この世に生まれてきて
何が幸せかということのひとつに
信じ合い、愛しあえる相手がいる
ということがあるだろう。



でも、
よくよく考えてほしい。




それは
この世があまりにもはかなく
信じあえる人が目の前にいない
ということからくる相対的な反動
ということもあるだろう。




では
何がこの星に生まれてきて
最幸かというと




この星にいる人たちと
自分たちはどこか深いところでつながり、どこかで魂は本当は共鳴している


ということを感じた時だろう。




私たちは



宇宙船地球号の乗組員
という本来の目的はそこにある。




そんな風に心の底から感じた時に
生まれてきた奇跡に
心震わせるに違いないのだ。


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年齢のせいか
どうにもこの頃、自分が今まで生きてきて感じたことを伝えてしまおうと
よく思う。



あとで考えると、
はたで見ると、
どうにも偉そうにも見えるかもしれないが



もとよりそんな気持ちは
これっぽっちもない。



一生懸命に話してるつもりだ。
自分のことをよく見えるように話そうなんて思わないし、気をつけてるつもりだ。


話してると本音か世辞か分からないが



いたく恐縮されたり
えらく褒められたような口をきかれることがある。



それはただ僕が年を取っているだけの話だ、ということは自分には分かってる。
ただそれだけだ。



僕が偉いのではない。



君たちの方が若いだけで、
僕が素晴らしいように今は思えているだけだ。ただそれだけだ。





君たちの時代なんだよ。



すぐそこに。
もしかしたら、幕は開いてるのに
まだロビーで知らずに立っているだけかもしれない。


君たちの時代なんだよ。


僕はそんなに長く
居座るわけじゃないからね。


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昨日のこのブログで書いたばかりだ。


近頃の日本人はイブだけがお祭りのためにあるようで、25日の本番にはとんと興味がないように思える、と。


しかし、このわたくしめが
全くもって情けない一日を過ごしてしまった。



午前中はまだ良かった。


「飛び込み営業」の中満 健クンと
来年の企画商品の検討を繰り返し、
商品補充の打ち合わせも済まし


お昼には場所を変えて
「福山一の海のカフェ」で
めちゃくちゃ美味しいカレーをいただく余裕があった。

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来年からの営業のカタチを
僕の感じるままに意見を言う。


見とる方向が
違うんじゃないのかな、と。


少々エラそうにもなるが
銀色に輝く瀬戸内の海が
すべてをゆるす。


寒いながらも
緩やかな陽射しも浴び


まるでそれは
我々の来年の行く末のようでもあり


わたくしめは
横に鎮座するストーブに


これこれは


と消えつつある様子に
穏やかな微笑みさえたずさえ


薪などくべる
日頃のめんどくさい親父とは
別人さながらの様子であった。


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しかし、実は
彼には黙っていたが
薪には火はつかなかった(笑)


そんなことは
知らぬふりで深々とまた椅子に
ゆったりと腰掛ける。




肘当てがヒジより外れて
二の腕になっていようが


かまわぬ
かまわぬ。


人類みな兄弟、
戸締り用心、火の用心

スイスイ素敵な水曜日、なのだ(笑)




しかし、しかし、


それよりのちの午後からが
大変な様子になった。


来年からの自分は
新たなる自分磨きになるか
へこたれてしまうか、という


分岐点がやってこようか
というチャレンジの年なのだが


その準備と勉強で
ほとほと一日を使ってしまった。


理解は混迷となり
混迷は不安となり
不安は怖れに変わる。


空っぽの頭は
すでに抵抗と責任のせめぎ合いで
内容以上にその闘いで疲弊さえ
してしまった。



誰だ、

12月25日こそ
王たるキリストの生誕を祝うべきで
チキンの日ではないのだ、と


エラそうに
言ったオトコは。


あゝ、


口を聞く元気もなかった
クリスマスの夜であった。

今日はクリスマスだ。
クリスマスにまつわるジョークを探してみたけど大したジョークはなくて。


しかし、日本を見渡してみると
ある、ある(笑)

日本でここまでクリスマスを祝うでもなく騒いでるというジョークは今回はおいておこう。




ひとつは、
イブの24日こそが本当のクリスマスと勘違いしている若い人たちが増えていること。


イブにはあんなに騒ぐのに
25日のなんと淡白なことよ(笑)


