「一年の計は元旦にあり」

とはよく言ったものだが、いまの若い子達には耳慣れない言葉になってしまったかもしれない。


聞いたことはあるけど、よく実感が湧かない、といったところだろうか。




人間はどんなに出来のいい奴だろうが

どんなに愚痴をこぼしている奴だろうが

一日の時間は24時間だ。




しかし、
実際に生きてる時間はその何倍にも開きがある。



それは、


とっとと目の前のことを決めて
「いま」を生きていられる奴か



いつまでも
グズグズと決めることが出来ずに


目は開いてるが
生きてる実感のない奴か


24時間という物差しでは
計れない。



もったいない。


とっとと頭を切り替えて
やりたいことをやれよって。


グズグズ決められないうちは
時間を消耗してるだけなんだよって。


それは
命の消耗だろって。



いい加減に分かれよ、
って言ってやったよ。



自分に(笑)





いつまでも元気で好きなことばかり
できるわけじゃない。



いまなら
いくらでも君の選択肢は
あるだろうによ。


そう



元旦に
心に


決めなさいな。

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新しい年が明けました。

どうか本年も私の性格に
よろしくおつきあいくださいますよう
よろしくお願い致します。


大晦日の昨日は散々と
愚図愚図言ったなぁ(笑)


新しい年を迎えようとする時に
とてつもない不安が押し寄せてきた。


今年から
毎週火曜日の2時間15分を
ラジオのスタジオに座る。


その前準備と後始末が
とにかく大変そうだ。





何が不安かと言うと
マイクの前で喋ることでなく(笑)


仕事をしっかりと出来るのだろうか
という不安が現実的に襲ってくる。
いや、だからこそ今まで以上に
何としてもやるのだ。





先に対する「不安」ということ
それじたいが目の前を一生懸命に生きてない。


常に目の前のことが
「現実」なのだを


だから、
「いま」はずっと「永遠」と言われるゆえんである。




自分の時間から外れてしまう時、
つまりそれが、過去や未来に対する
不安や怖れであるという。



そう、いま一度思い出して
目の前にあることと
備えをしっかりとやろうと思う。




大事なことは
それぞれの時間は貴重で
時間には限りがあるということ。


やらずに一生を終えたくない、
と思う気持ちが強くなった。


もう「そのうち」は
ないのだ。




大事なことは
瞬間、瞬間の
頭の切り替えだ。




それができれば
愚図愚図言うことはないんだよ、


真ちゃん(笑)

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お正月らしさが姿を消した。


元日から商業施設はここぞとばかりに
売り上げを取りにいく。
いや、大晦日から元日初売りのチラシが入るのだ。


お正月らしさがなくなる、
ということは
大晦日らしさもなくなる、
ということだ。




大晦日になにをするのか、
というアンケート結果を発表してた。


「大晦日最終の映画上映を観て、帰ってシャンパンを開ける」
という男性。

いいイベントだ。
自分イベントを作るのがいい。



女性は現実的だ。


「元旦休業のスーパーに行って買い出しをする」
(笑)




「買いたい服をあと数日だと言い聞かせて我慢する大晦日」
(笑)



ある男性は
「帰ってきた息子とゆっくりと語らう」





私も一昨日帰ってきた息子と
連日の大宴会である(笑)


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一緒にいる頃は何も感じなかった家族の素晴らしさを、離れて暮らすようになって余計に思う。
ただ、大切なものも喪った。




息子が帰ってくると
酒代が大変だ。
二人とも浴びるようにビールを呑む。

ビールがみるみる無くなっていく。





昨晩などは、11時過ぎまで呑んでいて、ビールが底を尽きかけたので、
もうそろそろ寝ようかと思いきや、


「美味しいビールを飲みに行こう」


と息子が言い出して
夜中の2時まで呑んでいて

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どうやら、
帰ってからも少し話をしながら
飲んだという。

