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Mind Shift

「すべては心(Mind)の持ち方によって変わる(Shift)」

をモットーに、

働くこと、生きること、楽しむこと について

日々の気付きを書いています。


「幸福だから笑うのではない、笑うから幸福なのだ」

毎日読むアラン『幸福論』


というのが日経ビジネスオンラインで
連載されていて、

最近毎日読んでいます。


きっかけはタイトルへの共感から。

「笑う門には福来る」と近い意味合いです。


言葉遣いについて、

「~できない」「どうせ~」とネガティブな言葉を遣う人より

「~したらできるかもしれない」「きっと~できる」とポジティブな言葉を遣う人と

一緒にいる方が楽しくて、人が集まるのと同じように、


表情についても、

暗く、怒っていたり、いらいらしていたり、不安そうにしている表情の人より

笑顔で、生き生きした表情の人の方と

一緒にいる方が楽しくて、人が集まると思います。



ただ、言葉は発してみたら自分で聴こえるのでやや確認しやすいですが、

表情は、46時中鏡を見ている訳ではないので、

自分がどんな表情をしているか、意識から抜けてしまいがちです。

不自然に笑っていてもちょっと気持ち悪いですし。。

そういう意味では、表情というのは、言葉以上に

内面が浮き彫りになるものではないかと思います。


少なくとも鏡を見たら、自分の表情をチェックすると同時に、

自分の内面、心の状態を日々確認していきたいと思います。

セミナーや研修のよいところは

「気づき」を得られること、

というお話を聞きました。


1日や数日間のセミナーや研修では、

その場で「できるようになること」は少ないです。

というか、ほとんどないのではと思います。

それくらいで「できるようになること」は

わざわざセミナーや研修に来ないとも言えます。


ではなぜ来るのか?というと、

「自分は何が分かっていて、何が分かっていないか」

「自分は何ができていて、何ができていないか」

「ほかの人からみてどう見えているか?」

など、自分を振り返り、今後に向けての「気づき」を

得られるから、ということです。



強制的に考え、振り返り、気づけるような仕掛けのある場が

セミナーや研修だとしたら、価値があるものですが、

理想的には、日常生活そのものがそうした「気づき」になること、

ではないかと思います。

易きに流れがちな日々の中で、それを実現する手段に、

意識の高い方との会話や、同志とのコミュニケーション、

個人で振り返る機会であるこうしたblogがあります。


目に見える成果に結実するのはもう少し時間がかかりそうですが、

確実に進歩していることを信じて、続けていきたいと思います。



朝型生活の話題が最近身の回りで増えてきています。

いま、普段はおおむね6時起きなのですが、

もう一息はやめて5時台起きにするか?について、

本日はちょっと考えてみたいと思います。


①メリットは?
・すがすがしい気持ちで1日を始められる
・よいアイディアが思い浮かびやすくなる!?
・夜だと時に眠くなりながらの自己投資時間を
 すっきりした気持ちでできる(密度が濃くなる!?)
・朝型人間ブランディングができる(笑)
・朝、目標を見返す時間を作ることで、
 行動の意識付けができる
・朝、ポジティブな言葉を見てから1日を始めることで
 ポジティブに物事を捉えられる1日によりできる

②デメリットは?
・起きれなかったときに、「だめだった」と自分に
 「×」を付けてしまいそう・・・
 →対策1
  眠くても「今日1日だけがんばろう!」理論でがんばり続ける
 →対策2
  どうしてもだめでも、早起きが続けられたらラッキー♪の精神で
  「それはそれ」と思う

③無理なく続けられる仕組みは?
・24時を就寝時間にするために、30分前、10分前にアラームをかける
・一期一会のご縁を大切にする、こと以外の用事より23時帰宅を優先させる
(いま、だいたいそうしているのでおそらく問題なし)


という訳で、出来レースのように(笑)やった方が

良さそうなので、明日からそうします!

24時前就寝、ということで、、、

早速おやすみなさい!



本日は、六本木にある「泉屋博古館」に

ふと立ち寄ってみました。

住友財閥の家で代々集めてきた美術品を展示しているところです。


日本画や、陶芸など、見るからに凝った細工のもの、

一見、シンプルだが何とも言えない色を醸し出しているものなど

こじんまりした展示会場でしたが楽しませて頂きました。


面白いなと思ったのは、

「あれ?これはアールヌーボー展で見たのと似ている!?」

「こっちは、故宮博物館にあったものと近い!?」

と、日本風であって、洋風であったり、中国風であったりする作品が

いくつかあったことです。



他の文化圏のデザインや技法をまねてつくってみては、

自分たちなりに昇華させ、新しい分野を切り開いていっているようでした。

まねたじめた初期は、忠実にまねしようともがいているあとが

素人目にも少し感じられるのですが、

後期になると、より洗練されて、プラスアルファで独自要素が加わっていたりします。

そうすると、今度は元々の方に逆輸入されていき、

循環が生まれています。



最初はとにかくまねる。そして徐々に自分なりにアレンンジする。

そこで終わりではなく、最初にまねさせてもらった所へ返していく。


もしかしたら純粋な興味や関心からそうしているだけかもしれませんが、

アイデアや技法が循環していく様も、作品同様に美しいと思います。


新しく何かを学ぶ際も同じ。


最初は見よう見まねで、徐々に自分の色を出していく、

という両側面を、一歩ずつ、たどっていきたいと思います!





本日はPCで調べ物をしていたら、

夢中になってしまい、

気付いたら深夜の2時になっておりました。


昨日のblogで、

PCなどの液晶画面ばっかり覗き込んでいては無駄に疲弊してしまう!

と書いておいて、舌の乾かぬうちに翻すようですが、、、

同じ「気付けばこんなに時間を使っていたんだ・・・!」という状況でも、

疲れ方は全然違うこともあるようです。


本日はもっと見たい、という思いがうずうずしていて、

おそらくこのblogを書いた後も気が済むまで見てしまう勢いです。


この違いは何なのか?

心身の疲弊具合を有無一番の差異は、結局は

「ねばならぬ感覚」なのか、「せずにはいられない、したい感覚」なのか

によるのではないかと思います。


後者が、単なる暇つぶし、一時の快楽、ではなく、

興味関心をぐぐっと深める行為であれば、

別のPCにかじりつこうが、

物理的に目が疲れようが何だろうがいいのではなかろうか?

それを止める理由はないと思いました。

「せずにはいられない、したい感覚」の時は、

物理的には疲れても、心は疲れません。

というか、むしろ夜中の2時からでも活発に、

元気になります☆



という訳で、気の済むまでかじりつこうかと思います~♪