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Mind Shift

「すべては心(Mind)の持ち方によって変わる(Shift)」

をモットーに、

働くこと、生きること、楽しむこと について

日々の気付きを書いています。


昨日と本日は、MBTIという心理検査を用いた

研修を実施してきました。

課長層向けマネジメント研修の一環で、

自己理解と他者理解を深めることが目的です。


「なぜ自分と同じようにできないのか?」

「こういう場面だったらこうするのが当たり前だろう?」

「なぜ何度も言っているのに伝わらないんだろう?」

相手へのこうした苛立ちや疑問は、

各人の感じ方、考え方、行動の仕方について

くせがあり、

そのくせに対して、無自覚であることが要因です。




無自覚であるとコントロールはできないので、

研修の場を通じて意識化を進めます。




「意識化を進める」というのは、

「認知の仕方を変える」ことなので、

「行動を変える」ことよりも

難易度が高く、エネルギーを消耗します。




2日間にわたり20回、30回と

同じメッセージを繰り返しお伝えしても、

「認識の仕方を変える」メッセージは、

なかなか届かない場合もあります。



それくらい認知の仕方を意識化するのは難しいと感じます。


だからこそ、日々のblogや日記を書くことで

自分の認知の仕方を意識化することは成長にとって大切なのです。




どんなにつたなくても、、歩みを止めずに続けていきます。





「人の振り見てわが身を正す」とは

よくいったことわざだなあと思いますが、

「人の振りを見る」ことは容易ですが、

「わが身を正す」ことは容易ではないことだと思います。


他のことは、長所も短所もよく見えます。

「●●さんは●●ができていない。惜しい」

●●のところにはいくらでも言葉を当てはめられるのではないでしょうか?


一方で、自分について

「私は●●ができていない。惜しい」

と、どれだけのことを自覚できているでしょうか?

「できていないこと」を直視するのは厳しい面があるので、

「できない理由」を並べたり、「たまたまできなかっただけ」と、

うやむやにしたい気持ちになります。



でも、自分の不足をごまかす姿は、他の人にはまっすぐに伝わります。

「できるよ」といいつつ、「実はできない」ので、

できるふりをして、つっこんだ議論を避けたり、

責任を取りたくないので、Yes/Noをはっきり答えるのを避けたり、

「できる人」との接触を避けたりしてしまうことはないでしょうか。

そうすると結果は自明、よけい「できなく」なります(笑)


自分の弱さを隠すために、自分の不足をごまかし、

目を向けず、人や物事を避けると、よいことは1つもありません。

これも他の人のことはよく見えるのに、自分がそうなっていると見えないことが

ままあります。



どうせ生きるなら、虚勢を張りながらも、実は自分の不足を直視している。

そんな生き方をしていきます!


本日も以下の本を少し読みました。

スポーツ選手のための心身調律プログラム/大修館書店
¥2,100
Amazon.co.jp


この中に「セルフイメージと行動(成果)は比例する」という一節があります。


以下、スポーツ選手を例にとった文章の引用です。


「『自分は一流だ』という大きなセルフイメージを持っている選手は、

 たとえ苦しい試合展開になっても、『こういう時こそがんばるのが自分らしい』

 というセルフイメージに支えられて、最後まであきらめずに全力で戦い続けることができる。

 こうした姿を外から見た人は『あの人は自信にあふれてプレーしている』と言うであろう。


 これに対して、『自分はしょせん二流か三流だ』と決めてかかっている選手は、
 
 練習ではすばらしい技術や体力を身につけても、いざ本番になると

 『試合では失敗するのがお前らしい』という長年つくりあげたマイナスのセルフイメージによって、

 まったく実力が発揮できないということがよくある」



試合で勝つ為には、技術や体力を磨きあげることが必須であるのは言う間でもありませんが、

実力の発揮のためには「私は○○だ」という自分への暗示が大切ということです。



「人は考えられることしか実現できない」とはよく言われますが、

「人は考えていることが、プラスかマイナスかにかかわらず実現していく」とも言えるのでしょう。


「自分はどうせ失敗する」と思っていると、その通りになる。

マイナスの面で考えるとなかなか恐ろしいことです。


逆に、「自分はできる」と思っていると、「できるイメージ」に近づくので、

その通りになる確率は高まる。
 

「自分はできる」と思うことには、お金も迷惑もかかりませんから(笑)

やらない手はなさそうです。



「自分は○○ができる」


毎日暗示をかけながら寝たいと思います。

宣言をし、その宣言とその成就を

互いに祝福し合う、

そんな場がいいと昨日書きました。



といっても、相手の宣言を祝福するというのは、

なかなか難しいかもしれません。


宣言の大小に関係なく、

「おめでとう~あはは~がんばれ~」と軽く受け流すでもなく、

「本当にできるの?●●は考えたの?やめた方がいいんじゃない?」

と心配という名のもとで、足をひっぱるでもなく、

「あなたは十分にできる」と相手を信じることができなければ

心からの祝福とは言えないと思います。



「あなたは十分にできる」と思えるかどうか。

過去に挑戦したことがない、新しい未知なる分野についての宣言、

常人では成し遂げられなさそうな大きな宣言であればあるほど、

相手がどれだけ力のある人だとしても、

自分の中で、新しいことをやり遂げる体験がなければ、

相手を信じることは難しいのではないでしょうか。


相手を信じられる深さは、自分を信じられる深さに比例すると思います。


深く信じた上での祝福は、相手にとって、最も心強い支援となるでしょう。



自分を深く信じ、相手を深く信じられる、

そのための日々の一歩一歩をふみしめていきます。






本日は姉の結婚式へ参列しました。


式は、人前式の形で、お世話になっている人に

結婚の証人となって頂く場。


披露宴は、新郎新婦から、お世話になっている人へ

感謝の気持ちを込めておもてなし、

参加する人は祝福を伝える場。



こうしたおめでたい場では、

だれもが幸せな笑顔に自然となります。

(一部、緊張で固い面ももありますが・笑)




結婚式を言い換えれば、新郎新婦が、

お世話になった方からの教えを活かしながら

二人で人生を歩むことを宣言する。

その宣言を宴をしながら皆で祝う。


宗教上のことはよく分からないため(汗)、

シンプルに言えば、ある一組の人の宣言を祝うだけ、

とも言えます。


でも、それだけで自然と全員が幸福な気持ちになるのです。


もちろん、普段より豪華な場所での食事や感謝を伝える

セレモニーなどの演出があることも幸福な気持ちにつながる要素です。

でもそれだけでは、マイナスな要素はこの世にないかのような

あの独特な雰囲気は生まれないと感じます。


大げさかもしれませんが、

それは、人がまっすぐに宣言をする姿が

もたらすのではないかと思います。


そして、人は、他の人の宣言を受け止めることを

自分のことのように幸せに思う素敵な力があるのだと思います。





結婚に限らず、宣言をし、その宣言とその成就を

互いに祝福し合う場。

それは、毎日が結婚式のようにHappyな世界。

そんな世界が私の生きる世界です♪