秋ジャガの おでんを囲み 微笑めば

   初冬の夜に 酒は進むや

 

 初冬らしい,ひんやりとした一日でした。

 

 この天気でしたが,畑での仕事はいくらでもあり,

 

 本日においては,昨日に耕耘(30坪くらい)した畑を,鍬にて整地(高い所の土を低い所へ鍬で移動)したり,

 

 ほうれん草・レタス等の若苗が育っている畝に,防寒のため不織布のカバーを被せておりました。

 

 今日の一首は,昨日の夜に,秋ジャガ・竹輪・棒天・厚揚げ・大根・コンニャク・ゆで卵・スジ肉で,おでんを作り,夕食のおかずとして食したのですが,

 

 その時の情景を,思い出して詠んでみました。

 

 付き合いに 違和感あれば 距離を置き

   これも一つの 生きる術なり

 

 付き合いに,違和感を覚えたら,距離を置くという行動は,誰でもが一度は考えたことがあると思われるのですが,

 

 家族内や,親しい友人との関係においては,違和感があっても,相手との関係性を壊したくないとの気持ちから,流されることが多いのではないのでしょうか。

 

 しかしながら,違和感が積み重なると,関係に影響を与えることがあるので,

 

 違和感がどこから来るのか,自分の中で整理し,

 

 良好な人間関係を保つためには,相手との距離を置きつつ,最善の方法を探ることが,大切かと思われたのです。

 

 我が家では すのこベッドが 升席に

   歌番組にて 酒も進むや

 

 小春日和の穏やかな日差しが,心まで温めてくれるような一日でした。

 

 今日から12月となり,ホームセンターでは,正月飾りが売られており,

 

 今年も,残す日数が30日となり,何となく気忙しい気持ちになっているのです。

 

 さて,今回の一首は,2か月くらい前に詠んで,パソコン内に保存していたのですが,

 

 今では,すのこベッドの上で,酒を飲む日は無く,ホーム炬燵の中に足を伸ばし,テレビを見ているところ,

 

 来年の秋も,すのこベッドの升席で,うたコンを見ながら,酒を飲みたく,

 

 健康に気を使い,元気に冬を越せるよう,生活したいと思っているのです。

 

 離職後は 自由気ままに 過ごしをり

   これも終活 納得の日々

 

 肌寒い一日でしたが,午前中は,畑に溜まった水を排出すべく,鍬で土を掘って,雨水を小川に流し,

 

 午後からは,台所の換気扇を掃除したり,二階玄関の靴箱(本棚)の掃除を行っていました。

 

 畑に溜まった水は,放置しておけば,2~3日もすれば,無くなるのですが,

 

 ジャガイモが育っている畝に溜まった水は,ジャガイモを腐らせる可能性があるので,寒さに負けず,働いていたのです。

 

 終活については,人生の終わりに向けた,準備や活動のようですが,

 

 物を処分するだけでなく,人生を納得のいく形で締めくくるべく日々を送ることも,大切であると思いつつ過ごしており,本日の一首にしてみました。

 

 遠き日に お世話になった 厚情は

   胸に刻みて 今も感謝を

 

 昔のことは,なるべく思い出さないように,しているところ,

 

 歳を経るごとに,職場で世話になった先輩は,元気で過ごしているかと,

 

 ふと気になる時があるのですが,

 

 連絡をする事はなく,ただ有り難く,心に留めているのです。

 

 ところで,兵庫県では,知事選にSNSを使った戦略を,問題化しているが,

 

 違法性については,専門的家に任せるとして,

 

 有権者は,自らの意思で,投票しただけなら,問題はなさそうである。

 

 さて,あれだけ騒がれて,誰が考えても,落選すると予想されていたのに当選したのは,

 

 元知事を,マスコミや世論が叩きまくっているのを,兵庫県民も知っており,

 

 確かに,悪い点もあったにせよ,情けの一票を投じた人も,多かったのではなかろうかと思われたのです。

 

 原因は 何であろうと 戦争は

   過去と未来を 奪い去るのみ

 