まあ、言葉もない(笑)






ふたつめは、外国人から見たら
かなりのジョークに見える


いや、信じてもらえないことが





日本人は
クリスマスイブに


チキンを食べることが
クリスマスらしいと思っているということらしい。そんな昔の話ではない。





確かに、僕も日本がいつの間にか
クリスマスイブにチキンを食べ始めたのかよくわからない。


外食チキン屋さんが見事に作り上げた商売なのだ。




これが外国人には理解できないという。むしろチキンは高価な食べ物ではないので、そんなのを出されたのでは腹が立って席を立つという声さえある。



この日本独特のチキン信仰をどうやって親は子どもに説明をするのかと心配にさえなる(笑)



とにかくこの日本でのクリスマス=チキンであり、大手外食チキン屋さんのCMを紹介されて「信じられない」というコメントが外国人から多く寄せられているそうな。




調べてみたらあったので
いくつか紹介してみよう。
これらのコメントがジョークのように笑ってしまう。




■ クリスマスにチキンなんて出されたらかなり腹が立つと思うね!! 
(アメリカ)



■ こっちだと、誰がクリスマスにKFCなんて欲しいの、って感じだけど。 (アメリカ)



■ まさか、日本だとカーネル・サンダースはサンタのカッコしてるんじゃ……。 (南極)



■ 「ヤッター、ケンタッキーのチキンだー!」……とはならんなw
  たぶん俺だったら立ち去っちゃうかな。 (アメリカ)




■ 俺もケンタッキーを食べながらあれくらい幸福に包まれたいね。
  ……でも実際はそんな大したもんじゃないだろって。 (アメリカ)




■ 日本語の先生がこれについて話してたの思い出して笑っちゃったよ。
  実際にクリスマス期間中はこういうバケットを予約するんだって。 
(イギリス)




■ クリスマスのディナーにケンタッキー? それは悲しいなぁ。
(ドミニカ)
  


■ わっかんねー……。何でケンタッキーがクリスマスに合うっていうの? (アメリカ)




■ この映像は丹念に作り上げたジョークか何かだろ?日本人は本気でこういうことをやってるのか? (アメリカ)




これは面白いジョーク。


■ 私もクリスマスにケンタッキーを食べたいって思ってるけど、
そもそもこっちじゃクリスマスはケンタッキー閉まってるからね 。
(アメリカ)



ということで
こうなったら日本人は開き直って
騒ぐしかない。



竹内まりあに
罪は無いのだ。



こうやって騒いで楽しめる
幸せに感謝できる歓びの日としよう。



あなたにとって
素晴らしいクリスマスでありますように。

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立川談志がNHKの若者との
対話番組に出演した時のエピソードがものの本に書かれていた。


「どうして人は生きなくてはいけないのですか」


ある十代の学生がこう談志に尋ねたという。



あなたならなんと答えるだろうか。
あなたなら迷うことなくなんと答えるだろうか。



「どうして人間は生きなくてはいかないのか」



立川談志はこう答えた。


「人間は死ねないから生きてるんだよ。死ねる奴はみんな自殺してるんだ。


死ねないから人間は生き甲斐なんてものを探すんじゃないか。


だから動物に生き甲斐なんてないだろ
俺にとっては落語が生き甲斐ってこのとになるかなぁ。


まぁ、生き甲斐なんてのは少ないにこしたこたぁないんだ。


割り箸を見つめて一日過ごせたら
こんな楽なこたぁないんだ」



この本を読んでぼくもハタと膝を打つほどの合点がいくことがあった。
それは談志の名言にこうある。


「人生はヒマつぶし」


とても異様な言葉だが
よくよく考えると深い。
そして、先ほどの
「なぜ生きる」
の答えの先にあるのが


人生はヒマつぶし


なのだ。


生き甲斐を探そうと
四苦八苦する人間たち。


生き甲斐なんてなくて
充実したと思える人生こそが
本当に素晴らしいのかどうななか
僕にもまだわからない。


割り箸を見つめて
一日過ごせたら
こんなに楽なことはないのか、と。

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