昨日のこのブログで書いたばかりだ。
近頃の日本人はイブだけがお祭りのためにあるようで、25日の本番にはとんと興味がないように思える、と。
しかし、このわたくしめが
全くもって情けない一日を過ごしてしまった。
午前中はまだ良かった。
「飛び込み営業」の中満 健クンと
来年の企画商品の検討を繰り返し、
商品補充の打ち合わせも済まし
お昼には場所を変えて
「福山一の海のカフェ」で
めちゃくちゃ美味しいカレーをいただく余裕があった。
来年からの営業のカタチを
僕の感じるままに意見を言う。
見とる方向が
違うんじゃないのかな、と。
少々エラそうにもなるが
銀色に輝く瀬戸内の海が
すべてをゆるす。
寒いながらも
緩やかな陽射しも浴び
まるでそれは
我々の来年の行く末のようでもあり
わたくしめは
横に鎮座するストーブに
これこれは
と消えつつある様子に
穏やかな微笑みさえたずさえ
薪などくべる
日頃のめんどくさい親父とは
別人さながらの様子であった。
しかし、実は
彼には黙っていたが
薪には火はつかなかった(笑)
そんなことは
知らぬふりで深々とまた椅子に
ゆったりと腰掛ける。
肘当てがヒジより外れて
二の腕になっていようが
かまわぬ
かまわぬ。
人類みな兄弟、
戸締り用心、火の用心
スイスイ素敵な水曜日、なのだ(笑)
しかし、しかし、
それよりのちの午後からが
大変な様子になった。
来年からの自分は
新たなる自分磨きになるか
へこたれてしまうか、という
分岐点がやってこようか
というチャレンジの年なのだが
その準備と勉強で
ほとほと一日を使ってしまった。
理解は混迷となり
混迷は不安となり
不安は怖れに変わる。
空っぽの頭は
すでに抵抗と責任のせめぎ合いで
内容以上にその闘いで疲弊さえ
してしまった。
誰だ、
12月25日こそ
王たるキリストの生誕を祝うべきで
チキンの日ではないのだ、と
エラそうに
言ったオトコは。
あゝ、
口を聞く元気もなかった
クリスマスの夜であった。