いや、私がだ(笑)




今日のために
一人で蕎麦も打ち


息子に食べさせようとしている。

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いつから
こんな親父になってしまったのか。



始末が悪い。



みんなは、
「呪文」をお持ちだろうか(笑)

この話題、危ないかな?(笑)
大真面目なんだけど(笑)




そう、
痛いの痛いの、トンデイケー。


の、あのおまじないとも言う
呪文である。





いい大人が


と言うべからず。





人間に呪文はとても大切なのだ。



例えば、
気が重い時、疲れたときに
自分を鼓舞するようにしっかりと

「よしっ!」

と気合を入れて口に出して言ってみることだ。


よくよく自分を観察してみると
あきらかにさっきまでの気持ちとは違う。これはとても効果的な呪文のひとつである。




自分で自分なりの大事な呪文の一つや二つはかならず身につけておくがよろしい。かならずやあなたはうまく着地をするから不思議だ。





私の場合は、
困難なことの「前に」


過去完了形で
◯◯できて
ありがとうございました!



と心の底から、腹から、
言い切ること。



あるいは、


ありがとうございます。
ありがとうございます。
ありがとうございます。
ありがとうございます。
ありがとうございます。



と不安な時には
とにかく口に出していること。





あるいは、
「ホ・オポノポノ」
をご存知の方は、これを本気で
やってみるといい。


これは、すごい。
これほどまでに素晴らしい呪文に
出会うことはなかろう。



ごめんね。
赦してね。
ありがとう。
愛してるよ。



どうしてか分からないが
自分に不思議と効く呪文が
あるということは知っておかなければ
ならない。



そのとき、その時で
ピッタリとくる言葉が
あるからね。


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男が女へのプレゼントに悩み苦しむように、女から男へのギフトも悩むのであろう。


だが、どちらかと言うと女へのプレゼントの方が難しい。



なにも女はわがままで、気むづかしくて、好みに頑固で、くれた人への気持ちよりもモノの好みに気持ちがすぐ移る、とか言っているのではないのだ。



それは誤解だ。



あいや、
繊細でセンスが気高く、そして理想も完成されて大きい。
と言っているのだ。


それはさておいて、


男へは困った時には
ネクタイを贈っておけば大きなエラーをすることはなかろう。





ここで気をつけなければならないのは、フリーハンドな感覚で自分のセンスを発揮してはならない。


いくらあなたにセンスがあろうが、珍しいデザインだろうが、男は自分には似合わないと思ったネクタイは、あなたに見せるために着けたが最後、ハンガーに掛かったままになろう。




あなたが思うほど男はセンスに細やかではないのだ。チャレンジ精神もネクタイに発揮することはまずない。


だから、なぜこの人はこんなにつまらないネクタイをしてるのだろう、と考えてはいけない。
男はこのネクタイこそが自分らしさを演出する最高のセンスと思っておるのだ。




ネクタイには大きく分けて三つのタイプがある。


プリントと
無地と
ストライプだろう。


ほとんどの男の日頃からの着けているネクタイの好みを見ていると、だいたいこの三つに大別される。


私ももうお店が出来るほどのネクタイを持っているが、年齢とともに好みが変わり、昔なら絶対に着けないようなデザインをいまは嬉しそうに締めている。


しかし、
意外と知られていない盲点はだな、



ドット(水玉)なのだ。


意外とこれが、
締めればどんな冴えないオッさんであろうが可愛く見えるものだ。


で、
まず普通の男はそんなにドットを持っていない。自分からはあまり買わないが、結構誰でもイケるのがドットなのだ。


しかし、
しかし、


そこで女ゴコロの大胆さを発揮するなかれ。


大きなドットは上級者である。



自分になにが似合ってるかも分からずに毎日同じようなネクタイをしている男がいれば、抑えめにすることは言うまでもない。


世の女性よ、
幸運を祈る。



私も
欲しい。

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