
堀 公俊氏
(組織コンサルタント、日本ファシリテーション協会フェロー)
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沢山のキーワードのうち、印象に残ったものの一つとして、
「教育できることは最先端から遅れる。
でも、自ら学ぶ学習は最先端に行ける」
というものがあります。
例えば、「教育」の代表格である、学校教育の教科書。
執筆してから、文科省の審査があり、承認が得られてから、
製本印刷、そしてどの教科書を採用するかという選択があって
やっと生徒の手元に届きます。
執筆してから実際の授業まで、その間、なんと約3年はかかるそうです。
3年では一体どれほどの社会や技術の変化・進化・深化があるか
計り知れません。
他方、自分から学び取る、という「学習」では、
やろうと思えばいくらでも最先端を学ぶことができます。
そういった意味では、「いかに教えるか」ではなく、
「いかに学ぶか」を洗練させていくことが重要である、というお話でした。
仕事柄、企業の人材育成について各社のお話を伺っていると、
全体傾向として、「自ら学びとる力」が弱っているという声を伺います。
(もちろんすべてという訳ではありません)
大きな課題であると同時に、
「自ら学び取る力」により成果を大きくできる好機とも
捉え、動いていきたいです。
「心」と「姿勢」は一体である、という考えに則り
昨日、本日と「姿勢」をしゃんとすることを意識しています。
ですが、なかなか難しいです。
個人ワークをしているときは、
つい、見ているものに近づきすぎて背中が丸くなってしまいます。
人と話しているときも、
つい、前屈みになっているつもりが、背中が丸まりすぎてしまいます。
立っているときは、
丸まるというよりも、片足に重心をかけて斜めになってしまいます。。。
むむむ、、、
相手に威圧感は与えない中で、胸を張り、振る舞いたいものです。
イメージは「凛」とした人!
と思って、時々周りを見渡してみるのですが、
そう都合良く「パッと見ただけで姿勢の素敵な方」と
常にお会いはできません。。
でもここ2~3週間を振り返ると、先日のお茶会でお会いした
お着物を召されていた、先輩のお母様がまさにそのイメージです。
柔らかな物腰、姿勢だけれども、背筋はピンと伸びていらっしゃいました。
わずかな時間ですが鮮明に覚えています。
お手本となる方を持つことの大切さ、
ささいな一歩かもしれませんが、少しずつ実感が深まってきています。
鏡を見て自分の姿勢を正す回数が増えてきた本日。
明日は、その方をイメージして正していこうと思います!
昨日、本日と「姿勢」をしゃんとすることを意識しています。
ですが、なかなか難しいです。
個人ワークをしているときは、
つい、見ているものに近づきすぎて背中が丸くなってしまいます。
人と話しているときも、
つい、前屈みになっているつもりが、背中が丸まりすぎてしまいます。
立っているときは、
丸まるというよりも、片足に重心をかけて斜めになってしまいます。。。
むむむ、、、
相手に威圧感は与えない中で、胸を張り、振る舞いたいものです。
イメージは「凛」とした人!
と思って、時々周りを見渡してみるのですが、
そう都合良く「パッと見ただけで姿勢の素敵な方」と
常にお会いはできません。。
でもここ2~3週間を振り返ると、先日のお茶会でお会いした
お着物を召されていた、先輩のお母様がまさにそのイメージです。
柔らかな物腰、姿勢だけれども、背筋はピンと伸びていらっしゃいました。
わずかな時間ですが鮮明に覚えています。
お手本となる方を持つことの大切さ、
ささいな一歩かもしれませんが、少しずつ実感が深まってきています。
鏡を見て自分の姿勢を正す回数が増えてきた本日。
明日は、その方をイメージして正していこうと思います!
昨日は「心と身体が密接にかかわり合っている」
ということを書きました。
「心」と「身体」を分けて考えて
「心」は「心」として鍛え、「身体」は「身体」として鍛える、
とするよりも、
「身体」から「心」を鍛える・整える
とした方がしっくりくる、ということだと思います。
一方で、「分ける」ことにメリットがある、
という考え方もあります。
「分ける」ことが「分かる」につながる、という考えです。
複雑に絡み合っているものを理解・把握するためには
「要素分解」して「分析」することが必要な場面もあります。
トヨタのカイゼンなどはこの世界ではと感じます。
なぜ問題が起きているのか?どこが問題か?