 今はただ 世界の平和 祈るだけ

   意義なき戦争 何時まで続く

 

 戦争には,一部の人々や国家にとって,結果的に「意義」が見出される場合もあるようですが,それは膨大な犠牲の上に成り立っており,

 

 殆どは,戦争に意義はないものと思われ,

 

 ロシア対ウクライナ及びイスラエル対ハマスの戦争について考えていたら,殺戮や破壊によって生じる苦痛や不幸は計り知れず,

 

 この戦争を終結させるためには,対話と協力による,問題解決が最も重要であるので,

 

 当事者や主要国が積極的に関与し,早期解決に向けて交渉を始めて欲しいと願い,本日の二首としてみました。

 

 会話では 相手の気持ち 察しつつ

   話をすれば 丸く収まり

 

 肌寒い一日でしたが,畑での仕事は幾らでもあるので,本日においては,黒豆を自然乾燥すべく,幹の根本と小枝を切り,トマトやナスが育っていた畝の柵に,引っ掛けておりました。

 

 畑では,嫁と会話しているものの,一人で黙々と作業をすることが多くあり,

 

 今日は,人間関係というのか,コミュニケーションについて考えていたのですが,

 

 職場や家庭で会話するにも,気を使う必要があるのかと思えば,

 

 相手の気持ちを察するという行動は,日常生活や人間関係全般において,非常に重要であり,

 

 言葉を和らげて,落ち着いて話せば,一般的な会話はスムーズに行われ,

 

 問題ごと等では,円満に解決すると,思料されたのです。

 

 晩秋に 茄子とオクラを 摘み取りて

   枝だけ残し 季節は冬へ

 

 ここ数日の寒さが何処へ移動したのか,久しぶりに小春日和の暖かな一日でした。

 

 この天気で,午前・午後を畑にて過ごし,白菜・チンゲン菜・高菜が自生していたのを,新しく作った畝に,植え替えしたり,ブンドウ豆が育っている畝に,支柱を立てて,藁を被せておりました。

 

 若苗に,藁を被せるのは,防寒対策と,藁を伝って,弦が伸びてゆくのを助けるのですが,作業を終えて状態を確認してみると,我ながら満足のいく出来栄えだったのです。

 

 また,この作業の途中で,茄子とオクラが実をつけており,早速に収穫したのでした。

 

 子や孫が 帰省の折に 寝起きした

   布団を干して 部屋に風入れ

 

 空は晴れるも,東から冷たい風が吹いていた,寒い一日でした。

 

 例年なら,座卓に掛布団を被せ,炬燵として使用している頃なのですが,

 

 本年は,11月に入っても,暖かい日が続いていたので,今でも夏のままの居間にて生活しており,

 

 そろそろ,冬支度をせねばと思いつつ,今日も夕方になりました。

 

 先週の土曜日に,帰省していた子や孫が,翌日の日曜日に居住地へ帰り,

 

 昨日に,布団を干したり,部屋の掃除をしたのですが,

 

 孫の,遊具を見ながら,無邪気な微笑みを,思い出していたのです。

 

 靴の写真ですが,あと少しで,2歳と4歳になります。

 

 子供の遊具です。

 

 神仏の 無限の慈悲に 守られて

   健やかに生き 今日も穏やか

 

 無限なる 神仏の慈悲 身に受けて

   淡々と過ごす 穏やかな日々

 

 神仏について,論じることが出来るような,者ではないのですが,

 

 朝夕の勤めは,人並みに行っており,折に触れて,神仏について考える機会があります。

 

 そんな事で,本日の二首となったのですが,

 

 神仏は,無限の慈悲や愛を持ち,苦しんでいる人を受け入れ,守る存在とされており,この慈悲に触れることで,心の安らぎや安心感を得られると,考えられているようです。

 

 また,神仏は人生の迷いや困難の中で,正しい道を示してくれる存在とも考えられ,その教えを学び実践することで,より良い生き方や解決策を見つけることが出来て,

 

 結果として,神仏の教えを通じて,苦しみや人生の試練には,意味があると受け止められるようになり,それが救いとなる場合もあるようなのです。