要素を分けて探っていかないと解決策がやみくもになってしまいます。
ただ、「改善」レベルではなく「イノベーション」レベルを
目指すときは、「分けて考える」のではなく「統合して考える」
ことが必要だと感じます。
新しいアイディアは既知のアイディアの組み合わせ、
であるならば、統合する視点が必須のはず。
「分ける」か「分けない」べきか。
目的によって自在に使い分けられるようになりたいです。
「心」と「身体(姿勢)」の連動もまだまだ修行が必要そうですが。。
ということを書きました。
「心」と「身体」を分けて考えて
「心」は「心」として鍛え、「身体」は「身体」として鍛える、
とするよりも、
「身体」から「心」を鍛える・整える
とした方がしっくりくる、ということだと思います。
一方で、「分ける」ことにメリットがある、
という考え方もあります。
「分ける」ことが「分かる」につながる、という考えです。
複雑に絡み合っているものを理解・把握するためには
「要素分解」して「分析」することが必要な場面もあります。
トヨタのカイゼンなどはこの世界ではと感じます。
なぜ問題が起きているのか?どこが問題か?
要素を分けて探っていかないと解決策がやみくもになってしまいます。
ただ、「改善」レベルではなく「イノベーション」レベルを
目指すときは、「分けて考える」のではなく「統合して考える」
ことが必要だと感じます。
新しいアイディアは既知のアイディアの組み合わせ、
であるならば、統合する視点が必須のはず。
「分ける」か「分けない」べきか。
目的によって自在に使い分けられるようになりたいです。
「心」と「身体(姿勢)」の連動もまだまだ修行が必要そうですが。。
鮒谷さんがよくお話、引用されている、
弁護士の高井伸夫先生のblogで「姿勢」に関する
お話がありました。
「つねに腰骨をシャンと立てること-これ人間の根性の入る極秘伝なり。
人間は心身相即的(「相即」とは「二つの物事が密接に
関わり合っている」という意味)存在ゆえ、
性根を確かなものにしようと思えば、
まず躰から押さえてかからねばならぬ。
それゆえ二六時中(四六時中)、「腰骨を立てる」以外に、
真に主体的な人間になるキメ手はない。 」
(「新版 立腰教育入門」森 信三著 不尽叢書刊行会、1985)
心と身体が密接にかかわり合っている、というのは
先日読んでいた陽明学に関する本でも同じことが言われていました。
姿勢という形から入ることによって、しゃんとした精神が生まれる。
心と身体を分けようとするから、うまく行かない。
確かに、やる気に満ちているときは胸を張って前のめりな姿勢、
自信がなくなっていたり、後ろ向きなときは猫背になってしまっている気がします。。。
明日からは、自信がなくても、気持ちが前向きになりきれない時でも
胸を張って姿勢をまっすぐにすることで、
気持ちをたてていきたいと思います!
弁護士の高井伸夫先生のblogで「姿勢」に関する
お話がありました。
「つねに腰骨をシャンと立てること-これ人間の根性の入る極秘伝なり。
人間は心身相即的(「相即」とは「二つの物事が密接に
関わり合っている」という意味)存在ゆえ、
性根を確かなものにしようと思えば、
まず躰から押さえてかからねばならぬ。
それゆえ二六時中(四六時中)、「腰骨を立てる」以外に、
真に主体的な人間になるキメ手はない。 」
(「新版 立腰教育入門」森 信三著 不尽叢書刊行会、1985)
心と身体が密接にかかわり合っている、というのは
先日読んでいた陽明学に関する本でも同じことが言われていました。
姿勢という形から入ることによって、しゃんとした精神が生まれる。
心と身体を分けようとするから、うまく行かない。
確かに、やる気に満ちているときは胸を張って前のめりな姿勢、
自信がなくなっていたり、後ろ向きなときは猫背になってしまっている気がします。。。
明日からは、自信がなくても、気持ちが前向きになりきれない時でも
胸を張って姿勢をまっすぐにすることで、
気持ちをたてていきたいと思います!